95 「できるかな?じゃねぇんだよ」
「酒上刃」
「……」
…………。
………………え、それだけっ?
私、薄野綾女は編入生君の簡潔すぎる自己紹介に目を白黒とさせた。
始業式を終え2-A教室に戻ったところ、担任の先生から「新しい友達が増えるぞ」とお知らせがあったのだ。
唐突な知らせに沸き立つクラスメイト達。
イケメンなのか、美少女なのかで盛り上がる生徒達を前に、しかし先生はなんだか妙に困った顔をしてたけど……、
「じゃあ、酒上? ……入ってくれ」
そうして教室に入ってきた編入生君を見て、私達は納得したものだ。
男の子……だと、言っていいのかな。いや性別的にはそうなんだけど、切れ味の鋭そうな目とか、身に纏う雰囲気とかが、この人を単なる男の子という枠に納めるのを拒否する。
編入生ってもうちょっと緊張してたりとか、そわそわしてたりとかするものだと思ってたけど……教壇の前に立つ彼はむっすーと不機嫌さを隠さず、私達を睥睨している。
端的に言って、彼は高校生として異色だった。ホントに同い年?
(あっ、いけないいけない。見た目で人を判断するのはダメなことだよ、うん)
そうそう。難しい顔してるのも、きっと照れ屋さんなんだよ。
話してみれば、案外気さくな好青年なのかも──
「さ、酒上? もう少し詳しくだな……」
「………………ちっ」
えぇー……。
し、舌打ちした……先生も目を丸くしてるよ。
そっかー、照れ屋さんじゃなかったかー……。
「はぁ……」
めちゃくちゃめんどくさそうな溜め息をつきながら内ポケットを漁る……さ、酒上君? って呼んでいいのかな。
そんな彼がポケットから出したのは……手のひらに収まるくらいの、一枚の紙切れだった。
なんだろあれ……。
「……えー、『僕の名前は酒上刃です』」
カンペだっ!
カンペ読み始めたよこの人!
「『一年生の超絶可愛く敬愛すべきお嬢様、リゼット=ブルームフィールド様に仕えるフットマン……という設定よ』」
設定!? よ!?
「『そして同じく一年生のハチャメチャに可愛い、酒上刀花の頼れるお兄ちゃんです。皆さん仲良くしてくださいね』……なんだこれは」
こっちが聞きたいよ……というか酒上さんのお兄さんだったんだ。
一年生の酒上さんは、お兄ちゃんのことが大好きなことである意味有名だ。男の子からの告白を、お兄ちゃんを理由に躱すから。
そんな彼女の大好きなお兄ちゃんは果たしてどんな人物なのかと、一時期噂にもなってたけど……。
「ふん、もういいだろう。ああ、貴様らに言っておくが仲良くする気はない。そして我が愛する少女達に近付くようならば、問答無用でぶっころ……ぶち殺すからな」
なんで言い直したの……言い直してもマイルドになってないよ……。ほらもう皆ドン引きだよ……。
「……席替えするぞ」
疲れたように、少し前髪が後退し始めた先生はそれだけ言ってクジを配る。
ああ、きっと職員室で話してる時もあんな感じだったんだ……。
なんだか、すごい人が来た……。
多分この教室にいる人全員が思ってることを脳内で呟きながら、委員長である私は先生の手伝いをすべく席を立つのだった。
でも──、
舌打ちといい、めんどくさそうな鼻息といい……どこか引っかかるんだよね。
いや隣同士になっちゃったよ。
「……」
先程、衝撃的な挨拶を披露した彼は、席替えで騒ぐクラスメイト達のことなんて興味なさげに窓の外を眺めている。
窓際の一番後ろの席。いわゆる“主人公席”というところだ。私はその隣。
(は、話しかけるべきなのかな……)
いや、きっと話しかけるべきなんだよ! あんな挨拶したらクラスで浮いちゃうだろうし、そんなの彼は困っちゃうよ!
実際今も、皆は時たま不審げにヒソヒソと彼について話してるだけで、誰も彼に話しかけようとは──
『合格おめでとうございます、酒上さん』
話しかけられてるぅー!?
し、しかも、相手は……影でめちゃくちゃ人気のある橘さんだ! どういう繋がり!?
彼の前の席に座る橘さんは、『おめでとうございます』と書かれたスケッチブックを手に、ふわりと柔らかい笑みを浮かべている。
だ、大丈夫かな……か、噛まれたりしないかな?
そんな危惧を抱きながら(失礼)、私は彼の反応を窺う。危なくなったら私が盾になるよ!
「……ん、ああ。橘か。奇縁だな」
「♪」
それだけ言って、彼はまた窓の方に目を向ける。
そんな彼にクスリとおかしそうに笑って、満足したのか橘さんは前の方を向いた。
友達……というか、まだ知り合いって感じ。
それに……反応も普通だ。
な、なぁんだ! 心配し過ぎだったね! それになんだか橘さんで試しちゃった感じがあって私の方が感じ悪いよ! ごめんね橘さん!
よし、せっかく隣同士になったんだから、私も!
「さ、酒上君! 私、薄野綾女、よろしくね!」
「……」
……。
…………。
………………。
あ、あっれ~……?
彼はチラリ、と私の方を向いたかと思ったら……プイッと、また窓の方を向いてしまった。一言も喋らずに。
た、橘さんの時とは全然違う。あ、人見知りさんなのかなー……?
「さ、酒上く~ん? おーい……私、あやめ──」
「……」
うっ、怖い顔された。
食い下がる私に、彼は威圧するように目を細める。
でも……あれ?
その顔を見ていると、なんか怖いというより、どことなく懐かしい感じが。
「……」
それに……今、彼がしてる目。
私の姿じゃなくて、その奥の奥を見通すような不思議な目。非人間的で、恐ろしいはずなのに……どうして?
なぜか……そんなに怖くない。
「……妙な女だ」
「え?」
なんだかゲテモノ料理を見たような顔をして、彼はそう呟いた。
妙? 私が?
そうかなぁ、普通だと思うけど。喫茶店を営む両親に普通に育てられて、普通に育った。我ながら普通の女の子だと思っている。
まあ背が小さくておっぱいが大きいっていう、一部の男子からマニアックな視線を向けられる身体はしてるけど。でもそういう意味じゃないよね、目しか見てないし。
「ええっと……よろしくね?」
「……ふん」
あっ。
ものすごく“つまらなさそうに鼻息を鳴らして”、彼は目を閉じた。し、失礼だなあ……。
でも、そんな彼の態度に、なんだか、んー……?
「さ、酒上君?」
「……ちっ、人の話を聞いていなかったのか」
あ、“舌打ち”した。ダメだよ? 舌打ちなんかしちゃ。
でも、んんー……?
「よろしくするつもりはないと言ったはずだ。他の人間とよろしくしていろ。“俺の覇道に友など不要”だ」
んんんーーーー??
「でも、それだとちょっぴり寂し──」
「“そのような軟弱な心など持ち合わせてはいない”」
んんんんんんんん???
「でも、本当は……?」
「いらんと言っているだろう。しつこいぞ、“たわけめ”」
んっ!?
「あのっ、今なんて言ったの?」
「……“たわけと言ったのだ、たわけめ”」
んんん!?
お、おかしいな……私別にドMとかじゃないはずだけど。なんでだろう、たわけって言われて不思議な気持ちになっちゃってる。
悪口のはずなのに……ダメな言葉なのに。
なんでか、耳に馴染む。彼の言葉が、素振りが、なぜか私ですら知らない何かを刺激する。
それは暮れなずむ、夕闇に溶ける記憶の残滓。その糸を……たぐり寄せる。
「じゃあ……」
──そんな彼に、
「私が……」
「……」
私は、なぜか、
「私が……君の……」
なぜか、こう言わなきゃ……いけない気がして、
「お、お友達になっ──!」
「よーし、じゃあ諸連絡始めるぞ。騒ぐのは終わってからにしろー」
「あっ」
先生の大きい声で私の声はかき消される。
それと共に、どこか茫洋としていた私の意識も現実に引き戻された。
あ、あれ……? 私、何を……?
「……ふん」
あっ。
私が目をしばたたかせていた間に、彼はまた鼻を鳴らして、窓の方を向いてしまった。
口も悪く、態度もよろしくない。ダメなところばかりが目立つ編入生君。そんな人が隣の席になって、普通は嘆くところだ。
なのに……、
(なんでだろう……)
なぜか……運がいい。
そんな風に思ってしまい、また首を傾げる私なのでした。
うぅ~ん……?




