第六十二話 蝋燭に灯る黒炎
第六十二話です。シュヴァルツ視点が続きます。
「よくもこの私に攻撃を……この下等種族が! キサマは絶対に……殺す!」
「死ぬのはお前だ……我が炎でその罪ごと焼き払ってやろう」
その言葉とともに、戦いの火蓋は切って落とされた。煙が立ち上がり、何か焼け焦げたような匂いのする戦場の中、先に動いたのは相手の方だった。
「消し炭になれっ! 【沈魂の灯火】」
そう奴が唱えた瞬間、あたりに大量の人魂が出現する。設置型の魔法か……?
「『身体強化』! 一旦引かせてもらう…….!」
どんな魔法かは分からないが……当たらないのが一番だ。一旦距離をとり、様子を……
「甘いわぁ! 【霊魂召喚】、ロックゴーレム!」
だめだ。背後にロックゴーレムを召喚されてしまった……この魔法で王都にモンスター達を出現させていたのか!
「これで逃げられまい!! 【沈魂の灯火】!!」
まずい! 人魂に囲まれてしまった……ならば、こちらも打ち消すのみ!!
「我を舐めるなっ!! 【共喰イノ獄炎】!!」
「何っ!? 全部…….食われた、だと!?」
我が全身から黒色の炎が周りに放出される。この魔法の特徴は、魔法を燃やす魔法であること。消費魔力はとてつもなく多いが、その効果は凄まじい。あたりの人魂は全て発動前に焼き払うことができた。
しかし……これはきついものだな。少しずつ頭が痛くなって、体も怠くなってきた……生命力が少しずつ切れてきたようだ。早く決めなければ……
「今度はこちらから行かせてもらおう! 【骸ヲモ焦ガス獄炎】!!」
この攻撃で決める!! 我は、今放てる最も強い魔法……【骸ヲモ焦ガス獄炎】を奴に向かって放つ!! しかし相手もそのまま食らってくれるはずもなく……
「くっ……舐めるな、人間風情が! 【守護の魂装】!」
周りに青紫色の結界が張られ、【骸ヲモ焦ガス獄炎】を防がれてしまった。最大火力を放ったにも関わらず、だ……。こんなこと、本当に……
「その程度の攻撃、効かぬわ! 今度こそ消し炭に……なに?」
計画通りすぎる。恐らく奴は、『索敵』を使用して我の居場所を感知している。
そして、『索敵』は『魔力を広げて敵を探す』能力……ならば、それ以上の量の魔力で索敵を跳ね返せば、ゼロ距離で最大威力を放てる。
さっきの不意打ちは火力が足りなかったようだが……今なら、どうだろうか?
「……我はここだぞ? 何処を見ている?」
【骸ヲモ焦ガス獄炎】とともに……我はもう、貴様の後ろに回り込んでいる!
「【守護の──「遅い! 【骸ヲモ焦ガス獄炎】!!」 ぐ、ぁぁぁぁぁああ!!」
これで……決まった、のか? 一瞬、心に弛みが生じた。その瞬間一気に体が重くなり、視界が落ちていく。ああ、そうか。もう……生命力が……
「……このっ……下等種族が……」
あいつ……まだ、生きて……早く、トドメを……そう思って視界を上げる。すると目の前には、倒れ込んだ我を見下げ、怒りの表情を露わにした全身火傷だらけの魔族がいた。
「喰ら、え……【黒キ獄炎】」
我が体に残った微かな魔力を使い、奴に【黒キ獄炎】を放つ。しかし出てきたのは、弱々しく小さな黒い炎。これじゃ、トドメをさせないじゃないか……
「そのような炎で、我を殺せはせぬわ……! 攻撃とは、こういうことを言うのだ……よ!!」
「がはっ!」
奴は力を込め、黒い炎と我を踏み潰す。骨が砕ける痛みとともに、思わず声が出てしまう。
「まだ死ぬなよ……キサマには、まだまだ苦しんで死んでもらわねば……」
そんな奴の声が、だんだんと遠ざかっていくのを感じる。ダメだ、もう意識がもたない……しかし意識が遠のくたび、痛みによって引き戻される。
「死ね。苦しんで死ね。生まれてきたことさえ後悔しながら、苦しみの中で死んでいけ」
さらに薄れゆく意識の中、奴のその恨むような声と体の壊れる痛みだけが響く。もう、攻撃はできない、か……なら、せめて最後に、最大の屈辱を奴に送ることにしよう。
「そんなに……我が怖かった、か……? 動けぬ我なら、もう、恐れなくとも良いと…………? 滑稽な、もの、だな……! 臆病者の……貴様では、我が姉は……仲間は……友は、倒せぬ。 先に……地獄で、待っておくとしよう」
「……!! 黙れぇぇぇぇぇえ!!! 貴様は、もう骨さえ残さぬ! 消え去れ!!」
奴は怒り狂ったようにそう声を上げ、魔法の詠唱とともに魔力を奴の周りに集め始めた。そうだよな。プライドの高い貴様では……そうしてもおかしくないよな……!
「消え去れ。【沈魂火】」
そして奴が詠唱を終えた時。我の、終わりの刻。最後に我は、あるものが見えてこう呟く。
「……少ししか返せなかったが……これが我の……いや、ヴァイスからの恩返し……です。受け取ってください……姉上」
そして、体が燃え盛る炎の熱に当てられるのを感じながら、我はゆっくりと目を閉じる。
その瞬間、閉じたはずの目に映ったのは、懐かしい顔……『集う旋風』の仲間達と、その向こうに広がる白い空間だった。これは……幻、なのか?
「お疲れ様。よく頑張ったな、ヴァイス……いや、シュヴァルツ」
「強くなったね〜! あの頃とは大違いだよ! ……君は、私たちの誇りだよ」
「……お疲れ様。ゆっくり休むといい」
我に……そして、僕に告げられる慰労の言葉。ずっと……ずっと、見ていてくれたんですね……
「我を……いや、僕を……恨んでいないんですか?」
僕は恐る恐るそう聞いてみる。
「そんなことないさ。君は立派に役目を果たしたんだ」
「むしろ私たちのせいで苦労させちゃって……大変だったね……ごめんなさい」
「……大切な仲間を、守るのは当然」
本当に、この人たちは……どこまで、僕を助けてくれるんだろうか。貰ったものが多すぎる……
「ありがとう……ございます……っ!!」
目頭が熱くなり、頬に涙が伝う。こんな涙、流したことがない……それは、とても心地よかった。
僕は駆け寄ってきた3人とともに、目の前に広がる白い空間へとゆっくりと歩き出した。積もる話もある。まずは何から話そうか……
そんなことを考えながら、彼ら『集う旋風』は、ゆっくりと歩いて行くのだった。どこまでも、どこまでも……
蝋燭の炎って、消える前に一番激しく光るんですよね……




