第百九十八話 『魔王』
第百九十八話。なぜ彼は生まれてしまったのか。
(……俺、なんのために戦ってるんだっけ)
荒れ果てた荒野の中、魔王と互いに拳を、蹴りを、魔法を……自分の持つ全てをぶつけ合いながら、俺はふとそんなことを考える。今となってはもう、何故戦っているのか……その理由を思い出せないことにさえ、何も感じない。
(痛い。痛いのに……不思議と、苦しくない)
なのに、どうしてだろう。覚えていないはずのそれのために、俺は全力を懸けられる。それのために戦えていることに、誇りのようなものさえ感じている。
そして、その思いに共鳴するように……勇者アルスの遺志が、力が強まっていく。少しずつだが、魔王に手痛いダメージを与えられている……!!
「……どうして」
そんな戦いの中、ふと魔王が呟く。その声は今までとは違い、ひどく弱々しく……そして、助けを求めるような声をしていた。それはまさに、攻めの手を緩めることなく何度も怒涛の攻撃を浴びせてきているとは思えないほどに。
「どうして、お前は……そこまで強くなれた」
「アイツのお陰だよ。アイツが、命を賭けて……」
「どうしてそこまで人のために何か出来る!! お前はそんな強い奴じゃ無かったはずだ! 弱虫で、辛いことから逃げ続けてきただけの……ただの偽善者だったはずだ!」
そしてその言葉は、すでに俺に向いていない。俺じゃなく、魔王の片割れ……もう既にこの世にはいないアイツに向けられていた。
「お前がそんな強い奴だったなら、どうして俺を生み出した! どうして諦めた! どうして……」
子供が駄々をこねるように、魔王は届きはしない恨み言を繰り返す。行き場のない怒りを、葛藤を、苦しみをぶつけてくる。やっぱり、コイツは……
「お前が復讐を望まないなら、どうして俺はここにいるんだよ……!!」
side:魔王アルス
主人格であるお前が、勇者として少しずつ成長していくうちに俺の出る機会は無くなっていった。何なら、『勇者』の力が『賦与』の効果で強くなった後は一度も出ることは無かった。
そして、使われることのなくなった人格は少しずつ意識が薄れ、その存在が消えていく。厳密に言えば元の人格に合流する……ってところだ。つまりそれは、『俺』そのものが消えることを意味していた。
少し寂しくもあったが、アイツがそれだけ強くなったってことの裏返しだ。だから、もう出番はない……なんて、気楽なことを思っていた。俺がもう一度目覚めることとなる、あの時までは……
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『お前……! やめろ、ホープ!! それだけは……やめてくれ!!』
その声と共に、ほとんど消えていた俺の意識は覚醒した。どうしてまた、消えゆくはずだった俺が目覚めることになったのか……その理由は、すぐに分かった。
『次会う時は、世界樹の下で……魂が巡り合うその時まで、私はアルスを待ってるから』
『ホープ……! お前のいない世界なんか……!!』
『ごめんね、私のわがままで。でも、私はアルスに生きていて欲しいんだ』
『頼む……やめて、くれ……』
裏切られた悲しみ。愛する人を失う苦しみ。そしてどう足掻こうと、その未来を変えられない絶望感。それは、想像を絶するほどの負担を心にかけることになる。だから俺は、また呼び出されたのだ。
だが、いつもと何かが違う。心が受けたダメージが大きすぎたようだ。俺が生まれた時……両親が殺された時と同じで、それこそ人格が完全に分裂しかねないほどの。
『アルス……大好き』
『ホープ……やめ────!!』
そしてホープの命が終わり主人格の意識が途切れた所で、俺は完全にひとつの人格……『勇者』としてのアルスではなく、『復讐』を望む存在のアルスとして独立した。
ただ、問題はそれからだった。魔王の力……邪神の片割れが、俺たちにある誘いを仕掛けてきた。
《女神への、復讐を……世界への復讐を望むか……?》
俺に……俺たちに、こんな宿命を負わせた女神への復讐を成さないかと、それは俺たちに語りかけてきた。そしてアイツは、心の底からそれを望んでいた。
俺たちとホープを裏切った人間を、亜人を、この世界を……心の底から憎んでいた。そのはずだったのに……何故か当の本人は、その誘いを受け入れなかった。
(……でも)
その理由が、コイツの優しさであることを俺は知っている。それのせいで、ずっと悲しまされてきた。辛い宿命を背負わされてきた。大事なものも守れなかった。なら……
(俺が、全て請け負おう)
それが俺の役目だ。
(お前の望みを、全て)
今のお前の気持ちを、俺が成し遂げる。お前に嫌われてもいい。お前に分かってもらえなくてもいい。俺が……
『さっきの言葉……撤回だ。俺に、力を……全て壊すだけの力を寄越せ、邪神』
全てを終わらせよう。お前が望んだように。
その気持ちは、誰にも知られることはない。




