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第百九十三話 最後の呼び出し

第百九十三話。魔王はついに佳境へ────

「『イリュージョンマント』」


 逃げてなかったのか!? ってか……俺と────と位置を入れ替えたら、お前……!!


「ライ────」


 案の定、魔王の拳は俺ではなく───の胸を貫き……悲痛な叫び声が聞こえて来る。だが……その言葉は最後まで続くことなく、叫んだ本人は眩い光に包まれ、魔王の近くから一瞬で転移させられた。


 そして、俺の前に被さるようにして気絶していた────の装備からも光が溢れ、俺を残して別の所へと転移させられていった。


『………馬鹿野郎が……っ!!』


 死んだ。あいつが……───が、死んだ。名前も覚えていない。誰かも分からない。でも……


(……どうして、こんなに悲しいんだ)


 まるで、心にぽっかりと穴が空いたような悲しみが俺を襲う。頬に涙がつたう感触が、とても冷たく感じる。そして、それと同時に……


「……ライア」


 無意識に()の口から、ふとそんな声が漏れ出す。だが……もう、その呼びかけに答える者はいない。


「……無駄死に、だな」


 そんな俺を差し置いて、魔王は動かなくなったそれを乱暴に地面へと叩きつける。骨が砕けるような鈍い音が辺りに響き、貫かれた胸からは血が溢れ出す……虚ろな目をした()()は、もうその痛みすら感じられないのだろう。


「命懸けで何をするかと思ったら……少しの時間稼ぎだけか。2人は取り逃がしたが、俺には到底敵わねえし……唯一の切り札のお前も、動けないときてる」


 そんな、あいつの死が無駄だったなんて……


「そんな訳ない、って顔してるな。じゃあ、証明してみろよ。この状況を変えてみろよ……無理だよな? そりゃそうさ、だって……もう詰んでるんだからよ」


 ……悔しい。悔しいが……本当に、打つ手がない。もう、『スキルバースト』で壊せるスキルもまともなものがない。強いて言うなら、『剛力』と『神速』を破壊してやりあえるかどうか……と言った所だ。


 もう加勢はいない。保険もない。切り札さえも打ち尽くし、今の僕は動くこともままならない。このままじゃ、ライアは……


『無駄死になんかじゃないさ、だって……お陰で、お前を呼ぶ時間が作れた』



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「……ここは、どこだ?」


 俺が呼び出されたのは、空中にヒビが入っている崩壊寸前の真っ白な空間。なんか懐かしいというか、見覚えがあるというか……とにかく、ここがどこかは分からないが、来た覚えはある。ああクソ、思い出せない……


『少し見ねえ間に随分とボロボロになってんな、ラルク?』


 ……この声は、さっきから頭の中に響いて来ている男の声だ。どこから話しかけてるんだ……?


『残念だが姿は見せられねえんだ。別に見せても良いが……全身から血が噴き出てる男の姿なんて見たいか?』


 うん、絶対見たくないな。


『だろうな、だからこのまま話すぞ』


 コイツ、俺の心を読んでるのか。何者だ……?


『そこまで忘れてるのかよ……なあ、どこまで覚えてんだ?』


 それをお前に教えて何の意味がある?


『いいからさっさと教えるか考えるかしろ、時間がねえ』


 さっさと教えろ、って言われてもなぁ。そもそも正体が分からない相手にそんなこと言われても何が何だかわかんねえよ。ただ……話しても良さそうだ、と感じる自分がいる。


(コイツ、初対面とは思えないんだよな)


 ……とにかく、俺が覚えてることか。自分の名前……状況……何でここにいるのか……ダメだ、思い出せない。覚えてないとかよく分からないとかじゃなく、完全にその記憶が()()。いや……


「……『スキルバースト』と、魔王」


 ……どうしてこんなことになっているのか、それは覚えている。『スキルバースト』……俺のスキルを壊す力のせいだ。生憎、死ぬほどの痛みだけは記憶にこびりついて消えないらしい。


 そして、『魔王を倒さなきゃいけない』ということ。何故かは分からないが……何かを守るために、戦っていた気がする。


『そこまで覚えてるなら問題ないな。いや、それしか覚えてないこと自体は問題なんだが……まあいい。ところでお前、その魔王を倒す算段はあるのか?』


 ……正直言って詰んでいる。増援も無意味、壊せるスキルもあまり残っていない。素の力では勝ち目が無いだろうし、このまま負けるしかない。


『……なあ、悔しくないのか?』


 悔しい……か。今じゃ、そんな感情も……


『本当に悔しくないのか? 何も感じないのか?』


 ……『スキルバースト』のせいで、記憶も感情も消え去った。今となっては、それを悲しいとさえ思えない。


『ならお前は、なんのために戦ってる?』


 そりゃ、魔王を倒すためだろ。魔王を倒して……あれ?


『倒さなきゃいけないことは覚えてる。でも、何故かは覚えてない……そんな程度の思いで、お前は戦ってたのか?』


 俺は、なんのために……


(……っ、痛え)


 何だよ、これ。なんで痛いんだよ……何で()()()んだよ。


『思い出せ。お前は……どうして魔王を倒そうとしてるんだ、ラルク!!』


 俺は……っ!!


「ダメだ、思い出せない」


 何も、覚えていない。思い出せない。まだそこに()()のに、手を伸ばしても届かない。


『……やっぱり、精神論でどうにかなるほど都合良くは────』


「でも」


 でも、これだけは思い出した。俺がなんで魔王を倒すのか、それは……


「俺自身が望んだことだ」


 他の誰でもない、俺が決めたことだってのは……それだけは、覚えている。

壊せるノーマルスキルは残っていない。でも……

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