第五十五話 ラルクの食レポ
第五十五話! フィリアに出会ったラルクですが……!?
少し長いです
「フィリア……」
僕がギルドの訓練場を出ようとしたその時。その視界には、前にあった時よりも一回りほど大きくなって、少し髪も伸びた幼馴染がいた。
その瞬間、話しかけたいという衝動が僕をフィリアの元へと突き動かそうとする。しかし、僕はそれをグッと堪えて立ち止まり、訓練場の外へと向かう。
気にならなかったわけじゃない。むしろ、今すぐにでも近寄って話しかけたい。それでも僕は、僕たちは、まだ再会しちゃいけない。
フィリアは、僕と離れる時にこう言ったのだ。
『いつか、私を守れるくらい、強くなって、私を迎えにきてよ』
と。今の僕にその力が……『剣聖の加護』を持つフィリアを守れるくらいの力が……僕に、あるのか?
答えはNOだ。僕はまだ弱い。迷宮氾濫の時だって、ウォードさんに一番厄介な敵を相手させて、二度と戦えなくなるくらいの傷を負わせてしまった。
彼からしたら、僕はまだ『守られる側』でしかない。それなのに、次代剣聖を……世界最強の卵を、『守る』なんてできるもんか。
だから、僕はまだフィリアに会ってはいけない。そう思って、僕は少し歩くスピードをあげながら訓練場を出るのだった。
僕は宿……と言っても寮に近いが……に帰った後、先に帰ってきていたシュヴァルツさんと一緒に夕飯を食べることにした。この宿の一階には宿泊するための部屋だけでなく、湯浴みできる所やトイレ、そして食堂があるのだ。
夕食の時間なので、結構混んでいるのではないかと思ったが……この宿は依頼などで王都に宿泊している冒険者しか泊まれないギルドが経営する宿であるため、あまり人はいなかった。
食堂の利用料はシュヴァルツさんから聞いた通り朝食と夕食はタダとなっていて、メニューもそれなりに豊富だったので、どれにしようか迷ったが……
「我がオススメはこの『野菜天ぷら』という料理だぞ? 揚げ物と似ているが……『つゆ』との相性が抜群だ」
「へえ、ソースをつけるんじゃないんですね……じゃあ僕はそれにします」
そう言うとシュヴァルツさんは満足気な顔をして食堂の人に注文する。
「『野菜天ぷらプレート』2つください」
やはり、シュヴァルツさんも同じものを頼むようだ。どんなものが出てくるか……そう期待に胸を膨らませながら待っていると、厨房の奥の方から声が聞こえてくる。
「『野菜天ぷらプレート』2つでお待ちの方〜!」
「ラルク、呼ばれたぞ」
どうやら完成したらしい。僕はシュヴァルツさんと一緒に受け取り口まで行き、料理の乗ったトレーを受け取り、近くの席に向かう。
トレーの上に乗っていたのは、揚げ物……恐らくこれが『天ぷら』なのだろう……と、それぞれ独特な匂いのするスープ?のようなものが2つ、そしてパエリアなどに使うものよりも白くて丸っこいお米だった。
また、食器も少し変わっていてフォークではなく2本の細い棒のようなものが乗せられている。
と、とりあえず席に座ったところで……それではいざ実食。まずは『天ぷら』の横のスープから……
「ちょっっっと待てラルク! それは飲むものじゃない!それが『つゆ』だ!」
あ、これスープじゃないのか。どうりで冷たかったわけだ……
「そうか……ラルクはこれを食べるのは初めてなのだな。なら我が直々に食べ方を伝授しよう!」
それは助かる。というか食べ方とかあるのか…!?
「その1。皿に乗っている揚げ物……『天ぷら』をその『箸』で取る!」
箸…?この2本の食器か?僕が使い方がわからなくてしどろもどろしていると、シュヴァルツさんがお手本を見せてくれる。
なるほど、挟むように取るのか。難しそうだな……上手くできるか分からないが、とりあえず見様見真似で使ってみた。すると……
「あ、できた」
「上手いな、ラルク!? 使うのは本当に初めてか!?」
はい、初めてです。多分『器用』のステータスのおかげです。心の中でそう答え、僕はひょいとさつまいもの天ぷらを箸で挟んで持ち上げる。
「それはさておき……その2! 天ぷらを『つゆ』につける!」
へぇ。つゆはかけるものじゃなくて、つけるものなのか。僕は言われたとおりに天ぷらをつゆにつける。ソースとは違って、衣の中につゆが染み込んでいくのが見て分かった。
「それでは、その3!食べる!」
そしてやっと実食。さてそのお味は……僕は天ぷらを口に運ぶ。
……美味しい! 噛むたびに揚げられることで凝縮された、さつまいも本来の甘みが口の中に広がるのを感じる。衣にもつゆの味が染み込んでいて、それの深い旨味がさらにさつまいもの甘さを引き立てている。
しかしそこに揚げ物のようなしつこさはなく、つゆのさっぱりとした味が口の中を整えてくれる。つゆって万能だな!
さらにサクサクとした衣の食感とさつまいも自身のホクホクとした食感が合わさって、もう口の中が幸せだ。
僕は箸が止まらなくなり、続いてレンコンという野菜の天ぷらもつゆにつけて食べる。
これも実に美味しい!! レンコンのシャキシャキした食感と衣のサクサクが合わさって、面白い食感になっている。味もさつまいもよりも控えめながら仄かな甘味がしており、今度は逆にそれがつゆの旨みを引き立てている!
そして、横にある白いご飯! これがまた天ぷらに合う! もちもちとして噛めば噛むほど甘くなるお米に、サクサクとした天ぷらの食感が加わってもう口の中が幸せだ。
さらにこのスープ……『味噌汁』というらしいが、これが絶品なのだ! ミネストローネやコンソメとは違う、旨味の中に少し辛味のある奥深い味わい。そこに加わる白米の甘み。なるほど、これが楽園か……
気づくと目の前の皿の上からは、天ぷらも何もかも綺麗さっぱりなくなっていた。もう完食してしまったのか……絶対にまた食べよう。
「どうだ? ラルク。実に美味だっただろう?」
「はい。最高でした」
シュヴァルツさんも既に食べ終えており、僕たちは食器の乗ったトレーを返し、お礼を言って自分たちの部屋に戻るのだった。
そして夜。湯浴みや歯磨きを終えて、そろそろ寝ようかと思った時。ふと、シュヴァルツさんがこんなことを僕に言ってきた。
「なぁ、もしもだぞ。ラルクはもしも我が本当は弱かったら、離れて行くか? 仲間だと思わなくなるか?」
「どうしたんですか急に」
あまりにも唐突すぎて、つい質問を質問で返してしまう。しかしシュヴァルツさんのその声色は、どこか不安と哀しさ、そして寂しさの籠ったような声色をしていたので、何か大切なことなのかもしれない。
「いや……少し気になってな」
「そうですか……そうですね、シュヴァルツさんが弱かったら……もしかしたら、離れて行くかもしれません」
そう答えると、シュヴァルツさんの顔が哀しげな表情に変わる。あぁ、そうか。やっぱり、この人は……
「やはり、か 「でも、仲間だとは思います」 ……ん?」
あることに気づいた僕はシュヴァルツさんの言葉に割り込むように続ける。
「こんなこと、人には言ったことないんですが……僕は、世界最強を目指しています」
なんでこんなことを急に聞いてきたのか。なんで今なのか。それは分からないが……
「その道のりはきっと危険なこともあります。シュヴァルツさんは優しい人です。きっと、危険と分かっていても僕をサポートしようとしてくれます。だから、傷ついてほしくないので距離を置きます」
「…………」
多分、この人は怖いんだ。仲間を失うことが……そして、誰かに捨てられることが。
「それでもシュヴァルツさん、あなたは僕の仲間です。一緒に迷宮氾濫を戦った仲間です。それは変わりません」
「…………!」
僕はシュヴァルツのことを、まだよく知らない。それでも、これだけは確かなことなんだ。だから……
「だから、過去に何があったのか……話してくれませんか?シュヴァルツさん」
僕はシュヴァルツさんに……否、目の前の大切な仲間に、そう問いかけたのだった。
次回、過去回:シュヴァルツ。




