古代人との邂逅
迂回路を求めて更に奥へ進むが見つからない。
突き当りに部屋があり、扉が閉まって開きそうにない。
「ここにも迂回路はないわね・・・」
アイラの声に若干苛立ちと不安が含まれている。このまま迂回路が見つからなければ僕達は死ぬわけだから。
「そのうち見つかるさ。水と食料はまだあるからさ」
水も食料も半分程残っている。出発当初の頼もしさ(重み)はない。
念の為僕も突き当りの部屋を調べてみる。
扉は灰色の見慣れない金属で出来ていて、人力で開けるのは難しい。───駄目元で扉前にある台座に手を添えてみる。
『<ロストテクノロジー>保持者の生体認証を確認。シェルターを開放します』
平坦な女性の声が聞こえ・・・その後に扉が開く。
「テオ、偉い!!」
「いや、手を添えただけなんだけど・・・」
「さぁ、中に入りましょう。きっとこの先に迂回路があるわ!」
結論から言えば部屋の中には迂回路はなかった。部屋の壁面にガラスが埋め込まれており、内側が透けて見える。黒くてその先は見通せない。
そして何より目を引くのは、棺のような筒状のガラスケースの中に収まっている女性だ。年齢は20歳位で黒髪が印象的。容姿は整っており白百合のような清らかさがある。王国では見たことないタイプの美人────異国の人だ。そんな女性がスヤスヤと眠りについている。まるで童話の世界だ。
「この人、どなたかしら?」
「誰だろうね」
見た所外傷はない。傍目からただ眠っているように見える。
起こしていいのか逡巡していると突如壁面のガラスが光り、僕達は身構える。
「こんにちわ、テオドール。会いたかったわ」
眠っている女性がガラスに映っている。声と表情は親しげで温かみがある。会うのは初めてなのに何故か会ったことがあるような既視感がある。
「テオ、誰なの!?こんなに親しげに・・・私というものがありながら!!」
「いや、初対面なんだけど。えと、どちら様でしょうか?」
「名乗り遅れてごめんなさい。私はヒストリア。<ロストテクノロジー>を託した者と言えば通じるかしら」
「えっ、あなたが!?」
既視感の正体に気付く。脳内で流れるシステムメッセージの声の人だ。あっちは無機質で平坦な声だけど、こちらは親しみの籠もった声だ。そのギャップですぐには分からなかった。
「テオドール、あなたには迷惑をかけて申し訳なく思っています。私が<ロストテクノロジー>を託したがために不当な誹謗中傷を受けてきたことでしょう。本来はスキル神託で<深淵の賢者>を授かるはずだったのです」
「僕が<深淵の賢者>なんて・・・」
「テオだったら賢者クラスで最高位を授かっても不自然ではないわ!」
父上や兄上よりも位の高いスキル(職)を授かった自分を想像する。もしそうであったとしたら、人々は───父上も僕を称賛していたし、誰もが掌返しなんてしなかっただろう。でもそれでよかったのか?もしも<ロストテクノロジー>を託されることがなかったら他人の本音を知る機会なんてなかったことだろう。
「テオ、どうしたの?<深淵の賢者>を授かれなかったことがショックだったの?<ロストテクノロジー>だって凄い力だと思うわ!」
「ううん、そうじゃないんだ。アイラ、一緒にいてくれてありがとう」
「えっ!?なっ、何よ急に」
アイラが顔を真っ赤にしている。
僕が外れスキルを引いたとしても変わらずに接してくれるアイラに感謝する。本人はよく分かってないようだけど。
「ふふっ、二人ともお似合いね」
「あっ、話の腰を折ってすみませんでした」
「そんなことはないわ。あなた達の人間性を再確認出来て満足だわ。テオドール、あなたに<ロストテクノロジー>を託して正解だったわ」
「何故僕なんですか?」
魔法の修行を精一杯頑張ってきた自負心はある。但しそれでも僕より強い強者はきっといるだろう。
「才があり、知恵の巡りのよい者は確かに一定数います。しかし謙虚さと誠実さ、<ロストテクノロジー>を悪用しない自制心を兼ね備えた人物とゆくと中々いません。<ロストテクノロジー>を託すに値する人物はテオドールしかいなかったわけです」
「ですよね!私もテオの良い所だと思います」
アイラが我が事のように鼻息荒くしている。
自分がそこまでの人物とは思えないけど、確かに父上や兄上に<ロストテクノロジー>を託したら大変なことになっていただろう。権力抗争の道具か、危険な魔導実験に使われていたと思う。
「だからテオドール、改めてお願いするわ。<ロストテクノロジー>の力を用いて私達(古代人)の尻拭いをして欲しいの」
「尻拭い?」
「過去の時代で生まれた者です。貴方達が古代遺跡と呼ぶ建造物を作り上げた民族だと言えば分かってもらえるかしら?ある事故が原因で我々は絶滅の危機に瀕しました。その際に、別の星───別の大陸に移住を試みた者もいれば大地が蘇るまで眠りについた者もいます。そして私は後者というわけです」
「・・・気の遠くなるような話ね」
アイラの呟きに同意見だ。僕達(新人類)が遺跡調査を行い、遺跡の創造主(古代人)はある日突然いなくなったとされている。断片的であれ、その一部始終を聞けるなんて驚きだ。
「『私達』ということはヒストリアさん以外にも目覚めた方がいるということですよね?」
「ええ、そうです。私達も色々な考えをもっています。ひっそりと暮らそうという者もいれば、元々この大陸は私達のものだったのだから取り戻そうと考えているものもいます。当代の魔王もまた古代人です」
「「えっ!?」」
魔王は魔族の王様だ。魔族は人間と比べ寿命が長く肉体も頑丈。但し個体数が少ない。僕達(人間)と国境が隣接しているためか、あまり仲は良くない。今までは双方共に不干渉に徹してきたので目立った争いはなかった。それが最近になってにわかに小競り合いが増えてきている。
「魔王の言い分にも一理ありますが、争って何になると言うのです。魔王の暴走を止めて欲しいのです。テオドール、貴方なら出来ると信じています」
「分かりました。任せてください」
「ちょっと待って!」
アイラが真剣な顔で僕に問いかけてきた。
「テオ、貴方が軽はずみな返事をしていないことは分かるわ。でも本当にいいの?<ロストテクノロジー>という規格外なスキルを託されなければならない程、困難な依頼なのよ?実家から追放された貴方がそんなことする義理がどこにあるの?」
「確かに僕は父上から追放された。でも僕はサイエンス家の人間であることは変わりないんだ。ご先祖様のように持って生まれた力を誰かの笑顔のために使いたい。力を授かったなら誰かのために役立てたい。そのことに生まれも育ちも関係ないと思う」
ドロシーちゃんに頼られた時のことを思い出していた。
アイラが深く息を吐き出す。
「分かった。分かったわよ。テオ、私もあなたについてゆくわ。ほーんとお人好しなんだから!」
「アイラ、ありがとう」
ヒストリアさんが僕達を慈しむように見ていた。何だかちょっと恥ずかしい。
「御二人ともご協力感謝します。微力ながら私も助力いたします」
『特殊条件達成により、使用可能スキルが追加されました』
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LV6
使用可能テクノロジー
▼投石(LV3)▼
ガトリングガン(LV3)
火炎放射
▼パワードスーツ(LV2)▼
▼衛星監視▼
▼光学迷彩▼
▼モンスターサーチ▼(NEW)
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見慣れないスキルがまた一つ増えた。『モンスターサーチ』
「モンスターサーチは対象の特徴や弱点が分かります。初見のモンスターも楽々攻略することが出来るでしょう」
「えっ、そんなことが出来ていいのですか!?」
「テオに相応しいスキルね!」
冒険者が最も危険に晒される局面とは、未知のモンスターと戦う時だ。
モンスターの特性が分からず、対策を立てられないため命を落とす・・・。
モンスターサーチがあれば、どんなモンスターでも『対策を立てて』挑むことが出来る。
「魔王は強力です。まずは遺跡を巡りながら力を蓄えてください。───もう一つ渡したいものがあります」
部屋の隅にあった引き出しが『カシャッ』という音を立てて勝手に開く。
「引き出しの中に携帯端末が入っています。持ち帰ってください」
「『けいたいたんまつ』とは何でしょうか?」
「ああ、失礼しました。手の平サイズの壁面モニターです。携帯端末さえあれば外でも話をすることが可能です。1日3分までなら話をすることが出来ます」
「心強いです。ありがたく頂戴します」
引き出しの中にあった長方形のガラス板を懐に仕舞う。ガラスの表面をなぞれば操作出来るようだ。
「あのー、ヒストリアさん、一つ質問してもいいですか?」
アイラが控え目に尋ねる。
「携帯端末をいただけるのは非常にありがたいのですが、例えば一緒に同行いただくことは出来ないのですか?」
すると困ったようにヒストリアさんが笑った。
「私は外界に身体を馴染ませることが出来なかったからバイオカプセルから出ることが出来ないの」
「───っ、無神経なことを言ってごめんなさい」
イリアが深々と頭を下げる。
彼女はどんな気持ちで外界を見て、僕達に<ロストテクノロジー>を託してくれたのだろうか。もしも『女神』或いは『聖女』というものが存在するのであれば彼女のような人を言うのではないのだろうか。僕も彼女に期待に応えたい。
「ふふふ、いいのですよ。もしかしたらあなた達が遺跡巡りの結果、私の身体を外界に順応させる技術が発掘されるかも知れませんから。後、今回の遺跡探索は誰かの協力を得て行っているのですよね?そうだとしたら、ここの遺跡は公表しなさい。扉はテオドール以外に開けることは出来ないから」
「えっ、よろしいのですか?」
意外な提案に驚いた。どこまでインディさんに話した方がよいか頭を抱えていた。僕しかヒストリアの部屋を開けることが出来ないなら遺跡が公表されても問題ないか。遅かれ早かれ遺跡そのものは発見されてしまうわけだから。
「勿論。後はそうね・・・、これも持っていきなさい」
先程と別の引き出しが『カシャッ』と開く。中には携帯端末と同じ大きさで真ん中に大きなガラスが付いている。これはどんな魔道具なんだろう?
「そちらはカメラ、『インスタントカメラ』と言います」
「『いんすたんとかめら』?」
「その場の場景をそっくりそのまま写し撮る装置です。1日5回までなら撮影可能です」
「まぁ、なんて素敵! テオ、『いんすたんとかめら』貸して!」
アイラが目を輝かせて食いつく。インスタントカメラを引ったくられた。
「それでどう使うんですか?」
「カメラから被写体を覗いてボタンを押します」
『ピピッ、パシャッ』
インスタントカメラが光って、ちょっと眩しかった。
暫くすると正方形の紙が出力されていくる。
「テオ、見て凄い!そのまま写ってるわ!!」
「うん、凄いね」
元々の使用用途に思いを馳せていた。軍事利用した場合どれ程の価値があるか計り知れない。でも、いまアイラが使ったように親しき隣人を映すことに使われていたのかも知れない。どちらにしても僕達にとっては贅沢な使い方であることは間違えないだろう。
「はい、テオ。カメラ返すね」
「ん、そっちの紙は?」
「嫌よ!」
両手で紙を抱きしめている。───渡してくれそうにない。
「ふふふ、アイラ、写真はそのまま持ってていいですよ」
「ヒストリアさん、ありがとう!」
二人で和気あいあいしている。別にそんなに持ってたいなら持ってていいけどさ。
僕の紙もとい、写真を持っていて嬉しい理由がよく分からなかった。
「テオドール、一つお願いがあります」
ヒストリアさんがアイラとの話を終えた後にお願いをしてきた。ちょっとバツが悪そうにモジモジしている。
どんなお願いでも僕が出来ることなら行うつもりだ。
「はい、なんでしょうか」
「用事がなくても1日1回携帯端末繋いでね?絶対よ」
「分かりました。任せてください」
◇ ◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん、おかえりなさい!」
「おお、無事に戻ってきたか。おかえり」
インディさんの屋敷に戻るとインディさんとドロシーちゃんが一緒にいた。
早速、遺跡での出来事を話し、『インスタントカメラ』を献上した。もちろんヒストリアさんの存在を伏せてだ。
「おお、何て素晴らしい古代遺物なんだ。本当に、本当に貰っていいのか!?」
「勿論です。ただ出来れば公の場では使用しないでください。あくまで私的使用でお願いします」
インスタントカメラは古代ならば当たり前の技術なのかも現代においては取り扱い方を気をつける必要がある。それこそ決定的な場面を撮影して物議を醸すかも知れない。
「テオドール君、ありがとう!───よし、パパ写真とっちゃうぞ!」
インディさんがドロシーちゃんにカメラを向けて『パシャッ』
「!? もう、パパったら」
出てきた写真に目を輝かせるインディさん。
うん、これが正しいカメラの使い方だと思う。




