第百九十二話 ずっと守りたかったもの
第百九十二話、ずっと守りたかったもの。ライア視点です。
side:ライア
(ボクに、何かできることは……!?)
増援に来たはいいものの、ラルクとお姉ちゃんが魔王に距離を詰めたあと、ボクは何も出来ずにずっと後方で佇んでいるだけだった。
『イリュージョンマント』のクールタイムもまだだから近づけない、そもそも近づいても足手まといになるだけ。走って追いつこうとはしているものの、あまりにも速すぎてついていけていない。
「ラルク、歯ぁ食いしばれ!!」
お姉ちゃんの足が貫かれても……
「『剣聖技・流転』!!」
フィリアが決死の覚悟でラルクを庇っている時も……ボクは、何も出来ない。
(ボクって、こんなに無力だったんだ)
それを自覚してしまい、ボクの心は折れそうになる。何も出来ない自分が情けなくて、やるせなくて……このまま逃げてしまっても、何も変わらないんじゃないかって思ってしまった。
(また、何も守れないのか……ボクは)
ボクには何も救えない。今も……そして、これまでも。
(……本当に、それでいいの?)
ボクの力じゃ、みんなを救えない……それは、分かっている。きっとあの中に突撃しても、無惨に殺されて終わりだ。でも……
(逃げたらダメだ)
逃げるなと、戦えと、ボクの中の何かが語りかけてくる。
(ここで戦わなきゃ、ダメだ)
あの存在に立ち向かって行けと、ボクの中の何かがそう告げている。
一応、お姉ちゃんたちを救う手段が無いわけじゃない。ボクの『イリュージョンマント』では3人を転移させることは不可能だが……ラルク、フィリアと位置を入れ替えることは出来る。
そして、ボクは作った一部の魔具にとある仕掛けを施してある。それは、魔具としての能力を失った瞬間、着用している人を別の場所に転移させるというもの。致命傷を受けた時の保険みたいなものだ。
それはあくまでラルクやフィリアなど、敵と直接戦うことになる人の魔具にしかつけていない機能で、ボクやシェイラさんのように、敵からの攻撃をあまり受けない立場ならその分を別の効果に充てた方がいい。
(それは壊れる以外の方法でも発動する……はず)
魔具が破壊される以外にもうひとつ、その効果を発動させる方法はある。それは……ボクが死ぬことだ。ボクが魔王に殺されれば、『魔具工房』の力は失われ魔具としての効果は消失する。つまり……
(もし、魔王がラルクを攻撃するタイミングでラルクとボクが『イリュージョンマント』で入れ替われば……)
ラルクの魔具は壊れているが、ボクと入れ替われば少し落ち着く程度の余裕はできる。そしてお姉ちゃんとフィリアは魔具の効果で安全なところまで転移……ということだ。これだけ聞けば完璧……なんだけど……
(でも、これをすればボクは……)
100%死ぬ。いや、ボクが死ぬことが前提の行動だから死ななければ意味がない。
(……ボクは、どうすれば……!!)
無論、死にたくなんかない。叶うならばみんな無事で帰って、今までのような日常に戻って幸せに暮らしたい。死ぬのは怖い……でも、誰も守れないのは絶対に嫌だ。そうして、ボクが迷っていると……
「『レベルバースト:20』……確実に殺させてもらうぞ」
そんな声が聞こえて、ボクは慌てて魔王のほうを見ると……
(…………っ!!)
攻撃を受ける寸前のラルクと、気絶しているフィリア……そして、傷ついて動けないお姉ちゃんの姿が目に映る。その瞬間……ボクの頭の中にノイズが走り……
『俺たちの勝ちだ────じゃあ、最後に一つだけ……聞いても、いいかな────勝手にしろ────恩に、切るよ……アルス。もし……もし、だよ? また……出会う、ことが……あったら……その時は……』
────ボクに、恩返しをさせてくれよ。
(あぁ、そっか。だから……ボクは、ラルクと出会ったんだね)
そして、ボクは……無意識に『イリュージョンマント』を発動していた。もう、迷いなんてなかった。
「お前っ!?」
そして、魔王の無慈悲な一撃がボクの胸部を貫く。これは……耐えられないかなぁ……?
(ラルク、君は覚えていてくれたのかな……?)
ごめんね、ラルク。君との約束を、ボクはこんなになるまで忘れていたみたいだ。だから……君に、気づいてくれとは言わない。ただ、ボクのことは覚えていて欲しいな。そして……
(お姉ちゃん……ごめんね。また、傷つけてしまったみたいだ)
運命ってやつなのかな。どうやらボクは、やっと片割れと合流出来ても……もう一度貰ったチャンスも活かせなかったみたいだ。でも……前と違って、あなたを守ることは出来たかな?
(あぁ、でも……)
死ぬのって、痛いな……体が熱いし、意識だって今にも消えそうだ。ボクが逝くのはどんなところなんだろう? 地獄だろうか、はたまた生まれ変わるのだろうか。そんな考えが、ボクの心の中を駆け巡る。
それでも……何故か、怖くはないんだ。死ぬことへの恐怖よりも、胸を貫かれた痛みよりも……ボクの頭を支配しているものがある。
(お姉……ちゃん……)
それは、ボクが唯一守りたかったもの。ボクがずっと前に、壊してしまったもの。そして……やっと今、守ることができたもの。もしももう一度、こんなボクの願いが叶うとするのなら……もし、またやり直せると言うのなら。
次は全てを守って、誰よりも強くなって、今度こそあなたを……誰よりも大切なあなたを守るから……それまで待っててね、お姉ちゃん。
大丈夫、きっとまた会えるよ。たとえそれがボクへの罪だとしても、はたまた運命だとしても……長い時を経て、また会いに来るから。だから……
(いつか……いつか、あなたと幸せに────)
ルキアさんの言っていた、『分からないこと』とは……?




