第七十四話 夢から覚めて
第七十一話! 戦いの後に……
side:ラルク
「……ルク……ラルク!」
フィリアが、僕を呼んでいる……その声はあまりにも悲しそうな声をしていて……起きないと……僕はまだ覚醒しきらない意識の中、ゆっくりと重い瞼を開く。
「……フィリア、おはよう」
目の前には、涙を浮かべながら僕の顔をまじまじと見ているフィリアの顔があった……って、近い近い近い!! 顔に息がかかるほどの至近距離。それに驚き、僕の意識は一瞬で目覚めた。
「フィリアちょっと近い…… 「ラルク!!」 うわっ!?」
僕はとりあえずフィリアに離れるように言おうとするが、それを言う前にフィリアが寝転んでいる僕に飛びついてきた……今、僕は多分怪我人用のベッドの上に寝かせられているんだろうからつまりこれ……添い寝!? というか怪我人の上に乗らないで!?
「フィリア! ちょっ……」
「よかったぁぁぁ! もう起きないかと思ったよ!!」
僕の肩に顔を埋めながら泣くフィリア。その手はまだ少し震えていて、本当に心配していてくれたことが伝わってくる。また、心配をかけてしまったみたいだ……
「フィリア、心配かけてごめん……もう大丈夫だから」
僕はフィリアを離すことをやめて、代わりに背中をそっと撫でた。彼女が泣き止むまでずっとなで続けた……
「「………………」」
10分後。普通の宿屋の一室よりも広い豪華な部屋の中で、僕とフィリアはやっとゆっくり話せる時が来たというのに何も喋らずにいた。いや……喋れなかった、というべきだろう。
いやこれは仕方ない。本当に仕方ないんだ。さっきまで抱きついていたこともあって、お互い恥ずかしくて顔も合わせられなかったんだから。
そんな気まずい沈黙を破ったのは、フィリアの方だった。
「ラルク、どこか痛まない?」
「あ……うん、大丈夫。フィリアの怪我は?」
「いつの間にか治ってたよ。きっと誰か治してくれたんだろうね……」
「そうなんだ……そう言えば、ここってどこなの?」
「師匠の実家だって。私たちを抱えて連れてきてくれたらしいよ」
「へぇ。そうなんだ……」
会話、終了。……本当にこれ、どうしようか。お互い話したいことは沢山あるはずなのに、お互いがさっきしたことが恥ずかしすぎて何も喋れない……!
このままではまずい。何か話の起点になるものは……そんなことを考えていると。
「2人とも……目が覚めたみたいだな」
「師匠!」
「グレア様!」
部屋の中に『剣聖』グレア様が入ってきた。このままだとただただ気まずい時間が流れるだけだったから……よかった……。僕は咄嗟にベッドから立ち上がろうとするが……
「少年……ラルクだったか。別にそこで楽にしていてくれ。あと、私のことはグレアでいい」
「あ、はい。ありがとうございます。でも呼び捨てははちょっと……」
「別にいいと言っているだろう?」
「じゃあグレアさん、で」
「……そうか」
そうやって少しシュンとするグレアさm……グレアさん。『剣聖』というから気難しい性格なのかと思っていたが、普通に優しい人みたいだ。
そんな感じで少し場が和んだ所に、フィリアが深刻そうな声でグレアさんにこんな質問をした。
「師匠、あの人は……?」
あの子? 確かファフニールと出会った時には、僕たち3人しかいなかったはず……
「……ああ。あいつは、もう……」
その質問に答えるグレアさんの声は悲しげな声色を帯びていて、何があったのかと不安になる。
「グレアさん、あの人って……」
「ああ、ラルクは知らないんだったな。君には先に伝えておくべきだった……ラルク、聞く覚悟はあるか?」
僕に先に伝えておくべきこと? 一体、何が……
「はい。何があったか教えて下さい」
「……分かった。私の弟……そして、Aランク冒険者であるヴァイス・グロウハートもとい、シュヴァルツは……死んだ」
……シュヴァルツさんが、死んだ? そんなことって……
「君たちが来る前に、命懸けであの魔族から街を守って……そのまま……」
そう悔しそうに言うグレアさん。僕はそれを見てようやく理解する。シュヴァルツさんは……少しおかしな人だけど、自信に満ち溢れていて優しかったシュヴァルツさんは、死んだのだ……と。
「そう……ですか。寂しくなるなぁ……」
本当に辛いのは、シュヴァルツさんの姉であるグレアさんのはずなのに。今すぐにでも泣きたいのは、僕の目の前にいるその人のはずなのに。
僕の目から溢れ出てくる涙を、止めることができなかった。まだ何も返せてない。何もしてあげられてない。
僕を叱ってくれた分。馬車の中で話してくれた分。王都を案内してくれた分。天ぷらを一緒に食べてくれた分……そんな何気ない日常を思い出して、どうしようもなく淋しい気持ちになる……
「……弟は、慕われていたんだな」
ふと、グレアさんが寂しげな声でそう呟く。その表情は『剣聖』のような威圧感も張り詰めた感じもない……ただひとりの『姉』としての表情だった。
「……すみません、ちょっと外に出てもいいですか? ずっと寝ていたので体が鈍っちゃってないか心配で」
「えっ、でもラルク怪我は……」
「フィリアもついてきてくれれば大丈夫だよ」
「…………ああ。フィリア、頼んだ」
「師匠……はい、分かりました」
そう言って、僕とフィリアはその部屋から出ていく。僕らが去った後のその部屋から、咽び泣くような音が聞こえてきたのは、聞こえなかったことにした。それを聞くのは、僕たちじゃないはずだから……
次回、『物情騒乱』の王都編最終話です。




