72 「そ、そっかー……そんなにかー……」
コンコンコン
木製のドアを三度ノックすれば、中から「コホン、どうぞ」という少しお澄まし気味な声が聞こえてくる。
それを確認した俺は一つ息を吐いて、
「失礼します」
そう断ってからドアを開いた。
「……っ」
そうしてドアを開けた先には、こちらの姿を見て目を丸くするご主人様と、いつものようにニコニコと微笑を浮かべる妹が座っていた。
「……」
「……」
中央に置かれた椅子の横に立ち、相対するように座る彼女達としばし無言で見つめ合う。
……早く座らせて欲しいのだが。
「……どうした、マスター。これでは面接練習にならんだろう」
「あっ。え、えぇ……そうね」
そう言いながらもチラチラとこちらを見てくる。座らせんつもりか……?
挙動不審な我が主の様子に疑念を抱いていると、彼女の隣に座っている刀花が笑みを深めた。
「ふふ、兄さん、スーツかっこいいですね」
「ん? ……ああ」
なるほど、そういうことか。
確かに、マスターにスーツ姿を見せるのは初めてだったかもしれん。
「どうだ、マスター? 俺のスーツ姿は」
「なんか……結構様になってて素直に驚いたわ」
「兄さんって雰囲気が大人っぽいから、そういう服装がよく似合うんですよね」
率直な意見を述べるマスターに、刀花は自慢げにうんうんと頷いている。
そんな彼女達の反応に面映ゆくなりながらも、俺は気を引き締めるようにしてスーツの襟を正した。
そう、ここは屋敷の一室。彼女達を面接官にした面接練習の真っ最中である。
学園の編入試験では面接もあるということで、座学だけでなくこちらの練習もしておこうという話になったのだった。
正直、面接程度ならばバイト時代に何度もしているので心配ない、とそう言ったのだが逆にその言葉が不安を掻き立てたらしく、急遽このような形と相成ったのだ。
「コホン、それではおかけください」
赤い頬を誤魔化すように咳払いをし、マスターは仕切り直す。ようやく着席のお許しが出た。
面接官の許しなく座るのは厳禁、それくらいは俺でも分かっている……まったく七面倒くさい風習になったものだ。
「失礼します」
俺はもう一度断ってから、部屋の中央にチョコンと置かれた椅子にどっかと座り込む。
足を開き、腕は威嚇するように膝に載せつつダランと前に下げる。獲物に飛びかかる肉食獣が如く腰を前に倒し、威圧感を与えるためにガンを飛ば──
「はーいストップストップ」
「兄さん、アウトー」
ぶぶー、とリゼット教官と刀花教官は胸の前で×印を作った。
「なぜ止める」
「なぜ止められないって思ったの?」
なぜもなにも……これが俺の面接スタイルに決まっているからだろう。
「誰が面接官を逆に圧迫しろって言ったの」
「マスター、この現代社会、舐められたらお終いだぞ。面接官などという『自分は試す側だ』と勘違いしているような輩には、逆に『俺を採用しろ!!!』というくらいの勢いでだな──」
「そんな地上最強の生物みたいなことしなくていいのよこのおバカ」
プリプリ怒りながらマスターは立ち上がり、こちらの姿勢を直していく。
「足は閉じる! 手は握って膝! 背筋も伸ばす!」
「……窮屈な。これでは凡百の人間と変わらんぞ」
「いいのよ変わらなくて。あなたそんなだからブラックなバイトにしか受からなかったんじゃないの?」
そんなことは……そうなのか?
積年の疑問に首を傾げながら、彼女の指示に従いながら姿勢を直す。
「もう、やっぱり見ておいて正解だったじゃないの」
嘆息したマスターはそう呟きながら席に座る。
隣の刀花は苦笑して、改まった様子でこちらに向き直った。
「それでは、これから面接を始めさせていただきます。いくつか質問をしますので、その質問に簡潔にお答えください」
「うむ」
「『うむ』じゃなくて『はい』ね」
「……ハイ」
早速飛ぶマスターからの指摘にうぐ、と唸る。敬語は苦手だ……。
「それじゃあ私から。そうね……『なぜこの学園に編入を決めたのですか?』」
「愛する主と、愛する妹を守るため――」
「馬鹿正直に答えてどうするのよおバカ」
馬鹿って二回言ったな?
じっとりとした視線を向ける主に、俺はフンと鼻を鳴らした。
「嘘は嫌いだ」
「面接の嘘は嘘じゃなくて広告って言うのよ」
「リゼットさん、それは誇大広告では……」
「いいのよ。どうせ学園の面接なんて人柄を見る程度なんだから、少しくらい盛っておくくらいで」
「マスターは盛ったのか?」
「私に盛る必要があって?」
自信満々に言いながらお嬢様スマイルをきめる我が主。うおまぶし。背景に無数の光が見える!
なるほど、盛る必要の無いほどの武器を持っているということか……それが無ければ多少は盛れと。
「あなた学園のパンフとか見た?」
「いいや」
「最低限見ときなさいよそこは……トーカ」
促され、スマホを操作する刀花はこちらにてててと寄ってきて画面を見せてくれる。
「薫風のホームページです。理念とかも載ってるので参考になりますよ?」
「なるほど」
「そういうのに合わせておけば、面接官の心証もいいでしょう。ただでさえ強面で敬遠されがちなんだから、少しでも学園側に寄ってかないと」
なるほど、これを前提に進めろということか。
「だからさっきの質問は『学園の理念に惹かれたからです』とでも答えておけばいいのよ。内容を聞かれたらその時に答えるくらいで、簡潔に。分かった?」
「小癪だが、まあ分かった」
うぅむ、いつも適当にこなしていた面接だが、色々としがらみがあるものなのだな……。
「じゃあ次。『将来はどんな大人になりたいですか?』」
年齢不詳な俺に答えにくい質問だな……それを見越してのことだろうが。
えー学園に寄り添った答えとなると……、
「……シャカイノヤクニタツヨウナ、リッパナオトナニナリタイデス」
「うわー心こもってない」
「兄さん……いえ、兄さんにしては頑張った方かと」
そんな憐れむような目で俺を見るな。確かに、心にも無いことを言った自覚はあるが。
「もう少し実感のこもった内容にしないとダメね……」
「兄さん、自分からかけ離れる必要はありませんよ。自分の実感も交えて、改めて答えてみてください」
「うーむ……」
俺の将来か。
俺の生は彼女達のためにある。考えるまでも無い。それを軸とするのならば……、
「そうだな。将来は、愛する人の傍にいても恥ずかしくない……顔を上げて誇らしく傍にいられる存在になりたいと、俺は思う」
「「っ」」
頭に思いつくことを語れば、目の前の少女達はピクリと肩を上げた。頬も少々赤い。
「そ、そういうのでいいのよ、そういうので……」
「むふー、満点ですよ兄さん」
「それはよかった」
ゴニョゴニョ言うご主人様と嬉しそうに笑う妹の反応を見て、悪くない回答だったのだと実感する。
なるほど、こういうことか。少しコツが掴めた気がする。
「それじゃあ次は──」
それからもマスターの汎用性に富んだ質問は続き、なんとか一般的な受け答えの感触を理解できたように感じる。
「ふぅ、私からはこんなものかしら。コホン、それでは次の質問者に移ります」
「はーい、それでは今度は私から質問させていただきますね」
妹のふにゃっとした雰囲気に、先程まで感じていた真面目な空気も薄れていく。我が妹は面接官には向いていないな……いや、相手を油断させるという点では適任なのか?
「さて、兄さ──酒上刃さん。あなたには妹が一人いるということですが」
「はい、どこに出しても恥ずかしくない可愛い妹がいます」
そんな妹は机の上で腕を組み、出来る限り神妙そうな雰囲気で言う。俺の言葉で顔は蕩けてしまったが。
「ああいえ、これは他意なく、あくまで、あくまで一般論として伺うのですが」
「はい」
「……黒髪ポニーテールについて、どう思われますか」
「他意しか無いじゃないの」
隣のマスターが湿っぽい目で刀花を見るが、刀花はどこ吹く風。期待するような目でこちらをじっと見つめている。
「そうだな……やはり黒髪は日本人の奥ゆかしさ、淑やかさを端的に表現しているのは確定的に明らか。そしてそこにポニーテールを加えることにより活発さ、うなじを見せることで色気も漂わせるまさに魔法の髪型と近年の論文でも発表されている。そんな選ばれし髪型は、まさに我が妹に相応しい。時折髪を解くとグッと女らしさが上がるのも素晴らしい……可愛いぞ、刀花」
「うーん合格です!!」
「妹の髪の毛見てそんなこと思ってたの……? 気っ持ち悪いわねえあなた」
ビシッと親指を上げる刀花に対し、マスターは凍えきった目でこちらを見てきた。嫌いじゃない。
「なんならマスターもポニテにしてくれていいぞ」
「……やらないわよ、二番煎じなんて貴族のプライドが許さないわ」
プイッと顔を背けて言うが、彼女は横目で刀花の髪を盗み見ている。おそらく今夜、寝る前あたりに恥じらいながらやってくれるのだろう。そういう子だこの子は。愛い奴め。
まったくもう、とマスターが落ち着こうと水を口に含む間に、刀花は嬉しそうにして次の質問を投げかける。
「むふふ、それでは次の質問です。『子どもは何人欲しいですか?』」
「ぶ──!?」
マスターが吹き出した。
「げほっ、げほっ!? そんなの面接に関係ないでしょうが!?」
「えー、でも興味ありますし。将来的に私もどれくらい頑張らないといけないか今から準備を──」
「準備って何!?」
いけしゃあしゃあとのたまう妹に、我が主は顔を真っ赤にした。
「は、はしたないっ! ハレンチよ!」
「じゃあリゼットさんは耳を塞いでてください。私だけが聞きますので」
「……そ、そういうことではないでしょう」
意外と早く墜ちたな。
そうしてマスターはチラチラと、妹はキラキラした目でこちらを見つめてくる。これがお年頃というやつなのだな。
「うーむ……」
そもそも自分に子どもができるなど上手く想像できん。どう答えたものか……はっ、そういえばこういう時は盛ればいいとマスターも言っていたな。となると……、
「そうだな。サッカーが出来るくらいがいいな」
「「十一人!?」」
「試合な」
「「二十二人!?」」
俺の答えに二人が「は、はえー……」と気の抜けた声を漏らす。その顔は茹でダコのように真っ赤だ。
二人はゴクリと喉を鳴らし、ボソボソと耳を寄せ合う。
「つまりそれだけの回数、頑張らなくちゃいけないということで……一年で一人として結構な時間……」
「や、やめてよそういう生々しいの……」
「……身体保ちますかね?」
「し、知らないわよっ……あとで調べましょっか……」
「……退席してもいいのか?」
「あ、そうですね。私達も早急に調べなくちゃいけないことができましたので」
正直面接どころの話ではなくなった雰囲気の二人に問い掛ければ、退席を求められる。
「失礼しました」
そう言ってドアを閉める直前に二人を見れば、こちらのことなどお構いなしにスマホを覗き込み「きゃあきゃあ!」と黄色い叫び声を上げる姿が目に入るのだった。
──ちなみにこの日の夜、なぜか夕食にスッポンや牡蠣といった食材をふんだんに使ったものが出てきた。こちらの反応を伺うような目で見る彼女達の真意は定かではない……。




