パスワード収集家と合言葉の泉
なろうラジオ大賞5参加作品です。
使用ワードは「パスワード」。
〈間違ったパスワードが規定の回数を超えて入力されました。ログインを制限します。〉
私は、そう表示されたスマホをベッドに投げ出して、自分もベッドに突っ伏した。
「絶対コレだと思ったのに…」
思わずこぼれた独り言が、毛布に吸い込まれていく。
寝る前にふと思い立ち、1年頑張った自分へのご褒美にと、久々に開いたサイトで買い物をしようとしたらコレだ。
こうなると、手続きの面倒臭さが購買意欲に勝ってしまう。
(いいや…今日はもう寝よ…)
スマホを充電すると、大人しく布団に入って目を閉じた。
そして、パスワード何にしてたんだっけ、とぼんやり考えながら微睡みかけたのだが、ふと目をあけると、充電中のスマホの周りに小さな影が見えた。
(えっ?…猫…?)
そう、猫だ。眼鏡をかけて、小さな肩掛けカバンを下げた、所謂タキシード猫が…二足歩行でスマホのまわりをうろうろしている。
夢、かな。私いつのまに寝たんだろう、と思いつつ猫に釘付けになっていると、猫はおもむろにスマホを両前足で持ち、上下にぶんぶん振り始めた。
「ちょっ、私のスマホ…!」
思わず身を乗り出すと、猫は、「んにゃっ!」とスマホを振り上げた状態で止まった。…可愛い。
そして、こほんと咳払いをすると、
「大変失礼致しました。仕事に夢中になっておりました。」
と喋った。めちゃくちゃ丁寧だ。
私が猫の丁寧さにつられて、
「あの、お仕事は何をされてるんですか?」
と聞くと、猫は、
「私の仕事は、パスワードの収集です。古いパスワードや忘れられた合言葉を、王様のところへ持って帰るのが私の仕事なのです。」
と自慢げに答えた。そして、
「昨今はスマホからの収集が多いですな。こんなふうに」
と言うのと、スマホからビー玉くらいの光の玉がころん、と出てくるのはほぼ同時だった。
猫はその玉を拾って器用に鞄にしまうと、
「ちょっと早かったかもしれませんが…出ましたので、収集させて頂きます。」
と言って、ぴょんと窓枠に飛び乗った。
私は我に返り、
「それって私のパスワードなんでしょ?持ってっちゃったらどうなるの?」
と聞くと、猫は
「どうぞ新しくなさって下さい、古いのは王様の合言葉の泉に溜めておくことになっております。」
と言い、ガラスをすり抜けて外へ出ていってしまった。
つまり、パスワードを再設定しろということだろうか。
もしかしたら思い出せたかもしれないのに?
「この…泥棒猫ー!」
負け犬みたいな台詞が、夜に溶けていった。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました!