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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第二章 「無双の戦鬼、少女達と夏休みを過ごす」
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82 「A. 昨夜、も〇〇け姫を見たから」



 頬にカーペットの感触を味わいながら目覚めた瞬間に、私は既に自分の過ちにうっすらと気付いていた。


「……寝落ちしてた」


 ムクリと起き上がり、うぅんと腕を上げて伸びをすれば少しだけ身体が痛い。

 きちんとベッドで寝ないのなんて、お行儀良く過ごすことが当たり前だった本国では考えられないことだ。


「だいぶ乱れちゃったわね……」


 呟き、自室に視線を巡らせれば、こっちに来てから自分がどれほど堕落してしまったのかよく分かる。

 その辺に積みっぱなしのトーカから借りた漫画。カーペットに散乱したお菓子の袋。ほっぽりだしたまんまのゲームのコントローラー。


「さすがに、ちょっと正さないとね」


 言い訳のように聞こえるかもしれないが、いつもこんなに乱れているわけではない。タイミングが悪かっただけなのだ。

 ジンの編入も決まり、夏休みも最早後半戦。二十四時間、丸一日自由に過ごせる期間も残り僅かとなれば、やはりヒトというのは乱れるものなのだ。

 昨夜の私もあと少し、あと少しと思いながらゲームをプレイし、結局「明日も休みだし」と「学園が始まったら徹夜できないし」という甘い考えが脳を掠め、現在こういうことになってしまっている。余裕が出ると、甘えてしまうのがヒトなのだ。


「監視の目がないっていうのも大きいけど……ポリポリ」


 ああいけない。

 無意識に手近にあったスナック菓子を摘まんでいた。こういうところよ、こういうところ。淑女としての自覚が薄れてきたんじゃないかしら。


「まあ私太る体質でもないし」


 少しくらいならセーフよね?

 ちなみに同じ言葉をトーカに言ったら、物凄い笑顔を浮かべ無言の圧をかけられた。あの子は全部その無駄に大きい胸に脂肪が付くわけではないようだ。

 ふふん、やっぱり天は二物を与えたりしないのね。何事もバランスが大事なのよバランスが。私のこの均整のとれたスタイルのようにね!


「それにまだまだ成長期だし」


 今に見てなさい。私も最近トーカに習って牛乳を毎朝飲むようにしてるし、きっとトーカより大きく……それこそサヤカのように大きくなる予定なんだからね。


「……女装が目標ってどうなの」


 いやあれは女装なのだろうか。身体の造りから変わっているからして、そう言っていいのか謎だ。あの子も大概ワケが分からない。この前はドラゴンになってたっていうし。

 ……以前、興味本位で「逆にあなたって何が出来ないの?」と聞いたことがある。そう問うと彼は不遜げに腕を組んで言ったものだ。


『俺に不可能はない。強いて言うなら、お前達を傷付けることくらいだろうな』


 なんて。

 まったく、いちいちキザったらしいんだから。


「まあそれでちょっとドキッとしたのも事実だけど」


 ふっと笑って立ち上がる。

 さて、珍しくジンに起こされる前に起きちゃったし、生活リズムを正すという意味でも少しは朝の支度を自分でやっておきましょうか。

 そう思って私はクローゼットの前へ移動し、寝間着を脱ごうと……した、ところで……。


「ん……?」


 気付いて、しまったのだ。

 そう、今朝起きた時からうっすらと感じていた違和感。その残酷な正体に。


「あれ……?」


 私……私……、


 ──なんで、普段着を既に着てるの?


 疑問に思った瞬間、ある事実に思い至り目を見開く。

 ああ嘘、そんな……私……!

 認めたくなかった。そこまで堕ちたのかと自覚したくなかった。曲がりなりにも淑女として育てられた、この私が……!

 普段着を既に着ている? 違う。正しくは普段着を脱がなかった、だ。つまりそれは、脱ぐ用件を果たさなかったということ。即ち……!


「……お風呂入るの忘れた」


 あり得ない。

 あり得ないあり得ないあり得ない。

 本国ではお風呂に毎日入らない人なんてざらにいたけれど、私はそれこそがあり得ないと思い生活していた。なのに、なんで……!


「そう、ゲームが終わったら入って寝ようと思ってそのまま……」


 寝落ちして、朝になったというわけだ。


「はっ!」


 私はバッと壁時計に目をやった。落ち込むのは後、今はそれよりも危急のことがある!

 時間は……ああよかった。いつもジンが起こしてくれる時間より早い。最悪の事態は避けられた。

 もし、もう少し目覚めるのが遅くなり、ジンが部屋に来てしまっていたらと思うとゾッとする。そして私に近寄って鼻をひくつかせようものなら……自分への怒りと羞恥で多分死ぬ。死んでしまう。ジンは道連れで一緒に死ぬ。


「……スンスン」


 ……思わず確かめるが、やはり自分の体臭というのは分からないもの。

 厄介だわ。でも夏場で寝汗もかいたし……認めたくないけれど、私は今危険な状態にある可能性が高い。


「ああー……もう、私のバカバカっ」


 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい!

 顔を覆って蹲りたくなるが、今は我慢。そんなことをしていたら、ジンが私の部屋に来てしまうかもしれない。そうなってしまえば私は泣く。ジンは死ぬ。


「シャワー……!」


 まだ時間はある。挽回できるチャンスは残されてる!

 要は誰にも会わず、浴場まで辿り着けばいいだけのこと。朝にシャワーを浴びるなんて普通のことだし、何も不審に思われることはない、はず!


「着替えは脱衣場にトーカが用意してくれてるから……」


 ならば私がすることはただ一つ!


「この場で誤魔化すっていうのも無理だし……!」


 チラリと棚を見れば朝日に煌めく香水の入った瓶が見えるが、香水を付けるのは悪手だ。

 勘違いしている者も多いが、香水はそれ単体で効力を発揮するものではない。

 香水は、その付けるヒトの体臭と混じり合うことで魅力を最大限に発揮する美の化学である。香水と体臭、そのバランス調整を経験の中で探り会得することが大切な、とても繊細な道具なのである。あるだけ付ければいいというものでは決してないのだ。

 そして自分の体臭レベルが分からない今、下手に香水を付けてしまえば逆にもっとひどいことになりかねない。よって香水で誤魔化すことはできない!

 私は棚から視線を切り、ドアにこっそりと近付いて耳を当てる。


「……クリア」


 物音や足音、なし!

 そして慎重にガチャリと蝶番を回してドアを半開きにする。左右確認……よし!


「出会い頭でバッタリはなさそう……よかったぁ……」


 ふぅ、と一息。しかしすぐに首を振り気合いを入れ直す。

 油断してはダメよ、リゼット=ブルームフィールド。これは私の尊厳と乙女心とその他諸々の大切なものをかけた大事な戦い。なにせ相手は無双の戦鬼。一瞬の油断が命取りになるかもしれない。

 そう思って、私は入念に背後や天井をチェック。

 ……よし、いつかのようにジンは張り付いていないわね。あの子は神出鬼没なところがあるから、注意してもし足りないくらいだ。ホント何この緊張感。私は何と戦ってるの? うぅ、タイムマシン欲しい……。


「頑張れ、私……」


 弱気になる自分を叱咤し、廊下を進む。特にジンの部屋を通る時は気を遣う。幸い部屋に気配はなかったからよかったものの……果たして彼はどこに潜んでいるのか、それがとにかく怖い。

 もしジンが私を見つけたら、すぐさま私を抱き締めキスをするだろう。そう命令しているのは私だ。毎朝ご主人様にキスをしなさい、と。

 そんなことになれば間違いなくバレる。しかも彼はよく私の髪やうなじに鼻を埋めて匂いを嗅ぐ。犬のように。普段ならちょっぴり恥ずかしいけれど、求められている感じがして実は気持ちいいと思ってるそれも、今は恐怖の対象だ。


「早く辿り着かなきゃ……」


 今の状態ではとてもではないがキスなんて出来ない。早くシャワーを浴びて、なんの憂いもなく彼とキスを交わしたい。

 しない、という選択肢は無し。決して表には出さないけれど、可能ならもっともっと彼とキスしたいと常に思ってる。

 だから、自分からキスの機会を減らすのは確実にノー。キスは……したい。しなきゃ、ダメ。


「はぁ……はぁ……」


 極度の緊張の中で部屋の前を通り抜け、ホールに繋がる大階段の前でへたりこんだ。うぅ緊張で汗が……これ以上汗をかきたくないのに、なんという悪循環。

 しかし、後は一階に降りて奥へ進むだけだ。部屋にいてドアを開けた瞬間に鉢合わせという展開がなかった分、むしろ上手くいっているのではないだろうか。


「……さすが私。きっと日頃の行いがいいのね」


 先ほどは生活習慣を正さなきゃと思っていたことはうっちゃって、少しだけ余裕を取り戻した私はもう一度気合いを入れ階段を降りていく。

 そうよ、なんてことないわ。普通に家の中を歩いているだけじゃない? それにあまりのことにショックを受けてたけど、よく考えたら数時間お風呂に入らなかったくらいで体臭がそう大幅に変わるわけなんてないじゃないの。誤差よ、誤差。それこそ犬の嗅覚でもないと分からないんじゃないかしら? そもそも美少女が臭いわけないじゃない。ご主人様に汚いところなんてないわ!

 ある種の開き直りに近いことを考えていると、いよいよ玄関ホールが見えてきた。


 よし、あとはこのまま廊下奥へ──


 ……だけど、やはりというべきか。

 私の乱れた生活習慣への罰なのか、開き直ってしまったことへの当て付けなのか。

 このまま何事もなくシャワーを浴びることが出来ると思った矢先。

 視界が開けた玄関ホールのど真ん中で……その深紅のカーペット上に“それ”は、いた。


「ハッハッハッ」


 向こうから私の姿が見えたのだろう。途端、大人しく玄関前に鎮座していた“それ”は腰を上げ、興奮したような息を吐く。

 舌を出し、耳はピンと立て、尻尾がブンブン振られているのが見えた……が、私はそれどころではない。


 いよいよワケが分からない……!


 なんで……なんで……!


 ──なんで玄関に巨大な狼がいるのよーーー!?


 心の中の叫びも虚しく、右目にぼうっと紅の光を灯す巨狼が、しっかりと私をその両目でロックオンするのが分かった。


 あ、終わった……。


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