第三十四話 ウォードVSミファレス その3
第三十四話です!ウォードの回想は今回で終わります。
その後、俺は救援に来た人間の兵士に助けられて、傷口から大量の血を流しながらも回復術師の懸命の治療により、何とか一命を取り留めた。
が、しかし。最も損傷の酷かった、俺の利き手である左腕は日常生活に支障をきたすほどズタボロになっており、魔力を流したりしようものなら腕そのものが破裂する、とも言われた。
そしてその言葉は、もう今までのように戦いには出られないということを明確に示していた。
それが、幾つもの戦場をその身一つで乗り越え、あらゆる窮地を拳一つで粉砕した冒険者のなかでも最上位の実力を持つSランク冒険者…『理不尽』ウォードの英雄譚が終わりを告げる要因となったのだった…
戦えない、という事実を受け入れられず、止められていたにもかかわらず最初の頃はドラゴンの討伐に勝手にソロで行ったりもした。
しかし、利き手が使えないというだけでなく、勝手に全身を強化してしまう『身体強化』と『覚醒』も使えない俺がやれることなどなかった。
部分的な強化が可能な『筋肉は裏切らない』しか使うことが出来ない俺は、Aランク冒険者ほどの実力も無くなっていた。
そして、ついに戦えないことを悟った俺は腐った。酒場に入り浸り、時に喧嘩をしては晴れることのない鬱憤を撒き散らした。何度か衛兵と揉め、牢に入れられたりもした。だが、その時の戦えないと知った俺にとっては、もう何もかもがどうでもよかった。
そんな時だった。俺は急にギルドに呼び出され、ギルドマスターになれと言われた。しかも、そこは王都から結構離れた辺境の村。
なんでもそこのギルドマスターが丁度引退したらしいのだ。頭を冷やすついでに、後任が見つかるまでそこの担当に移れ…ということらしい。
俺はやることもなかったので、それを渋々受けたのであった。このギルドに来て最初の頃は、ただ怠惰に時間を浪費するだけだった。つまらない書類仕事。王都より弱い冒険者。何をするにも、気力は湧かなかった。
だが、何ヶ月かギルドマスターをしているうちに、少しずつ心境に変化が起きてきた。
何度失敗してもめげずにダンジョンに挑む新米冒険者。強いモンスターの討伐に失敗してもめげない中堅冒険者。仲間が死に、心に傷を負っても上を目指さんとするベテラン冒険者。
そんな奴らを見ていて、俺は俺自身が馬鹿らしくなってきたんだ。左腕が使えない程度で腐っちまうなんて、俺らしくねえ。今の状況でできることを精一杯しよう。
そう思い始めたら、少しずつだがこの生活も悪くねぇ、って…この立場で精一杯やろうって思い始めた。
その日から腐りきっていた俺の人生は、少しずつ生気を取り戻し始めた。ギルド本部に頼み込み、俺を臨時でなく後任として認めて貰いにもいった。そして、俺はSランク冒険者『理不尽』ウォードではなく、ギルドマスターのウォードとして生きていくこととなったんだ…
ただ一つ思うことは───これも、また挫折するのを恐れて、置かれた状況を受け入れて、ただ諦めただけだったのかもしれない。そんな考えが10年ほどの間、今でも頭をよぎり続けている。
〜現在〜
(10年前みたいな小細工はもう効かねえだろうなぁ…)
そんなことを考えながら、俺は目の前の魔族…ミファレスの攻撃を捌き続ける。攻撃自体は単調なので、避けるのは簡単だが…シンプルに攻撃手段がない。このままではジリ貧だ。
「そろそろ遊びは終わりにしようかしらねぇ…!ズタズタにして壊してあげるわ!!」
まだ何か策があるのか!?そう思って奴を見ると、奴はとてつもなく長い、先端がやけに平べったくなっている鞭を取り出していた。あれが奴の武器か…って!あいつ、まさか!!
(これ、相当まずいんじゃねえのか!!)
俺の全身に鳥肌が立つ。これから起こるかもしれない、『最悪の事態』の想像がついてしまったからだ。
「さぁて…『吹き飛ばしなさい』っ!!」
奴はそう言うと俺の予想通りその鞭を俺に向かって振り回してくる!
奴の鞭の構造。先端が平べったくなっているので、鞭を小さく揺らすだけで空気を押し出せるようになっている。
そして、その空気は奴のスキルの効果によって何十倍もの威力を持った風の刃となって俺に向かってくる!そのうちのほとんどは撃ち落とせるが…
「ぐっ…!」
いくつかの刃がこちらへ届いて、俺の皮膚が切り裂かれそこから血が出てくる。HPダメージ的にはほぼ無傷と言って差し支えない程のものだが…
(傷口から結構血が出てきてやがる…!)
HPが残っていても人は死ぬ。病気だったり、老衰だったり…そしてその死因の一つに、『失血死』がある。奴はそれを狙っているのだ。
(さっさと決着をつけたいが…)
きっと奴はそれを許さない。もしこのまま突っ込んでも、辿り着く前に全身が引き裂かれて終わりだ!衝撃波を放つ暇もない…このままでは、俺は──死ぬ。
ここまで明確に死を予感したのは何年ぶりだろうか。背筋に冷や汗がつたうのを感じる。奴が攻撃の手を緩めることはなく、あたりには砂埃が舞い続ける。俺は体に無数の切り傷をうけながら、俺は自身の敗北を──死を、覚悟する。
その瞬間のことだった。
(そういえば、あいつとの戦いは楽しかったな…)
俺はふと、先日のラルクとの戦いを思い出す。あの時、俺は現在出せる全力を、あいつにぶつけた。
しかし、あいつはそれを乗り越えて俺に拳を入れて見せた。
まだ齢10歳のあいつが、圧倒的格上であるはずの俺を──あらゆる窮地を、作戦を、小細工を力で捩じ伏せてきた俺の『筋肉は裏切らない』を乗り越えて──俺と対等にやり合って見せたのだ。
そんなあいつの姿を思い出し、俺は…
(何を考えてるんだ、俺は。)
負けるかもしれない。死ぬかもしれない。だから、何だってんだよ。
(俺はそんなことを考える奴じゃねぇだろうが。)
勝てない?相性が悪い?そんなもん知ったことか。死ぬ覚悟なんて、そんなもん、ただ諦めただけだろうが。
(やっぱり…怪我を理由に逃げてただけだろ。大の大人が、ヘタレてんじゃねえよ。)
10歳のガキよりも臆病なSランク冒険者?笑わせるな。過去に対する後悔が、逃げている暇があるなら、何をしようとそれを振り払え!
(俺は、不利な相性もどんな窮地も関係ねぇ。)
怪我?置かれた状況?そんなもん、知ったことか!だって、俺は…
「本当の『理不尽』を思い知れ!ミィィファァレェェス!!」
Sランク冒険者、『理不尽』ウォードなんだからなぁ!