「抱きしめてもらったぬくもりをもう一度 ~ぬいぐるみたちの冒険!~」
❅「冬童話祭2023」参加作品です。
(いおりちゃん、待って! おいてかないでよ!)
僕は必死にそう呼び掛けた。
いつもなら僕の声に気付いてくれる伊織ちゃんはもうこちらを振り返らずリサイクルショップを出て行ってしまう。
動きたい。
でも動いてはいけない。
僕たちぬいぐるみの、表の宿命。
僕は声を枯らして心の声で叫び続ける。
ちらり。
伊織ちゃんが最後に僕の方を見て、お店を出て行った。
ああ……。
僕は脱力した。
僕は捨てられたわけではない。
けれど、売られたのだ。
要らないって、言われてしまったのだ。
ぬいぐるみの、もう一つの宿命なのかもしれない。
大人になっても、小さいころにプレゼントされたぬいぐるみが一緒に居続けられるのはほんの一部だろう。
薄汚れてしまった、ぬいぐるみを置き続けてくれるなんて、稀なのだ。
僕は意識を閉ざした。
お店が終わると、店員さんが店内を見回って暗くして出ていく。
すると、僕に呼び掛ける声があった。
「やあやあ、新入りかい。ティディベアさんよ」
「だあれ?」
「隣の棚のゾウだよ。同じぬいぐるみの」
誰も見ていないことを確認すると、僕はぽてっと立ち上がった。
隣の棚を見上げると、確かにゾウのぬいぐるみが居た。
「わたしも売られたのさ。つい何日か前に」
「買われていないの?」
「あいにく、まださ」
「ここは新しい持ち主に出会うこともあるのよ」
振り向くと、さらに別の棚にうさぎのぬいぐるみが立っていた。
「まあ、それこそ機会が無ければだけどね……」
「どういうこと?」
僕が聞くと、うさぎのぬいぐるみは黙ってしまった。
代わりに、別のぬいぐるみが喋る。
「ずうっとお店に居る、そんなこともあるのよ」
ぞわっと僕はした。
新しい、僕の持ち主。
待つのも、確かに希望はある。
でも。
僕は棚からお店の床に降り立った。
そして入口の方に歩き出す。
「ど、何処に行くのよ!」
お店中のぬいぐるみたちがそう言った。
「僕は、いおりちゃんの所へ戻る」
きっぱりと僕は言う。
「無理よ! だって帰り道解るの?」
「無理むり」
「車に踏まれて終わりよ」
口々に言うぬいぐるみたちを、僕は不思議そうに見る。
どうして、持ち主の所に戻るのが無理なのだろう。
僕なら、出来るはずだ。
そう信じていたから、僕はどうにかこうかしてお店を出ることに成功した。
お外は真っ暗だ。
僕は幸い夜目は効く。
物陰から、物陰へ。
ぽてぽてと一生懸命足を動かす。
途中、方向が分からなくなった。
朝まで茂みで待つことにした。
昼間はそこで隠れながら僕はたまに顔を出して方向を確認した。
嬉しいことにいおりちゃんと通った道だった。
そこから、どれだけ時間と日にちをかけたか分からない。
けれど、とうとう辿り着いた。
大好きな伊織ちゃん家に。
僕は正直前より汚れてしまったかもしれない。
でも玄関の前にちょこんと座って目を閉じた。
「行ってきまーす……。お母さん、お母さん!」
伊織ちゃんの声がして、玄関が開いた。
伊織ちゃんの驚く声が響く。
「モーガンが居るの! 売ったはずのモーガンが!」
「そんな馬鹿なことが、あら!」
お母さんの驚く声も響く。
「すごいわ! 奇跡よ、モーガンが家に帰ってきたのよ!」
伊織ちゃんはそう言って僕を抱きしめた。
「もう二度と離さないから!」
僕はそおっと動いて伊織ちゃんに抱き付いたのだった。
その日。
その街では奇跡が起きたと幾つかのニュースが走った。
売ったはずのぬいぐるみたちが元の持ち主の所に戻ったというのだ。
大人たちはみんな首を傾げたが、子どもたちは二度とそのぬいぐるみを売らないと誓ったそうだ。
〖おわり〗
お読みくださり、本当にありがとうございました。




