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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第十章 「無双の戦鬼と、二度目の夏」
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724 「何もできていない戦鬼」



「一つ聞いておくが。俺と聖剣が歩み寄ることについて、担い手たるお前はどう考えている?」

「良いと思います! あっ、じゃあ二人でお使いに行ってきてくれませんか? リゾット作るためのお米を買い忘れてしまっていて。その間に、私はお洗濯を済ませておきますので。でへ……炊事に洗濯……なんだか本当に奥さんっぽいですねっ♡」


 軽い様子で俺の奥さんから言質が取れ、お膳立てまでされてしまった。ならば遠慮することもない。


「──では、そちらの米袋を二つほど」

「まいど!」


 そんな会話がなされていたのを知る由もなく、聖剣……いや、エリィは路面に面した店で注文を行っている。

 現在、朝と昼のちょうど中間あたり。我らが鹵獲した塔内にはさすがに余人が営む店舗など無く、どうしても足りぬ物資などがあれば、こうしてアクアリンデルにまで足を伸ばして買う他ない。


「うぅむ」


 小さな肩の上で切り揃えられた、金色のショートカットを後ろから眺めつつ俺は唸る。

 こうしてエリィと二人で連れ添うのは稀な機会だ。今の内に、彼女の好意を稼いでおきたい。

 なにせ今夜にでも、ティアが夜の性戦……いやさ聖戦を仕掛けてくるかもしれんからな。狭い木組みの家にベッドもまた一つとくれば、エリィに勘づかれることは必至。


「お待たせしました。二袋どうぞ!」

「ありがとう。えっと……よ、よいしょ──あっ……。お、おい……」


 一袋三十キロある米袋を二つ。小柄ゆえどう抱えたものか苦心していそうな小娘の横から掠め取りつつ、俺は思考を続ける。

 ティアとの夜の営みへ臨むには、必ずこのエリィをどうにかせねばならん。

 仮にも伝説の刀剣類。寝惚けた朝以外に隙をつくのは困難だろう。やはりどうにか『コイツにならティアを任せられる』と思わせられるほど、悪鬼のことを認めさせるしかあるまい。


「お、おい、童子切安綱……荷物は私が……」

「いかに貴様がメイドたりとはいえ、細身のお前が荷物を持つのに、隣を歩く俺が空手では格好がつかんだろう。男を上手く使うのも、良い女の器量だ」

「い、良い女、などと……せ、先輩のくせに……」


 鼻を鳴らし、歩みを進める。最後あたりになにやらゴニョゴニョ言っていたが聞き流した。こやつとの関係性を構築するにあたり、考えねばならぬことは山ほどあるのでな。


「……」


 ティアから貰った『理想の結婚生活行程表』を今一度見る。

 この夜の部分。『夜にはイチャイチャ♡』と言葉を濁してあるが、恐らくそういうことだろう。

 だが──俺はこの紙を太陽にかざす。するとどうだろうか。その横に滲む修正液その奥に、修道女の真の願望が隠れているではないか。


『夜にはエリィと一緒に先生とイチャイチャ♡』


 ティアの幸せを考えるのならば、やはりここが最高地点となるだろう。

 つまりティアの理想に寄り添うのならば、エリィが俺にティアを任せるのみでなく、その身体まで許すほど好意を向けられねばならないということだ。

 米袋を両脇に抱えながら、二歩ほど後ろを歩くメイドをチラリと見る。


「まったく……バカ先輩……」


 見ろ。俺のことを馬鹿だと言っている。なかなかに前途多難な道だな。

 一応、その担い手から助言は貰っている。なんでも『エリィは古めでベタな感じが好きですよ。古い刀剣なんで!』ということらしいが……古くてベタだと? 現代を生きる"なう"で"やんぐ"な無双の戦鬼に上手くこなせるであろうか……。


「きゃっ……」


 歩幅の影響か、すぐ離れていくエリィ。

 愛らしい服装のせいもあり、軽薄そうな男に声をかけられそうになっていたところで、その細腕をグイと引っ張る。


「せ、先輩……?」

「俺から離れるな」

「っ……は、はい……」


 観光地ゆえ人も多い。ただでさえ米袋を抱えているのだから、あまり手間をかけさせるな。男嫌いだからといって、他の男が近付いてきただけでビクビクしおってからに。思わず手が出てしまったわ。

 右肩に米二袋を担ぎ直し、左手で改めてエリィの手を握る。借りてきた猫のように大人しく、だがその掌はほんのりと暖かい。そして小さい。

 さて、この人間初心者聖剣相手にどう攻めたものか。なにしろこやつは日頃から、ティアにより甘やかしを受けている。俺の得意な甘やかしが通用するとはあまり考えない方がいいだろう。そもそも男嫌いが、俺からの甘やかしを喜ぶともそう思えん。


「……ご、強引……」

「む」


 ああ、しかし『優しくしてほしい』とも言っていたな。


「あ──」


 普通に繋いでいた手を離し、指を絡めてまた繋ぎ直す。


「──っ」


 すると小さなメイドは、視線を下の石畳へと向けてしまった。外したか? だが振り払う様子もないため、このままでいよう。人混みが多いのは確かだ。


「……」


 さて、困った。話題が続かん。

 エリィを見ても、変わらず視線を下げたままだ。リゼットと同程度の身長しかないため、そうされると前髪で瞳も隠れ表情が読み取りにくい。

 真面目さの伺える、切り揃えられた短い金髪。小生意気そうにつり上がるトパーズの瞳。外国人ゆえか日本人のそれよりツンとした鼻先に、整った鼻筋、紅い唇。

 華奢で幼げな体つきも相まって、見ようによっては中学生ほどの少女にも見える聖剣エクスカリバー。生意気さの分、俺には余計幼く見えてしまう。子どもをあやすのはあまり得意ではないため、表情が読み取れぬというのは些かやりにくい。


(ここは無理に会話をせず、物で釣るか?)


 幸いにも、この辺りは食べ物の出店が多い。ティアから聞いたエリィの好物は『あらんちーに(らいすころっけ)』らしい。

 コロッケの出店など異世界にあるものか……そう思いつつも、さりげなく周囲に視線を配る。う~む、揚げ物はあるが……と──、


「あ……」


 隣から僅かに漏れる吐息を聞き、その視線を追う。

 その先にはコロッケ屋……ではなく、もくもくフワフワした綿飴を売る屋台があった。


「っ」


 視線を戻せば、エリィはパッと顔をそらす。その屋台の周辺には子どもも集まっておるゆえ、ガキくさいと思われるのが嫌なのかもしれん。


「ふん……」


 まったく、ついておらん。

 コロッケ屋がない上、子どもの菓子くらいしかないとは。


「お、おい……?」


 俺はエリィの手を離し、その屋台に寄る。昔、幼い刀花にもこうして買ってやったものだ。少し、懐かしい。

 そうして一本の菓子を受け取り、立ち呆けたままのメイドの元へと戻る。雲のようにフワフワした綿菓子を差し出しながら。


「そら」

「え……ど、どうして……」

「昔を思い出した。だが買ったはいいものの、俺はこいつを昔から上手く食えなくてな。ゆえ、お前にやる」

「……ふふ♪ あ、ありがとう……」


 やはり食べたかったのだろう。俺の冗談に少し笑い、素直に受けとるエリィ。小さなメイドが、瞳をパチクリと瞬かせて綿菓子を持つ。そうしていると、余計幼く映るな。

 その様子にフと笑っていれば、エリィはハッとしてなにやらゴソゴソとポケットを探ろうとする。


「あ、しかし、お金……」

「あぁ? 共にいる女に金を出させる男がどこにいる。言っただろう、男を上手く使えと。他の男ならばまだしも、俺といる時には余計なことなど考えずともよい」

「ぁぅ……せ、先輩……」


 コロッケも買えぬのであれば長居は無用。綿菓子程度しか用意できぬ男の、その甲斐性の無さしか示せんかったな。綿菓子の利点など、片手でも食えるくらいしかあるまい。今は、好都合だが。

 エリィの小さな右手を掴み、再び指を絡めて歩き出す。


「行くぞ」

「は、はい……せんぱい……」


 む。引く掌が先刻より熱い。

 綿菓子よりも、氷菓子の方がよかったか? 辛そうならば休憩を挟み、次はそれを買ってくるとするか。


「ふむん、ふむん……」

「せんぱい……」


 こちらをぼ~っと見上げるメイドに気を配りつつ、俺はしかつめらしく思考を続ける。

 さて、さて。ティアから助言は貰っているものの……このメイドからの好意を得るため、無双の戦鬼はこれからどう動いたものかな。まだ何もできておらん……これはいかんぞ……。


「ぬぅ~ん……」

「せんぱい……」


 うぅむ、これは難しい課題だ……。

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