第百四十一話 最悪の形
第百四十一話! シェイド視点がこの回で終わります。
僕は【フライ】で空に飛び上がった後、エフィストを探していた。人間の国ではあまり魔法を使わないように姉上からは言われていたが……それよりも今は、エフィスを……
(それにしても、人間というのはよく群れているな……)
尋常じゃない数の人間がそんなことを思って、上空から下を見下ろしていると……
(人だかりがどんどん多くなっている……?)
王都の中心部に近づいていくにつれて、人の密度がさらに増していく。そしてそれらは、ある一点に向かって集まって行っている。
(…………あれは)
よく見えない。まだ、よく見えない。
(……あの、姿は)
僕たちエルフの容姿は、成長し切った後には永い間変わらない。だから、もう何十年も経っているというのに、その姿は……
(……見えない。近づいても、近づいても……どんどん、ぼやけて……)
どうして、だろうか? 目の前がぼやけていく。涙が抑えられない……
(もう一度、お前の、笑顔を────)
そう思った瞬間、涙が零れ落ちる。そして、堰を切ったように止めどなく溢れ出し……ほんの少し、視界は晴れた。
そして、僕の目に移ったのは……
「ああ……あぁ……!!」
笑っている……笑っている……あいつが、笑っている。白い修道服を着ているから、少し表情は隠れているが……それでも、見える。
「エフィー……!!」
エフィーが笑っている。満面の笑みで笑っている。僕は、その顔が見たかった……見た、かった……
「はず、なのに……っ!!
どうして……どうして僕は泣いているんだ?
「嬉しい、はずなのに……」
嬉しいはずだ。幸せなことのはずだ。何年も、何十年も幸せを願っていた妹が笑っている。それは……幸せなことの、はずだ……なのに……
「違う……違うんだ……この涙は、違うんだよ……」
なんで、僕は……
「なんで僕は、こんなにお前を……恨んでいるんだ、エフィー?」
なんでこんなに胸が痛いんだ。なんでこんなに、お前の笑う顔が憎いんだ。なんで……お前の幸せを、素直に喜べないんだ。
「…………お困りのようですね、そこのお方」
僕が訳の分からない感情に戸惑っていると、僕の背後から誰か声をかけてきた。低いトーンの、男の声だ……ここは上空のはずなのに、なんでこんなところにいるんだ? いや、どうでもいいか。
「誰だ……話しかけないでくれ、混乱してるんだ」
「……そうですか……勇者たちの凱旋を見ていたようですが?」
……五月蝿い。
「聞こえなかったのか? 頼む、放っておいてくれ」
「いえ、あなたが見ていたのは……『賢者』エフィストでしょうか?」
……五月蝿いと、言っている……!
「話しかけるな、鬱陶しいぞ……」
「『賢者』エフィストに、何か思うところでも……」
「五月蝿い!! お前に何が……」
「妹の幸せを喜べないことが、そんなに辛いですか?」
「……っ!?」
今、なんて言った? 妹って……
「……お前、何者だ!」
こいつ、僕たちの関係を知っているのか?
「そんな、何者というほどでは……ただの旅人ですよ。あなたの様子が気になりましたので、話しかけただけで」
「嘘をつけ。お前……一体、何をどこまで知っている?」
ただの旅人が、僕たちの関係を知っているわけがない。こいつは……なんのために僕に話しかけた?
僕が目の前の男にそう問い詰めると、男は少しの沈黙の後にこう告げた。
「……取引をしましょう」
「取引、だと?」
「ええ。あなたのその感情……愛する妹を憎むその感情を、苦にならないものとしましょう。私の力によって」
「……要らん。そもそも、僕は……僕、は……」
……あれ? どうして、こんなにも心が揺れてるんだ……この程度の苦しさなら、もう何年も経験してきたはずだ。
「本当ですか? 私の力ならば、あなたをその苦しみから救えるというのに」
……やめろ。
「もうあなたは、十分すぎるほどに役目を果たした。今はもう自らの思うままに行動しても良いと思いますが」
……やめろ。それ以上、僕を……
「さあ、もう一度答えてください。あなたがどうしたいのか……このまま憎悪に囚われ続けるか、それとも今ここでそれから解放されるか」
そう聞いてくる目の前の男は、まるで悪魔のような笑みを浮かべていて……だが、僕は……
「…………対価は、何だ?」
その悪魔の誘いに、乗ってしまった。
「素晴らしい選択です。そうですね……一つ、頼みを聞いていただきましょう。いえ、ほんの些細なことですよ」
「その内容は?」
そう聞いた瞬間、目の前の男の口角が少し上がったのが見える……しかし、もう僕は後戻りする気はない。
「少し、私達の計画に協力していただきたい。それだけです」
「計画、って……」
「それは言えません。まだ取引は成立していませんので」
……なんだろう、胸騒ぎがする。乗ってはいけないと、心が叫んでいる。それでも……
「……わかった、飲もう。ただし、エフィーや姉上を傷つけることを強要ようであれば……僕は、死んでも降りるぞ」
「ええ、いいでしょう。それでは取引成立です……では、早速」
そう言って、奴は僕の胸に手を当てて……
「『再構築』」
そう唱えた瞬間、僕の胸に激痛が走る。まるで、体の中をグチャグチャに掻き回されているような……
「お前……何、を……」
「ただ、魂を組み替えているだけですよ。あなたが心から、愛する家族を……そして、信仰する女神を憎めるように」
「何……だと……!?」
……まずい、非常にまずい! こうなったら、自害するしか……しかし、僕の体は動かなかった。体がいうことを聞かないのだ。
「やめ、ろ……!!」
「やめませんよ……取引の内容には、何一つ反していませんから。あなたが言っていたように、我々はあなたに何も強制する気はない……もっとも。あなた自身の意思で行うことには責任を取りませんが」
嵌められた……のか……!!
「クソ、野郎……!」
「クソ野郎……とは酷いですね。私には、王から頂いたドーヴァ、という名前がありますから……それでは、ごきげんよう」
その言葉を最後に、僕の意識は途絶えて────
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(全部、思い出した)
今まで忘れていた記憶。あの男によって、改竄されていた記憶を……やっと、取り戻した。
(……ごめんな、エフィー)
あの時、幸せそうにしているお前を見て裏切られたと思ってしまった。何年も自責の念に駆られて、疲れていたから……。
僕が望んだのは、こんなことじゃない。『世界樹の巫女』になりたかったわけでも、女神を憎んでいたわけでも、姉上やお前を憎んでいたわけじゃない。僕は、ただ……
(僕は、ただお前に幸せになって欲しかったんだ)
……だから、もうこんなことはやめよう。もう……僕の役目は、終わったんだ。
僕はそのまま、【フライ】を使わずに地面へと堕ちていく。これで、やっと終われる────
『支配魔法【ハザードオーバー】』
しかし、僕はまだ終わることを許されなかった……それも、最悪の形で。
まず、投稿が遅れて本当にすみませんでした!
諸事情により昨日一日中スマホを使えない状態となっていて……こうなる可能性は予測出来たはずだったので、予約投稿なりしておくべきだったと反省しています。
いつも読んでいただいている方々、本当に申し訳ありませんでした。




