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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第十章 「無双の戦鬼と、二度目の夏」
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726 「先輩なんてきらい」



「帰宅したぞ、ティア」

「何が起きれば米袋を担いだまま白馬にタンデムで帰ってくるんです? 暴れん坊な将軍なんです?」


 パカラパカラと軽快な蹄の音と共に、妖刀と聖剣ただいま帰還。

 ちょうど庭先で洗濯を終えた様子のティアは、そんな俺達を見て呆れていいのか羨めばいいのかよく分からなそうな、曖昧な笑みを浮かべている。


「どうどう」


 手綱を引き、停車。

 先に鞍から降り、ずっと俺の背に抱きついていたメイドに手を差し伸べた。


「そら、気を付けて降りるのだぞ」

「は、はい……」

「あ、いいな~」


 この場面だけ切り取れば、まるでおとぎ話の一幕かもしれんな。映っているのは金髪外国人メイドと和製悪鬼だが。

 エリィを優しく馬から降ろし、指を咥えてこちらを見るティアに説明する。


「なに、帰りの道中は暇でな。試しに好きなものでも聞けば『馬が好き』と言い、ちょうど近場に貸し馬屋もあるとなれば、こうして乗ってきた」


 白馬の鼻筋を撫でれば、馬は心地良さそうにスリスリと手を押し返してくる。良い子だ。

 貸し馬屋を前に、エリィが「乗馬の経験はない……」と残念そうに馬を眺めているのを見てしまえば……先輩として、後ろに乗せぬわけにはいくまいて。これでも戦国武将にも所蔵されていた童子切安綱だ。乗馬の心得はある。


「普通に羨ましいかもです……ど、どうでしたかエリィ?」

「……かっこよかった、です」

「え? 先生がですか? 馬がですか?」

「う、馬です!」


 馬か。ずっと背中に寄り添っていた熱がほんの少し高まっていたのは、きっと馬に興奮していたからなのであろうなぁ。

 軒先に馬を繋いでいる間にも、小さなメイドは気を取り直し、コホンコホンと咳払いを何度かする。その頬は少し赤い。


「こほんっ。気になるのでしたらティア、貴女もせんぱ──童子切安綱に命じ、乗ってみるとよいでしょう。雄々しく、そして力強く大地を掴み走る感覚は、勇壮な駿馬からしか得られない経験ですからね」

「あ、やっぱり私は先生に夜の馬乗りするんで大丈夫です」

「ティア?」


 俺はこれほど下品な返事をする修道女を見たことがない。そして俺がこの短期間に稼いだ好感度を無に帰させるのはやめてくれ。エリィがキッとこちらを睨んでいるではないか。


「くっ、私のティアを嫁に迎えるだけに飽き足らず、メイドの私にまで手を出そうとは……! やはり貴様にティアを任せるのは──」

「『優しくしてほしい』と女に乞われ、そうしてやらぬ男などそうはいまいよ。お前のような娘が相手ならば、なおさらな」

「っ、またそういう、歯の浮くような台詞を……」

「今キュン♡ ってしました?」

「していません!」

「私はしました」

「ああ。無論、ベッドの上では聞いてやれぬ頼みではあるがな」

「なんッ──!?」

「濡れました~」


 エリィは怒りなのか羞恥なのか分からんが真っ赤になってプルプルと震え、ティアはうっとりとして頬に手を当てている。濡らすな。

 とりあえず小屋に米袋を運び込んでいれば、後ろでティアとエリィがやいのやいのと騒いでいる。


「ティア! ティアはそれでいいのですか! 今はティアとだけの時間! だというのに、私にまで優しくしようとする男など……」

「エリィ、私気付いちゃったんですよね……」

「な、何に……」

「──私、エリィの身体を求めるばかりで、これまでエリィ自身の本当の幸せを考えてこなかったなって」


 酷い話だ……。


「気付いてくれてありがとうございます。しかしっ、少なくともあの男の元には、私の幸せはありません!」


 このメイドも『気付いてくれてありがとうございます』などと言っているが、我等刀剣類がたとえ性的であっても"使われる"のを喜ばぬモノはいない。それはそれで、幸せを感じてはいたであろうよ。

 二人は窓辺にあるソファに腰掛け、議論を白熱させている。


「なぜ私を、あの男に近づけようとするのですか!」

「だって同じ刀剣類ですし~。私では気付けない部分も気付いてくださるかな~って。実際、そうじゃありませんでしたか?」

「そ、それは……まぁ……」

「その時に、エリィはどう思いましたか? 先生のことを悪い男だと思いましたか?」

「う……話に聞くような悪鬼ではありましたが、まぁ……多少は、優しいところもあるな、と……いえ悪い男ではありますがっ」


 プイと横を向くメイドに、黒衣の修道女は豊かな胸に手を当てる。その瑠璃色の瞳に、じんわりと優しい光を宿しながら。


「私はエリィの恋人として、あなたにもっと『好き』を見つけてほしいんですよ。苦手ばかりでは世界は狭く、少し息苦しい。私の側にいてくれるのは嬉しいですが、私はエリィの心の赴くままに、好きなモノへと向かって足を動かし始めてほしいんです。せっかく私と同じ人間になったんですから。あなたの世界を、もっともっと『好き』で広げてほしい。そしてその『好き』が私と同じモノであれば、こんなに嬉しく幸せなことはありません」

「……ティア」


 人間の幸福を語らせれば、そこはさすがに修道女。俺も思わず聞き入ってしまった。

 人間は好きな話題でも、嫌いな話題でも盛り上がれる生き物だが……どちらがより幸福に繋がっているかなど、語るべくもない。人間にとって、『好き』という感情は道標こんぱすなのだ。


「ティア、もしかして……」

「はい……」


 窓から差し込む日差しが、聖女に神聖なオーラすら纏わせる。

 慈愛の笑みを浮かべる聖女に、メイドは──、


「もしかして──初めての男性経験が近付きつつあるのにビビって、私を先に悪鬼に捧げてどんな感じなのか様子見しようとしているのではないですか? あなたは嘘をつく時、修道女っぽい言葉をつらつら並べる癖がある」

「ぎくっ」


 やはり聖職者は人を騙そうとするのだな。

 切れ味の鋭いトパーズの瞳を湿らせるエリィに、ティアは無言のままニッコリと笑う。だがエリィの口撃は止まらない。


「そもそもなのですが。今のあなたはどういうお立場なのですか? 修道女なのですか? それとも嫁なのですか? 修道女は恋愛禁止だと忘れていませんか?」

「い、異世界のみにおいて、神は許してくださいます……」

「それってあなたの感想ですよね?」


 バチカンの聖女、論破される。


「せ、先生……」


 涙目になり、ティアがこちらを向いて助けを求めてくるが……俺は茶を淹れつつ、肩を竦める。


「すまないなティア。俺は嫁であるティアも好きだが、神と悪魔の間で惑うお前を見るのも好きなのだ」

「悪魔ですか!?」

「今気付いたのか。お前の夫は悪鬼だぞ」


 二者択一など弱者の思考というのは、俺の出す結論。だがティアにはずっと、そのどちらかで苦しんでいてほしいものだ。そんな聖職者を、俺は快楽に沈めてみたい。

 クツクツと肩を揺らしていれば、エリィは不満たっぷりの瞳をこちらに向ける。


「貴様も。ティアのためなのだと分かってはいるが、私をからかうのはやめろ」

「からかうなどと」

「本気でないことくらい分かっている。ティアは魅力的な女性であり、惹かれるのも分かる。強く、優しく、美しい。それに比べて、私はそのどれも持っていないのだからな。貴様が私を好む理由もない」

「そうか?」


 俺はテーブルに茶を運びながら、鼻を鳴らす。


「確かにお前は跳ねっ返りのメイドだ。しかしそうして己を決して曲げぬ、直剣らしい心根は気に入っている。俺を嫌うその態度も、貫けば個性だ。俺は許容しよう」


 そしてなにより……。


「子ができることで親が親として成長するように、お前を後輩と思えば、俺も先達として身が引き締まる思いだ。そんな気にさせてくれるのは、現状お前……エリィのみ。俺にとって、お前を特別に想うには充分な理由だ」

「とっ、特別!?」


 そうとも。お前は特別な存在なのだ、エクスカリバー。

 そう言い放てば、エリィは短いスカートから伸びる足をモジモジとさせてもにょもにょと言う。


「し、しかし、私は……き、貴様のことが、嫌いで……」

「聖職者達にとって『愛』とは神聖で特別視すべきものだというのは分かる。だが『好きであること』と『嫌いなこと』は両立し得る……いや『愛』が、その両方を兼ね備えていると悪鬼は考えている」


 愛する者を相手に『あなたの全てが好きだ』と言えるのは幸せなことだろう。そんな者と巡り会えることも。


「だがお前とて、ティアに対し『酒癖を直してほしい』だの『欲を抑えてほしい』だのと日々思っているであろう」

「あ、あぁ」

「急に流れ弾が」

「そう。好きな相手であろうと、嫌いな部分はある。そして愛とは、その嫌いな部分でさえ笑って話せる……許しはしないが、ある程度の許容はできる。そんな相手を許容し、包み込む感情をこそ──俺は『愛』と呼ぶのだと思っている」


 嫌いなまま、誰かを好きになってもいい。人間とは、古来より我が儘な生き物ゆえな。特に感情など白と黒では語れんよ。

 パチクリと瞳を瞬かせてこちらを見上げる、どこかいとけない後輩メイド。

 その胸元に揺れる、俺が贈った『頑張ったで表』。それを手に取り、『お使いを完遂する』という実績をまた一つ積み上げた人間初心者メイドを祝福する。一枚目の表も、これでスタンプが貯まった。

 ならば、褒美をやらねばな?


「嫌ならば避けろ」

「え……」


 そう前置きした俺は、メイドの頬へ充分な間を取りつつ、ゆっくり顔を寄せ……、


「あ──」


 小さく、その熱い頬に口付けを落とした。

 隣で「きゃあ~♪」と歓声を上げるティアの声も届かない様子で、呆然とこちらを見上げるエリィ。

 だが徐々に熱を上げていく、そんな乙女に向けて俺は不敵に笑った。


「俺を嫌うままに、好きになれ」

「……っ」

「して、どう想う?」


 問われたメイドは、その顔色を隠すように腕で口許を覆う。

 そうして涙の浮かぶ瞳を俺から逸らさせながら、蚊の鳴くほどの声量で呟いた。


「……先輩なんて、き、きらい……♡」


 ああ、お前は"それ"でいい──。

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