第九十七話 シナリオ通り
第九十七話! ラルク大ピンチ!
動けない僕に向かって無慈悲に振り下ろされる漆黒の剣。僕は、こんなところで────!! 自分の死を悟り、恐怖のあまり目を瞑る。僕の頭の中には、ただ『死にたくない』という思いと無念が駆け巡る。
『…………体が……動か、ない……!?』
死にたくない……という僕の思いに応えるように、自分の首が飛ぶ音の代わりに聞こえてきたのは、黒騎士の驚いたような声だった。
恐る恐る目を開けると……そこには、剣を振り下ろす瞬間で強制的に止められているような黒騎士の姿があった。これは一体……!?
「『奇術師の選択・A』……これで私たちの勝ちだよ」
この声は、ライア!? そう思って後ろを振り返ると、黒騎士のスキルを受けたとは思えないほど当たり前のようにスキルを発動しているライアがいた。
『なぜ……貴様が動けている……奇術師!!』
黒騎士も驚いたようにそう言い放つ。確かに、どうして動けているんだ!?
「簡単な話さ。『イリュージョンマント』でラルクと瞬間移動したあの時に、ボクは既に発動しておいたんだよ……『奇術師の二択を。仮にまた『絶望の魔眼』を発動されてもいいように……ね」
あの時から既に、こうなることを見越していた……ってことか!?
……いや、確かに考えてみれば気づける所はあった。『絶望の魔眼』を受けて一切の行動が出来なくなっているはずなのに、黒騎士の鎧にトランプがついたままになっていた時だ。
ダンジョンに入る前にライアは、『魔具と自分は魔力で繋がっている』と言っていた。つまり本来なら、『絶望の魔眼』をもろに受けたら魔具とのつながりが切れて魔力の供給ができなくなり、魔具としての役割を果たさなくなる……つまり、トランプはただの紙に戻るはずなんだ。
それなのに、黒騎士の鎧にはトランプがついたままになっていた……それはつまり、彼女が行動不能になっていなかった証拠なんだろう。
「それに……ボクにだってラルクと同じように、派生技くらいあるんだよ? 君たち……ポーカーは知ってる?」
ポーカー……? トランプで役を作って遊ぶあのゲームのことか……って、まさか!
『貴様……! そういう事だったのか!!』
ポーカーの中でも最強格の役……10、J、Q、K……そしてAを揃えることで成り立つ役……!
「これがボクの奥義。『12万分の1の奇跡』だよ。ジョーカー無しならこれだけで倒せたんだけど……やっぱりナチュラルじゃないと拘束で精一杯だね」
恐らく、魔具を作る時点で『この数と図柄が揃った時にのみ発動する』という条件下のみで発動する効果を付与していたんだろう。魔法のルール……『適応される条件が小さければ小さいほど魔力対効果の割合は上がる』というものだ。
これがライアの戦い……自分よりも遥かに強い黒騎士を手玉に取り、意表を突き、戦いを優位に進め……そしてハイリターンな必殺技を叩き込んで制圧する。その戦い方はまるで……
『シナリオどおり……だったのか』
予定されたシナリオを、そのままなぞっているような。そんな感覚にさえ陥ってしまうほどに綺麗な洗練された戦い方。なんていうか……僕とは違う、『戦う才能』がある。
『……完敗だ。殺せ』
「あぁ……楽しかったよ、黒騎士」
そう言ってゆっくりと黒騎士に近づき、スペードの10を近づけ……
「じゃあ……さよなら。『65万分の1の奇跡』」
黒騎士はそのまま……2度と動くことは無くなった。
「ありがとう……ライア、君すごいんだね」
「まあ……お姉ちゃんに鍛えられたからね」
黒騎士との戦いが終わった後。僕らはダンジョンの階層と階層の間にある階段でご飯を兼ねた休憩をとっていた。
さっきのライアの戦い方は、本当に美しい戦い方だった。本人はフィーズさんに鍛えられたと言っているが、多分あれは才能の域だと思う。
「いつから考えてたの? 僕ごと黒騎士を騙すなんて」
「まぁ……作戦会議の時から、かな」
早過ぎるでしょ……もう流石としか言いようがない。
「ボクはずっと王都に住んでたからね……10歳になった直後にお姉ちゃんに連れてこられたからね、ここに。今となってはいい経験だよ、今となっては……うん、今となっては、だけど」
ははは……とどこか遠くを見つめてそう告げるライア。フィーズさん……もう僕は何も聞かないよ。
「でも、これが出来たのはラルクのおかげでもあるんだよ? 結構魔力を使うからね、『12万分の1の奇跡』も、『65万分の1の奇跡』も……ラルクが基本戦ってくれたり、正面戦闘を受け持ってくれたおかげだよ。それに、多分あの一撃がないと『65万分の1の奇跡』で倒せなかっただろうし」
横文字が多すぎて分かりづらいな! でもフォローしてくれてるのは分かる……やっぱりライアはいい人だ。
「じゃ、そろそろ行こっか。目標は80階層だよ!」
「うん! 行こう!」
そうして、僕らはまた『フォーマルハウト』の攻略を開始したのだった……。
side:アルト
「へぇ……なかなかやるね、2人とも」
まさかここまでとは……私はてっきり助けに入らないといけないものだと思っていたのに。
私の誤算は2つ。まず、ライアの戦略性だ。ライアのそれはベテラン冒険者でさえ舌を巻くほどなのは知っていたけど……多少危なっかしいところがあったといえ、ここまで完璧に戦いを支配するとは思わなかった。
SSランクの魔物は人並み……いや、それ以上の知能を持つものがほとんど。それを騙し、手玉に取り、術中に嵌めた。もはや天賦の才と言っても過言じゃないだろう。
そしてもう1つはラルクの戦闘力。沈黙の黒騎士と一度や二度打ち合えるのは想定していなかったわけじゃない。でも……あの連撃や、不意の一撃でさえも対処するとは。
さらにあのとんでもなく硬い鎧を貫いただけでなく、カウンターまで決めて……あの魔物、SSランクだよ?
まあ、この調子なら2人とも……ふふふ。楽しいことになりそうな予感がする……そんなことを考えていると。
(ん……? この、気配は……)
一瞬、懐かしい気配を……長い時を生きる私達エルフ族にとっては短い間だけど……20年ほど前から一度も捉えること叶わなかった、懐かしい気配……
「エフィスト、様……?」
エルフ族の姫にして、世界樹の巫女……全てのスキルを操るあのお方の気配がしたような……そんなわけ、ないか。
しれっとグレアさんが言ってたこの設定、覚えてる人はいたんでしょうか……?




