表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/120

重なる偶然

 全 紫釉(チュアン シユ)爛 梓豪(バク ズーハオ)に肩を抱かれながら、銀妃(ぎんひ)と対峙する。

 手を握りあい、彼と顔を見合せた。すると彼は屈託ない笑顔で頷く。


 ──爛清(バクチン)がそばにいてくれる。それだけで勇気が湧く。


 彼の大きくて頼りになる手の感触に、頬を少しだけ赤らめた。緩んでいた表情を引きしめ、銀妃(ぎんひ)を見つめる。


「──銀妃(ぎんひ)、教えてください。あなたはこの(くに)で、何をしようとしているのですか? ……それに、朱雀(すざく)をどうするつもりです?」


「……あんたらに関係ないわよ」

 

 視線の先にいる銀妃(ぎんひ)は、苦虫を噛み潰したように眉をよせていた。美しい顔を醜く歪ませ、怒り心頭に二人を指差す。


「いいわ、教えてあげる。ただし! こいつが役立つとわかったら、ね!」


 瞬間、籠の中に捕えている朱雀(すざく)がかん高く鳴いた。すると上から体を押さえつけるような、重たさに蝕まれていく。

 黒 虎明(ヘイ ハゥミン)、そして翼宿(たすき)のそばにいた白月(パイユエ)も、重力の犠牲になっていった。全 紫釉(チュアン シユ)たちも例外ではなく、床へとたたきつけられるように倒れてしまう。


「……っ!?」


 ──これは……! 朱雀(すざく)の霊力を重力に変換させているのか!?


 それをやってのける銀妃(ぎんひ)を見れば、彼女は勝ち誇ったように笑っていた。手に持つ籠を離すことなく、近くにいるお供の者たちに何かを耳打ちしている。


「光栄に思いなさい。四神(しじん)の力を、こうして上手に使ってあげているのだから。それから……」


「……っ!」


 コツコツと、足音を響かせながら、全 紫釉(チュアン シユ)の前でとまった。腰を曲げて全 紫釉(チュアン シユ)の髪を引っぱる。


「……ああ、やっぱりそうだわ。お前、逃げ出した複製品と同じ体質なのね?」


「た、いし……?」


 体質とは何のことかと尋ねようとした。直後、ふわりと体が浮いた。


「そうとわかれば、話は早いわね。条件も揃ってるようだし……ふふっ」


 妖艶な笑みで全 紫釉(チュアン シユ)を見上げる。指をクイッと動かせば、浮いた全 紫釉(チュアン シユ)の体がゆっくりと前進した。


「いいわ。こいつを(にえ)にしましょう。そうすればこんな(くに)、あっという間に滅びるわ」


 高笑いを轟かせながら、動けずにいる爛 梓豪(バク ズーハオ)たちの横を通っていく。


 爛 梓豪(バク ズーハオ)が「阿釉(アーユ)!」と呼んだ。重力に押し潰されながらも、体に力を入れて起き上がっているよう。けれどその場から動くことは叶わず。再び、倒れてしまった。


「ば……ち、ん」


 全 紫釉(チュアン シユ)は手を伸ばすことすらもできなくなってしまう。浮いた状態で、頭痛や吐き気に襲われながら、彼の姿を映し続けた。それでも意識が朦朧としてしまい、ついには両目が閉じてしまう──

 そのときだった。


 聞き慣れた仔猫の鳴き声とともに、牡丹(ぼたん)銀妃(ぎんひ)へと飛びかかる。


 銀妃(ぎんひ)は突然のことに、振り向くのが精一杯だったようだ。その隙をつき、仔猫は鳥籠を咥えて奪う。


「……なっ! 嘘でしょ!?」


「にゃあー!」


 牡丹(ぼたん)はタタタと走りながら、鳥籠を爛 梓豪(バク ズーハオ)の元へと持っていった。


「このっ……猫の分際で! ……あっ! ちょっと、開けないでよ!」


 銀妃(ぎんひ)の意識があっちへこっちへと、世話しなく動く。そんな彼女のことなどお構い無しに、爛 梓豪(バク ズーハオ)は鳥籠を開けた。

 すると朱雀(すざく)は外へと飛び出し。銀妃(ぎんひ)へと(ほのお)を吐いた。


「きゃっ! ……っ本当にこの(くに)の連中は、野蛮なやつばかりね!」


 その弾みで全 紫釉(チュアン シユ)にかけられていた術は解かれ、ゆっくりと体が床へと降りていく。

 近くにいた黒 虎明(ヘイ ハゥミン)に受けとめられながら、意識を何とか保とうと唇を噛みしめた。

 すると、駆けよってくる爛 梓豪(バク ズーハオ)に抱きしめられる。彼は、ひたすらよかったと安堵していた。


 そんな状況を許さないのが彼女で、銀妃(ぎんひ)は仔猫を睨んでは蹴ってしまう。


 蹴られかけた牡丹(ぼたん)だったが寸前のところで、ひょいと避けた。そのまま急いで全 紫釉(チュアン シユ)の元へと向かう。


「……牡丹(ぼたん)、ありがとう」


 力なく、そう、お礼を伝えた。仔猫の頭を撫で、ふうーと深呼吸する。

 爛 梓豪(バク ズーハオ)に支えられながら腰をあげ、銀妃(ぎんひ)を凝視した。


銀妃(ぎんひ)……教えて、ください。朱雀(すざく)を……いいえ。翼宿(たすき)朱雀(すざく)から引き剥がしたのは、あなたの仕業ですか?」


「……ふっ。ふふふ。ええ、ええ、そうよ。こいつは朱雀(すざく)の一部でありながら我が身かわいさに、本体との融合を拒否してたのよ。殭屍(キョンシー)どもを國境に放ったとたん、怖くなって逃げ出したのよ!?」


 かわそうだと思い、切り離してやったのだと、自慢げに高笑いをする。けれどその高飛車な態度は、全 紫釉(チュアン シユ)の含み笑いによって消えた。

 銀妃(ぎんひ)は「生意気なのよ!」と、怒り心頭になっていく。


「あんた、何なのよ? 朱雀(すざく)(ほのお)でも浴びせておとなしく……」


翼宿(たすき)!」


 全 紫釉(チュアン シユ)は珍しく、声を荒げた。


 名を呼ばれた翼宿(たすき)はびくつく。


「……あなたに聞きます。あなたは、自分の意思で、朱雀(すざく)から離れたいと願ったのですか?」


「……っ!」


 翼宿(たすき)と呼ばれた子供は肩を震わせ、静かに頷いた。


「では、朱雀(すざく)から離れたのはなぜ? もう一緒にいたくなかったから、ですか?」


「……っ!」


 子供は首を強く左右にふる。そしてゆっくりと歩き、朱雀(すざく)の前で腰を曲げた。


「ち、がう。そんなわけ、ない! ぼ、ぼくは、朱雀(すざく)が、大好きだ、から」


「……では、なぜ? なぜあなたは、朱雀(すざく)から離れてしまったのですか?」


 子供の頭を撫でる。


「……そうする、しか、なかったから。異変にき、気づいてくれなくて。だから、離れた、です」


 そっと朱雀(すざく)を抱きしめた。何度もごめんなさいと、泣いて謝っている。


 そんな一人と一匹を見つめながら、全 紫釉(チュアン シユ)は無言になった。


 ──異変に気づかなかった? だから朱雀(すざく)から離脱した、と。そうなると……もしかして今回の出来事は……


 美しい顔に憂いを含ませながら、全 紫釉(チュアン シユ)は銀髪を耳にかける。そして朱雀(すざく)たち……ではなく、銀妃(ぎんひ)を凝視した。


銀妃(ぎんひ)、あなたはこう言いましたよね? 翼宿(たすき)朱雀(すざく)から離れたがっていた、と」


「……? ええ、そうよ。自由を求めていたから、分裂させてやったのよ」


「……それで國の南側の守護が薄まったから、殭屍(キョンシー)を放った。でしたよね?」


「しつこいわね。最初から、そう言ってるじゃない!」


 苛立ちを隠せないようで、地団駄を踏んでいる。


 そんな子供っぽい彼女に、全 紫釉(チュアン シユ)は冷めた視線を送り続けた。


 ──やっぱりそうか。そうなると、彼女が行ったことは、必然的に翼宿(たすき)のためにやったことになる。……いいや。この場合は、違うかな? 利用しているようで本当は、されていたってことになる。


 体を支えてくれている爛 梓豪(バク ズーハオ)の耳に、ぼぞっと呟いた。


 彼は驚いた様子で両目を見開いている。すると好きなようにやれと、背中を押してくれた。


 全 紫釉(チュアン シユ)は頷く。今回の出来事の中心となる朱雀(すざく)翼宿(たすき)、そして銀妃(ぎんひ)へと、順番に視線を走らせていった。


「…………私は最初、翼宿(たすき)が自由になりないという理由から抜け出した。その結果、町での幽霊騒動が起き、殭屍(キョンシー)の進行を許してしまった。そう、思ってました。でも、もしも……」


 そうでなかったのなら。いくつかの重なる出来事の始まりは、別のものだったとするなら……話は違ってくるのではないだろうか。


「もしもそれが朱雀(すざく)のためにやったことだったのなら、話は大きく変わってきます」


「……っ!?」


 その場にいる誰もが驚愕した。それは朱雀(すざく)も同じのようで、翼を大きく羽ばたかせて飛んでくる。

 全 紫釉(チュアン シユ)の肩に乗り、どういうことなのかと尋ねてきた。


「今回、銀妃(ぎんひ)が行ったものは、翼宿(たすき)にとっては好都合なことだったのでしょう」


 視線が一気に翼宿(たすき)へと注がれる。


 子供はおろおろとしながら、ぽつぽつと真実を語り始めた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ