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第一話

 こじんまりとした木造の小屋、その中心に位置するベッドの上にその人物は寝かされていた。周囲には草木が自由に生え散らかっており、目立つ綺麗な服を身につけ、寝ている青年の周囲だけ綺麗に保たれているのが不自然に映る。何年、この状態が続いたのだろうか。生えている草木の中には、数十年の永い時を経て育つような種も見受けられる。

 掛けられている毛布や、下に敷かれているマットレスが今にも崩れ去りそうなほどボロボロで、人が就寝するような環境ではない。しかし、ベッドの上で寝ている精悍な顔付きの青年の髪や髭は伸びておらず、綺麗に整えられている。


「ん、んぅ」


 そして、今その青年が身動ぎしていた。動く度に崩れ去る毛布。どれだけ長い期間動かなかったのか、マットレスは青年の身体を模るように周囲が日焼けしているのが露わになる。

 そして、その時は来た。ゆっくりと、コマ送りのように開く瞼。状況が理解できていないのか、青年はネズミが引くように首を回す。まだ身体が解れてないのだろう。まるで骨が砕けるかのような音が連続的に鳴り響く。しかし、それに伴う刺激に慣れているのか、青年は特に気にする様子も、痛がる様子も見せない。


「…ぁいぁ………」


 発声器官が衰退しているのだろう。出てくる声は言葉を成さない。しかし、それで十分だった。音に反応し、けたたましいサイレンが鳴り出した。何事か、とびくつく青年。しかし、筋組織が弱っているため、起き上がることは叶わない。そしてどれほどの時がすぎたのだろうか、窓らしきくすみから微かに差し込んでいた光は絶え、青年が再び微睡に身を任せようとしていたその時。小屋が吹き飛んだ。


「「「「「「リディルぅう!!!!!!」」」」」」

 

 そして、聞こえてきたのは複数人の女性が奏でる姦しい叫び。見えたのは青年にとって見慣れた光景である複数の人影。感じたのは衰退した己の肉体が崩壊するのでは、と感じるほど強く抱きしめてくる女性特有の柔らかい身体。

 その状況に、リディルと呼ばれた青年の目から涙こぼれ落ちる。やがて、止まることのないその涙に気付いたのか、流石にリディルが窒息死すると思ったのか、女性達が彼の身体からゆっくりと離れた。そして、見えてきた顔の数々にリディルの涙腺が遂に壊れた。

 世界が終焉を迎えでもしない限り、次の生へと旅立つことはない自分と悠久の時を歩み続けることになってしまった愛すべき女性達。人族、森の一族、海人族、夜の一族、金狼族、龍人族、天族、ドワーフ族等様々な種族がいる彼女達は、リディルにとって唯一の、そして最愛の、家族であった。


「ぃんあ!」


 未だ、言葉を形成出来ないリディルの声は、しっかりと女性陣の耳に届いた。そして、苦痛なのか、快楽なのか、安堵なのか、言葉に表せない程複雑な表情を浮かべる彼女達。暫くの間、自分達を眺め、涙を流し続けるリディルの存在を確認するように触れ続けた後、美しい金髪を腰まで伸ばした絶世の美女が代表して口を開いた。


「今から回復魔法を掛けるからね。元の状態までは戻らないだろうけど一般人ぐらいにまでは筋力も戻るはずだから。」


 そう言って、彼女は腰から取り出した杖に魔力を込め出した。そして展開される巨大な魔法陣。彼女が操る見慣れたものとは明らかに規模も難度も異なるその陣を見て、リディルは目を大きく見開く。最後に自分が彼女の回復魔法を受けた時は、今展開されている魔法とは全く異質の弱い魔法しか扱えなかったはずである。果たして彼女になにがあったのか。今すぐにでも問いたいが、自分の体がそうさせてくれない。

 そして、そんなもどかしい時間が数分過ぎた頃、彼の身を真っ白な光が襲った。みるみるうちに修繕され、栄養を注がれているかのように肉付いていくリディルの体。やがて、光が治まった時、そこにいたのは健康的な美青年であった。服で覆い隠されていたか細い身体は隆起し、肉がついていることが視認できる。痩せこけていた頬は膨らみを取り戻し、押せばもちっとした感触が戻って来ることが想像できる。

 リディルは自分の身体が戻ってきた事を感じ、喋り方を思い出すようにゆったりと言葉を紡いだ。


「…お、おれ、、は、なに、を、、、、」


 その質問に答えたのは先程リディルを治癒した女性ではなく、美しい金色の猫耳を生やした獣人族の女性だ。


「リディは寝てたの!何年も、何百年も…」

「あり…しあ……?ね、てた…?」


 そして、彼は思い出す。

 最後に自分の体を動かしたのは、兄であるリンスラーン王の前に跪いている事時か。確か、二十歳の誕生日に執り行われる神力授与の儀で俺は“不老不死”を得てしまったのだ。短命である人族の王族が、それも既に兄が王位を継承し、自分の王位継承権が血の底まで落ちた者が、不老な上に不死であるなど迷惑極まりない。故に俺はどこかの辺境に封ぜられるか、国外追放か。どちらにしろ、それまでの表の顔であった放蕩王族としての暮らしを享受出来なくなることは確実であった。裏でやっていた冒険者業でもやって、使い魔達と共に世界を放浪するか、と考えていたのを覚えている。

 そして、沙汰を聞き届けるために赴いた謁見の間。まだ王位を継承したばかりで、真新しい玉座に悠然と座る兄王の前で臣下の礼を取った所で、記憶は途絶えている。いや、正確に言えば覚えてはいるのだ。しかし、それ以降で思い起こせるのは人を殺し、建物を壊す自分ではない何かの記憶。まるで暗殺者のようなその行動に、思わず顔を顰める。


「おれは、おれはなにを……」


 自分の行為である実感はなくとも、記憶がある以上自分が行ったのだろう。浮かび上がってくる悍しい行為の数々に、リディルは自責の念に駆られる。しかし、それは女性達が許さなかった。


「リディルのせいじゃない!」

「そうよ!アレはあのゴミどものせい!」

「リディルじゃない!思い出しちゃダメ!」

「あ、ああ…」


 ゴミどものせい、と一人が言ったところで大体の事情を察した。きっと自分は隷属魔法か契約魔法か何かで暗部として使われていたのだろう。永遠に衰えることも、死ぬこともない命令に忠実な暗殺者。王族としては喉から手が出るほど欲する人材だ。しかし、そうであるならば何故今解放されているのだろうか。自分の記憶を漁った限りでは、三百年以上自分の身体は使われ続けてきたはずだ。それ程の期間、手許に置いていた人材を果たして手放すのか。甚だ疑問であった。そして、そんなリディルの考えは読まれていたのだろう。アリシアが彼の疑問に答えた。


「リディルが解放されたのは契約対象が死に絶えたからよ。貴方に掛けられた契約は血に基づくもの。その血が絶えた時、貴方も解放されたの。……でも気付くのに遅れた。その時は国から遠く離れてリディルの解放のために動いていたの。私達が貴方を再度見つけた時はなにをしても目覚めることのない美青年として奴隷商で売られてたわ。誰かに買われる前に救い出したんだけれど…その頃にはもう身体が弱りきってた。その時点で状態保全の魔法をかけて人間の形を保てるようにしたの…それが貴方の目覚めを遅らせたのかもだけど…それから百十年の間、貴方は眠り続けた。その間、貴方が戻って来るその日のためにわたしたちはおもての世界で地位を築いた。で、今に至るって訳。」

「そうか…ありがとうな」

「ううん、感謝しちゃダメなの!私は、私達はリィを救い出せなかった!動けたのは全部、全部手遅れになってから!私は、私は………」


 そう言って泣き出したエルフの女性。春の芝生の様に若々しい緑色の髪が手で覆われた髪を隠してしまう。リディルはそんな彼女を抱え込む様に抱き締め、髪を梳いた。


「大丈夫。これから時間は取り戻せるんだからね。皆俺のために動いてくれた。契約で堕ちた俺を見捨てないでくれた。それで十分。愛してるよ、ミリア、皆。だから自分を責めないで。俺は戻ってきた。これからずっと、ずっと一緒だよ。」


 嗚咽を漏らす女性達を物質化した魔力の腕で抱き込み、あやす。

 彼女達は自分に身を捧げ、自分に心を寄せ続け、自分を想い続けてくれたのだ。そんな相手に感謝を述べないわけにはいかないだろう。


超超不定期連載

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