第五十八話 決別
第五十八話! シュヴァルツ過去編、後編です。少し長いですがお付き合いください。
「ヴァイス! 殲滅頼む!!」
「【猛ル黒炎】!!」
ダメだ! 数が多すぎて全然効いてない!
「効いてません! このままじゃジリ貧です!」
「こうなったら……『魔術解放』! 吹き飛べ! ……くそっ! これでも効かないのかつっ……ぐぁぁ!」
「「セイル(さん)っ!」」
まずい! セイルさんが攻撃を食らって……! 僕とシーラさんは助けに行こうとするが……
「……止まって、ヴァイス。もう、セイルは……」
何で……!
「「でもっ!!」」
「これ以上、言わせないで。もう、反応が……」
フィーアさんが噛んだ唇から血が出ている。あぁ、セイルさんは、もう……
「舐め、るな……! みんな離れろ!『暴走機関』ッ!!」
「セイルっ!? 2人とも、後退!」
そうフィーアさんが叫んだ直後。目の前で大きな爆発が起こる。あの人は、最後まで……っ!
そのおかげで、少し距離を取ることに成功した。このままモンスターの視界から外れることができれば何とかなるかもしれない……そう思ったのも束の間。後ろからモンスター達の声が聞こえる。
「そんな……半分も減ってない!」
そこには、全く勢いの衰えていないモンスターの大群がいた。それを見てフィーアさんが僕たちに強い口調で言う。
「『生魔変換』……2人とも、先に帰って増援を」
「無理ですよ! 1人でこんな量と……【黒キ獄炎】! まだこんなに残ってるのに!」
魔法を撃ち込んでも減る気配がない。3人でやれば、まだ何とか……
「……無理、だよ。シーラ、ヴァイスをよろしく。ここは私に任せて」
「フィーア……分かった。 【過剰回復】!」
その瞬間、僕の体に激痛が走る。気を失いそうになるほどの痛み。僕は倒れ込みそうになり、それをシーラさんに抱えられ……そのまま、持っていかれた。
「フィーアさん! フィーアさん!!」
僕は動かない体で必死で叫ぶ。しかし、どんどん距離は離れていく。そして、彼女もついに大群に飲み込まれてしまう。
…………じゃあね。
最後に彼女の口がそう動いたように見えた。
(嘘だ……嘘だ! こんなの、酷すぎる……)
僕は途方もない絶望感に襲われる。セイルさんも、フィーアさんも命をかけて戦ってくれた……逃がそうとしてくれた。それでも、止まらないのか。それも、無駄だったのか。そんな感覚が僕を覆う。
しかし、シーラさんはまだ諦めていなかった。
「……ヴァイスくん、乗り物とか酔うタイプかな?」
「……どうしたんですか、急に」
「このまま逃げたら、2人とも死んじゃうね」
「……そう、ですね。2人には申し訳ないですけど……ごめんなさい、僕のせいで」
結局、僕は2人の死を無駄にしてしまった。僕が我儘を言わなかったら。僕がもっと強ければ。逃げ延びることができたかもしれない。それなのに……
「じゃあ、今からちゃんとみんなに伝えてきてね」
「……え?」
この人は、何を言って……
「魔力、足りるかなぁ……『生魔変換』」
生魔変換……。自身の生命力を、魔力に変換するスキルだ。でも、何を……まさか。
「……シーラさん、嘘でしょう?」
僕はある可能性に思い至る。でも、そんなことをしたらシーラさんは……
「これなら君は帰れるよ」
「……そんなの、嫌ですよ」
「私も、もっと一緒にいたかったなあ」
「じゃあ……!」
「でもね、2人もきっと……こうすると思うから。魔力を溜める時間を……作ってくれたんだよ、感謝しないとね」
少しずつシーラさんが弱っているのがわかる。生命力が少なくなっているんだ。
「ならせめて、シーラさんが!」
「ヴァイスくんじゃないと……意味ないよ……動けないしね、私は……」
そうかもしれない。でも、それでも僕だけが生き残るくらいなら……
「……あなた達に会えて、楽しかったんですよ。嬉しかったんですよ。まだ、何も返せてないんですよ。だから……っ!」
あなただけでも、帰って欲しい。そう言おうとしたが、それは被せるように言われたシーラさんの言葉に阻まれる。
「ヴァイスくん……君が頼りなんだよ? ちゃんと……私たちを見つけてね?」
そう、息苦しそうにシーラさんが言う。もうHPが残っていないんだ。そんな彼女から、シーラさんに生きて欲しいという僕の願いも虚しく、その呪文は紡がれる。
「ヴァイスくん……じゃあね。スクロール起動、【強制転移】」
「待っ……」
その瞬間、体が浮くような感覚とともに眩い光に包まれる。その光の隙間から見えたシーラさんは……既に息をしていなかった。
その後、僕はすぐにギルドに走って、複数のパーティーと一緒にダンジョンへ潜って……3人の亡骸を見つけた。
骨を砕かれて、肉を裂かれて、着ているものもズタズタにされて……酷いとしか言いようがない状態だった。そんな3人の亡骸を抱えて、僕はひたすらに泣いた。結局、何も返せなかった。
後悔の念と、申し訳ないという気持ちと、とてつもない喪失感を吐き出すように泣いた。
そして、亡骸と遺品を持ち帰って教会に行って、3人のお墓を立てた。そしてギルドで事情を聞かれ、その日はもう帰るように言われたので帰ろうとした……そんな矢先のことだった。
すれ違った冒険者……僕を虐めていた奴だ……が、僕にこう言った。
「やっと邪魔な奴らが消えたなぁ……また明日からよろしくな?」
そう言われた瞬間だった。僕の中で何かが切れた。邪魔な奴ら、だって?
「…………おい」
「……あ? なんか文句あるのかよ?」
「……今、あの人たちのことなんて言った?」
僕は強い口調で問いかける。しかし……
「はぁ? お前怒ってんのか? 珍しいこともあるなぁ!」
目の前の奴は大声で笑った。何を、笑っている?
「……答えろよ。何て言ったんだ?」
「……あー、面白え。何度でも言ってやるよ。邪魔な奴らが消えてよかったって言ってんだ! で、どうする? やり返すの……ぐぁぁ! 熱い!! あづいぃぃ!!」
気づいたら魔法を放っていた。目の前のゴミを、さっさと焼き消してしまいたかった。
「てめえ、やりやがったな!? 死ね!!」
そう言って殴りかかってくるが、遅い。僕は拳を避け、その男の局部に火をつける。
「ぐぁぁぁぁ!!!! いでぇぇぇぇ!!!」
そう叫びながら転がるゴミに唾を吐き捨て、僕はギルドを出た。
その日から、ギルドの中で僕のこんな噂が流れ始めた。
『あいつが仲間を見捨てて逃げ出した』
……と。僕は、その噂に対して何も反論しなかった。【臆病者】ヴァイスという不名誉な二つ名までつけられた。
嫌がらせもさらに悪質なものになった。家の前には毎日のようにゴミが置かれていたり、街の人にあらぬ噂を流したり……とにかく、僕を精神的に殺しに来ていた。
だから僕は王都から逃げ出した。馬車に乗って、できる限り遠くの街へと。そして僕は誓った。次は守られないようにしようと。道化を演じてでも、強いふりをしようとも。
今までの名前も、経歴も、過去も……全てを捨てて、新しい自分になろうと。だから口調を変えた。名前も変えた。剣も捨てた。
そして、今の僕……いや、我、シュヴァルツは生まれた。
彼がしたのは、決別……なんでしょうか?
【作者からのお願いです!】
もしよろしければ、下の星からの評価、そしてブックマークの程をよろしくお願いします!励みになります!




