兄来訪
アイラと訓練を終えてインディさん屋敷に戻ると、屋敷の主であるインディさんが出迎えてくれた。
「二人共おかえり。テオドール君に客人が尋ねてきたんだが・・・」
「僕を尋ねてですか?いったい誰でしょうか」
インディさんの表情も声色も端切れが悪い。
正直尋ねてくる人物に僕も心当たりはない。実家を追放された僕に尋ねてくる人物なんているのだろうか?
「君の兄と名乗る人物だ。君と違ってワイルドな御仁だ・・・心当たりはあるかね?」
「あー、多分ルーズ兄さんで間違えないと思います。どこにいますか?」
一体どんな要件で尋ねてきたのだろうか?まさかキュリーの所在がバレたのだろうか。その可能性が濃厚だけど決めつけるのはよくないだろう。
「客室にいる。来てくれ」
僕達は客間のドア近くに移動した。
そこでアイラが僕に提案してきた。
「私も同席しようか?」
「アイラはここで待っていて。大丈夫だよ」
アイラの表情は心配げだ。僕に気を遣ってくれていることが伝わってくる。努めて明るく僕は笑いかける。
家族の問題は僕自身が解決すべき問題だ。ルーズ兄さんにはこちらの情報を与える必要はないだろう。
「ではテオドール君、行こうか」
「はい」
インディさんに促されて客室に入室するとルーズ兄さんがいた。ルーズ兄さんは驚き表情を浮かべながらガタッと立ち上がる。
「やあやあルーズ君、待たせてすまなかったね」
「何でお前がインディ教授と一緒にいるんだ!?」
「久しぶりだねルーズ兄さん。インディさんとはご縁があってお世話になってるんだ」
ルーズ兄さんが納得いかない表情をしている。
「テオドール君は我が家の客人として招いているんだ。そのことに何か思うことがあるのかな?」
「い、いえ、そんなことは毛頭ございません───ちょっとやそっとでお近づきになれるような方ではないぞ・・・クソ」
ルーズ兄さんが大げさに反応した後にボソボソと悪態をついている。
今更ながらインディさんって偉い人なんだなと思った。普段フレンドリーすぎて忘れそうになるけど・・・。
「それでルーズ兄さんはどんな要件で尋ねてきたの」
「確認だよ。確認。お前、どんな不正したんだ?」
「不正って何が?」
「家にもお前の活躍が聞こえてきたんだよ。未発見の遺跡を発見しただの、山賊を対峙したとかな。『投石』しか出来ないやつにそんなこと出来るわけねえだろ」
はたして僕が説明して話を聞く気があるのだろうか。昔からどういうわけか僕のことを毛嫌いしていて話を聞いてくれたためしがない。どう説明すればよいか逡巡していたところにインディさんが助け舟を出してくれた。
「テオドール君は『投石』以外のスキルも使える。それに『投石』も上級魔法と変わらない威力があったはずだが・・・。君は家族なのにそんなことも知らないのか?我が家の客人に対してその失礼な物言いは、当家に喧嘩をうっているということでよろしいか?」
「い、いえ、決してそのようなつもりは。ただの言葉のあやです」
温厚なインディさんが語気を強くして抗議する。
ルーズ兄さんは怯んだような釈明しだす。しかしその表情からすると納得していないのは明らかだ。
話が平行線終わるかと思った所で客間のドアがバン!と開く。入り口にいるのはキュリーとアイラだ。
キュリーの目尻は上がって鼻息荒い。アイラは澄まし顔で笑っている。
突然の登場に客間にいた僕達は驚く。特にルーズ兄さんはあんぐりと口を開けて何でお前達がここにいるんだというような表情をしている。そしてキュリーによる怒涛の口撃が始まる。
「ルーズ兄様、何様のつもりですか。勝手に追い出しておいてその物言いはなんなんですか!?テオ兄様はサイエンス家の名に恥じない活躍したら何で文句を言われなくちゃいけないのですか。そんなこと言ってる暇があったらルーズ兄様こそ功績をあげるべきではありませんか!!」
「なんでキュリーがここにいるんだよ!?」
キュリー相手ではルーズ兄さんもタジタジとなり言い返すことが出来ずにいる。
「私がどこに居ようと私の勝手です!後、テオ兄様はルーズ兄様より強いです」
流石にその物言いはルーズ兄さんも容認出来ない。
「・・・キュリー、いくらお前でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「だったらテオドール兄様よりルーズ兄様の方が強いと証明してみてください」
「いいじゃねえか。おいテオドール決闘だ。俺様がお前の化けの皮を剥がしてやる」
何か勝手に話が進んでいるけど、僕がルーズ兄さんと戦う理由が見つからないのだが。
「あの、何で僕がルーズ兄さんと戦わなくちゃいけないのですか?僕はもう自由に生きてるわけだからサイエンス家の顔色を伺うつもりはないよ。兄さんと戦わなくても古代遺跡に潜れば世間の評価は得られるから」
「おいおいおい、キュリーとアイラ嬢のことを親父に言いふらしてもいいだぜ?親父からはキュリーを見かけたら連れ帰るように言われてんだ。優しいお兄ちゃまは見過ごすのか?万が一でも俺様にお前が勝てたなら黙っていてもいいんだけどなぁ」
父上の名前が出てキュリーの顔色が引き攣る。そして僕を上目遣いで見つめてくる。
安心させるように僕は微笑む。
「テオ兄様・・・」
「ルーズ兄さんいいよ。決闘しようじゃないか。約束は守ってね?僕が勝ったらキュリーとアイラを見逃してもらう」
「クックックック・・・いいぜ。公衆の門前でお前の無能っぷりを晒してやろうじゃねえか」
一連のやりとりで沈黙を貫いていたインディさんが口を開く。
「明日の昼間だったら闘技場が空いている。場所はそこでよいかな?」
「インディ教授、助かります。出来の悪い弟を分からせてやりますよ」
「紅蓮の賢者殿、その名に恥じぬ活躍が出来るとよいですな」
「任せてください。ワッハッハッハ」
上機嫌で出てゆくルーズ兄さん。いなくなった後にアイラがポツリと呟く。
「現実を知るのはいったい誰なのかしら?」
兄さんは<紅蓮の賢者>の名に恥じない実力を兼ね備えた人だ。僕はただ最善を尽くすだけだ。
そう決意を固めていると、キュリーが僕に尋ねてきた。頬の朱色はとれていて冷静さを取り戻していることが伺いしれる。
「テオ兄様ごめんなさい。ルーズ兄様の物言いが気に入らなくて我を忘れてしまいました。・・・その、怒ってますか?」
「怒ってないよ。遅かれ早かれ実家の問題は僕達につきまとっていた問題なんだから。勝てる確証はないけど<ロストテクノロジー>なら遅れをとらないはずだ」
「テオその意気よ。戦いなさい。キュリーちゃんと離れ離れになっちゃいけないわ。───だから、キュリーちゃんも一緒に応援しましょ」
「はい!」
みんなが僕の背中を押してくれる。僕は一人じゃないよ。




