第七十話 『剣聖』の過去
第七十話! 『剣聖』グレア、過去回です!
19年前。グロウハート家の当主ジェイド・グロウハートとその妾クレナの間に生まれた女の子供。その子供は、類稀なる剣才を持っていた。
3才の時には既に剣を持ち、スライム程度なら倒すことができた。5才の時にはゴブリンを倒すほどの実力を有し、7才の頃には既にDランク冒険者になれるほどの実力があった。
彼女自身の剣に対する真摯な努力とホープ・グロウハートによる英才教育、そして天性のセンスの賜物だった。
その代の剣聖……ホープ・グロウハートに匹敵するほどの成長性を見せたその子供は、周囲から次代の剣聖として期待されていた。
しかしその期待は、その子供の人生を縛る重い呪縛となったのだ……
『その事件』は、今から10年と少し前に発覚した。『最強の剣聖』ホープ・グロウハートと『希望の勇者』アルスが魔王討伐に出発し、相討ちとなったという報せが届いた時に、それに気付いたものがいた。
それは……『剣聖の加護』持ちの不在。
人類がこの世界に生まれてから……少なくとも、このファイルガリア王国ができてからそのような事態は起きたことがなかった。
スキル『剣聖の加護』は特殊なスキルで、そのスキルを所有している人間が少なければ少ないほど1人あたりの力が強くなるのだ。
ホープ・グロウハートが『最強の剣聖』と呼ばれた理由も、その代に『剣聖の加護』を所有していたのがその人ただ1人だけだったことが大きい。
そのスキルの特性から、『剣聖の加護』所有者が1人もいない……そんなことはありえないはずだった。もしそんなことがあるとすれば、『剣聖の加護』スキル自体が消滅した可能性があったのだ。
それを国民が知ってしまえば、国内は……いや、近隣の国も含め人間界は大混乱に陥る。当たり前だ。
そこで各国の上層部は急遽会談を行い、どうにかしてこの現状をどうにかしようと考えた。そして出た案が……
『各国の中で最も才能のある剣士を、『剣聖』として発表する』
というものだった。この案を、ファイルガリア王国、その隣国のバルドライア皇国、そしてファイルガリア王国の反対側にあるソルバート帝国の3国で行うことで、『剣聖の加護』が3人に分割された……とすれば良いということになった。
その条約の結果、幸運にも……いや、この場合は不幸というべきだろう。不幸にも、『剣聖』として祀りあげられることとなったのがその子供────グレア・グロウハートだった。
その子供が授かった固有スキルは『剣豪』。確かにとても強力な固有スキルだが、『剣聖の加護』には遠く及ばなかった。
当然、彼女もそうやって嘘をつくことは全力で否定した。『剣聖』の強さを……常人がどれだけ努力したところで、埋められないほどの差があることを『剣聖』ホープを間近で見ることで知っていたからだ。
しかし、その意見が通ることはなかった。いくら三大貴族のグロウハート家といえ、王命には逆らえない。
しかし彼女も強情だった。どれだけ叱られようと、食事を抜かれようと折檻されようと、彼女は剣に関して曲がったことはしたくないとそれを拒否し続けた。
ついには、
『剣聖を騙るくらいならば剣を振れなくなった方がマシだ』
と言って片腕を切り落とそうとしたこともあった。
そんな彼女を強引に服従させる為に、グロウハート家当主は彼女にある脅迫を持ちかけた────『剣聖』にならないなら、弟を殺す────と。
彼女にとって、たった1人の弟だったヴァイス。それを人質に取られ、彼女はついに折れた。そして、『剣聖』グレア・グロウハートは誕生した。
その日から彼女は、常に剣聖であり続けた。自分が『剣聖』で無いことがばれてしまえば、当主が弟を生かしている意味がなくなる。弟が殺される。それだけは嫌だった。
いついかなる時も、自分の家族にさえも、弟の前ですら『剣聖』であり続けた。大切な弟を守る為、ただそのために……
だからこそ、グロウハート家当主のその決定は彼女を憤慨させた。
『弟を勘当した』
彼女が長期の遠征からファイルガリアに帰還して最初にそれを聞いた瞬間、彼女は当主に斬りかかった。そして……当主が潜ませていた者たちに同時に奇襲され、負けた。
グロウハート家のルール。年齢性別関係なく、弱い者は強い者の命令に従う。卑怯な手段だったとはいえ、負けた彼女にヴァイスをどうこうする選択肢は与えられなかった。
しかし弟がいなくなっても、既に彼女には『剣聖』としての責任があった。
ただそれだけの限りなく重い呪縛が、彼女を『偽りの剣聖』たらしめていた……
次回、フィリアはグレアの過去を知り、一体何を思うのか────




