重なる偶然
全 紫釉は爛 梓豪に肩を抱かれながら、銀妃と対峙する。
手を握りあい、彼と顔を見合せた。すると彼は屈託ない笑顔で頷く。
──爛清がそばにいてくれる。それだけで勇気が湧く。
彼の大きくて頼りになる手の感触に、頬を少しだけ赤らめた。緩んでいた表情を引きしめ、銀妃を見つめる。
「──銀妃、教えてください。あなたはこの國で、何をしようとしているのですか? ……それに、朱雀をどうするつもりです?」
「……あんたらに関係ないわよ」
視線の先にいる銀妃は、苦虫を噛み潰したように眉をよせていた。美しい顔を醜く歪ませ、怒り心頭に二人を指差す。
「いいわ、教えてあげる。ただし! こいつが役立つとわかったら、ね!」
瞬間、籠の中に捕えている朱雀がかん高く鳴いた。すると上から体を押さえつけるような、重たさに蝕まれていく。
黒 虎明、そして翼宿のそばにいた白月も、重力の犠牲になっていった。全 紫釉たちも例外ではなく、床へとたたきつけられるように倒れてしまう。
「……っ!?」
──これは……! 朱雀の霊力を重力に変換させているのか!?
それをやってのける銀妃を見れば、彼女は勝ち誇ったように笑っていた。手に持つ籠を離すことなく、近くにいるお供の者たちに何かを耳打ちしている。
「光栄に思いなさい。四神の力を、こうして上手に使ってあげているのだから。それから……」
「……っ!」
コツコツと、足音を響かせながら、全 紫釉の前でとまった。腰を曲げて全 紫釉の髪を引っぱる。
「……ああ、やっぱりそうだわ。お前、逃げ出した複製品と同じ体質なのね?」
「た、いし……?」
体質とは何のことかと尋ねようとした。直後、ふわりと体が浮いた。
「そうとわかれば、話は早いわね。条件も揃ってるようだし……ふふっ」
妖艶な笑みで全 紫釉を見上げる。指をクイッと動かせば、浮いた全 紫釉の体がゆっくりと前進した。
「いいわ。こいつを贄にしましょう。そうすればこんな國、あっという間に滅びるわ」
高笑いを轟かせながら、動けずにいる爛 梓豪たちの横を通っていく。
爛 梓豪が「阿釉!」と呼んだ。重力に押し潰されながらも、体に力を入れて起き上がっているよう。けれどその場から動くことは叶わず。再び、倒れてしまった。
「ば……ち、ん」
全 紫釉は手を伸ばすことすらもできなくなってしまう。浮いた状態で、頭痛や吐き気に襲われながら、彼の姿を映し続けた。それでも意識が朦朧としてしまい、ついには両目が閉じてしまう──
そのときだった。
聞き慣れた仔猫の鳴き声とともに、牡丹が銀妃へと飛びかかる。
銀妃は突然のことに、振り向くのが精一杯だったようだ。その隙をつき、仔猫は鳥籠を咥えて奪う。
「……なっ! 嘘でしょ!?」
「にゃあー!」
牡丹はタタタと走りながら、鳥籠を爛 梓豪の元へと持っていった。
「このっ……猫の分際で! ……あっ! ちょっと、開けないでよ!」
銀妃の意識があっちへこっちへと、世話しなく動く。そんな彼女のことなどお構い無しに、爛 梓豪は鳥籠を開けた。
すると朱雀は外へと飛び出し。銀妃へと焔を吐いた。
「きゃっ! ……っ本当にこの國の連中は、野蛮なやつばかりね!」
その弾みで全 紫釉にかけられていた術は解かれ、ゆっくりと体が床へと降りていく。
近くにいた黒 虎明に受けとめられながら、意識を何とか保とうと唇を噛みしめた。
すると、駆けよってくる爛 梓豪に抱きしめられる。彼は、ひたすらよかったと安堵していた。
そんな状況を許さないのが彼女で、銀妃は仔猫を睨んでは蹴ってしまう。
蹴られかけた牡丹だったが寸前のところで、ひょいと避けた。そのまま急いで全 紫釉の元へと向かう。
「……牡丹、ありがとう」
力なく、そう、お礼を伝えた。仔猫の頭を撫で、ふうーと深呼吸する。
爛 梓豪に支えられながら腰をあげ、銀妃を凝視した。
「銀妃……教えて、ください。朱雀を……いいえ。翼宿を朱雀から引き剥がしたのは、あなたの仕業ですか?」
「……ふっ。ふふふ。ええ、ええ、そうよ。こいつは朱雀の一部でありながら我が身かわいさに、本体との融合を拒否してたのよ。殭屍どもを國境に放ったとたん、怖くなって逃げ出したのよ!?」
かわそうだと思い、切り離してやったのだと、自慢げに高笑いをする。けれどその高飛車な態度は、全 紫釉の含み笑いによって消えた。
銀妃は「生意気なのよ!」と、怒り心頭になっていく。
「あんた、何なのよ? 朱雀の焔でも浴びせておとなしく……」
「翼宿!」
全 紫釉は珍しく、声を荒げた。
名を呼ばれた翼宿はびくつく。
「……あなたに聞きます。あなたは、自分の意思で、朱雀から離れたいと願ったのですか?」
「……っ!」
翼宿と呼ばれた子供は肩を震わせ、静かに頷いた。
「では、朱雀から離れたのはなぜ? もう一緒にいたくなかったから、ですか?」
「……っ!」
子供は首を強く左右にふる。そしてゆっくりと歩き、朱雀の前で腰を曲げた。
「ち、がう。そんなわけ、ない! ぼ、ぼくは、朱雀が、大好きだ、から」
「……では、なぜ? なぜあなたは、朱雀から離れてしまったのですか?」
子供の頭を撫でる。
「……そうする、しか、なかったから。異変にき、気づいてくれなくて。だから、離れた、です」
そっと朱雀を抱きしめた。何度もごめんなさいと、泣いて謝っている。
そんな一人と一匹を見つめながら、全 紫釉は無言になった。
──異変に気づかなかった? だから朱雀から離脱した、と。そうなると……もしかして今回の出来事は……
美しい顔に憂いを含ませながら、全 紫釉は銀髪を耳にかける。そして朱雀たち……ではなく、銀妃を凝視した。
「銀妃、あなたはこう言いましたよね? 翼宿が朱雀から離れたがっていた、と」
「……? ええ、そうよ。自由を求めていたから、分裂させてやったのよ」
「……それで國の南側の守護が薄まったから、殭屍を放った。でしたよね?」
「しつこいわね。最初から、そう言ってるじゃない!」
苛立ちを隠せないようで、地団駄を踏んでいる。
そんな子供っぽい彼女に、全 紫釉は冷めた視線を送り続けた。
──やっぱりそうか。そうなると、彼女が行ったことは、必然的に翼宿のためにやったことになる。……いいや。この場合は、違うかな? 利用しているようで本当は、されていたってことになる。
体を支えてくれている爛 梓豪の耳に、ぼぞっと呟いた。
彼は驚いた様子で両目を見開いている。すると好きなようにやれと、背中を押してくれた。
全 紫釉は頷く。今回の出来事の中心となる朱雀と翼宿、そして銀妃へと、順番に視線を走らせていった。
「…………私は最初、翼宿が自由になりないという理由から抜け出した。その結果、町での幽霊騒動が起き、殭屍の進行を許してしまった。そう、思ってました。でも、もしも……」
そうでなかったのなら。いくつかの重なる出来事の始まりは、別のものだったとするなら……話は違ってくるのではないだろうか。
「もしもそれが朱雀のためにやったことだったのなら、話は大きく変わってきます」
「……っ!?」
その場にいる誰もが驚愕した。それは朱雀も同じのようで、翼を大きく羽ばたかせて飛んでくる。
全 紫釉の肩に乗り、どういうことなのかと尋ねてきた。
「今回、銀妃が行ったものは、翼宿にとっては好都合なことだったのでしょう」
視線が一気に翼宿へと注がれる。
子供はおろおろとしながら、ぽつぽつと真実を語り始めた。