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あの日のオリオン

作者: 秋葉隆介

この小説は、僕が恋心を抱いたある女性と、二人で行った東京出張の時に起こった出来事を書き起こしたものです。

とてもロマンチックな雰囲気の中で交わした会話、それは僕を勘違いさせるには十分なものでした。

その結末は… 本文でご確認いただければ幸いです。

 これは僕が、ある女性に恋をしてしまった時の話です。

 そのひとは、おしゃれでスタイルも良く、街を歩けば誰もが振り向くような美しい人でした。

 ひょんなことから僕の仕事を手伝ってくれるようになり、仕事の一環で「二人きり」の旅行へ出かけることになりました。行先は東京、もうすぐクリスマスを迎えるキラキラの街を、美しい人と一緒に歩く、そのことが僕の心を密かにに浮き立たせていました。

 仕事を一緒にするようになって半年余り、つかず離れずの微妙な距離をずっと僕は不満に思っていて、少し打ち解けてきたと感じていたこのタイミングで、一気に二人の関係を深めようと僕は気負っていました。

 僕は仕事はそっちのけで、彼女とのデートプランばかり考えていました。仕事の話の合間に、食の好みや行ってみたいところを彼女に聞いてみたり、その日の行動パターンを彼女に伝えてみたり… 

 彼女は特に気にする素振りを見せることもなく、「楽しみだね」と可愛い笑顔を見せてくれるような、僕ににとっては思わせぶりな態度をとり続けているようでもありました。

 そして出発の日。駅の待合室で待っていた僕の前に、はにかんだような笑顔を湛えた彼女が現れました。

「待たせてしまってごめんなさい」

 そう言う彼女の声は落ち着いたトーンでしたが、いつもより少し弾んだように聞こえたので、僕の心は一気に浮き立ちました。

 

 これから彼女と二人きり


 僕の心は、大きな期待に膨らんでいました。

 この後知らされる「現実」を知る由もなく…


 旅先のホテルにチェックインを済ませ休んでいると、彼女から僕にメッセージが届きました。

「素敵なお部屋をありがとう」

 旅行の手配はすべて僕がしたので、彼女は入室まで部屋の様子を知らなかったはずです。初めて部屋を見て、とても喜んでくれたようでした。

 喜んでくれた様子を感じて、僕は大いに満足していました。それまでのリサーチや彼女の雰囲気を鑑みて、今回の部屋やプランを考えていたからです。ここまでは思った通りの結果になって、一人ガッツポーズをしていた僕のもとに、さらに僕を期待させるようなメッセージが届きました。


「広くて一人で寝るにはもったいないな」


 それはどういう意味なんだろう

 単純な感想なのか、一緒にいたい、というメッセージなのか…

 僕はもやもやを抱えたまま、十九時にロビーで待ち合わせ、と彼女にメッセージを送信しました。


 十九時。


 ホテルを出て、煌びやかな街を二人で歩きました。

「すごーい! きれいだね!」

 いつもは物静かな彼女が、子供のようにはしゃいでいました。純白の街の灯りは、彼女の姿を表情を、ありありと浮かび上がらせていました。その美しさに、僕は彼女から目を離せないでいました。彼女は僕のその視線に気づいたのか、僕と目を合わせるといたずらっぽい笑みを浮かべ、

「すっと見てるよね? そんなに見たら恥ずかしいよ…」

 そういうと僕の先に立って歩き始めました。


 気づかれるよね…


 少し羞恥心を覚えた僕は、その後すっと彼女の後ろを歩いていましたが、はかばかしい会話ができるでもなく、その夜のお店へと向かいました。


 そのお店も僕のチョイスで、日本酒が好きと聞いていた彼女のために探し出した居酒屋でした。たくさんの酔客がいて店内は騒がしかったんですが、通された部屋は二人きりになれるところで、静かに会話が交わせそうでした。

 差し向かいに座って、僕と視線を合わせた彼女は、引き込まれるような笑顔を浮かべていました。その笑顔を見て僕は、少し落ちていた気分が引き上げられ、精一杯の笑顔を返しました。

 そのお店のチョイスは大正解で、料理もお酒も大変上質なものを提供してもらいました。彼女がおいしそうに食べる様子はとても素敵で、見ている僕も幸せを感じていました。その姿をずっと見ていたい、と思ってしまうほど…

 その時でした。彼女が突然、

「ありがとう」

 と僕を見つめて言葉を発しました。僕が驚いた顔をしているのを見て、彼女は言葉をつなぎました。

「全部私を思って用意してくれたんだよね? このお店も、ホテルのお部屋も」

「やっぱりわかった?」

「わかるよ、私の好みにドンピシャだもん」

 ずっと彼女のことを考えていたことに気づかれた僕は、少し気まずさも覚えていたんだけど、でも思いが彼女に伝わっていたことに嬉しさも感じていました。

 彼女を喜ばせたい、彼女を楽しませたい、そして彼女の笑顔を見たい… その思いが果たされて、僕は満足感に浸っていました。

 その満足感が、僕の秘めていた思いに火をつけてしまいました。僕の独りよがりな感情が、次の行動に走らせてしましました。


 彼女と思いを共有している


 それが大きな勘違いだと気づくこともできずに…


 店を後にして、僕は彼女に告げました。

「もう少し付き合ってくれないかな? あなたに見せたいところがあるんだ」

「え? そうなの?」

「すごく東京らしい夜景が見れるところがあるんだ。そんなに遠くない、歩いてすぐだよ」

 僕は彼女を促し歩き始めました。

 向かったのは東京駅、煌めく摩天楼の向こうにある歴史的建造物『丸の内駅舎』を目指しました。

 少し前まで写真を撮るのが趣味だった僕が、東京出張のたびに訪れていた場所で、とても東京らしい美しい景色を彼女と見たい、そして二人の『思い出の場所』にしたい… そう僕は意気込んでいました。

 駅舎の全景が見える広場まで、あえて彼女にそちらを向かせず、もったいぶってから振り向かせました。初めて目にした光景に彼女は、

「きれい…」

 そうつぶやいたまま動きを止め見入っていました。

 歴史を留めたような建造物の向こうに光輝く摩天楼、少し非現実な光景の中に、彼女は佇んでいました。そして僕は… 彼女の立ち姿に見とれてしまっていました。


 その時でした。


「あっ! あれ見て?」

 彼女が振り返って指さした先には、摩天楼の眩い光に囲まれた夜空がありました。僕が怪訝そうな表情を浮かべているのを見とがめた彼女は、

「ほら、あれ…!」

 そういって漆黒の闇をもう一度指さしたんです。指先が示す、駅舎の屋根と摩天楼に囲まれた夜空には、星が瞬いているのが見えてきました。

「あれって… オリオン座だよね?」

 良く目を凝らして見てみると、駅舎の屋根に横たわるような、巨大な鼓型の星座が確認できました。確かに、夜空に姿を現したばかりのオリオン座でした。でも… なぜ今?

「あなた、話してくれたよね?」

 その彼女の言葉で、僕の疑問は氷解しました。僕の職場では、朝礼の時間に当番のスタッフが短いスピーチを行うことになっていて、僕は冬の夜空の話をしたことがありました。彼女は今、夜空を見上げて僕の話を思い出してくれたようでした。

「あなたが星の話をするときにね、話が上手なことや知識がすごいことにも驚いたんだけど、楽しそうに話しているのを見ていたらね… 本当に星の話が好きなんだなって、素敵だなって思っていたの」

 彼女がそう感じていてくれたことは、僕にとっては意外なことだったのと同時に、とても嬉しいことでもありました。彼女は続けて、

「今ね、あなたが話してたオリオン座があれじゃないかって… そう思ったら嬉しくなっちゃって」

いつも落ち着いた雰囲気の彼女が、はしゃいでいる姿を見ていた僕は、その可愛さに心を撃ち抜かれていました。

「一緒にオリオン座を見られて… 嬉しかったな、あなたと」

 

 それって…?


 彼女のその言葉に、僕の恋心は一気に燃え上がりました。

「じゃあ、これからも一緒に、夜空を見に行こう」

 そう言葉を発した僕は、想いがどうか彼女に届いて欲しいと願っていました。ですが、彼女の答えは僕には受け入れ難いものでした。

「それは出来ないの」

「どうして?」

 今日これまでの彼女の言動からは、僕にはとても納得出来ない答えだったので、僕は彼女へオウム返しに疑問をぶつけてしまいました。詰るような僕の言葉を聞いていた彼女は、少し申し訳なさそうな表情をして、

「あなたが私に好意をもってくれてるのは嬉しいの。でもね、私には今パートナーがいて、その人と一緒に暮らしているの」

 意外な彼女の告白に、僕は何も言葉を返せないでいました。その時僕は、明らかに落胆した姿態を、彼女に晒していたのかもしれません。

「あなたは素敵な人だと思う。憧れに近いような気持ちも抱いてた。でもね、一度失敗してしまった私を、大事にしようとしてくれている人をね、裏切ることは出来ないと思ってる」

 彼女の告白で、僕は一気に現実を顧みることになりました。

 僕は妻帯者、彼女は一度、過去の結婚生活で、深い傷を負っていることも聞いていました。そんな彼女が、今の僕を受け入れるわけはないということも…

 自分の顔を見つめたまま、何も言葉を発しない僕に、彼女はまた申し訳なさそうな表情を浮かべて、最後の言葉を発しました。


「ごめんなさい」


 それが僕を諦めさせる一言になりました。

「わかった、僕の方こそごめんね」

 そう言って浮かべた笑顔は、僕には精一杯の強がりでした。


 そして僕たちは、その場所を後にして、ホテルへと向かいました。

 一緒に乗ったエレベーター、先に降りた彼女は、扉が閉まる瞬間まで、深々とお辞儀をしていました。

 扉が閉まったその時から、僕たちはただの同僚に戻りました。


 時が流れ… 春になり…

 僕はその職場を離れ、彼女とも離れ離れとなりました。

 それでも… 今でも…

 彼女への想いは、僕の中に留まって、なかなか消えることはありません。

 


 

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