すべての黒幕
翼宿と和解した朱雀は、遂に融合を果たす。そして蘇州・山塘街と青秀山を巻きこんだ事件の黒幕──銀妃──へ、怒りの焔を与えた。
銀妃は悔しそうに眉を歪ませ、ともにいる異國の者たちへ反撃をしろと怒号する。
彼女と一緒にいる者たちは術者が大半だ。朱雀の焔に抗うように、印を結んでいった。
けれど所詮、彼らは人間。神獣という神には勝てるわけもなく……
いとも簡単に吹き飛ばされてしまう。
『……ふん。あたしに勝とうなんて、百万年……いいえ。天地がひっくり返ってもあり得ないっての!』
顎をしゃくれさせ、ゲラゲラ笑った。
その姿は神というには、いささか上品さが足りないよう。下品とまでは言わないけれど、本当に四神と呼ばれる神の一種なのだろうかと疑いたくなるような姿だった。
それでも朱雀は我を通す。
『翼宿が教えてくれたこと……あたしは、忘れないわ』
笑いをとめた。美しく宙を舞いながら、ふうーと深呼吸する。そして全 紫釉たちの元へと向かい、あることを告げた。
『ごめんなさいね。馬鹿なあたしのゴタゴタに、巻きこんでしまったわね』
「…………」
全 紫釉は力なく首を左右にふる。言葉すら出せないほどに消耗しているせいか、動きはゆっくりだ。
やがて体力の限界が訪れる。そして……
「阿釉……!?」
目を開けていることすら難しくなり、前のめりで倒れてしまう。慌てた爛 梓豪に抱き留められながら、静かに意識を手離していった。
「……阿釉、よく頑張ったよ。安心しろ。ここからは、俺が引き受けるから」
優しい声で労いながら、その場でがに股になって座る。
瞬間、全 紫釉を横向きに座らせ、ギュッと抱きしめた。
「お前、散々阿釉をいたぶってくれたよな? その落とし前、つけさせてもらうぜ?」
思惑が外れ、悔しがる銀妃を前に、彼は啖呵を切る。全 紫釉の髪を触りながら、すべての元凶の女性を凝望した。
「……俺からも聞きたい。國の各地で事件が起きる度に、いつも銀妃の姿があった。それはなんでだ?」
二人の前には、焔を吐いて銀妃たちを威嚇する朱雀がいる。
鳥に負けじと、黒 虎明が大剣の切っ先を彼女たちへと向けていた。そしてあろうことか話に割って入り、大剣を振りかざす。もちろん相手は銀妃がわだった。
男は豪快に笑いながら「先ほどは遅れをとったが、今度はそういかんぞ!」と、次々と銀妃の仲間たちを薙ぎ払っていく。
「…………おっさん。あんたなぁ……」
爛 梓豪は、あきれて言葉を失った。朱雀もぽかんと、口を開けてほうける。
黒 虎明と同じように戦う力を持つ白月ですら、引いてしまっていた。
「まったく。二つ名が泣いてるぜ? ……って、あれ?」
男の行動を目で追っていると、あることに気づく。
──何だ? 何か、あのおっさん。銀妃を避けて、他の連中だけを攻撃してる? それに他のやつら、少しずつ銀妃から離れてないか?
そこで彼は気づいた。黒 虎明という男は、無闇に戦いを挑んでいるわけではないということ。男は全 紫釉たちが銀妃と話しやすいように、邪魔な連中を退けてくれているということ。
彼はハッとし、黒 虎明を凝視した。
男は片口を上げ、爛 梓豪たちに笑みを向けた。
「……ありがとう、おっさん」
男の意図を汲み、彼は銀妃へと向き直る。
「なあ。俺の質問に答えてくれよ。【温風洲】や関所といった、あらゆる場所であんたの名前が出ていた。それってあんたが何かしら、裏で糸を引いていたってことなんだろ?」
意識を失っている全 紫釉を抱きしめながら、銀妃へと怒りの感情を見せた。
その瞬間、彼女は逃げはじめる。踵を返し、急いで扉とは違う場所へと走っていった。
爪を噛み、悔しそうに顔を歪ませる。背後からは、ともに来ていた者たちが彼女に助けを求める声がした。けれど銀妃は我が身かわいさに、その者たちを置いていってしまう。
やがて部屋の奥にある、朱雀の像前に到着。そこで両手を前に出し、霊力を像へと放った。すると像は静かに横へとズレていく。
彼女は振り返ることなく、朱雀の像の奥へと入っていった。
「あっ! 待て、この……!」
爛 梓豪たちは、追いかけようとする。けれど一足遅く、朱雀の像は元の位置に戻ってしまった。それを動かそうとするけれど、ピクリともしない。
『……どうやら、特殊な術が施されているようね。残念だけどあたしたちじゃ、この像を動かせないわ。ただ、この子なら、動かせたかもだけど……』
悔しそうに翼をはためかせた。眠る全 紫釉を見つめる。
「……そっか。なら…………いいや」
『あら? あの女を放っておくの?』
「俺は、阿釉の方が何千倍も大事だからな。あんなやつを追いかけるぐらいなら、阿釉の温もりをずーと感じてたいし」
ニカッと、白い歯を見せた。
眠り続ける全 紫釉を横抱きにし、扉へと足を伸ばす。
「どんなときでも、阿釉優先。阿釉が、俺の世界の中心なんだ」
──あの女は阿釉を、贄って言ってた。それが何のかは知らないけど……そう言っている以上は、狙われたままなんだろうな。そうなると、だ。
「……俺、もっと強くならなきゃ駄目だ」
大切な者を自分の手で守り抜く。そこに意味があるんだと、心の中でほくそ笑んだ。
「とりあえず、俺たちは戻るよ。阿釉をゆっくりと休ませたいしさ」
自身とて疲れていた。それでも大切な人を優先すると決め、彼は屈託なく笑う。けれど顔色は悪く、足元がふらついていた。
それに気づいた白月が体を支え、大丈夫かと心配してくれる。
「だ、らいしょぶ……俺、元気だけが、鳥頭だから」
『……重傷じゃない。あっ!』
そのとき、あきれてしまう朱雀の隣を黒 虎明が横切った。全 紫釉を奪い取り、右肩へ担ぐ。ついでと言わんばかりに爛 梓豪を左肩へと担いだ。
「ひょっ!?」
「俺様が、お前たちを運んでやろう」
男が今までいた場所には、銀妃に見捨てられた異國の者たちがいる。彼ら、彼女たちは全員縄で縛られ、一纏めにされていた。
「えー……楽できて嬉しいけど、この運び方はなぁ」
爛 梓豪はそう文句を言いつつも、男のやり方に従う。
そんな彼をよそに、黒 虎明は朱雀を見つめた。
「おい、そこの鳥よ。俺様たちは、一旦戻る。お前はどうするのだ?」
『……そう、ね。もうしばらくはここにいるわ。逃げてったあの女の行方を、あたしなりに調べてみたいし』
「そうか。ならば、終わったら黄家の屋敷へ来い」
黒 虎明はこれからのことを、この場にいる者たちに伝えていく。
黄家の屋敷は金でできているようで、かなり目立つとのこと。その屋敷で黄や黒をはじめとした仙人を集め、今回のことと対策を練ると提案した。
「爛 春犂だけではない。冥界の王、全 思風も来るはずだ。各々が別々に動くのは、もう終わりだ。敵が姿を現した以上、こちらも本格的に動かねばなるまい」
もう、後手に回っている暇はないのかもしれない。そう、低い声で語った。
朱雀は少しの間考えこむ。そして……
『いいわ。わかったわ。あたしの方も、他の四神たちに連絡を取ってみるわ』
翼を広げながら天井へと登っていった。そして『じゃあ、それまではバイバーイ』と、明るい声で去っていく。
鳥を見送った爛 梓豪は黒 虎明に荷物のように担がれながら、目を少しずつ閉じていった。薄れゆく意識のなか、男の右肩に担がれている全 紫釉の手を取る。
二人は互いの指先だけを触りながら、静かに眠っていった。




