第六十一話 シュヴァルツ
第六十一話、シュヴァルツ視点です!
side:シュヴァルツ
(何だ、この反応は……!?)
戦闘中、『索敵』の範囲内に突如現れた強大な反応。それが何かを突き止めるため、マールとリールとは一旦離れて向かったのだが……
そこについた時に目の前の光景を見て、まず感じたのは戦慄だった。そこには、ある意味絶望的な光景……世界最強と呼ばれる『剣聖』グレアが、抵抗虚しく禍々しい紫色の光を放つ魔法陣に囚われていたのだ。
目の前の男から感じる、圧倒的な量の魔力。ここは一旦撤退すべきかと思ったが、魔法陣の中の『姉』の苦しそうな顔が目に映る……
「その人を離せ……! 【黒キ獄炎】」
『僕』はそれを見て即刻、【黒キ獄炎】を撃ち込んだ。早く姉を助けねば。少しでもこちらに気を引いて、あの魔法の拘束力を弱めねば……そんな焦りが悟られぬよう、落ち着いた声で僕は言う。
「加勢しよう、『剣聖』グレア・グロウハート殿」
そう言ったのと同時に、無詠唱で【黒キ獄炎】【喰ラウ獄炎】【襲ウ黒炎】を追加発動し目の前の男に攻撃する。しかし……
「鬱陶しい炎だ……消えろ。【魔力波】」
奴はこちらに見向きもせずにそう詠唱する。それと同時に放った魔法は全て、いとも容易く奴の魔法【魔力波】で相殺される。やはりこの程度の魔法では火力が足りないか……なら!
「これならどうだ……『詠唱強化』! 【漆黒断ち】!!」
【漆黒断ち】は攻撃力特化の魔法。これなら奴にダメージも通るはず……
「邪魔だ……と言っているのですが、聞こえていないのでしょうか?」
しかしそれでさえ、まるで羽虫を払うかの如く一瞬で防がれて消しとばされる。ここは一旦引いて様子を見るしかないか……? いや、ダメだ。早く魔法陣の拘束を解かないと。ならば……
「『詠唱強化』! 【黒キ獄炎】!」
僕は【黒キ獄炎】を放ち、目の前が黒い炎で包まれる。しかしこれは……
「邪魔だ、と言っているでしょう? どうせ防がれることも分からないのですか?」
ああ、知ってるさ。確かに案の定、これも防がれた。でも、防ぐ……ってことは、当たったらダメージが入るってこと……だよな?
「……!? いない……!? 一体どこへ……」
奴は驚いたようにそう言う。そう、今のはめくらましだ。本命は、奴の前まで移動すること。だって、もうすでに詠唱は完了している。
「ここだ! 【漆黒断ち】!!」
ゼロ距離からの最大威力での魔法。これなら防ぐことも出来ない!! その魔法は奴に着弾し……
「ぐ、あぁぁぁあ!!」
確実に効いている! このまま畳み掛ければ………! そう、思った瞬間。体にとてつもない衝撃が走り、僕の体は道沿いにある建物まで吹き飛ばされた。
「がはっ……!」
何故!? 魔法は確実に着弾していたはずなのに……眼前に立つ、奴の体には傷一つついていない。
「このまま不意打ちで攻撃を加えて私を倒す…………などと思ったのか?」
そう、さっきの落ち着いた声とは違う……苛立ったような声で問いかけながら、奴は建物の壁に打ち付けられた僕に向かって歩いてくる。
「少し遊んでやっていれば……舐めるなよ、下等種族が。所詮お前程度では、私を倒すどころか……傷一つつけることさえ叶わん」
遊び……だって? こんなの、勝てるわけない……どうしようも無い……僕は、殺されるのか……。
「……殺せ。我の負けだ」
すまない……ラルク、マール、リール……どうか、こいつとは出会わないように……
「望み通り、ここで殺しても良いが……お前にはさらに苦しんで死んでもらう」
……ん? 何を、する気だ? 拷問か、監禁か、人体実験か……
「せいぜい、自分の無力さを悔いながら死んでいけ」
……! まさか!
「あの女……『剣聖』とやらはお前にとって大事なものなのだろう? 隠していたつもりだろうが、焦りが声に出ていたぞ……さて、本当は時間をかけて殺すつもりだったが……」
「やめろ!!」
「思い上がった下等種族への罰だ……『強化』」
そう奴が言った、直後。奴の体から膨大な量の魔力が溢れ出し、魔法陣に注がれる。そして魔法陣は激しく発光し、出力がみるみる上がっていく。
「ぐあぁぁぁあ!!」
「姉さん!!」
やはり、僕は誰も救えないのか。誰も、守れないのか。ラルクのように……『集う旋風』の彼らのように……誰かを救うことは、出来ないのか。弱さと……過去の自分と決別しても……そう思ったところで、ふと『僕』は気づく。
(……いいや、違うな)
僕は結局、誰も救う気なんてなかったんだ。ただ、過去から逃げたかった……それだけだった。
(ヴァイス、お前はずっといたんだな)
僕の本当の弱さは、ずっと僕の中にあった。
決別、なんかじゃなかった。弱さを、捨ててなんかいなかった。ただ、仲間の死と向き合おうとしなかった。
自分が傷つくのが嫌だ……そんな気持ちが、僕の中にあった。
(【臆病者】とは……よく言ったものだ)
ラルクは……『集う旋風』の彼らは、仲間を助けるためなら何だってしていた。決して勝てそうにない相手にもぶつかっていった……なのに今の僕はどうだ? たった……たった一度吹き飛ばされた程度で、何を諦めている?
(待たせたな、ヴァイス。もう、僕は……いや、『我』は、逃げない)
勝てない? どうしようも無い? 違う。まだ方法は有る。それは、我が一番よく知っている。
「……待て」
命を、燃やせ。その炎で、奴を焼け。そして今度こそ……自分の大切なものを、失わないようにしろ。シュヴァルツ!
「……何です?まだやる気ですか。まだ実力差が分からないのなら……って、何だ!? この魔力は……っ! まさか! お前、正気か!?」
ああ、正気だとも。強いて言うなら……
「ただ、自分よりも大切なものがあることことに気づいただけだ……今助けるよ、姉さん。『生魔変換』」
自身の全てを使い切る勢いで、我は『生魔変換』を使用する……すると、いままでとは比にならないほどの魔力が身体中に漲ってくる。これなら魔力の心配は必要ない、存分に戦える……
「……行くぞ……! 『詠唱強化』『過剰魔力』……【光喰ラウ黒炎】!!」
「……くっ! 『過剰魔力』! 【ブレイズウォール】!!
我は今までの数倍の魔力を込めた魔法を奴に向かって放つ。流石に危険かと思ったのか、奴は相殺しようとするが……咄嗟に出したその魔法の威力は、あまりにも弱すぎた。【光喰ラウ黒炎】が、今度こそ奴の身体を焦がす。
「なっ……づぁぁぁあ!!! よくもこの私に攻撃を……この下等種族が! キサマは絶対に……殺す!」
「死ぬのはお前だ……我が炎でその罪ごと焼き払ってやろう」
本当の戦いの火蓋は、切って落とされた。
〜生命力とHPの違い〜
HPはその人の身体的ダメージ量を表しているだけなのに対し、生命力とはその人が「生きていく上で必要な力」、つまり精神的な面も含んだものです。
なので、極論では生命力が尽きても人は死にません……が、その人は生きようとしません。ただ指示を聞くのみで、言われたことをそのままするだけの人になります。
エネルギー量としては生命力の方が圧倒的に上で、生命力はHPと違って自然回復以外では回復は見込めません。
『生魔変換』は生命力を魔力に変える能力なので、感情の昂りが大きいほど変換後の魔力量は増します。




