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遠くの自分  作者: こしょ
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IF・後日談

本編を書いた現実の日の2年後にpixivの方でリクエストを頂いて、あくまでもIFとして後日談を書きました。

あくまでこれが正しい続きとならないと思いますがよかったらまた感想などもらえたら嬉しいです。

1


 目覚めると、家族がみんないた。お母さん、お姉さん、そして……お父さんがいた。お父さんを見るとなぜか顔が赤くなって、ベッドにくるまって隠れてしまった。

「どうしたの、武志、何か気分が悪いの?」とお母さんが顔を近づけて言う。

「そうじゃないんだけど」と私は答える。「ちょっと……」ますます声を小さくささやくようにする。「お父さんがすごくかっこいいんだ……」

「はあ?」

 お母さんはそれはもう驚いて大声を出したので私は怖かった。本当にすごく怖い声だった。

 すぐにお父さんが病室から追い出されて、母と姉と私だけになった。

「どういうこと? まだ体調が悪いの? もしかしたらお医者さんに話さないといけないかもしれないから、どんな状態か教えてちょうだい」

 私は考えたが、どうこの気持ちを説明したら良いのか全然わからなかった。もしかしたらこんな気持ちを持った人間って私が最初なんじゃないんだろうかとすら思った。

 言葉にできないながらも、顔になぜか血が集まって真っ赤になってくみたいだった。ただお父さんを見て感じたことを話そうとしているだけなのに。


「そうか、お母さんも一旦出ていってよ。私たち……双子の間だけで話をするからさ」

 そういうとお母さんも追い出された。このペースだとそして誰もいなくなるんじゃないかと、ちょっと可笑しかった。笑えるくらいなら自分は大丈夫なのかなあ。


「さて、ふたりっきりだね」

 やたら色気のある声で愛菜が言う。

「なんなの? いきなりさ」

「わかったのよ、武志の気持ちと、それが親には話しづらいことだってことも」

 少し違和感を感じ、私は考え込んだ。

「その、武志って呼ぶの、あんまりかわいくないから嫌だな」

「なんだって!」

「いや、そんなに驚かなくても……だってもう私は……男じゃないし……」

「そっか……私までこんなに驚いちゃった、そうなのね……でも、私だけは武志って呼んでてもいい?」

「まあ、そう呼びたいならそれでもいいよ、確かに前はそっちで呼ばれたかったようにも思う」

「他の人にはどう呼ばれたいの?」

「マイナがいいかなあ」

「ああ、マイナ……ね……」

 やはり愛菜も複雑そうにしている。

「ともかく、本題に戻るけど、あなたお父さんのことかっこいいって思ったんでしょ」

「うん……」

 そう言われるとやっぱり自分はおかしいかもって気がする。だって今までそんなこと思ったことがなかったはずだし、親をかっこいいって思うのは普通なのかどうなのかなあと思うと不安になった。

「お父さんを好きになるっていうのは……女の子にありがちなこと……らしいわよ」

「えっ、そうなんだ」

「思春期っていうのかしら……よくわからないけど……まあ、身近な男性だしね……もちろん、変な大人だったら好きになんかなりっこないけど!」

「お姉ちゃんは好きにならなかったの」

「ぜーんぜん、だって私、もっとかっこいい男だっていっぱい知ってるし」

 まあそうだよねえ、確かに。せいぜいクラスメイトくらいの私と違って、出会いや交友関係が桁違いだもん。

「たぶん、だけど今の状態、心も女の子に適応しつつある状態で最初に男を見たから、すりこみが入っちゃったんじゃないかと思うけど、どうかしら?」

「私はひよこじゃないよ! でもそんなもんなのかなあ、わからないや」

「今のあなたは赤ちゃんみたいなものなのかなあ」


 そこでノックがして、お医者さんが来たことを母親が知らせてくる。私が気が付いた……目を覚ましたので来たそうだ。

 調子はどうですか、違和感はないですか、心に不安はありますか。ということを色々聞かれた。先生は見た目冴えないおじさんで、服の着方も結構だらしない。あるいはお医者さんだから、めちゃくちゃ忙しいせいかもしれない。

 自分は、早く帰りたい気持ちが強いので、大丈夫大丈夫ですという答えに終始した。


 後でまた愛菜と二人きりになって、本当のところを話した。

「嘘ばっかり言っちゃった。先生もすごくかっこよかったの。私ずっとドキドキしてて、それを必死に隠してて」

「そ、それは……大変かもしれないわ、どうしたらいいのかしら……その状況、先生に話してもいい?」

「やめてよ! 人の気持ちを勝手に話さないで!」

「ごめん……ごめん……でも、これは、いったいどうしたら……」

 愛菜は頭を抱えた。そしてしばらく考えていたが、覚悟を決めたようにして言った。

「武志、あんた、しばらくは私とずーーーっと一緒にいなさい。いつか慣れることを期待するから。絶対に私の見えないところで男と会わないように! お父さんであろうと! 絶対に恋愛なんて起こさせたりしないから」

「ええ~~~っ!!」



2


 結局、姉がお医者さんに話してしまった。お医者さんは顔を隠してやってきた。その説明によると、どうしても過去に例のないことで、何があるかはわからない、もしかしたら薬が効きすぎてしまったのかもしれないから、そこをまた調整しますとのことだった。私が退院を強く希望したので、まあそれなら通院しながらやっていきましょうとなった。

「私の心ってなんなの? 薬なんかで気持ちが左右に動いて飛んでいっちゃうの?」

「いや、飛んでは行かないとは思うけど……」

 姉が苦笑して答える。今もふたりっきりで病室にいる。

「ちょっと、いい考えを思いついたから待ってて」

 といって少し外へ出ていって、すぐ帰ってきた。頭にウィッグをつけていた。

「ど、どうしたの?それ」

「男の子っぽい髪型にしてみたの。男の子に見えるかしら?」

「え……」

 確かに言われてみれば、今日は服装とかもそういう意識した感じに見える。でもそれだけでは……。

「見えないの?」

「いやそんな急に言われても……」

 そう答えたら、アイナは急にきりっとした表情を作ってみせた。いやそんな顔をされても……。

「…………」

 黙ってどんどん顔を近づけてくる。困った、何が困ったかって、姉は言うまでもなく、ものすごい美形なので……かなり困るのだ。またわけもなくドキドキして顔が赤くなって、はずかしくなってシーツで顔を隠した。

「勝ったな」

「なにがっ……!」

「あなたをドキドキさせたら私の勝ち」

「そりゃ、お姉ちゃんが近づいてきたら誰だってそうでしょ……」

「なによ、前は全然だったくせに」

 そういえばそうだったけど、なんだかもうずっとむかしの話みたいだ。

「けど、だったらどうだっていうの?」

「私があなたを守る。つまり、他の男には目も向かないくらいにずっと私が独占しようと思うの」

「よくわかんないですね……」

 実際そんなことできるのかな? 姉には仕事があるはずだし、学校も……違うし。

「えーっと、まず武志は私の学校に転校だよ」

「そうなんだ……それは、その方がありがたい、かも。あんまり、知ってる人と会いたくない」

「私の学校はみんないい子だからすぐなじめるよ」

「ただ単にお姉ちゃんの前でそう振る舞ってるだけなんじゃ?」

「そんなことはない……と思うけど……」

 どうもその辺信用できないなあ、うちの姉が好かれてるのかどうなのか、嫌われてそうな気もするし。そりゃあ男には好かれてるだろうけど。でも女子校ってどんなんだろうか……少しはあこがれもないではない。


 次の日には早くも退院したけど、すぐ学校に行くのは許してもらえなかった。先生もこの……発情みたいな状態を心配してるみたいで、あんまり色々しない方がいいというのだ。それは非常にもっともなお言葉だと同時にかなりつらくもあった。

 せっかく身体と心が適応したのに、家になんているとどうも気持ちがソワソワしてじっとしていられない。色んなこと、してみたい。薬でそれを落ち着けるのにも限度があるというか、まず薬なんてあんまり飲みたいものじゃないし。

 それにお父さんも家に住んでる、当然だけど。それがちょっと……過剰に反応しすぎて、もたない。でもそれってひどいことだとも思う。だってお父さんは何も悪くないのにこういう態度なんて。お父さん自身は全然気にしてないらしいけど。


 とにかく、外に出たい。

「まあそうでしょうね」とわかってたみたいにアイナはそう言った。

「いい考えでもあるの?」

「いい考えっていうか、私が一緒にいさえすればいいよ」

「ああ、護衛してくれるってことなんだ」

「そう言ったでしょ?」

「でも、学校も仕事もあるでしょ。どうやって」

「休む」

「それはだめだよ」

「いいのよ、私だって休みたいわ、たまには。二重生活も疲れるもん」

「いや、お姉ちゃんだけじゃなくて、私が困るから。世間からまた色々言われるでしょ?」

「そういうことね……確かにそうかもしれないわね。なんかびっくりしちゃった」

「そんなに驚くことあった?」

「武志がそういう主張をしてくることが。成長したのかしら?」

 確かに自分でも驚いた。なぜかわからないけど、いつも感じている遠慮や引け目が少なくなっているのかもしれない。それが姉に対してだけか、それ以外にもかどうかはわからないけど。もともと、心の中では色んなことを考えていた自分だけど、ほとんどそれを外に出すことはなかったのに。それはどうしてだろう……。

「いいことよ!」

 考え込みそうになった私を、姉が切り捨てるように言った。

「ちゃんと自分をしっかり持ってないと、女の生活はやっていけないわ。変な声をかけてくるやつはいっぱいいるからね」

「私なんかにも?」

「なんならあんたは私より余計に変なことが多いかもしれないわね……美人で気が弱そうだし」

「いやだなあ」

「だから、私が付いている間に練習しなさい」


 ということで翌朝、まだ転校手続きが終わってもないのに姉の学校に行くことになった。いやこれじゃ姉が付いているんじゃなくて私が付いていくじゃないか。まあ仕方がないけど。

 家から出る前に、ちょっと待っててと姉が言う。私は、前の学校の制服も変だし、そもそも男子用しかないしで、姉の私服を借りたがさすがおしゃれでかわいい。スカートを履いてみたかったけど、さすがにまだ早い、ということで止めた。いくら治療したとはいえ、まだ身体に慣れていないだろうからって。

 しかし戻ってくるのが遅いので、待ちながら遅刻しないか心配していたが、戻ってきた姉はすごいことになっていた。

「どう? 前はウィッグだけだったけど、今日は色々準備してきたのよ、男の子になりきるために」

「わァ……」

「ドキドキする? その様子だとかなりいいっぽいね」

 姉がかっこよすぎて、私は真っ赤になって玄関から外へ出た。アイナが追っかけてきて後ろから抱きすくめられた。

「オレ以外のヤツに目移りするんじゃねーぞ」

 そんなことを囁いてきたから今日はもう早くも、出かけようとしてたはずの力が全部持ってかれたかと思った。



3


 我ながらちょろくなりすぎているとは思う。まるで大スターの前に急に立たされた熱狂的なファンみたいだ。ところがそれがアイナの目的で、自分に目を引き付けさせたいわけだからちょろくないと意味がない。私は自分を守るためにちょろくなければならない?? そんなバカな!

「人生を楽しく生きなきゃだめじゃない。自分を騙すのも大事よ」

「お姉ちゃんのファンみたいに?」

 悪意があるつもりで言ったんじゃないけど、さすがにムッとした顔をした。言い過ぎたかもしれない。今、お姉ちゃんから見放されたら私なんて生きていけないというのに。


 マンションから出ると赤い車が待っていて、知らない女性が立っていた。スーツを着て背の高い大人の女性という感じ。

「あれは私のマネージャーよ、今日は車で乗せてってもらうわ」

「あっ、そうなんだ……」

 話してたらあっちから近寄ってきた。

「はじめまして。武志さんですね、今日はよろしくお願いします」

 とはいえ女性相手ならさすがに赤面はせず、だけど丁寧な挨拶に慣れていないことの方が問題で、どもりながらも「こちらこそ」と、どうにか返した。

 車に乗ったら、姉が普段やってること、ダンスや歌の練習とか、仕事とか、そんな話をしてくれた。私もそういうの聞くの面白かった。姉は複雑な表情でそれを隣で聞いていた。家族に聞かれるのは恥ずかしいのかもしれないと思った。マネージャーさんの運転はうちのお父さんより丁寧だった。


 無事その女子校に到着し……マネージャーさんはあっさりと帰っていった。

「そりゃ、仕事があるからね」

「あの人は、私のこととか知ってたの?」

「うん、全部話してる。ごめん。でも、絶対に人に漏らしたりしないから。守秘義務?もあるし」

「そうだよね。それにしても、いざこう来てみると、私のカバンちょっとゴツくてはずかしい……これも買い替えたい気もするけど」

「鉄板入れてたんだっけ?」

「入れてないけど。入れようとは思ったんだったかな……重くて止めた」

「私はいいと思うよ、痛々しくて」

 なんにも良くはないですよね。


 校舎に入る前からアイナはきゃあきゃあ言われてた。普段から注目されてるんだろうけど、今日は特にどこのイケメンだみたいな感じだし、しかも隣にはそのアイナ本人っぽい人がいる。つまりそれは私なんだけど。本当にまるで別人になったみたいで、少し楽しい気分。

「オレから離れるなよ」

 そう言って手を取ってくれるので、私はどこかのお嬢様のようだ。

「毎日こんな風なの?」

「いや、さすがに……今日はいつもと少し変化をつけたからね」

「ああ、毎日これなら面白いのにと思った」

「やろうと思えば毎日できるぞ」

「楽しみだね」

 後先も考えずに話をしてしまっている。


 しかし後先考えないのは今まさに困るわけで、学校に来たからといってそれはテーマパークに来たわけじゃないのだから、私は後ろの方に椅子をもらって授業を受けるしかない。特に、何か挨拶もしてないけど、先生には軽く紹介された。そもそもこのクラスになるかもわからないし。学校にきちんと通えるようになる頃には、今の状態も落ち着いているはずだ。

 ただ、やっぱり少し思う。私は場違いなんじゃないかなって。当然最初から場違いで来たのだが、そうじゃなくて、今は自分のことを女のように思っているけど、実際にはそんなことはない。男としての人生しか生きてこなかったんだから、付け焼き刃だよね。いいや、それどころか偽物にすぎないんだ。本当にこんなところに通っていいんだろうか……と冷静になってしまったのだ。


 なんか前の人から手紙が来たので、広げるとこんにちはって書いてあった。自分もノートを切ってこんにちはと書いて返したけど、男のような字ではずかしい。嫌だな、不安だな。

 うちに通うようになるんでしょ?そしたらお友達になりましょうね。とまた手紙が来た。よくわからないです……と返した。前の子は首をかしげていたが「よかったらあとできかせてください」と送ってきた。

 先生の言ってることは耳に入らず、まあもともと聞いてなかったけど、色んなことを考えていたら授業が終わって、その子が振り向いた。賢そうで品が良さそうで、私より存在がまぶしい気がした。

「何か事情があるんでしょう? よかったら聞かせてよ」

 好奇心を露骨に見せてくる。品が良さそうとはなんだったのか。

「私のことを知ってるの?」

「ごめんなさい、ネットで少し……」

 こういう時はどう言えと言われているんだったかな、さっきマネージャーさんからも聞いたんだ。そう、確か……。

「私は男性が苦手なので、女子校に通うことにしようと思っているんですよ」

「もともと男の子じゃなかったの?」

 ええと、そこまで聞いてこられた時はどう答えるんだったかな……。

「それなら知ってると思うけど、その時むりやりされたことで、男性に抵抗があって……」

 そういうと彼女はシマッタという表情をした。

「ごめんなさい、あの……私、本当に嫌なことをずけずけと聞いてしまって……」

「いいんですよ」

「大変だと思うけど、もしうちに通うようになったら、私、あなたの味方だからね」

「はあ、ありがとうございます。……どうしてそこまで?」

「え、なんとなく……かな」

 なんとなく、か。そんなもんなのかな。


 お昼になったから、アイナがどっかでお弁当食べようって言ってきた。私もそれは楽しみにしていた、というか授業に出てるだけじゃあんまり面白くないし。まあ、学校体験としてはいいんだけど。

 アイナが校内の綺麗な草むらやベンチがある場所を知っていたから、ふたりでそこへ行ってお弁当を広げた。ふたりっきりのつもりではあったけど、今日のふたりは注目されすぎているので、遠巻きに色んな子が見に来た。私はあんまりそれが嬉しくなくて、飯が喉に入らない……みたいな気持ちになっていたところが、アイナはむしろその反対みたいで、

「みんな、よかったらこっちで一緒に食べよう」と呼びかけた。

「や、やめてよ」とアイナを引っ張った、もう上半身がのけぞるくらい引っ張ったけど、後の祭りで、周りの女子たちは喜んで集まってしまった。十人くらい。どうしようどうしよう。

 ところが、案外こう大勢になってしまうと、かえって楽だとわかった。というのも、完全に埋没してしまって、自分が話さなくてもいい。どうせ中心はアイナなんだから、自分は「はい」とか「そうだね」って言っていればすむのだ。やはりお姉ちゃんはさすがだ。てっきり私みたいな社交性のない人間のことなんて理解できないんだと思ったけど、そんなことはなかったんだね!

 人口的に作られた空間のようではあるが、女子たちに私も混ざれているという事実が嬉しくて嬉しくて、笑顔が自然とこぼれていた。


 そこに男性の先生がやってきた。たぶん40歳前くらいで、体格が良くて男らしくてちょっと怖い。もしかしたら体育教師かもしれない。

「まずいな、あの人には話が伝わってないかもしれない」

「なんで?」

 アイナが若干、慌ててるのが伝わって、私も不安になって聞き返した。

「男を近づけさせないでって言ったのに、あの様子だとなんにも聞いてないよ」

 ついに目の前まで来てしまったので、アイナがかばうように私の前に立った。

「ここは女子校のはずだが、なぜそんな男子の格好して人を集めているんだ? そっちの君も、制服はどうしたんだ?」

 アイナがきゅっと手に力をいれるのがわかった。

「これは先生、私がこの子……妹を守るために絶対に必要だからやっています。それは学校にも届け出をして認められています」

 先生は予想外に真剣な答えが返ってきたので驚いたようだった。もしかしたら軽い気持ちで聞いてみただけってつもりだったのかもしれない。

「いったいどんな事情があれば、そんなことをしないといけない必要性が出てくるんだ? 休憩が終わるぞ、お前たちは早く教室に行きなさい」

 先生は女子生徒たちを追い払ったが、ずいぶんとブーイングを受けていた。

「自分は当然の注意をしただけなのに、どうしてこんな目に合うのかな、まったく」

 悲しげにぼやいているが、どうも本人はこんな反応になるとは思っていなかったようだった。なんか……そんな様子がかわいいと思ってしまい……。それで私はしゃがみこんでしまった。

 おかしいおかしい。見境がないじゃないか。しかもこんな、考えればむしろ嫌な相手とすらいえるのにこの気持ちは異常だよ。

 私を心配して、お姉ちゃんも寄り添おうとしてくれる。嬉しい。私にはお姉ちゃんの心が直接伝わってくるような気がした。

 でも困ったことに、先生まで心配して寄ってくる。先生の立場としては当然ではあろうけど、本当に逃げたい。そこでお姉ちゃんが先生に立ちはだかった。ああ、私のためにあらそわないで!

「弟に近づくな!」

 お姉ちゃんはそう叫んで、先生を突き飛ばした。先生は思いもよらなかったようで、尻もちをついた。それが良くなかったのか腰を痛めたらしい。

「……だ、だいじょうぶですか? かなり痛むんですか?」

 アイナがさすがに心配になって介抱しようとするが、先生は返事もできずにうめいている。

「私、誰か呼んでくるよ!」

 叫んで、私は走り出した。もうそれは無我夢中で、たまたま職員様と出会って呼んできたが、結局は救急車で運ばれていった。


 学校どころではなくなってしまって、結構な問題になった。学校側も内々に済ませようとはしているようだが、救急車まで来てしまったからにはなかなかそうはいかない。姉と母が謝罪とお見舞いに行ったそうで、先生本人は一応、快く許してくれたし、後で事情を聞いたようでその点に関しては自分も悪かったとは言ってくれたそうだ。でも、どこからかその話は広まって、あることないことスキャンダルとなってしまった。

 それが私にはすごくつらくて、ネットを見ちゃだめと言われても見てしまう。マネージャーさんからも連絡があって、何もしないでいいし、気にしないでもいいと言われた。

 しかし、自分はやはり耐えられない。姉がやったことは、全部が私のためで、あの時は人からはわからないだろうけど、すごく切羽詰まってたってことを、言いたい。しかしそれを言ったところで、ネットで私が本人だって証明する方法もないのだ。ないわけではない。自分の顔を晒す方法もある。しかしそれは……リスクも高いし、やはりアイナと同じ顔という点でどう言われるか……。

「武志、すごく気にしてるでしょ」アイナには見抜かれている。「全然気にしないでいいのよ、もう和解してるし、もうこれ以上の話は何もないのだから、黙っていればそのうち消えるのよ」

「でも! 私のことを守るためだったんだって言ったらどうしてだめなの? 本当のことなのに」

「それだと、先生がなんか暴力をふるったみたいに見えるでしょ? それもだめだから。ましてや、あなたの精神状態のことを話したら。つまり男に対して誰にでも好きになってしまうってことが知られたらどうなると思う?」

「どうなるの?」

「日本中の男がやってくるわ! あんたを口説きにね! そんなの最悪でしょ、だから絶対にしちゃだめだよ。まさかそれが嬉しい、なんて思ってたりしないでしょうね?」

「思うわけないよ……そんなの」

「お願いよ、頼むわよ。私のスキャンダルにならないようにしてね、絶対よ」

 こういうことで、私がそれをしないようになると考えてアイナはそういう言い方をしている。私は、もちろんその通りで絶対にそんなことはしないし、嬉しいとかドキドキするとかそんなことも思わない。そう、もちろん、思うわけがない。



4


 急に発情状態は治った。それはもう、喉のつかえが取れたみたいに。昨日、学校で一度冷静になってしまったからかもしれない。薬の量を試行錯誤して、それがちょうどいい感じになったからかもしれない。

 はたして今が治っている状態で自分が冷静だと誰が保証したのか?というと私が勝手に思っているだけだ。でもまあ、あんなかわいこぶったような行動はもうしたくない。

「お父さんおはよう」

「あ、おはよう。あー……」姉妹のどちらだ?と父は考えているようだ。私が武志だったら、父に顔を合わせようとはしない……はずだが。と考えたのか。「アイナか」

「いや、あの……たけ……」と自分の名前を言おうとして、言い淀んだ。冷静になっても、何かこの名前を使うのに抵抗がある。だってあまりにも男って感じの名前なのが、なんだか……。

「ええと、私は弟だよ。お父さん」

「ああそうか……なんだか久しぶりに会った気がするな。もういいのか?」

「うん、たぶん。気持ちも落ち着いているし大丈夫。今日は仕事は休みなの?」

「そうだよ」

 そんな話をしていると、アイナも居間へ出てきた。

「お父さん準備できたよ! あれ、武志? 出てきて平気なの?」

「うん、もう良くなったみたい。今日はアイドルの仕事?」

 土曜日だから学校ではないだろう。今までは朝こうやってアイナがアイドル仕事の準備でバタバタ物音を立てているのを、いつも部屋で音だけ聞いていた。「いってらっしゃい」なんて言って送り出したこともない。私にとって関係ない、遠い世界のことだった。

 だけど、今は少しうらやましいという気持ちが生まれてきた。そりゃあ、アイドルの世界が甘くないのはわかっている。今心に浮かんできたのはただの憧れ、女の子が誰もが持つような……。女の子! 一瞬びっくりしてしまったが、思い直した。私は女の子になることに決めたんだった。だから、この浮ついた心は自然の感情の発露なんだ、きっと。

「武志も行くでしょ?」

「えっ!」

「私と一緒に付いていくって言ったじゃん」

「行っていいの?」

 ためらう様子を見せているものの、気持ちは一も二もなく行ってみたい。

「じゃ、じゃあ……ちょっと待ってて」というわけで急いで私も出かけることにした。

 お父さんの運転で……!


 最初は、不安も相変わらずあったけど、なんか楽しかった。有名なアイドルと大勢会えるのかなとか思っていなくもなかったが、今日のアイドルはアイナだけで、あとスタッフさんばかりだった。

 マネージャーさんからは色んな話を聞かせてもらった。もしもその気なら、私にもアイドルへの道があるかもしれない。確かに、話題性はあるし、私のような存在は他にいない。いるわけもない……。でも、それは当然大変な道だ。

「アイナはもし私が本当にアイドルになったら嫌に思ったりしない?」

「なんで? そんなこと思うわけないじゃん、だってあんたは私の弟なんだから」

 姉は……私がライバルというか……商売敵になることなんて考えてもいないだろう。今の段階でそんなこと考える方がバカなことだ。それに姉はずっと私の勝てない存在で、だから余計なことを心配する必要もない。

 答えは保留させてもらった。マネージャーさんもいつでも良いと言ってくれた。なにしろ私もまだ病み上がりというか、病み途中というか、大変なことが色々とあったばかりってことは知っているから。もっとも日本中の人がそれ知ってるかもしれないけど。だからこそ、マネージャーさんはアイドルと言ってはいるが、単純に好奇心を満たすための存在かもしれない。私は。それでもチャンスではあるのかもしれない。いや、はたしてチャンスか? 俺はもともとどんな人生を望んでいたんだろう? 今はそれがよくわからなくなっている。


 だけど!今日は現場でたくさん人を見たことで、確信した、つまり精神状態が安定した、良くなったのだと。最初はマネージャーさんや一部のスタッフさんと話すくらいしかできないと覚悟していたが、なんかやっぱり平気だなというのがわかった。そろそろ、さすがにずっと悩んできたこの性の不一致にも決着がつくのではないだろうか? そうなりさえすれば、私は自由だ。そういう期待感に胸が膨らんでいた。

 でも帰ってから、姉にじゃれつかれて膨らんだ胸を揉まれたから声が出てしまったのはびっくりした。


 もう、一人で出歩いても良いと判断してはいるが、どうしようかなと思う。道を歩けばスキャンダルになる。だからこれまで毎回車で移動していたのだが、一生そんな生活ができるわけもない。いや一生というのは極端だけど、当面の話として今は何やっても話題になってしまうから、ひっそり過ごすべきとは思うけど……。でももしもデビューしたいとか思うならそんな時だからこそチャンスなのかな。私にはとても無理だけど。本気の人ならそうするのかもしれない。

 あれこれ煩悶して絨毯の上を転がりまわっていると、スマホが震えた。神崎さんが心配してメッセージを送ってきていたのだった。

「あれからどうですか? ネットでもまた名前を見て驚いています」

 別に一週間ちょっとしか経っていないのに、すごく昔のことみたいで、地続きという感じがしない。特に思う感情もない。どう返事したものか。とりあえず電話でかけ直した。

「ええと……処置を受けて、最初は困ったことがあって大変だったんだけど、今はようやく落ち着いて普通に考えられるようになったかな。ネットに出てるやつ? あれは……今は何言われてるかよく見てないけど、私が悪いんだよ。私のためにああいうことになって……。それに運も悪かったけど」

「落ち込んだりしてない? 今の気持ちは女の子なの?」

「うん、まあ……一応女の子の気持ちでやらせてもらってます……と言いたいけど、不安なんだ。だってまだ女の子の赤ちゃんなんだもん」

「そんなの気にしなくてもいいのに。お姉さんには相談したの?」

「言いづらくて……それに、姉の影響で普通の女の子になるのは、もしかしたらアイドルになるよりも難しいのかもしれない」

「……なるほど。考えてみれば、あのものすごいお姉さんから学ぶのは……大変そうですね」

 神埼さんは少し笑っていたが、私も笑った。

「そりゃあ女子校に行けば自動的に学べるからそれでいいはずなんだけど、ちょっと不安なんだ。一日だけ行って、そう感じた」

「糸崎さんはすごく良い人だから……それと比べて女子って結構どぎついところもあって、大変かもしれないね……」

「いや、そこまでは思わなかったけど。キラキラしててかわいい人ばかりで気後れしたんだよ」

「ああ、そういうこと」

「やっぱり、転校するのはやめて、神埼さんに女の子のこと教えてもらおうかな?」

「ええ!」

 神崎さんのその返事では、驚いているのか、困っているのか、喜んでいるのかよくわからなかった。

「例の先輩とはどうなの」

「あ、あの……うまくやっているよ、糸崎くんのおかげで……」

「そっかあ、じゃあ、邪魔をするわけにもいかないよね」

 努めて明るくそういうと、心からすまなそうに彼女は謝った。

「ごめんなさい……」

「気にしないで、というか連絡をくれただけでも嬉しいよ、じゃあ、またね」

「あの!」気が引けたのか彼女は急にまた声を強めた。「女子校だからとか誰が相手だからとか、そういうのそんなに気にしなくていいと思うの。だって、もともと女子だって色んな人がいるもの。それに私の好きだった糸崎くん! 例え女子になっても、ちゃんと知ったら絶対にみんな好きになるよ、間違いなく、絶対に!」

「ありがとう」

 なぜか感情が溢れてきて、涙を流しながら私はそう答えた。

 そんなわけで、私はこれからも頑張って生きていこうと決めた。チョロい人間だったとしてもそれでいい。

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