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出来ることから、ひとつずつ。

作者: ほろ苦

誤字脱字あったらゴメンナサイ

彼女は華奢でお洒落で明るくて周りの皆から好かれている特別なひと。

きっと恋愛小説だったら主人公の少女だろう。

それに比べて、私はデブでブスで暗くてモサッたい。

極力周りの人たちと関わらず、ゲームにアニメとひとりで空想の世界に浸るのが好きだ。

こんなふたりが同じ職場にいたら、


「上野さぁーん、この前助かったよー」


営業係長が上野渚(うえのなぎさ)さんにお土産とお菓子を渡していた。

彼女はそれを受けとりニコリと微笑んでお礼を言って、私の隣にある自席に戻る。

ふぅーと小さくため息をついて、私に聞こえるか聞こえないかの声で


「こんなお土産で面倒かけたこと帳消しになると思ってるのかしら」


と呟いた。

私は聞こえないふりをして、パソコンのモニターをじっと見てカタカタと作業を続けていると上野さんは私に話しかけてきた。


「石井さん、この前部長がミーティングで話していた資料集めてくれないかな?私、他の案件で時間が取れなくて」


その時「私が資料集めておきますね!」って言ってたような…

私も手一杯な状態なので正直そんな余裕は……

断りたいけど、私はそんなに困っているのならと引き受けた。


私は石井ここな 24才

趣味は食べることとゲーム(RPG系)アニメに没頭すること。

彼氏なんでいたことは一度もないし、欲しいとも思わない。

だって、ただでさえ仕事で自由な時間が奪われるのに、他人のために自分の自由な時間を犠牲にしたくないと思う。

そんな私は周りの目なんて気にしない。

ブスでも幸せなブスだ。

マイロード万歳!

そう思いながら私ひとり残業をしていた。

私が残業していても誰も話しかけてこない。

この前上野さんと残業したら3人に話しかけられていた。

「頑張るねー」とか「無理するなよ」とか、男女関係なくだ。

まあ、話しかけられない方が集中出来ていい。

黙々と仕事をしているとポフンと頭に何か当たる感触がした。

振り返ると上司の青山さんが薄っぺらい資料を丸めて私の頭を軽く叩いた事がわかった。


「おい、なにやってんだ?」


青山さんは半年前本社から転勤してきた超やり手の課長だ。

確か年齢は30歳半ばでカリスマ性があって、発言力や行動力もあり、あっという間に周りの信頼を得て馴染んでいる。

たぶんだけど、私の存在は知らなくても青山さんの存在は皆知ってるだろう。

高身長で顔もいいし、独身だから狙っている女性社員多数らしい。


「お疲れ様です。資料の整理を」


私のパソコンモニターを覗き込む青山さんの顔がグッと近づく。

普通ならキャーどうしょうーってドキドキするところかもしれないけど、私はまず恋愛対象にならないので平然としていた。


「これ、上野さんがやるって言ってたよな?」

「他の案件もあるので、手が空いた私が一部巻き取りました」

「そうか。でも、残業はあまりするなよ」

「はい。」


今週はノー残業週間なので気にしているのだろう。

青山さんは自席に戻り仕事をやりだした。

私はいそいそと片付け帰る準備をして青山さんに「お先に失礼します」と頭を下げると青山さんは「おう」と軽く手をあげた。

会社のエレベーターで一緒になった可愛い女子社員ふたりが青山さんの事を話していた。


「青山さん、今日もかっこよかったよね」

「ほんと、さっきも役員相手ににプレゼン完璧だったし」

「今度、飲みに誘って見ようかなー」

「えーずるい!私も一緒に行く!」


キャっキャと盛り上がっているふたりは確か社長室の女子社員だ。

スタイルがよくて綺麗で華やかで。

エレベーターのガラスに映る私とはまるで別の世界

私は背中を丸めて小さくなって家路についた。

ゲームはいい。

プレイすれば、いつも自分が主人公だ。

アニメはいい。

私という存在がいない世界。

現実は……何とか生きていくだけで精一杯だ。

荒れた私の独り暮らしの部屋を見回し、また今度、休みの日に片付けようと思った。


そんな私に小さな事件が起こった。

青山さんが仕切り新しいプロジェクトが立ち上がることになったのだ。

そして、部門ミーティングの時そのプロジェクトに参加して欲しいメンバーを青山さんが発表する。

だいたい予想通りやり手のメンバーが呼ばれる中


「石井さん」

「?」

「よろしく」

「え?」


周りが一気にざわついた。

大抵こういった案件は上野さんが加わるはずなのに、彼女が呼ばれず私の名前が入ったからだ。

上野さんは一瞬固まっていたがすぐに私ににこりと微笑み


「頑張ってね」


と言ってくれた。

私はどうして自分なのか腑に落ちないでいたが、それを問い詰める勇気もない。

ただの青山さんの気まぐれ?あ、上野さんから忙しいから今回はって頼まれたかも。

色々と憶測を立てながらミーティングから自席に戻っていると青山さんに呼び止められた。


「明日早速キックオフだから、頼むよ。期待してる」


ニッと笑いかける青山さんに私は「はぁ」と生ぬるい返事をして、軽く会釈をした。

それからというもの、物凄いスピードで青山さんが私に仕事を振ってくる。

既存の仕事もある上に、確認事項や調査など、何とかこなそうと一生懸命だった。

指示された資料を作成して青山さんにデータを提出するとその一時間後


「はい、石井さんルーム2に集合~」


ルーム2とは1対1しか想定していない、小さなミーティングルームだ。

私は青山さんと向かい合いで座り、青山さんのノートパソコンに私が作った資料を映して私に見せた。


「これなに」

「え、指示された資料をもとに作ったデータですが」

「確かに俺が言った通りのデータだけど、見易いと思う?」


確かに、数字と言葉だけコピペされたものだ。

見やすさの欠片もない。

青山さんは図やイラストを入れる、文字を簡潔にするなと沢山のアドバイスをくれた。


「資料は見る相手の気持ちを考えて作るもの。ただ言われた事だけならロボットでもできる。やり直し。いつまでに提出出来る?」


残業をすれば今日でも出来るだろうと思った私は


「明日の午前中には…」

「残業なし」

「え!」

「で、いつまでに出せる?」

「えっと…明後日の午前中」

「Ok、よろしく」


私の頭をポンっと撫でてルーム2を出て行った。

正直、私は仕事なんてただ言われたことだけをすればいいと思っていたが青山さんにはそれが通用しなかった。

毎日忙しく、かつ残業したらいけないので、私は一分一秒も無駄な動きが出来ないと思い、仕事のスケジュールを決めることにした。

たまに入ってくるイレギュラーな仕事もトータル調整すれば何とか計画通りに動くことが出来た。

資料提出やミーティングの調整など、小さな事でも達成する度に青山さんが「ありがとう」「助かるよ」と労いの言葉をかけてくれる。

厳しい所は厳しいし、むちゃくちゃ忙しいけど青山さんと一緒に仕事が出来て、素直に楽しいと思った。

そんなある日、プロジェクトのミーティングを終えて自席につくと上野さんに話しかけられた。


「お疲れ様。大変ね色々雑務が増えちゃって」

「いえ、まあ」

「青山さん、めんどくさいことすぐ任せてくるからズルいよね」

「そうですね」


ふふって微笑んでいる上野さんの話しに合わせていると、青山さんが上野さんを呼ぶ声がした。


「上野さん」

「あ、はーい。重要な話があるって言ってたから私行かなきゃ」


まるで、自分は違うと言っているようだった。

私は彼女と比べるだけ無駄だと思って、目の前の自分が出来る仕事に手をつけた。

青山さんのプロジェクトはなんだかんだで成功して落ち着いてきた。

私はあの激務から解放されると思い安堵していたが、どこかで淋しい気持ちもあった。


「石井さん、お連れ様。今晩飲みに行かないか?」


エレベーターでたまたま青山さんと一緒になった時話しかけられた。

きっとプロジェクトの皆とお疲れさま会をするのだろう。


「わかりました。」

「じゃあ、居酒屋まん丸で19時、よろしく」


私は承諾して仕事終わり指定の居酒屋に足を運んだが誰も来てなかった。


「あのーハイコンプという会社ですが予約していませんか?」


居酒屋の店員に確認してもらったが予約してないという。

私は日にちか場所を間違えたのかと首をかしげてお店を出ようとすると青山さんが入ってきた。


「おまたせ!あれ?どうしたの?」

「え?皆は……」

「?予約してた青山です」


不思議そうな顔をして店員に話しかけると店員さんは「2名さまですね、こちらにどうぞ」と言ったのでこの瞬間私と青山さんのふたりだとわかった。

私は案内されるまま個室に入り、なぜか青山さんとさし飲みに。

何を話していいのかわからず戸惑っていると、青山さんからゲームの話を始めた。

私もしていたゲームだったので意外と話が盛り上がりお酒もぼちぼち進んでしまった。

コミュニケーションを取るのが苦手な私は基本飲み会というものに参加してもあまり飲まない。

さらに、家飲みもしないので、もちろんお酒にも弱い。

グラス二杯のアルコールでフワフワしていると、もう5杯ぐらい飲んで焼酎ロックの6杯目を飲み出した青山さんが笑っていた。


「酒に弱すぎだろ。」

「すみましぇん」

「謝んなって、そこで。石井さんさ、もっと自分に自信もっていいよ」

「すみましぇん……それはムリかと」

「なんで?」

「だって、わたしなんて……」


ブスだしデブだし暗いしモサッたいし…

心の中で自分の悪評価を並べてずんっと落ち込んだ。

そんな私の頭をポンと撫でて青山さんは俯いている私の顔を覗き込み微笑んだ。


「俺はかわいいと思うよ」


私は顔がどんどん熱くなる。

かわいい?は?んなわけ、あるわけ、あるわけーーー

ドクンとまるで今まで止まってい心臓が動き出したようだ。

ボーとする、頭の処理能力が足りなくなり思考が低下している。

かわいい?いやいや、ないない。

全力で自分を否定しょうと思うけど青山さんの声が脳ミソに貼り付いている。


「さて、そろそろ帰るか。お勘定~」

「はーい!」


店員さんと青山さんとのやり取りを眺めながら、私はまだ思考回路が復帰していなかった。

ただ、お支払の時はハッと我に返る。


「は、払います!!」

「はい、ダメー今日は俺に奢られろ」

「いや、それは!」

「そこで、上野さんは『ありがとうございますぅ』だったぞ」


上野さんと…飲みに行ってるんだ。

当たり前か、そうだよね、うん、そうそう。

私と行ってるんだもん上野さんと行ってないわけないか。

頭にのぼっていた血がスッと冷めてきた。

そうだよ、私なんて。


「ダメですよ、これくらいで足りますか?」


私は5000円を青山さんに押し付けると青山さんは「頑固だな」と苦笑いをして受け取った。

女性の独り歩きは危険だから送ると青山さんは言ってくれたが、私は断固としてひとりで帰れますと伝えて青山さんと別れた。

青山さんはいい人だ。

そして、いい上司でもある。

私はでしゃばらず奢らず影から少しでも支えることが出来ればいい。

そう思った。

帰り道、お店のショーウィンドウガラスに反射する自分のブスさに呆れて半笑いを浮かべた。

『こんな女が側にいるなんてないわ』

家に帰りお風呂に入りながら私は検索をしていた。


『いい女になる方法』

『痩せる』

『自分磨き』

『綺麗になる方法』


これまで私は自分はこんなものでいいと思っていた。

それはそれで後悔はしていない。

でも、叶うなら、少しでもいいから、意識させたい相手が出来た時

私は自分を変えたいと思った。


調べれば調べるほど、世の中の女子は皆頑張りやさんだと思った。

洗顔ひとつ、髪を洗うのひとつ、意識している。

ただ表面だけ取り繕っているだけではない。

めんどくさい、こんなのやっても意味があるの?

そう思うこともあるけど、私は片っ端から何日も試してみた。

当たり前だが、すぐに変化することはなかった。

そして、沢山失敗をした。

たとえば、今まで興味がなかったファッションを調べて、ネットで購入してサイズが入らないとか、『美しい髪に変身』という文句を信じて買った整髪料が死ぬ程匂いがキツかったりとか、ダイエット系に関しては……まあ、うん。て感じだった。

世の中の女子は本当に凄い……

そう考えると私の隣席の上野さんも数々の努力をしているかと思うとやはり尊敬の域だ。

じーっと上野さんを眺めていると上野さんに話しかけられた。


「な、なに?どうしたの石井さん」

「いや、上野さん可愛いなって思って」

「は?」


上野さんは私を気持ち悪そうにしていた。

こんな女子力を上げるなんて私にはムリなのではと心が折れかけていた。

これまで通りでいいじゃないか……そう悪魔のささやきが聞こえる。

背中を丸めてカタカタとパソコンを触っていると私の背後を青山さんが通った。

足を止めて私のデスクにチョコレートを2つ置いた。

勿論隣の上野さんにも。

そして、私のパソコンモニターを覗き込む。


「いい感じの資料じゃないか。ひとつひとつ改善出来てる」


ひとつひとつ……

青山さんはさらっと褒めると他の社員にもチョコレートを配って回っている。

そうか、ひとつひとつか。

私は諦めかけていた自分をまた奮い起たせた。

一気にあれもこれも出来るわけない。

とりあえず、その日家に帰って私は部屋の一部を片付け出した。

今日はここのエリア、明日はあっち。

少しずつ綺麗になっていくと、こんなインテリアにしたい、模様替えしたいと思えようになって、休みの日、街のインテリアショップに出掛けていた。

インテリアショップに出掛けると、商品もそうだけど、来客している人達が目につく。

あ、あの人お洒落、あの人のカバン私好み、あの人の髪型可愛い。

今まで周りに無関心だった私は少しずつ変わっていた。

家に帰り、鏡で自分の顔を見て一気に現実に引き戻される。

私はむくれた顔に艶のないゴワゴワな髪の毛。

どうすれは、あんな素敵な女性になれるのだろう?

スマホを片手に検索を繰り返す。

うまく行かない、わからない、人に聞けない……

またしても壁にぶち当たり、仕事をしていると月初に中途採用で新入社員が入ってきた。

朝礼で青山さんが紹介をした。


菊池昴(きくちすばる)くんだ、配属はサービスカスタマー予定。じゃ、一言あいさつ」

「菊地昴24歳です。よろしくお願いします」


青山さんと同じぐらいの高い身長で優しい印象の彼は私と同い年らしい。

パチパチと歓迎の拍手をしていると、青山さんが今週末金曜日の夜は歓迎会をする告知をしていた。

飲み会、行きたくないな……

あっという間に週末になり、歓迎会当日、私はなんとなく体調不調で断って帰ろうと思っていた。

そんな私の前に青山さんが両手に持ち帰りコーヒーカップを持って現れた。


「石井さん、皆の歓迎会参加確認よろしく!」


片手に持っていたコーヒーを差し出して私に渡す。

それは近くの高級コーヒー店の持ち帰りコーヒーだった。

私は「…はい」受け取ってしまうと断れなくなった……


歓迎会で少し意外なことに気がついた。

新人の菊地さんの隣に上野さんが積極的に座ったのである。

華奢な彼女は菊地さんの隣にいてもお似合いだと思った。

ちなみに私は一番端っこです。

そうこうしていると、遅れて青山さんたちもやってきて、10人程度の歓迎会が本格的に始まった。

本日の主役の菊地さんは沢山質問されていた。

わかったことは、高学歴、趣味はネット構築、アプリ開発、スポーツも出来て、かなりハイスペックながらも、温厚で人受けがいい将来有望な人材。ということだ。

上野さんが狙うのも頷ける。

私はほそぼそと烏龍茶を飲みながら、みんなの注文をしていると青山さんが焼酎ロックを手に持って隣にやって来た。

もう6~7杯は飲んでいるようだ。


「あれ?今日は飲まないのか」

「はい。基本お酒に弱いですし」

「そうか。なら、今度俺と飲みに行こうか」


酔っている青山さんの言葉に眼を細めていると、新人くんの周りが一気に賑やかになってきた。


「菊地さん、腹筋割れているのか!?」

「ええ、まあ。趣味程度に身体鍛えてますし」

「きゃー見て見たぁーい!」


数人の先輩たちに囲まれて「見たい見たい」と言われて菊地さんはじゃあ、と恥ずかしげに少しだけと服を上げてお腹をみせた。

すると、見事に割れたシックスバックの腹筋が見える。

私と青山さんもそれをじっと見ていた。


「凄い腹筋ですね」

「ああ、なに石井さんムキマッチョが好みとか?」

「そうですね、嫌いではないです」

「……」


何気ない会話のつもりだったが、青山さんは黙って焼酎ロックを飲んでいた。

それからしばらくして、歓迎会が終わり一部の社員が二次会参加者を募っていた。

私は絶対行かないと決めていたので黙ってこそーと帰ろうとすると、青山さんが私に近づいてきた。

そして、二次会メンバーたちにアピールするようにわざとらしく話しかける。


「石井さん、具合悪いのか!大丈夫か!?俺は彼女送っていくからお前たちだけで先に二次会行ってくれ」


えー、そんなー、あとで来て下さいよ~とかいう声がチラホラ聞こえたが新人くんを中心に彼らは二次会に向かった。

私は黙って青山さんをじとっと睨む。


「私は具合悪くないです」

「こうでもしないと、帰らせてくれないからなーあいつら」


小声で話す青山さんはどうやら二次会を拒否するために私を利用したようだ。

私は仕方ないと一緒にその場を離れた。

少し歩いて


「では、この辺りで失礼します」

「夜道は危ないから送るよ」

「いえ、私は大丈夫ですから」


私みたいなブスを襲うやつはそうそういないだろう。

当たり前のようにお辞儀をしてその場を立ち去ろうとすると、いつものように頭をポンっと撫でられた。


「!」

「……上司命令だ、送らせろ。電車だっけ?家はどっちだ?」


業務時間外だが、上司命令に私は逆らうべきではないと判断した。

私の家は賃貸で会社から徒歩20分程度に駅ひとつ分の距離なので徒歩で通勤している。

送ってもらいなが、色々な話をすると青山さんは会社が準備した賃貸で暮らしているとわかった。

あっという間に私の家の近くにたどり着いた。

私は頭を下げてお礼を言って帰ろうとすると、青山さんはニッと笑い「また来週な」と言っていた。

私はドクンドクンとしているのをうまく隠しきれただろうか……


日曜日、私は美容室に行った。

そして、これまでは「適当に」と言っていたが、今回は恥ずかしながらこんな髪型にしてほしいとスマホの写真を見せた。

美容師さんは少し困っていたが私の髪を触って何か構想をしている。


「やっぱり無理ですよね…」

「いや、ちょっとサイドをアレンジいれる感じなら出来るよ。色はどうする?」

「えっと」

「このさえ明るくしてみようか?きっと髪質も変わるし」


私は美容師さんにおまかせすることにした。

カットジャンプカラーでトータル3時間。

いつもはただ黙ってカットするだけだったのに、美容師さんと沢山お話をした。

と言っても、髪のメンテナンスの話が8割だったが。

ドライヤーのかけ方からブローの仕方まで、私の知らないテクニックを沢山知っている。

さすがプロだ。

長くて重たかったボサボサ髪は見事に変身をとげて、明るいブラウンにレイアが入っているボブに少し短めの前髪が出来ていた。


「石井さん、やっぱり前髪あった方が若々しく見えて似合うね」


若々しくって私24歳。

でも、今鏡に写っている私は年相応に見えるという事だろう。

カットする前は30後半の生活に疲れたおばさんだったのは認めよう。

頭がリアルに軽くなり私は心も軽くなった様に思えた。

背中を丸めて地面を見ていたら、周りの世界は見えない。

少しの勇気をふりしぼって私は背中を伸ばしてお気に入りのインテリアショップでフラフラしてカフェでコーヒーを飲んで家に帰った。


週明け、月曜日。

同僚たちの視線が痛い。


「石井さんイメチェン?」

「はあ、まあ」


男の同僚が眼を丸かくして朝出会い頭に声をかけてきた。

朝の挨拶と仕事の話はするぐらいだったので少しびっくりした。

そんなにおかしな髪だろうか……

少し不安に思っていると彼のすぐ後ろから青山さんが話しに割ってきた。


「似合っているな。俺も髪切りに行かないとなー」


似合っている。

その言葉だけで、私の不安は吹き飛んだ。

青山さんがそう思ってくれるのなら別にいいか。

しかし、その1日は色々な人に話しかけられた。

普段は言われない「かわいい」「いいね!」の声に私は恥ずかしいがやはり嬉しかった。

仕事の話をするために新人くんの菊地くんに話しをして帰ろうとすると、菊地くんに呼び止められた。


「石井さん、そのストラップ『藍い騎士』のじゃないですか?」


私のポケットからはみ出していた家の鍵についているストラップを指差す。

確かにこれは私がハマったゲームのグッツストラップだ。


「ええ、まあ」

「あのゲーム俺もやってて。でも凄く難しいですよね。謎解きとかもあって」


基本RPGだけど、ダンジョン攻略に謎解き要素があるなかなかコアなゲームで難易度が高くあまり女子向きではない。


「レベルどのくらいですか?」

「55だけど」

「え!マジてすか!俺も55で海底ダンジョンでつまづいてて」

「わかる…それ」


私もまさに海底ダンジョンでつまづいて先に進めない……てか、これソロじゃムリじゃない?てレベルだ。


「あの、もしよかったら一緒に行きませんか!フレ交換しましょう」


菊地さんの勢いに圧されて私は流れでフレンド交換をすることになった。

あのコアなゲームをしている仲間かいるのに正直驚いた。

それから約束通りでゲームで一緒にダンジョン攻略をして、意気投合したのは言うまでもない。

ただ、それはゲームの中で仲良くなっただけで、会社ではこれまで通りに私は振る舞いたかったのだが……


「お昼行きませんか?」


自席に座って仕事をしていた私に菊地さんが話しかけてきた。

隣には上野さんが呆然と私たちを見ている。


「えっと……あ!上野さんも一緒に!」

「え、ええ。」


私と上野さんと菊地さん、三人で近くのパスタやさんにランチに行った。

ランチでは上野さんと菊地さんが話をしていて、私とゲーム仲間という理由もわかってくれた。


「私、ゲームとかよくわからなくてー」

「普通そうですよ。特にあのゲームは特殊な分類だし。ね、石井さん」

「そ、そうですね」


穏やかになんとかランチを終えて帰ると上野さんにお礼を言われた。


「誘ってくれてありがとう。これで次も誘いやすくなった」

「よ、良かったですね」


ニコニコと微笑んでいる上野さんが少し怖く感じたのは気のせいだろうか。


最近よく、社内で話しかけられるようになってきた。

それは、仕事の話しもあるが、他愛のないことや冗談や。

前まで私は下を向いて周りを拒絶していたけど、周りを見るように心がけていることも関係しているのだろうか。

ただ単に、ボーとしていて話しかけやすいだけかもしれないけど。

仕事の休憩時間、私は自動販売機でコーヒーを買おうとしていると青山さんに話しかけられた。


「石井さん」

「なんでしょう?」

「上手いコーヒー奢ってやるから付き合ってよ」


付き合え……って、は!コーヒー店にということか!

私は一瞬フリーズしたが、すぐに再起動した。

頷き青山さんとまるで隠れ家のようなコーヒーショップに入る。

そして、行きつけなのか青山さんがいつものというとマスターは頷いていた。

とても雰囲気がよく、揺ったりとした空間にジャズの音楽が流れている。


「素敵ですね、こんなお店しりませんでした」

「穴場だろ」


香りのいいコーヒーとミニケーキが私たちの前に置かれる。


「ケーキはサービスです」


にこりと微笑むマスターに青山さんは苦笑いをする。


「さて、最近どうだ?」

「どうというと……」

「上司として、仕事はどうと聞いているが」

「あ、すみません。資料作成が2案件たまっていますが順調です」

「そうか、……なら、プライベートはどうだ?菊地くんと親しいようだが」

「へ?」

「違うのか?」

「いや、まあ、ゲーム友達というか……」


私の返答を聞いて青山さんはゆっくりとコーヒーを飲んだ。

そして、一呼吸おいてコーヒーカップを置いた。


「友達か。なら、明日、ラーメン食べに行かないか?」

「ラーメン…」

「ひとりで入りづらくてなー」


青山さんはバツの悪そうな表情をしていた。

青山さんなら誰でも誘える人はいるだろう。

でも、そのなかで選んでもらえたのなら……


「行きます」

「じゃ、明日な。さて、仕事戻るか」


私はまだまだ、周りの彼女たちみたいに素敵な女子になっていない。

それでも…、ラーメンに誘ってもらえるくらいになったのは

私なりの成長だと思う。


ひとつずつ、ひとつずつ、出来ることから、

そして、いつか、あなたの隣にいても恥ずかしくない自分になりたい。


私は青山さんの後ろ姿を眺めて、そう誓った。


おわり

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

週末にフッと思い立って一気に書きました。

そして勢いで投稿……

わたしもひとつずつ頑張ろっと…( ´・∀・`)

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