第六話 円盤結界
町外れにある魔物もいないのどかな森林。
そこに無許可で建てた結界拠点にて。
「なーんでー」
ソファーに腰掛けるマドカはふくれっ面をしていた。
「しばらくは自分のスキルと向き合いたいんだよ」
理由は俺がまたマドカの誘いを断ったからだ。
「もっと色々と出来る気がするんだよ、このスキルで」
「むー……わかった」
クッションを抱き締め、不満そうな顔をしているがわかってもらえたみたいだ。
「でも」
立ち上がり、キッチンのほうまで来て、ぐっと顔を寄せてくる。
「私がずっと昔から誘ってること、忘れないでよね」
「あぁ、憶えとく」
「ならば、よし。あー、お腹空いた。今日の朝食は?」
「圧力鍋で作るポトフ」
「わー、美味しそう。あと、どれくらい?」
「もう出来てる」
蓋を開けると湯気とともに良い匂いが部屋中に漂う。
「ウィンナーにキャベツ、じゃがいも、にんじん、タマネギ、あとたくさん」
「いい匂いだねぇ」
「しんなりしてるし、ジャガイモも箸で切れる。成功だな。苦労して作った甲斐があったよ、圧力鍋」
風の魔法陣の調整に苦労したが、無事に機能したようでなによりだ。
「はやく食べよっ」
「あぁ」
深皿に盛りつけて食卓へと運び、手を合わせる。
「いただきます」
こうしてまた一日が始まった。
§
今回のクエストは遺跡型ダンジョンにて特定の素材を集めること。
冒険者組合を出て指定のダンジョンへと向かい、その内部へと足を踏み入れる。
視界に広がるのはどこかの王宮のような内装だった。
磨かれた大理石の床、壁に何枚も飾られた絵画、天井から伸びるシャンデリア。
どこか歴史的な城の見学にでも来ているような気分になる。
「さてと、獲物はどこだ?」
周囲を見渡しつつ足を進めていく。
「そうだ。目印」
迷わないように結界で目印を作成する。
シンプルな矢印のもので、向かう先を指し示すように配置した。
「これでよし……ん?」
目印を浮かべ終わると、微かに音が聞こえた。
かしゃん、かしゃんと金属が擦れ会うような音。
それが明確に聞こえるようになる頃には、音の発生源も見える位置に来ていた。
「騎士様のご登場か」
それは強固な鎧で全身を包んだ騎士。
廊下を巡回していたそれは俺を見つけるとゆっくりと剣を構える。
まるでこのダンジョンを守護しているようで、気分は侵入者だった。
まぁ、変わらないか。
「速攻だ」
結界刀を構えて駆け出し、騎士に肉薄する。
相手の動きは緩慢。
騎士が剣を振り上げた頃には、こちらは攻撃の動作に入っている。
柄を握り締めて一撃を振るい、鋭い刃が鎧へと進む。
だが、それは鎧に届く前に阻まれてしまう。
見えない障壁、まるで結界のようなものに。
「これが魔法障壁か」
このダンジョンにいるすべての騎士が備えている防御策。
魔力による障壁により、物理的な攻撃を完全に遮断してしまう。
切れ味どうこうの問題ではなく、効果がない。
「でも」
物理的にどうこうできないなら、同質のもので相殺すればいい。
一刀を止められた瞬間に鍔に魔法陣を刻んで発火。
燃え盛る刀身が魔法障壁を断って鎧を焼き切った。
「ゴゴゴゴゴ」
上半身を真っ二つにし、赤熱する太刀傷からズレて崩れる。
ガシャンと音がすると、その騎士はもう動かなくなった。
「ふぃー……問題なしっと。さて」
太刀傷の赤熱が収まった後、しゃがみ込んで鎧に手を触れる。
騎士の中身は空っぽで生命体は入っていない。
なら、なにが鎧を動かしていたのか?
その答えはこの上半身の鎧にある。
「えーっと……あった」
丁度心臓にあたる部分に手応えを感じて掴み、引き抜く。
繋がったコードを引きちぎって取り出したのはゴーレムのコア。
これが今回のクエスト対象だ。
「これを数十個か。骨が折れるな」
転送の魔法陣にコアを投げ込むと、また鎧の擦れる音がし始める。
当然、巡回しているのは一人じゃない。
「次はこっちか」
後ろを振り向くと、すでに騎士は槍を構えていた。
穂先をこちらに向けて駆けだし、突き殺そうと迫る。
その一撃を軽く躱して刀を薙ぎ、がら空きの背中に火炎の一撃を放つ。
だが、これは魔法障壁に阻まれてしまった。
「おっと、火はダメか」
即座に鍔の魔法陣を書き換え、刀身に風を纏わせる。
だが、これでも破れない。
「風も好みじゃない」
騎士が振り返る。
「なら、これはどうだっ」
更に魔法陣を書き換え、刃が飛沫を上げる。
瞬間、魔法障壁を越えて鎧に届く。
そのまま削り取るように鎧を破壊し、真っ二つに斬り裂いた。
がしゃん、がしゃんと鎧が倒れ、機能を停止する。
「憶えて良かった魔法陣」
魔法陣集を開いている暇はなかった。
「楽勝かと思ったけど、考え直さないとな」
魔法障壁には相性のいい属性がある。
攻撃するたびに魔法陣を書き換えるのは手間だ。
「どうするかな」
鎧からコアを回収し、歩きつつ考える。
刀一振りだとどうしても無理が出てくる。
「剣をいくつか浮かべてみるか?」
数本、結界剣を宙に浮かべる。
これらに異なる属性の魔法陣を書き込めば解決だ。
「これでもいいけど、もっと工夫したいよな」
創意工夫はスキルの発展に欠かせない。
特にこのスキルには重要だ。
もっとなにかあるはずだ。
「んー」
そう考えていると、もう次の騎士が廊下の奥に見える。
鞘に仕舞った結界刀に手を掛けて引き抜くと、そのうちの一つの部位に目を引かれる。
刀身と柄を繋ぐ、鍔。いつも魔法陣を描いている部位だ。
「あぁ、これでいいじゃん」
結界刀を仕舞い、代わりに円盤を一枚空中に作る。
イメージするのは木材を切る際に使用する丸鋸だ。
縁に切れ味を持たせたディスクに火の魔法陣を刻めば出来上がり。
「火車ってところか」
燃え盛るディスクが丸鋸のように回転し、一つの立派な武器となる。
「水車、風車、電車、土車」
水の魔法陣、風の魔法陣、雷の魔法陣、土の魔法陣を刻んだディスクも作り、一斉に投げつける。
五属性の総攻撃を受けた騎士は、その内の一つ土車に魔法障壁を打ち破られる。
そのまま荒く削り取られるように鎧は破壊され、三体目の騎士が機能を停止した。
「はっはー。やっぱ楽勝だね」
それからもコアを回収し、見つけ次第騎士を倒していく。
攻略法さえ確立してしまえばあとは簡単だ。
あっという間にボス部屋の前まで辿り着くことができた。
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