第二百三話 全てを取り戻しに その2
第二百二話、前回の続きです。
side:ホープ
『アルス……っ!!』
誰もいない真っ白な空間の中、私は今日も1人で泣き続ける。魔王が倒されてから、もう何日経っただろうか……でも、今はそんなことどうでもいい。だって……
『何で、私を置いて消えちゃったの? 私はただ、あなたと一緒にいたかっただけなのに……っ!!』
もうアルスはこの世界にはいない……きっと輪廻もしない。悲しいけど……苦しいけど、ラルクくんのあの姿を見た瞬間に悟ってしまった。アルスの気配を、感じられなかったのだ。
ここ最近、フィリアともずっと話していない……フィリアが語りかけて来る時はあるが、返す気になれないのだ。魔王は倒された。私たちの戦いは終わった。それなのに私が救われることはなかった。もう、生きてる意味なんて……
『……ホープ』
(────!?)
これは、ラルクくんの声だ。でも……ラルクくんは、私を呼び捨てにはしない。まさか……いや、でも……あり得ないと分かっていても、少し期待してしまっている自分がいる。
『アルス……!?』
誰よりも大好きなあの人が、この空間の向こう側にいるんじゃないかと。
side:ラルク
『────終わりました。これが……アルスの残した、全てです』
「これが俺に……僕に、託された記憶……感情……!!」
ずっと戻らないと思っていた……永遠に消え去ると思っていた記憶と感情が、全て僕の元に返ってきた。それがたまらなく……嬉しい。
「……って、なんだこの記憶?」
……なんだ、これ? 途中に何か変な記憶が挟まれてる……って、これは!!
『……それは私とアルスからの頼みです。魔王を倒し、世界を救った立役者の1人である彼女が救われないのは寂しすぎるでしょう? ですから……あなたの力を、あと少しだけ貸してください』
「……ええ、ぜひ」
きっとホープさんは、勇者アルスがいなくなってしまいひどく落ち込んでいるだろう。もしかしたら、生きる意味さえ見失っているかもしれない。それほどまでに2人は、愛し合っていたから。だから……それを伝える手伝いくらい、させてもらおう。
『それでは……行きましょうか』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『ここです。ホープはアルスがいなくなってから、ずっとここに閉じこもっています』
僕が連れてこられたのは、白い空間に設られた扉の前。耳を澄ますと、奥の方から啜り泣くような音が聞こえて来る……この中に、ホープさんがいるのか。一応開けてみようとはしてみたが、固く閉じられてびくともしない。
『この扉は、いわばホープの心の壁のようなもの……完全に心を閉ざしてしまっているようですね。私なら強引に突破できますが、それは彼の本意ではないようですし。本当に、彼は無茶な頼みばかり……では、お願いします』
「……はい」
ルキアさんと、勇者アルスからのお願い。それは……どうにかして、ホープさんをここから連れ出してくれというものだった。無論、僕だけの力でどうこうできるほど浅い傷じゃないのは分かってる。
だから……勇者アルスから預かった『手紙』を読むことにした。僕の記憶の中に挟まれていた、勇者アルスからホープさんへの……託された記憶の中に残された、手紙を。
「ふぅ…………ホープ、聞こえるか?」
『…………アルス?』
僕の記憶の中に紛れていた勇者アルスからのメッセージ。それを僕は、そのまま伝える。
「多分、これを聞いてるってことは俺はもうこの世界にいないんだろうな。ちなみに言っておくと、これはラルクを通して俺が言いたかったことを代弁してもらってるだけ……言っちまえば、ラブレターみたいなもんだ。だから対話はできない」
『……そう、なんだね』
勇者アルスはずっと、自分が消える前提で動いていた。そして、その後に起こることも……全て予測していた。
「で、ここからが本番だが……きっとお前のことだから、俺がいなくなったら閉じこもって泣いてくれるんだろうな。多分、俺も同じことするだろうし。だから……今から言う言葉は、もしそうなった時のために俺が残した言葉だと思ってくれ」
『この時の、ために……?』
……そして僕は、勇者アルスの言葉を紡ぎ始める。
「まず、悪かった。お前に何も言わずに消えちまったことも、結局何もしてやれなかったことも……いくら謝っても足りないと思ってる。辛い思いばっかりさせて……最低だよ、ほんと。世界を守る……なんで大義名分で、ホープのことを見てなかった」
『……仕方ないことなのは、分かってる』
「本当はもっと一緒にいたかったし、お前が前に言ったみたいに王都でゆったり暮らすのも悪くないと思ってた。まぁ……叶わなかったからこんなことを言ってるわけなんだが」
『…………本当だよ』
「でも……もし、そんな俺の思いを聞いてくれるなら、今からいうことを聞いて欲しい」
『……なに?』
……本当に、この人は狂ってる。ここまで大層なことをして、自分が消えてなお……この人の思いは、たった一つだ。
「────好きだ、ホープ」
『……へ?』
「この世界の何よりも、誰よりも、お前が好きだ。それはずっと変わらない。こんなことを言うのは柄じゃないが……お前へのこの想いは、死んでも消えない」
『……そんなの、今更言われても……っ!!』
本当に、今更だ。いなくなってから伝えた所で手遅れなのに……それなのに、彼はホープさんと話す最後の機会を、ただ自分の愛を伝えるためだけに使ったのだ。
「俺って、本当に自己中心的でな……結局、最後までお前のことしか考えられなかった。お前を幸せに出来なかったのに、それでもお前のことしか思えなかったんだ」
『やめて……もう、言わないで……!!』
「……そしてこれは、そんな俺からの頼みだ。お前との約束を破った馬鹿な俺の、最後の頼みだ」
感じる。勇者アルスが、どれだけの覚悟でこの言葉を残したのか。どれだけの思いを、この言葉にこめているのか……。
「……面と向かって、言わせてくれ。俺が言えなかった言葉を」
『────っ!!!!』
……その頼みを告げ、ほんの少しの空白のあと。息を呑むような音とともに、ゆっくりと目の前の扉が開く。そして、その中から出てきたのは……顔を涙でクシャクシャに濡らして笑っている、ホープの姿だった。
『狡いよ……アルス』
まさか、こんなことになるなんて……奇跡って、あるものなんだな。
『────愛してるぞ、ホープ』
……やっと、伝えられた。
「なんで私が、ここに?」
ふとした瞬間、私はいつのまにか『魂の回廊』に呼び出されていた。何かあったのだろうか……?
「────!! おーい、フィリアー!!」
……この声は……! その呼び声に誘われるように、私は限りなく広がる真っ白な空間の中を走り出す。するとすぐに、『その人』はいた。私に向かって、元気よく手を振っている────満面の、笑顔で。
「……っ、もしかして……!!」
あり得ないと思っていた。もう見られないと思っていた。2度と、戻ってこないと思っていた……でも、違った。たしかに、望んだ光景はそこにあった。私は突き動かされるように、『その人』にさらに近づいていく。
「……やっぱり、そうなんだね……!!」
そして、手が触れ合えるほどにまで近づいた時に私は確信した。この光景が夢なんかじゃないことを……戻ってきたんだ、っていうことを。
だったら私は、満面の笑みで言おう。この喜びを、感動を、そして……
「おかえり……ラルク!!」
「────ただいま、フィリア」
誰よりも大好きなこの人とまた過ごせる幸せを、この言葉に乗せて。




