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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第十章 「無双の戦鬼と、二度目の夏」
711/761

711 「今夜はご主人様を抱き締めて眠りたい」



「霊力の操作は始めたてだと難しいですが、コツを掴むと面白くなってきますよ」


 奇しくも霊力の話題となり、我等の中でも最も真っ当な修練を積んできたであろうバチカンの剣姫が、皆へ講義を始めている。年長者らしいことができて嬉しいのか、少し得意気な顔だ。


「まずは体内霊力の流れを操るところから始め、各器官への霊力凝縮……鋭敏化や硬質化ができるようになれば、初心者は卒業と言っていいですね」

「他の界隈でも同じような流れなんだな~。ぶっちゃけて言えば纏からの流、んで凝とか硬って流れね。マ○ドラで見たと思う」

「マサ○ラではなくマサド○への道中では? ○サドラには行きましたが」

「うるせぇ~。国語のセンセーかサヤちゃんはよ!」

「国語教諭がグリ○ドアイラ○ドの話はしないと思うのですが……」

「昔はな。今のキッズとセンコーなんて仲良かったら夜中にオンラインでゲームとか普通にやるぞ。地方公務員の残業の多彩さは、ついに娯楽の域にまで及んでしまった!!」

「そのようなことまでしているから鬱病罹患者が後を絶たぬのでは……?」

「日本の教育機関って恐ろしいんですね~」


 それら少女達の姦しげなやり取りを聞きしな、俺は近くの波止場で釣糸を垂らしている。そろそろ夕方だ。夕食は宿で摂るが、あそこの食堂は持ち帰った食材を調理してくれるという独自の"さぁびす"がある。彼女達の食卓に、もう一品彩りを添えるのも悪くはない。

 加えて言えば、俺は霊力の扱いが上手い方ではない。初心者のための"でもんすとれぇしょん"には向かんだろう。理屈を立てた強さというのもあまり好かんしな。


「まずは皆様に分かりやすいよう、全身に霊力を大きく纏って見せますね。これを霊力励起と言います。この状態は全体的なステータスの底上げができるので、これを極める方も多いですね」

「日常生活ではいまいち使えねぇけどなっ」

「そ、そんなことありませんよっ。代謝促進! 冷え性予防! ダイエットにだってちょっとは効果が!」

「ティアたん、ちょっと硬やってみて?」

「え? いいですけど……ふふ、私のはなかなか硬いですよぉ~? 鉄壁のボブ様には及びませんが、つよラン上位者として恥ずかしくはない練度で──ひゃん!」

「おっっっっぱい柔らかっっっっ!!! そしておっっっっも!!! このムチムチおっぱいとお腹で硬を名乗るとか各方面に対して失礼だと思わねぇのかっ!! えぇ!? ちょっと期待したサヤちゃんと薄野ちゃんに謝れ!! これじゃ硬じゃなくて柔だよぉ……もしくは重だよぉ……」

「なぜ私を巻き込むのですかキラちゃん……」

「これでも絞った方なんです゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……」


 ガーネットが暴れ、姉上が宥め、ティアは泣く。年長組の関係性も完成してきたな。年下組がそれを苦笑して眺めるのも含めて。

 ──と、俺も含み笑いをしていれば、鼻先にラベンダーの香りがふわりと掠めていく。


「……」


 その輪から抜け出し、俺のすぐ隣に腰を落ち着ける少女。

 我がマスターことリゼットが、ポニーテールに纏めた髪も涼やかに、しれっと眷属の隣に陣取ったのだ。

 俺はピクリとも動かぬ浮きを眺めつつ、同じく前に視線を固定したままのご主人様に声をかけた。


「混ざらんのか?」

「えぇ。暑苦しいし、それに霊力の操作は既に修めてるもの」


 何でもないようにそう言って。彼女が立てた指先をクルリと回せば、その周辺に僅かな風が渦巻く。

 体内霊力の操作を初級とすれば、体外に漂う霊力の操作は中級となる。特に不定な自然物への干渉は難度が高いはずだが、秩序だった動きを見せる風は見事な螺旋を描いている。素晴らしい干渉力だ。


「釈迦に説法というやつか。思えば、マスターから贈られた血の花も見事な造形だったな」

「結構得意なのよ、こういうの」


 得意と言う割には、彼女の横顔はあまり誇るような色を宿していない。

 英国の実家でどのような教育を施されたかは知らんが、貴族階級の教育が生易しいということはないだろう。

 そのような環境の中で、吸血鬼として落ちこぼれの烙印を押された彼女はどのような視線に晒されたことだろうか。

 いくら操作が上手かろうと、その総量が小さければ子供騙しにしかなるまい。他の者が水で龍を作る隣で、どれだけ精巧な錦鯉を形作ったところで……大道芸としか思われん。

 そんな過去が思い出されたからだろうか。彼女の紅い双眸がどこかぼんやりとしたまま、水平線を眺めているのは。


「……どれ」


 ここは不肖、彼女の眷属たる無双の戦鬼が励ましてやらねばなるまい。霊力とは関係なしに、彼女を称えよう。せっかく海にまで出ているのだ、愛する主には常に"すぺしゃる"を贈りたい。

 俺はふと腕の力を抜き……安心させるよう微笑みすら浮かべ、彼女へと視線を注いで言った。


「──よいお腹だな。しっとりと柔らかそうで、頬擦りしたくなるほどにスベスベだ」

「きっっっ」


 何を言おうとした? キツイか? キモいか? 昨今の若者はすぐチクチク言葉を言い放つ……だが三角座りをしたことで少しプニッとするお腹は変わらず美しい。


「"ふらいんぐ・だっちまん"号ではその腹へ口付けまで許してくれたというのに……」

「テンションおかしい時のことをシラフの時に持ち出すのやめてくれない?」

「フリルで胸元も隠してはおらなんだのに!」

「あ、あれはあなたにだけ見せるため──って何言わせるのおバカっ!」


 白い肌をサッと赤く染め、彼女は上目遣いにこちらを睨む。やはり二人きりの時でなければ、このご主人様は素直に甘えてはくれぬのだろう。そんなツンとした、誇り高き子猫のようなところも愛らしいが。

 ご主人様のことを可憐に思っていれば、彼女は「はぁ……」と疲れたようにため息をつき、プイッと視線を逸らす。


「……もう、おバカなんだから。別に、しんみりしてたわけじゃないの」

「む……」


 馬鹿な眷属の思考などお見通しなのか、リゼットは『やれやれ』といった具合に肩を竦める。


「確かに昔のことはちょっと思ったし、厳しかった家庭教師のことはいまだに許してないけれど」


 根は深い……。


「でもなんだか……今思い返すと、下らないことで泣いてたなって。そう思っただけ」

「逃れられぬ過去を『下らない』と思えるのは、その者が後天的に得た強さだろう」

「……じゃあ、あなたのおかげ、かもね?」

「光栄なことだ」


 恭しく頭を下げれば、彼女は今度こそクスッと笑う。

 そうしてどこか晴れやかな表情で、彼女は形を変え続ける水平線を瞳に収めた。


「去年の今頃はね?」

「ああ」

「……泣きながら、日本語の勉強をしてたの。急に日本への留学を言い渡されて。あそこは嫌な思い出ばかりだったけれど、お母様との大切な思い出が残ってる場所でもあったから……」

「……そうか」

「悔しかったわ。何も言い返せない自分も。そんな家に頼らないと生きていけない弱さも……」


 だが、今は違う。

 その弱さも、憎悪をも昇華させ、彼女は妖刀ちからを手に入れた。それがうら若き乙女にとって、良いことなのか悪いことなのかと言えば、明確に悪ではあるのだが。

 弱さになど感謝するべくもないが……その巡り合わせは幸運だったと言えよう。彼女の持つ弱さが生まれ持ったものなのか、それとも"何か別の要因があってのこと"なのか、今の俺には窺い知れんことだ。


「だから、さっきはなんだか不思議な気分だったの。去年の私に言っても、きっと信じてくれないわ。『あなたは一年後、最強の眷属を従えて、友達と一緒に異世界で呑気に海水浴してるわよ』だなんて言ってもね」

「クク、そうだろうな」

「……『そんな眷属と、恋人同士にもなるわよ』って、言っても……ね?」

「マスター」

「あっ──」


 小声でそんなことを言ういじらしさに、俺は拳一個分、距離を詰めた。彼女の火照った二の腕が、こちらのものと触れ合う。じんわりと、熱い。

 ──潮騒と、友人達のはしゃぐ声が耳に届く。

 それらを聞きながら、俺と彼女はただ静かに寄り添い、時の流れに身を任せる。最早、釣果などどうでもよくなっていた。

 余人から見れば、ただ座って海を眺めるという行為。そこには若者らしい楽しさや、特別さなども無いことだろう。このような時間しか提供できぬ男など、少女の優しさに甘えていると揶揄する者もいるかもしれん。俺は、世間に当てはめればつまらん男だ。


「……楽しいか」

「うぅん、別に」


 実際、そう聞けば彼女は小さく首を横に振り──、


「──ただ、ちょっと幸せなだけよ」


 トンとこちらの肩に預けられる、彼女の頭の重量は軽い。

 楽しさのみが、彼女にとっての特別ではない。特別だけが、少女を幸せにするわけでもない。


「ふ……そうか」

「……うん」


 ただ、寄り添い合うこと。

 そんな小さな日常を、少しだけ幸せに思える。

 皆から声をかけられるまで、俺達主従は静かに寄り添い続け、互いの温もりを享受するのだった。

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