第百九十四話 最後の手段
第百九十四話。残された手段はもうないのか。
俺がなんで魔王を倒すのか、それは……
「俺自身が望んだことだ」
『お前な、それだけ覚えてても意味ねえだろうが』
「仕方ないだろ、何も覚えてねえんだから」
もうそれしか思い出せないんだよ……本当に記憶にないんだ。
『でも、いいか。まだ覚えてるってことは、その気持ちは嘘じゃなかったってことだろ?』
「かもな」
『じゃあ、魔王を倒す覚悟はあるってことだな?』
「……まあ、覚悟だけなんだけどな」
今の問題は、その手段が無いことなんだよ……使えるノーマルスキルはあまり残っていないし、このまま戦ってもジリ貧。これ以上の救援も望めない。
『……本当に、もう残ってないか? 壊せるスキルが』
あと残ってるのは……そう思って、俺は『武芸百般』の効果で自分のステータスを見てみる。せいぜい、基礎スキルがいくつかと『衝撃』、『システマ』、『明鏡止水』……無理そうだな。
『おい、まだ気づかねえのか?』
……なんの話だ?
『よく考えてみろよ。スキルバーストの能力は何だった?』
「ノーマルスキルを壊す能力……っ、違う……!! お前……嘘だろ?」
『武芸百般』レベル5、『スキルバースト』の能力。それは……自身のスキルを破壊することができる。そう、スキルを破壊するんだ。たとえそれが……
「固有スキルだとしても、壊せないとは限らない……!!」
固有スキルも破壊できるかもしれない……きっとコイツは、そう言いたいんだろう。
『そういうことだ。お前の……いや、俺たちの『武芸百般』、それを壊せば魔王も倒せるかもしれない』
確かに、それなら魔王を倒すことも可能かもしれない。壊した時にどんな効果が生まれるのか、全く検討もつかないが……いや待て。
「それ……そもそも破壊した瞬間に、俺たちも死ぬんじゃないか?」
ノーマルスキルを壊しただけでも記憶を失い、感情もかなり薄れてきている。今でも既にかなりの代償が来ているというのに……固有スキルなんて破壊しようものなら、いくらなんでも精神が崩壊しかねない。その状態で魔王と戦うなんて……いくらなんでも無謀だ。
『壊した瞬間に廃人になって終わりだろう……って、女神様も言ってたしな』
……ふざけてるのか、コイツ。何が言いたいんだ。
「じゃあ、何でそんなことを……!!」
『だが、手段が無いわけじゃないんだぜ?』
「……は?」
side:勇者アルス
最初にこの案を考えた時……ちょうど、ラルクが特訓を始めた時くらいだな。あの時には既に、ラルクがたとえ『スキルバースト』を使っても魔王に勝つのが厳しいだろうということはなんとなく分かっていた。
正直、俺もどうすればいいか悩んだよ。勝つ算段なんてないし、かと言って戦わない訳にもいかない。そんな状況だったんだからな。そんな感じで、ずっと迷っていた時……俺は、ある考えに至った。
(もしかして、『スキルバースト』で壊せるのはノーマルスキルだけじゃないかもしれない)
固有スキル……『武芸百般』を壊す。勝ち目がなくなった時、その手段を取れるように俺は、女神様に聞きに行ってみたのだが……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『いや……ダメですって。ラルクは廃人になりますし、貴方は消滅して終わりですよ。第一、固有スキルは魂と密接に関わりすぎています。それに、仮に一部だけ壊せるとしてもどうなるか……いえ、その手がありますか』
『……はい?』
『ラルクの『武芸百般』……あれは、貴方の固有スキルとラルク自身の固有スキルが混ざってできた物です。もし、貴方の部分だけ壊すことができれば……』
……そんなの、どうやればいいんだよ。スキルが混ざってるんだろ?
『…………だから言ったじゃないですか。ラルクには辛い選択を強いることになるって』
『いや、どういうことですか』
『魔王を倒すには、貴方のスキルを壊さなければいけない。ですが、貴方自身のスキルは既にラルク自身のスキルと混ざってしまっている。それはお分かりですね?』
『まあ、はい』
『でも、もし……貴方がラルクの中からいなくなったら、どうなると思います?』
……あぁ、なるほど。そういうことか。
『俺ごとスキルをぶっ壊せって言いたいんですね』
スキルを壊すんじゃなく、俺自身を壊す。そういうことだろう……?
『はい。ですが……この作戦は、十中八九失敗します』
『嘘でしょう?』
『嘘ではありません。そもそも既に混ざってしまったものを強引に引き離して、その上で壊そうとしてるんです。貴方が消えるのは確定ですが……その上で、ラルクにもどんな影響があるか』
やっぱり、リスクが高すぎるか……でも……
『それでも、やらなきゃどっちにしろ死ぬんですよね?』
『……貴方、それ本気で言ってます?』
『本気じゃないと言えませんよ、こんなこと』
……死んでもいいさ。世界を守れるなら。ラルクに少しでも、明るい未来を見せてやれるなら。して、ホープが悲しまずに済むのなら……俺は、それでいい。
『……はあ。分かりましたよ……ですが、一つだけ条件があります。出来る限り成功する可能性を上げるため、私の指示に従って下さい』
『分かりました。絶対に……成功させてみせます。』
『ええ、私も最大限サポートはさせていただきますよ』
……とにかく今は、最善を尽くすしかないな。あ、そうだ。
『そうだ、あと一つ頼みがあるんですが……』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
つまり、手段ならある……『俺を殺す』という、最も確実で最も危険な手段が。
ラルクとフィリアは、本当はもっと普通の人生を送るはずだった。きっと同じ村で育ち、同じ時を過ごし、つつましく幸せな人生を送っただろう。
まあつまり、何だ……俺たちは、その2人の人生を奪ってしまった、ってことだ。確かに、世界を守るためなんて大義名分はあるが、そんなのはどうでもいい。だって、そんなのあいつらには関係ないからな。
…………だから、もしもあいつが最悪の選択を取ってしまった時……その時は、俺はその対価を同じもので払おうと思う。
────日記の最後のページ




