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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第二章 「無双の戦鬼、少女達と夏休みを過ごす」
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74 「毒では死ななそうなロミオだけれどね」



 とはいえ以前のように俺の「目」が必要というわけでもなく。


「い、いいい、いい!? 振り向くわよっ? 振り向くわよっ!?」

「分かった、分かったから落ち着け」


 腕の中で裏返った声を上げるご主人様を宥めながら、もぞもぞと後ろから抱き直す。

 そう、以前のように足にチョコンとマスターを乗せてはいるが、俺に課せられた仕事は『彼女を背中から抱くこと』それだけだった。

 正直、ゲーム攻略に俺がいる必要性を見いだせなかったが、


『背中が空いてると不安なのよ』


 とは彼女の言。どこの武芸者なんだお前は。

 俺は死んだ目をしながら、彼女の頭に顎を乗せて画面を見る。椅子と化した俺の楽しみといえば、彼女の髪からふわりと香るいい匂いと、ネグリジェ越しに伝わるお腹の柔らかさを堪能するくらいだ。

 ……いや、なかなかいい仕事かもしれん。週七でシフトに入っていいぞ。


「な、なんだ……何も起きないじゃな──ほわあああああああああああ!!??」


 安堵した瞬間に幽霊に襲われ、あられもない声を上げるマスター。ここが郊外の森でなければ通報されていたのではなかろうか。


「暴れるな、顎が痛い」


 まったく、幽霊のなにが恐ろしいのか。

 しょせんは巡る世の理から逃げることしか出来ぬ、絞りカスのような存在よ。

 その証拠に奴らは塩程度で浄化すら出来る。調味料だぞ、調味料。調味料で撃退できる驚異など奴らとナメクジくらいなものだ。恐れる要素などないというのに。


「What’s a ××××!!

 You’re stupid ××××××× ××× ×× × ×××××!!!」


 おーおー、さすがに発音がいいな。何を言ってるのかは分からんが、罵声なのは確かだろう。


「はー……はー……ふ、ぐすっ。もぅやだぁ……やめたい……」

「やめればいいだろう……」

「……やだ」


 コントローラーを放り投げ、こちらの胸に顔を埋めて震える彼女の背中を撫でる。いったい何が彼女をこんなに駆り立てるのだろうか。


「うぅ~、貴族の顔に泥を塗った罪は重いのよ」

「別に泥を投げ返さずともいいだろう」

「……それだけじゃ、ないもん」


 気丈にも貴族の誇りを語る彼女は、しかし恥ずかしげにモジモジしたあと……引き寄せるようにこちらの襟をキュッと握った。


「……最近、あなたとこういう時間取れてなかったし。勉強もいいけど、ちゃんとご主人様のご機嫌も取らないと、ダメでしょう……?」


 その上目遣いにクラクラする。恐怖によって潤んだ瞳も魅力的に映った。

 理由付けしないと素直に甘えられない、不器用なご主人様だ。まあこればかりは仕方ないのかもしれん。

 貴族としてのプライドもあれば、幼少から素直に甘えられる環境にもなかったのだからな。経験が圧倒的に足りていないのだ。


「むぅー……」


 何も言わない俺に、不満げに頬を膨らませる彼女。だがこの少女はまだまだご主人様ビギナー。そんな彼女の瞳には、ほんのひとつまみ分、不安の影を落とされている。


 ──そんな態度こそが、彼女に魔性の魅力を与えるとも知らずに。


 俺が彼女に頬を寄せれば、彼女は安心したように瞳を細め、スリスリと甘えるように頬をこちらに寄せてくれる。


「……これは失礼した我が主。至高の主。どうかこの至らぬ眷属に、ご主人様のご機嫌の取り方を教授してくれないか?」

「んっ……もう。私の眷属なら、きちんと察せるようになってなきゃダメでしょう……?」


 唇を寄せ、耳元で囁けばピクピクと肩を震わせつつも、彼女は気丈に振る舞う。


「勉強中の身でな。間違って主人の機嫌を損ねるのが恐ろしいのだ。俺は臆病者ゆえな」

「嘘ばっかり……気付いたんだけど、あなたって結構言わせたがりよね」


 じっとりとした目で見てくるが、俺は知らぬ存ぜぬを決め込む。こればかりは俺の趣味だ。禁止されては今後の活動に支障が出てしまう。

 ……その代わりと言ってはなんだが、恥じらいから真っ赤になっている彼女の耳に口付けを落とした。


「ふぁんっ……ちょっと、誤魔化し方っ」

「嫌か?」

「……その聞き方、ずるいわ」

「鬼だからな」

「……ばか」


 甘い罵声を肯定と受け取り、耳から首筋へと順に彼女の肌へ口付けをしていく。

 その間彼女は声を上げないよう口を押さえていたが、しっとりと汗ばんだその首筋は彼女の気持ちを雄弁に語っていた。


「さあ、俺に何を望む? 口にせねばこのまま続けるぞ」


 我ながらどういう脅し文句だとは思うが、このご主人様にはよく効く。

 彼女は羞恥でぷるぷる震えながらも、瞳をとろんとさせ息も絶え絶えに望みを口にした。


「はぁ、はぁ……今夜は、ご主人様とずっと一緒にいること。いいわね……?」

「……それは、朝までということか?」

「……うん」

「オプションは付けるか?」

「……そ、添い寝」


 顔を真っ赤にしてボソッと呟く。

 可愛らしい命令に微笑ましくなりながらも俺は承認した。今夜だけと言わず、永遠に傍にいたいと思わせるほど今の彼女は魅力的だった。


「リゼット」


 たまらなくなった俺は、そんな彼女の耳へと再び唇を寄せた。たまには俺も誠意とやらを見せねばな。


「『Of the very instant that I saw you,

  Did my heart fly at your service.

《お前を見た瞬間から、俺の心はお前に隷属している》』」

「っ! まぁ……」


 目を丸くしてこちらを見る。しかしその頬は赤く、キュンとしたように手で胸を押さえている。


「……まさかあなたからシェイクスピアが出てくるなんて」

「そうなのか? 英語の参考書に載っていてな。いかがか、お嬢様」

「ふ、ふふ。カッコつけすぎ。発音もまだまだだし」

「むぅ……そうか……」


 俺としては予想と少し外れた展開となってしまった。

 俺の下手クソな英語を聞いた彼女は、さもおかしそうにクスクスと笑っている。

 うーむ、慣れんことはするものではないな。いらぬ恥をかいた気分だ。頑張って覚えたのだが。


「ふふ、ごめんなさい。おかしくって……でもそうね、努力賞くらいはあげてもいいわよ?」

「そうか……では遠慮無くいただこう」

「え、ちょっと、ひゃあ!?」


 むしゃくしゃした俺は彼女を強く抱き締め、露わとなっている彼女の肌に気が済むまで唇を落とし続けたのだった。




「えー……なにこの攻略方法。よくわからないわね」

「放置してクリア……そういうのもあるのか」


 しばらく乳繰りあった後、ゲームの存在を思い出した俺達は再び攻略に乗り出した。

 しかし全くと言っていいほどループを脱することができず、仕方なくマスターが攻略サイトを開き、こうして攻略に至ったのだった。


「へー、これ開発中止になったんですって。体験版も今は配信してないみたい……え?」


 スマホを眺めるご主人様がピタリと止まり、サッと顔を青くした。


「なんでそんなのがこの機器に入ってたの……?」

「……中古品だったのではないか?」

「で、でも! 箱は綺麗で! 機器も新品っぽくて!」

「さあさあ、もう寝るぞ」


 ちょっとー!? とまた泣き出しそうになっているご主人様を持ち上げ、ベッドへと運ぶ。時に細かいことは気にしてはならないのだ。知らない方がよいこともある……この世で上手く生きるコツだ。


「明日買い換えるぅ……」


 部屋の電気を消し、共にベッドへ入れば彼女は震えた声で言った。そこまでするか。

 こちらに密着し、胸に顔を埋める彼女は怯えている。そんな彼女に苦笑しながら、ゆっくりと背中をさすった。サテン生地のネグリジェがスベスベと流れ、掌に心地よい。


「明日の勉強ノルマが終わったら、一緒に買いに行こう」

「あっ……」


 そう言うと、彼女は何かに気付いたようにピクリと肩を上げ、瞳を伏せた。


「……ごめんなさい。今夜は付き合わせてしまって」

「いきなりどうした」


 先程は怯えはすれど、まだ冗談の通じる雰囲気だったが……今の彼女の表情は暗い。


「だって……勉強しなさいって言っておいて、私にもちゃんと構って、なんて」

「なんだそんなことか」

「そんなことかって……これでも、私なりに遠慮して……」


 思わず言った俺の言葉に、彼女は頬を膨らませる。

 そんな彼女も可愛らしいが……いまだ彼女は自分の立場が分かっていないと見える。自覚が足りないと言うべきか。


「よいか、リゼット」


 わしゃわしゃと彼女の見事な金髪を撫でながら、言い聞かせるように言葉を放つ。


「お前は誰だ? ご主人様というのは下僕に遠慮をするものなのか? 上に立つ者は下のご機嫌を伺ってはならん。強者は、阿るな」

「……でも」

「それともお前の眷属は、主人の我が儘も叶えられないほど脆弱だというのか?」

「そんなこと、ない……」


 そうだろう? この俺を誰と心得る。

 包み込むように抱き締めれば、彼女は遠慮がちにも優しく抱き返してくれる。


「頼むぞ、我が最愛のマスター。無双の戦鬼を従える者よ。どのような時でも気高くあれ。主人が我が儘を言ってくれねば、俺の存在意義が無くなるのだ。俺の生き甲斐を、どうか奪わないでくれ」

「……もう、不器用なんだから」


 それはお互い様だ。

 似た者同士の主従は抱き合いながら笑い合う。先程の暗い表情は、すっかり吹き飛んだようだった。

 やはり俺の主人には、暗い顔より笑顔がよく似合う。


「ねぇ、ジン……」

「ん?」


 ベッドに横たわる愛しい彼女は、悪戯っぽく笑ってこう言った。


「『To make me die with a restorative.』」

「……なんと言ったのだ?」


 流暢すぎて聞き取れなかった。


「気を遣って短くしたんだから分かりなさいよ」


 一瞬唇を尖らせた彼女は、すぐに表情を崩してこちらに顔を寄せる。


「『あなたのことが大好き』って言ったのよ。私のロミオ……んっ……」

「──!」


 顔を離した彼女は「おやすみっ」と口早に言って、逃げるように俺の胸に顔を埋め直した。


 ──こちらの唇に温かく甘い熱を残して。


「……不意打ちが好きだな、マスターは」

「……お互い様よ」

「まあ、その後自爆しているようではまだまだだが。耳が真っ赤だぞ? 初心で可愛いご主人様め」

「う、うるさいわねっ。おやすみって言ったでしょ……”オーダー”『寝なさい!』」

「逃げられたか」


 彼女が今どのような表情をしているか見ておきたかったが、仕方ない。

 強制的な眠気が襲い来る中、今一度、彼女のやわっこい肢体を強く抱き寄せた。


「……いい夢を、俺の可愛いご主人様」

「……うん、あなたもね。私の眷属」


 彼女の柔らかさと優しい香りに包まれながら、俺は彼女の命に従って眠りに落ちていくのだった。


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