第七十三話 胎動する因縁
第七十三話! この2人は一体何者なのか……?
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「久しぶりだな、10年ぶりか────アルス」
俺の目の前に立つ男────『勇者』アルスの姿をしたその存在に、数年来の友に語りかけるように言う。
「……ようやく起きたか。随分と長い間眠っていたものだな……本当に、反吐が出る」
奴は嫌悪感を露わにした声でそう言ってくる。やはりこいつとは気が合わない……いや、合うはずがない。
「っと……。まあそんなことはいい、本題に入ろう。……どうして王都に来たんだ?」
そう聞いた瞬間、あたりの空気感が一瞬で変わる。張り詰めたような空気が辺りを支配し、警戒心と殺気が入り混ざった視線が交差する……
「今日は忠告と提案をしに来ただけだ……これ以上足掻くのはやめろ。俺は何度でもお前を……お前たちを殺す。ホープの仇をとるためならな」
「なるほど、それが忠告か……で、提案は?」
「……お前も、憎いんだろう? 俺を、俺たちを、ホープを裏切った人間が。亜人が。この世界が……単刀直入に言おう。お前もこちら側に来い」
……なるほど、それが提案か。だったら返答なんて決まっている。
「あり得ないな。俺の目的はたった一つ……お前を倒して、落とし前をつける。ホープはもう幸せに暮らしてるんだ、俺たちのエゴでそれを奪うつもりか?」
その瞬間、奴から膨大な量の殺気が放たれる!!
「お前は何も分かってない! あいつはホープじゃない……いつまで夢を見ている! 人間たちに……この世界に、責任を取らせないと! ホープは報われない!!」
……ああ、やっぱりこいつとは分かり合えない。交渉決裂だ。
「ならどうする? 今ここで決着を────」
着けよう。そう言おうとしたが、声が出ない。さらに眠気が襲いかかってくる。もう、限界か……! しかし奴にも時間はないはず────!!
「お互い、限界か……仕方ない、決着はまた次の機会にしておこう。だが覚えておけ、俺は今度こそお前を殺す」
その言葉を最後に、奴はその場から一瞬で姿を消した。俺は奴が立っていた場所を見つめて呟く。
「それは……こっちのセリフだ。ホープの幸せは壊させない…‥絶対に守り抜く」
そして強烈な眠気とともに、また深く……そして長い眠りへと誘われるのだった。
side:シルク
「…………っ!!」
それはとある日の夜のこと。寝る支度を終え、ベッドに入った直後に体の中に妙な感覚が走った。何かに突き動かされるような感覚。ここにいるべきではないという直感。
やがてそれは明確なものへと変貌していき、私はあることを確信する。
(王都に……行かないと)
およそ18年前の時と同じ感覚。そう、これは……『勇者』が誕生した時の感覚。
今はすでに力を持っていないが、それでも私は行かなければならない……それが、『世界樹の巫女』の宿命だから。
side:ラルク
「ここは……?」
目が覚めると僕は、真っ白な空間にいた。目が覚めたはずなのにまだ夢の中にいるような感覚がして、地面もないのにその場にたった1人で佇んでいる。
とにかく出口を探そうとその真っ白な空間の中を彷徨ってみる。行きたいと思う方向に行きたいと思うだけで移動していく……本当に不思議な空間だ。
そうやってその真っ白で広い空間を出口を探して漂っていた時。遠くの方から声が聞こえてきた。
『……その……を……来た』
どこかで聞いたような無機質な声。しかし、その声の主を思い出すことはできない。思考にもやがかかっているような感覚がする。
何を言っているのか聞き取るため、僕はその声がする方向に向かう。するとだんだん言っていることがはっきり聞こえるようになってきた。
『……の代償……う時……来た』
聞こえてくる声が、そこに近づくにつれだんだんと大きくなっていく。まるで、僕に何かを伝えようとしているような……
『……を継いだ……代償を払う時は……で来た』
あと少し。あと少しで全てが聞こえる気がする。聞かなければならない気がする。僕はさらにその声に近づいていき、そしてついにそれをはっきりと────
『────まだ、早い』
その声と共に、僕の意識は途絶えた。
side:フィリア
「……ここは……どこ?」
目が覚めると、私は真っ白な空間にたった1人で佇んでいた。これは……夢? 何が起きているのかわからず、1人で戸惑っていると……
『……こっち』
後ろから私を呼ぶ声が聞こえ、私は振り向く。するとそこには、女の人をかたどったような光が浮かんでいた。
その光から発せられた声はどこかで聞いたような懐かしい声をしていて……それを信用していい気がした。だから、その指示に従うことにした。
ふわふわと空を漂う雲のように進んでいく彼女の背中についていくと、だんだんと辺りが明るくなっていくのを感じる。この空間の出口に向かっているのだろうか?
『……ここで、いい』
そう言うと、彼女は急に停止してこちらに振り向く。そして、その表情の見えない顔をこちらに向けてこう言った。
『今度こそ……あの人を、幸せに……』
「何を言って────」
その質問を言い切る暇もなく、私の意識は途絶えた。
side:ルキア
『ついに目醒めましたか……』
限りなく広がる真っ白な空間に1人佇みながら、私は呟く。また随分と遅い始まりだったが、そろそろだろう────彼らの、そして私たちの戦いは、少しずつ終わりへと向かい始めた。
それぞれに大きな謎を残したまま────『物情騒乱』の王都編、あと二話で終了です。




