表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/120

仙人会合

 禿(とく)には、ふたつの大きな仙族が存在していた。

 ひとつは(こく)族で、獅夕趙(シシーチャオ)と呼ばれる二つ名を有している黒 虎明(ヘイ ハゥミン)を筆頭とする族だ。彼らは力こそすべてという考えを持ち、つねに熱い心を胸に秘めている。


 もうひとつは黄族という一族だ。彼らは黒族とは違い、力で解決することをよしとしない。代わりに、金で決着をつけていた。


 そんな二族は、つねにいがみ合っている。けれど先の事件のこともあり、各々の族を纏める総主が話し合うことになった──




 (くに)の北がわは、黄族の領域となっている。そこには一際大きくて、豪華な建物があった。

 先の見えない階段を登ると、その建物がある。金箔を屋根や壁に貼りつけ、白い柱の建物だ。美しい青い龍の飾りが屋根の上に備えつけられていて、全体的に豪華絢爛な造りとなっている。

 その建物の出入り口には【黄龍江儀(コウロンジャンイー)】という名が記されていた。


 そんな建物では、黄色い漢服や華服に身を包む者たちが慌ただしくしている。男女問わず、机を用意しては整えていた。


「──急げ! 会合はもうすぐ始まるんだ。俺たち人間がわはともかく、冥王をもてなさなきゃならねーんだ。気合いを入れて準備しろ!」 


「はい!」


 建物の出入り口からすぐ目の前に大広間があり、中央付近では一人の青年が立っている。彼の名は黄 沐阳(コウ ムーヤン)(こく)族と対をなす黄族の長を勤めていた。

 黒髪を頭の上でお団子にし、布で纏めている。目鼻立ちは目立つほどではなく、いたって平凡な容姿をしていた。けれどテキパキと指示を出す姿は、しっかり者としての風格がある。


 

「はりきっておるようだな。黄 沐阳(コウ ムーヤン)殿」


 そんな彼に声をかけてきたのは糸目の男──爛 春犂(バク シュンレイ)──だった。男は彼に近づき、何か手伝うことはないかと尋ねる。

 

「……いや。ありがたいけど、ここは俺の仙家(せんけ)だ。俺が、しっかりとこなしてみせるさ!」


 二代仙家のうち、黄を取り仕切る者としての勤めだと言った。爛 春犂(バク シュンレイ)を足蹴にしているわけではないようだが、邪魔だと目線で訴えている。


 目敏(めざと)い男はそれに気づき、軽く頷いた。


「……ならば私は、客人として持てなされようか」


 踵を返し、糸目をすっと開けた。


「おう。そうしてくれ。ここで手伝ってもらっちまったら、仙家の名折れだ」


「ははは。それもそうか。……おっと。それよりも、黒 虎明(ヘイ ハゥミン)殿から、一通りの話は聞いた。そなたも、聞いたのであろう?」


「……ああ」


 黄 沐阳(コウ ムーヤン)は直前までの勢いを消し、ため息混じりに天井を見上げる。


「……あいつの……華蘭(ホゥアラン)の出生だったりが聞けた。思ってた以上に複雑で……きっと、すごく苦しかったんだろうなって思う」


 拳に力をこめ、壁をたたきつけた。

 周囲にいる黄族の門下生たちの手がとまり、一斉に注目を浴びる。それでも彼は感情を隠すことをやめなかった。  


「過去がまったくわからなくて、身寄りもなくて……それでも俺は、あいつを義弟として出迎えた。過去なんか打ち消すぐらいに、楽しく過ごせばいいって……そう、思ってた」


 何度も壁に拳をたたきつける。しまいには額すらもたたきつけ、悔しそうに瞳を細めた。


「でも、そうじゃなかった! そんな軽い過去じゃなかった! あいつが背負ってたのは生き残るための術。それから、永遠に逃げ続けなければならない恐怖だったんだ!」


 黄族で家族として迎え入れたとしても、安心はできなかったのかもしれない。いつ追手が現れ、廃棄処分されるのか……毎日、その恐怖に怯えながら過ごしていたのかもしれなかった。

 けれど……


「だからこそ冥王に見初められて、心から安心できる場所を得られたんだろうな。冥王は、俺ら人間とは比べ物にならねーぐらい強い。俺たちの中で最強格と言われている獅夕趙(シシーチャオ)ですら、片手で捻りつぶせるような男だ」


 これほどの安全な場所など、他にはなかった。

 悔しそうに、そう話す。


「……確かに全 思風(チュアン スーファン)殿ならば、安心して託せるな」


 糸目のまま、苦笑いをした。

 これには黄 沐阳(コウ ムーヤン)も異論はないようで、黙って頷いている。


「……って、そういやぁ、阿釉(アーユ)たちはどこにいるんだ?」


 主役ではないけれど、数々の事件の目撃者として呼んでいた。けれどその二人の姿はなく、サボりかと首を捻る。


 すると爛 春犂(バク シュンレイ)は首を左右にふり、建物の外を眺めた。


「……あの二人は、今回かなり頑張ったようだからな。休んでもらっている」


「そっか」


 二人はこれ以上の会話をやめ、それぞれの持ち場へと戻っていった──


 □ □ □ ■ ■ ■


 猫の形に施した漏窓(ろうそう)から、椿の花びらが侵入してくる。花びらはヒラヒラと舞いながら、部屋の奥にある(ショウ)へと落ちていった。

 その(ショウ)の上には長い銀髪が広がり、床まで伸びている。そこでは、すやすやと眠る精巧な人形のように美しい、全 紫釉(チュアン シユ)が眠っていた。

 お腹を出して眠りこける仔猫と蝙蝠(こうもり)を包むよう、(ショウ)の上で丸くなっている。


「…………ふみゅう?」


 パチッと、長いまつ毛を震わせた。そして働かない脳のまま、ゆっくりと上半身だけを起こす。


「……ふみゅう? ここ、どこ?」


 ボーと目を擦りながら、あくびをかいた。ぐらぐらと頭を揺らし、仔猫のお腹を軽く撫でた。


 ──あれ? ここ、どこだろう? 確か青秀山(せいしゅうざん)朱雀(すざく)と話して……それから……?


 大事な何かを忘れてしまっている。そう感じるほどに、ぽっかりと記憶に穴が空いていた。


「……朱雀(すざく)、どこ行ったんだろう? それに、外叔父上もいない」


 ──えっと。確か銀妃(ぎんひ)と出会って…………っ!?


 瞬間、抜けていた記憶が一気に甦る。


 銀妃(ぎんひ)が何かを企んでいること。そして、実母の秘密など。たくさんの、胸を痛める事実ばかりだった。

 それでも心を保っていられるのは、大切な彼が受け入れてくれたから。それを思うだけで、全 紫釉(チュアン シユ)は胸が高鳴っていくのを感じた。


「……あ、爛清(バクチン)


 ふと、(ショウ)のそばを見る。そこには(ショウ)を背凭れにして床で眠る、爛 梓豪(バク ズーハオ)の姿があった。

 頰など、服から出ている部分は傷だらけのよう。なかには布でぐるぐる巻きにしていたり、簡易的な治療痕があった。

 そんな彼はぐーすかと、気持ちよさそうに寝ている。


爛清(バクチン)……ふふ。かわいい」


 少しだけパサついている彼の黒髪を弄った。指にくるくると絡みつけ、三つ編みにしていく。けれどあまり器用ではないため、かなりぐちゃぐちゃだった。それでも満足しながら笑みを浮かべ……

 彼の頰に、軽く口づけをする。


「……は、恥ずかしいーー!」


 自分でやったことだというのに、全 紫釉(チュアン シユ)は顔を真っ赤にしてしまった。恥じらう乙女のように美しく、儚げに耳の先まで赤く染める。


 ──普段、爛清(バクチン)からしてくれていることをやっただけ。そう! だから、別に悪くはなくて……


 胸の内で悶々とした。そのとき……


「…………あー……阿釉(アーユ)、満足したか?」


「ひょーー!」


 爛 梓豪(バク ズーハオ)の普段の口癖が移ったよう。全 紫釉(チュアン シユ)は動揺しながら、素早く仔猫で顔を隠す。

 きょとんとしている牡丹(ぼたん)は尻尾をふりふりとさせながら、彼の顔をベロンっと舐めた。


「うおっ!? 猫の舌って、すっげぇざらざらしてるんだな? ってか阿釉(アーユ)……」


 猫で顔を隠しても無意味だろと、牡丹(ぼたん)を奪い取る。遊んでと急かす仔猫の頭を撫で、床へと降ろした。代わりに全 紫釉(チュアン シユ)の腕を引っぱる。


「わっ!?」


 突然引っぱられた全 紫釉(チュアン シユ)は彼の厚い胸板へと顔を埋めた。

 ドキドキと、鼓動が高鳴る。必死に取り繕う笑みをしても、彼の顔を見た瞬間にカッと熱くなってしまった。


 ──ば、爛清(バクチン)の心臓の音が聞こえる。……私と同じように、すごく早い。


 意識してくれているのだと思うだけで、全身が火照っていった。


阿釉(アーユ)は、本当にかわいいなぁ」


「か、かわいいとか……」


 ぎゅうっと、強く抱きしめられる。

 全 紫釉(チュアン シユ)は彼の意図がわからず戸惑った。どうすればいいのかと悩んでいると、頭上から笑いを堪えるような声が聞こえる。


「……ぷっ、くくっ……」


「……っ!?」


 からかわれたのだと知った。

  

 彼は全身を震わせながら、笑うための涙を押さえている。


「……っ!?」


 声にならない感情が全 紫釉(チュアン シユ)を襲った。怒り狂うように顔を真っ赤にさせ、大きな瞳に涙を溜める。

 そして……



 爛 梓豪(バク ズーハオ)の「ひょーーー!」という断末魔が轟いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ