華 閻李《ホゥア イェンリー》
目を覚ました全 紫釉は、爛 梓豪とともに会合場へと出向く。そこではすでに黄、黒の他にたくさんの各仙人家が集っていた。
そのなかには爛 梓豪の故郷、鬼園の主でもある鬼 伊橋もいる。
奥にはどの仙家にも属さない爛 春犂がいる。男を中心に左には黄族の長、黄 沐阳が。右がわには黒族の長、黒 虎明が座っていた。
そしてさらに奥……豪華な階段を登った先に、一際豪華な椅子がある。そこに、黒髪で長身の青年が座っていた。
「…………」
青年の名は全 思風だ。足を組み、不思議な雰囲気を放っている。
彼は誰もがその強さに恐れ戦き、美しさに見惚れてしまう、冥界の王でもある。
そして美しく儚い美貌を持つ全 紫釉の実父でもあった。
「──それでは、会合を開始いたします。ご参加の、各仙家の総主方は宛がわれた席へと、ご着席願います」
盛大なドラムの音が響き渡る。各場所で喋っていた人たちは、ぞろぞろと席へと着いていった。
全 紫釉と爛 梓豪も、設けられた席に座ろうとする。けれど爛 春犂に呼びとめられた。
「二人とも、こちらへ来なさい。今回お前たちは、事件の中心にいたのだ。話しやすい場所の方がいいだろう?」
糸目がスッと開く。
すると爛 梓豪は「ひょっ!」と体を震わせ、全 紫釉の後ろに隠れた。
全 紫釉はそんな彼に向かってため息をつき、言われるがままに進む。
進んだ先は、冥王の全 思風のいる場所だ。
「父上、この度はこのような場を設けてくださり、感謝いたします」
全 紫釉は美しい銀髪を靡かせながら、きれいに拱手する。顔をあげ、じっと父を見つめた。
隣では爛 梓豪が慌てて拱手している。それを見て、頰が少しだけ緩んだ。彼と目を合わせ、微笑みあう。
「……阿釉、体調はもういいのかい?」
全 思風は腰を上げ、階段を一歩一歩降りていった。
その姿は気品に溢れ、大勢の者たちが彼に魅入っている。
女性は拱手しながらも少しだけ顔をあげ、全 思風の美しさを目に焼きつけていた。男たちは拱手したまま、彼から放たれる冥王たる空気に背筋を凍らせていく。
コツコツと。青年の靴音だけが、会合場内へと響いていった。
やがて階段を降り終わると、全 紫釉の前に立つ。すると人目も暮れず、全 紫釉を抱きしめた。
「阿釉、獅夕趙や黄 沐阳たちからおおよその話は聞いた。辛い真実を聞かせてしまって、本当にすまない!」
全 紫釉の背中に腕を回しながら、血を吐く勢いで叫ぶ。
「本当なら、私が聞くべきことだったんだ。それを、息子であるお前に背負わせてしまった。本当に、申し訳なかった」
「……父上」
全 思風の心痛というのだろうか。それが全 紫釉に、ひしひしと伝わってきた。
静かに父を抱きしめ返す。柔らかく首を左右にふって、目尻に雫を溜めた。
「阿釉、私が知っていることを話そう。お前の母、華 閻李の秘密を」
「……はい」
お互い、体を離す。
全 思風は踵を返し、階段を登って椅子へと戻っていった。
それに習い、全 紫釉たちも宛がわれた席に着く。
二人の席は黒族の長、黒 虎明の隣にあった。全 紫釉は男と爛 梓豪の間に挟まれる形で腰をおろす。
「………なあなあ、阿釉」
がに股で座る爛 梓豪に、ぼそっと問われた。彼は酒瓶片手に、不思議そうに顔をしかめている。
「……?」
「この会合、変だよな?」
「変? そう、ですか? 私には普通だと思いますけど……」
──何が変なんだろう? 服装……は、いつもと同じだし…………はっ!
何かを思いたったようだ。キリッと表情を固め、目の前に置かれている食事を指差す。
「そうですよね! こんなに少量のご飯では、私のお腹は満たせません!」
「え!? いや、そうじゃなくて……」
「あ、でも……今は大事な会議の最中ですし。こればかりは、しかたないですよね?」
「いや、だから。そうじゃなくて……」
「大丈夫ですよ爛清! 私、我慢できますから!」
「お願いだから、普通に会話させて!」
お腹を鳴らす全 紫釉。そして、その天然っぷりに振り回される爛 梓豪だった。
そんな二人の姿は、まるで夫婦漫才のよう。
近くで酒を呑んでいた黒 虎明が我慢できず、吹き出してしまっている。階段上にいる全 思風ですら、笑いを堪えるように肩を震わせていた。
「……阿釉、そうじゃなくてだな?」
「あ、違うんですか?」
じゃあ何だろうかと、小首を傾げる。彼に肩を軽くたたかれた挙げ句、ため息をつかれてしまった。
「俺が言いたいのは、座る位置だ」
「位置?」
彼は黙々と頷く。
「ここは黄家だ。普通なら、家主の黄 沐阳があそこに座るはずだ。それなのに、上座……一番高い位置には阿釉の親父さんが座ってる」
あまりにも不自然だと。興味ありげに疑問を投げた。
すると階段の左がわを陣取る黄 沐阳に「ああ、それか」と、口を挟まれる。黄 沐阳は正座したまま、二人へと視線を送った。
「……確かにここは、俺の持ち家だ。だけどな? 全 思風は冥王だ。俺ら人間がどれだけ頑張ったって、辿り着くことができない地位にいる。平たく言うと、次元が違うってことだ」
黄色い服の袖がはためく。同時に立ち上がり、全 思風へと向き直った。
「──全 思風、いや。冥王……俺たちは、あんたのやり方に不満などない。ただ一つ言うならば……」
拱手したまま、顔を上げることなく口述する。
「華 閻李について、あんたが知っていることのすべてを話してほしい」
丁寧なお辞儀に対し、大雑把な言葉遣い。黄 沐阳という男はよくも悪くも、自分に正直な性格のようだ。
そんな黄 沐阳の質問を聞き、全 思風は椅子のひじ掛けに片肘を置く。無言で両目を細め、大きくため息をついた。一度両目を閉じ、形のよい唇を開く。
「…………私が妻と出合ったのは、もう百五十年以上も前のことだ。当時の私はたくさんの者たちから、跡取りを期待されていてね」
それは耳が痛くなるほどに、毎日のように望まれていた。けれど当の本人でもある全 思風は、永遠の命を持つ。そのため、跡取りというものは必要ないと考えていた。
「連中にとっては、それは建前。本心では、私の地位……娘たちを冥王の妻として、確固たる地位を欲していたにすぎない」
そのことがあったから、余計に結婚などは考えられなかった。けれどそんなある日、全 思風の心を動かす存在が現れる。
「それが私の妻、華 閻李だ。妻は出会った当時から、何かに怯えている様子はあった。ときどき、悪夢にも魘されていたようだしな」
すっと立ち上がる。そして階段を降り、全 紫釉を手招きした。
呼ばれた全 紫釉は黙って、父のそばにいく。
「……阿釉のこの髪、妻と同じだ。顔も、そっくりなほどにかわいい」
冥王としての威厳など捨て去ったかのような穏やかな笑みを、全 紫釉に向けた。
全 紫釉もまた逆らうことなく、父の手を握る。
「阿釉、それからここにいる諸君。これから話すことは、他言無用で頼む」
整った顔を全員に見せ、悲しげに微笑んだ。
「──皆も知ってのとおり、我が妻、華 閻李は、この國を騒がせている女と同じ顔……いや。複製品として造られた存在だ」
複製品には、普通の人間と大きな違いが見られる。人が女性の腹から産まれた存在であるならば、複製品は造られたもの。元となる人間の遺伝子を使い、人の手で造り上げられた存在だった。
「どこの國の言葉までかは知らないが……これを、人造人間と呼ぶらしい。だか、問題はそこではない」
全 思風の低い声が轟く。
「私の愛する妻、華 閻李は……」
両拳を震わせた。
瞬間、全 紫釉が全 思風の手を握る。頷き、大丈夫だからと父の心を落ち着かせた。
全 思風は頷き返し、その場にいる人たちを凝視する。そして……
「女にあらず。子供が産める性別ではなかったのだ──」
父と子、ともに全員を見据えた。




