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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第三章 「無双の戦鬼、友達できるかな?」
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98 「となりの酒上君」



 隣の酒上君は、なんだか変な人。


「えー、つまりこの英文を訳せば『ボブはダンスやってるからな』というある種の理由付けと称賛を──」

「くかー……くかー……」


 一時間目の英語。

 クラスの皆は今、先生が作った独特の英文を訳すのに忙しなく辞書をめくっている。私はあらかじめきちんと予習してきているので余裕があった。予習は良いことだからね。

 そんな中、最近来た隣の編入生君をチラリと見れば……、


「くかー……くかー……」


 やっぱり寝てる……。

 寝息を立てながら船を漕ぐ彼の机の上には、辞書どころか教科書すら無い。

 彼は窓際の席で腕を組み、夏の盛りを過ぎて穏やかになってきた日差しを浴びて、ひたすらに眠りこけていた。


「ではここの訳を……ああ、うん……」


 教壇に立つ先生ももはや慣れたもので、酒上君の様子を見てスルーし、他の生徒を指名していた。これも恒例になってきた。

 そう、酒上君は編入してからというもの全部の授業でこんな感じ。国語でも数学でも化学でも……登校してからずうっと、自分の席で眠り続けるのだ。


(この人、何しに学園に来てるんだろう……)


 ほら、前の席の橘さんも配られたプリントの置場所に困ってるよ。


「酒上君、酒上君……」


 授業の邪魔にならないくらいの音量で彼の名を呼ぶ。橘さんも『WAKE UP』と書かれたハリセンで彼の身体をポフポフと優しくはたいている。橘さんそれどこから出したの……?

 私も胸ポケットからボールペンを取り出し、天冠の方でツンツンしてみる。えいえい。


「くかー……くかー……」


 しかし、彼はテコでも起きない。まるでパソコンがスリープモードになってるみたいに何も受け付けない。いつも通りに。


「だめかー……」

「……」


 胸ポケットにボールペンを仕舞いながらため息をつく。ああダメダメ、幸せが逃げちゃう。

 あ、橘さんも苦笑しながら、机の上にプリント置いて前を向いちゃったよ。


「もう、真面目に授業を受けないのはダメなことだよ?」


 こっそりそう言っても、やっぱり何の反応もない。

 普通、学園って将来のために勉強する場所だと思うんだけど……酒上君にその気はないみたい。


(噂は本当なのかな……)


 事実を確認せずに噂を信じるのはダメなことだけど、ちょっぴりそう思ってしまう。

 いつもむっつりと黙ってお喋りをしない彼には、色々と噂が付いて回っているのだ。

 なんでも、彼の雇い主であり恋人である一年生の女の子は、彼がイギリスから鎖で縛って拉致してきたんだとか、その恋人だけじゃ飽き足らず妹にも手を出している鬼畜だとか。


(今まで学園に通っていなかったのは、人を殺して刑務所にいたからだ、とか……)


 あまりよくない噂ばかりだ。

 確認する勇気は……まだない。そもそも『誰か殺したことあるの?』って聞くなんて失礼すぎるし、なによりそう聞いたら『ああ』って平然と返ってきそうなところが一番怖いんだよね……。

 そんな噂が蔓延るせいで、いまだに彼はクラスに馴染めていないし、話しかける人もいない。橘さんがなぜか少し頑張っているけど、それくらいだ。

 そんな中にあって、私は……、


(……お話、したいなあ)


 なぜか、そう思う。

 正直言って彼は不良だと思う。悪い子だと思う。そんな子に関わったりつるんだりすることはダメなこと……だと、思うんだけど……。


「くかー……く――む」


 そうも言い切れないから、困っているわけで。

 彼は確かに暇さえあれば、周囲との関係を断ち切るかのように眠っているが……ある時間になると、必ずその目を覚ますのだ。


「ん……」


 その切れ味の鋭そうな視線は窓の方へ。正確にはグラウンドの方に向いている。私も少し身を乗り出して覗いてみた。

 そこには……体操服で集合する一年生女子達の姿。

 今日は朝から長距離走なのか、準備運動をしてからグラウンドを走り出す女の子達。その集団を、彼は熱心に見つめている。

 別に彼が女子生徒の体操着姿にフェチを感じているとか、そういうわけではない。

 その証拠に他の女の子には目もくれず、彼の視線は明らかに二人の人物に固定されていた。


「ふ……」


 あ、笑った。そして小さく手を振ってる。

 そんな穏やかな様子の彼が見る先には、まず元気一杯にグラウンドを走りながら酒上君に手を振り返している女の子がいる。

 花が咲くような、女子から見ても魅力的で可憐な笑顔。黒く長いポニーテールがわんこの尻尾のように揺れて可愛らしい女の子……酒上君の妹、刀花ちゃんだ。


「ああー……」


 そして彼はもう一人の方に視線を向ければ途端にハラハラしだす。これももはや恒例だ。

 その視線の先には、太陽の光にも負けない豪奢な金髪を靡かせる、まるでお人形のような美少女がいる。

 ただし、今はヘロヘロになりながら力なくグラウンドを走り、辛うじて彼に手を振り返すくらいバテバテな状態だけど。体力無いんだね……。

 そんな彼女はリゼットちゃん。彼の恋人で、雇い主……という噂。

 そう、彼が唯一この教室で見せる動きがこれだ。

 彼と関わりのある二人が、体育の時間でグラウンドを使う時間のみ彼は目を覚ます。

 そして、彼女達にエールを送るのだ。必ず。その双眸に優しい色を湛えて。

 そんな姿を見ていると……やっぱり、悪い子ではないんじゃないかと思ってしまうのだ。この前、リゼットちゃんがこけた時なんて窓から飛び降りようとしてたし。


(態度が違いすぎるんだよね……)


 実際、お昼休みの学食や中庭に行けば、彼ら三人が仲睦まじくご飯を食べる姿を見ることができる。


(食事というよりは、ところ構わずイチャついてるって感じらしいけど)


 男子生徒が号泣しながら話しているのを聞いたことがある。

 リゼットちゃんに全部あーんで食べさせていたとか、刀花ちゃんとあーんで食べさせ合っていたとか。


(うーん……)


 ……彼の中には明確な基準があるんだと思う。それが何かは分からないけど、それを満たした時に彼は心を開くんだろう。

 それが、私が彼を単なる悪い子だと思わない理由。それにただの悪い子が一年生の美少女二人にあれだけ慕われるだろうか?

 絶対に、彼には良いところがあるはずなのだ。


(悪いところに目が行きがちだけど)


 だけど人と接する時には、良いところを見付けてあげたいよね? 少なくとも私はそう思う。そうじゃないと、なんだか悲しいよ。


(実際、彼らの様子を見て、見方を変えてる子もいるし)


 よくない噂に隠れ気味だけど、見てる人は見てるのだ。

 今なお窓にくっつき、二人の女の子を応援する彼。

 その姿はまるで、自分が認めた飼い主にのみ尻尾を振る番犬のようで……これが実は、一部の女子に刺さっているらしい。このクラスにも何人かいる。


(私のお世話をして欲しいとか、お兄ちゃんになって欲しいとか)


 そういうSっ気の強い子とか、甘えたい系の女の子に隠れた人気があるみたい。怖そうだと思うんだけど、逆にそこがいいらしい。私にはよく分からない……。

 はあ、なんだか分からないことばっかり。直接お話できれば噂にも振り回されずに済むのに。


(どっちが、本当の彼なんだろう)


 授業終了のチャイムが鳴り、グラウンドから二人の姿が消えれば、彼はまた退屈そうに腕を組む。

 あ、また寝る気なんだ……でも、今はさっきの一幕もあってか態度が柔らかく感じる。どうしよう、話しかけてみようかな?


「こ、コホン」


 私は少し緊張してドキドキしながらも、意を決して彼に話しかけてみることにした。


「さ、酒上君、教科書まだ持ってないの? 無いなら見せてあげよっか」


 うんうん、自然。自然だよ。

 それにさりげなく勉強に誘導できる会話! 勉強しないのはダメなことだからね!

 だけど──、


「……ふん」

「あっ……」


 ば、バッドコミュニケーション……。

 チラッとこちらを見たかと思うと、彼は鼻を鳴らして目を閉じてしまった。会話すら拒否された……。


(でもやっぱり)


 普通こんな態度取られたら、人は怒るか呆れるだろう。


(なんかそうでもないんだよね……)


 怒りはしない。

 そりゃ多少は呆れたりはするけど、やれやれ仕方ないなあって感じで重くはない。


(なんでだろ)


 自分ですら不思議に思う胸中に首を傾げながらも、でも少しため息をつく。はあ、今日も失敗かあ。


『ポロン♪』

「……おっとと」


 ため息をついていたら、机の中からメッセージの通知音が響いてきた。マナーモードにしてなかったみたい、授業中じゃなくてよかった……。


「……カップの替え?」


 ママからのメッセージで、カップを割ってしまったから帰りに買ってきておいて欲しいというものだった。

 またママ割ったの? 今月でもう何個目だっけ……もう、最近喫茶店の売上落ち気味なのに。


「了解……っと」


 ママにメッセージを送り、待ち受け画面に戻る。

 お金あったかなと考えつつ待ち受けを覗けば、そこにはネットで拾った猫の画像。二足歩行で正面からずんずんと歩いているように見える強面の猫が表示されている。


「ふふ、かわい──っ!?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!


 その猫画像を見た瞬間、隣の席からすごい圧力を感じた。

 なになになに!?


「……」


 恐る恐る隣を見てみると……さ、酒上君が目を見開いてこっちを見てる! なんで!? 私何かしちゃったかな!?


「あっ」


 でも私と目が合えば、プイッと視線を逸らす。

 だけどチラチラと、彼が時折こっちを覗いているのが分かった。


(も、もしかして、これ?)


 手元には猫の画像が表示されたスマホ。

 それを、すすっと動かせば……、


「……」


 あ、追ってる。

 右に、左に動かせば、彼の視線もそれに合わせて動く。本当に犬みたい……ちょっと面白いし、可愛いかも。


(だ、ダメだよ! ちょっとゾクッとしちゃうのは!)


 イケナイ気持ちになっちゃいそうな心を静める。そ、それはダメなことだよ、うん。いじわるもダメ。


「……猫、好きなの?」

「む……ああ」


 わ、素直。というか始業式以来かもこんなに会話するの。

 彼は鋭い瞳をさらに細めて画像を見ている。

 一見怖いかもしれないけど、その奥には興味津々な光が宿っているのが窺えた。


「どうなっている、その猫は。本当に二足歩行しているのか」

「ふ、ふふ……違うよぉ。ほらよく見て、立ってる足に見えるのが前足で、腕に見えるのが後ろ足になってるんだよ」

「ほう……?」


 食い入るように見つめる彼におかしくなって笑いながらも、見やすいように私の胸の前にスマホを持っていってあげる。


(ほら、やっぱり普通なところもあるんだ!)


 私は嬉しくなってついニコニコしてしまう。可愛い猫を可愛いと思える、普通の男の子の感性も持ってるんだよ、当たり前だけど!

 そうして彼は「なるほどな」と納得したのかスマホから視線を外して……、


「え、あの……」


 彼にちょうど見えやすいように、胸の前にスマホを持ってたんだけど……む、胸を見てる?


(わわっ……)


 確かに、私の胸はよく男子からの視線に晒されることが多い。無駄に大きいし。

 だけど、こんなに憚らずに見られることは初めてで……!


(ど、どうすればいいのかなっ!?)


 興味深げに胸を見る彼にあたふたする。

 いやセクハラだよセクハラ! エッチなのはダメなことだよっ? それに他の女の子が言ってたけど、私に手を出すのは合法だけど違法らしいよっ!? 意味はよく分かんないけどっ!


(というか、君には彼女がいるでしょ!?)


 リゼットちゃんはすごくスタイル綺麗だし、刀花ちゃんは私くらい胸大きいよね!?

 噂では、お家に帰ったら二人の女の子を侍らして酒池肉林の宴を開いてるらしいじゃん! 男子が咽び泣きながらそう言ってたよ! 噂だけど! 噂で判断しちゃってごめんね!


(そそそそういう普通の男の子の感性は知りたくなかったかな!)


 も、もしかしてやっぱり本当に鬼畜君なのかな……女の子を駄菓子のようにしか見てないのかな!?

 だとしたら見損なっちゃうよ!? 鬼! 悪魔! ……”鬼”?


「いいものを、持っているな」

「はぇっ!?」


 何か一瞬記憶を刺激されたその間隙に、そんなことを言われドキリとする。い、いいものって。

 ど、どうも……結構なお餅をお持ちでとよく言われます……男の子から言われたのは初めてだけどね! えっち!


「よく見てもいいか?」

「ええ!?」


 いやよく見てるじゃん! え、もしかして直接ってこと!? だっ、ダメなことだよそれは! そういうのは結婚を前提にお付き合いする人たちがですね──!


「いいペンだな」

「へっ?」


 ぺ、ペン? 何かの隠語? それはパパや君についてるもののことじゃ……!

 そう思ったけど、彼はじいっと私の胸──ポケットに刺さった一本のボールペンを見てそう言っていた。

 あ、あっれー? お餅じゃなくてー?


「……ど、どうぞ」

「年季の入った品だな」

「う、うん。パパ──お父さんの趣味で、進級祝いに一本貰ったの」


 天冠はシルバーで、軸がアクリライトで高級感のあるカッコいいやつ。

 学生には過ぎたものだけど、昔からパパが集めてたのを見てきて、どうしても私も一本それらしいのが欲しかったのだ。確か数万円はするんじゃなかったっけ……? デュオフ○ールドいいよね。

 抜き取って渡せば、彼はためつすがめつといった様子でボールペンを見ている……抜き取った時にポヨンと揺れる私のおっぱいにはまったく目もくれず。


(いやいいことなんだけどね!)


 でもちょっと自信なくすかも。うぅ、ごめんなさい。私結構ワガママなこと言ってるかも……ダメダメ!


「──道具を大事にする人間に悪い者はいない」

「え?」

「いや、いい品だ。大事にするがいい」


 彼は独り言のようにそれだけ言って、私にペンを渡して再び眠りについた……よく見ればちょっぴり、口角を上げて。


「えっと……酒上くーん……?」

「くかー……くかー……」


 もう寝てるよ!


(人間、何が刺さるか分からないなあ……)


 少し呆然としてそんなことを思いながら、胸ポケットにペンを戻す。

 彼の意外な一面を垣間見る、短いけど濃密な時間だった。

 なんだかこれだけで凄く気力を使い果たしちゃったかも。


(でも、彼の中で好感度は上がったみたい)


 多分。

 こんなにお話したの、クラスでは私だけなんじゃないかな? ちょっと嬉しい。


(こんな感じで、もっとお話できればいいな)


 そうすれば何か大切なものを得られる。そんな予感がするんだよね。勘だけど。


(よーし!)


 午後からは好きな調理実習もあるし、なんだかやる気が出てきちゃったよ!

 今日も一日清く正しく、がんばろー!


 ……酒上君って、料理とか出来たりするのかな?


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