第七十一話 師匠と弟子
第七十一話! フィリアの思いは────
side:フィリア
「信じられない……という顔をしているな。ならば教えてやろう。『剣聖』……いや、『偽りの剣聖』グレア・グロウハートの過去を」
ドーヴァにそう言われたあと、私の頭に手を当てられて……頭の中に映像が流れ込んでくる。これは……師匠の記憶……感情……師匠の、人生そのもの。
それを見て、私は────
side:グレア
夢を見ていた。何か、とても儚い夢。私では無い誰かの記憶……。その誰かが何者なのかは正確には分からないが……きっと、この夢の主は────
……全身が痛い。どうやら、物凄い勢いで打ち付けられた衝撃で気絶していたようだ。私は壁にもたれかかっている自分の体を見下ろし、その状態を確認する。
意識は飛んでいたが、受け身は体が覚えていたようだ。思っていたよりもダメージが少ない。肋骨が数本折れ、全身から出血しているが……戦えないというほどでは無い。
私は体に力を込め、強引に出血を止める。フィリアは逃げられただろうか……戦況を確認するため、私はいくつもの壁にできた穴の向こう側に目を凝らす。するとそこには……
「フィリア!!」
地面に押し倒され、頭をドーヴァの手で押さえられているフィリアがいた。
私は体を起こし、助けに入ろうとするが……
(私に、勝てるのか?)
足がすくむ。あの魔族は……ドーヴァは、今や正真正銘の化け物。王都を滅ぼしかねないほどの怪物。あれを倒すのは、普通の人間には不可能だ。それこそ天性の力を持つ『剣聖』や『勇者』でも無い限り……
(私には……きっと、無理だ)
所詮、私は偽りの剣聖。天才を真似しているだけの凡人。そんな私では……
「……だとしても!!!!」
……フィリア? 傷まみれになりながら……命の危機に瀕しながら、力を振り絞るように叫ぶフィリアの声が聞こえる。
「……師匠が『剣聖』じゃなくても!! 『剣聖の加護』を持ってなくても!!」
フィリア……ついに知ってしまったのか。こんな師匠で……すまなかった。私は、結局何もしてやれなかった……! 私は師匠失格だ……。私自身が不甲斐なくなる。そして、ついに心が折れ……
「師匠は! 私の師匠は! 絶対に負けない!!」
……っ!? フィリア……!?
「私に剣術を教えてくれた! 私のことを叱ってくれた! 私のことを励ましてくれた! 何があろうと……師匠は、師匠だ!!」
フィリア……お前は、それでも……!!
「私は師匠を信じてる! 何があろうと! 絶対に!!」
……ああ、私は本当に師匠失格だ。弟子がここまで信用してくれているというのに、諦める師匠がどこにいようか? 気づけば足のすくみは消え、ただ闘志だけが残っていた。私は地面をしっかりと踏みしめる。
「……つまらんな。死ね」
フィリアの頭を握る奴の手に力が加わる。しかし……
「人の弟子に何をしている?」
奴の巨体に向かって思い切り剣を振り、その体を吹き飛ばす。
「何……っ!?」
奴は完全に油断しきっていたようだ。体に剣がめり込み、皮膚を削ぎ骨が潰れる感触がする。有効打だ!
「師匠……?」
傷まみれの体を地面に伏せたまま、こちらを見上げるフィリア。その目はまるで私の勝利を信じてやまないというようにしっかりとした目線をしている。本当に……師匠冥利に尽きる。
「お前のおかげだ、フィリア……お前の師匠で、良かった」
「……私も、ですよ」
緊張の糸が切れたのだろう。それだけ言って、フィリアは気絶してしまった。私はそっとフィリアを抱きかかえ、地面に転がされたままの少年とともにここから離れた瓦礫の片隅に置いておく。
「さて……これで借りは返したぞ」
ドーヴァに向き直り、私は剣を構える。奴は不機嫌そうな声色と表情をしながら口を開く。
「……不意打ちで攻撃を与えた程度で粋がるな……今のお前に私を倒す手段はあるのか?」
痛いところをついてくるものだ。実際、私にその手段はほとんどない。だが……
「随分と余裕そうだな……私は『剣聖』だぞ? 気を抜いているうちにお前を斬ることなど容易い」
ないという訳ではない。ただ、準備が必要なだけだ。そのためにまずは……
「……貴様、誰に口を聞いているか分かっているのか? 今までの蹂躙を思い出してみろ! 貴様では私に敵わんことがわからんのか!!」
奴を、キレさせる。正直、この様なことをしたことはないのだが……奴のような自信過剰、傲慢不遜な性格の者は、普通の人よりも遥かにキレやすい。貴族によくある性格だ。そしてそういう者に限って……
「怖いのだろう? 私にお前を殺す手段があるのではないのか……と。どうする? 今すぐ殺せばそうならないかも知れないぞ? 最も……所詮、お前が口だけだという証明になるがな」
「……っっ!!!! この……!」
支離滅裂な発言でも激昂し鵜呑みにする。つまり、手玉に取りやすい。そしてこうなってしまえば後は簡単……
「ならばこうしよう。次の私の全力の一撃をお前が耐えればお前の勝ち。耐えなければ私の勝ちだ……自信がないなら受けなくてもいいぞ?」
自分に有利な条件を押し付ける。そして後はそれに乗ってくるのを待つだけ。
「……いいだろう。貴様の挑発、乗ってやろうではないか。そして証明して見せよう…………この力の強さを!!」
……よし、成功だ。後は私が失敗しなければいい。
「それでは遠慮なく行かせてもらうぞ……」
「……来い、そして絶望しろ」
私は地面を踏みしめ、持っている身体強化系のスキルを全力で発動する。この技を使うためには、少しの失敗も油断も許されない。
それは、まさに最強の剣技。
(成功するかはわからない。それでも……)
それは、決して凡人では届かぬ筈の境地。
(私はここで、成功させなくてはならない)
それは……本物の『剣聖』にのみ使うことを許された、剣技の完成型。その名も────
「『剣聖技』────」
その言葉を紡いだ瞬間、溢れ出す力の奔流にあたりの空気は痺れ、踏みしめた地面が割れる。感覚が一気に明瞭になり、万能感が体を包む。
「この、力は……っ! 貴様……!! どうしてそれを……!」
焦るドーヴァ。しかし、もう遅い。既に準備は整った。
今までに培った技術。鍛錬を怠らずに得た肉体。努力で得たスキル。その全てを使って、私は才能を……『剣聖』を、今、超える!!
「──── 一刀両断」
圧倒的な力をも穿つその一撃は、ついに放たれた。
穿て、『剣聖』!!




