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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第十章 「無双の戦鬼と、二度目の夏」
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706 「聖女のお箸」



 朝食の席は続く。

 余人の作った料理はあまり好まないが、少女達の口に合うものがどこに隠れているかも分からん。それを探す目的も含め、取り放題食べ放題と銘打たれズラリと並べられた料理を皿に乗せていく。


「よし」

「まったく……お肉ばかりではないですか。きちんと野菜も取るように」


 こうして各々好きなものを取る形式であると、自ずと食の好みや傾向が見えてくるものだ。

 席に着けば、右隣の姉上が呆れと共に指摘する。あらゆる調理法で味付けされ、これでもかと皿に盛られた肉の山を。


「悪いが、今はとにかく肉を食べたい気分なのだ。先程まで俺が纏っていた女々しさを吹き飛ばすほどのな」

「メスオチ戦鬼くんも可愛かったのにね~。げへへ、また使わせてよ」

「断る。昨夜はつい流されてしまったが、この借りは高くつくぞガーネット。そして姉上ぇ……これまでは経験の浅さを鑑み加減していたが、次だ。次にまぐわう時、必ず二人を快楽溢るる地獄に落としてくれる。俺にそうしたようになァ……」

「っ、へ、へぇ~……やってみれば?」

「……それは、それは」


 対面に座るガーネットが眉を挑発気味にピクリと上げ、姉上は涼しい顔で茶を啜る。

 だがほんの少し、頬が赤い。瞳の奥に淡い期待が滲んでいるようにも見える。この二人はイチモツが生えればかなりの強気だったが、本来布団の上では奥手な少女達だ。

 女の身体と快楽を経験したため、今の俺ならばどこをどう責めれば、女という生き物が駄目になるのかが手に取るように分かる。

 ああ、きっと……その時には、頭がおかしくなるほどの快楽をその身に刻んでくれるわ。最早、泣いてやめてと言っても聞かぬからな。俺は泣いてやめてくれと言ったのに。聞かなかったのはそちらなのだからな! こちらが受けた数々の屈辱と快楽、何万倍にもして必ず返してくれる! その澄ました顔を快楽に歪め、熱く淫らに喘ぐがいい……!!


「朝から汚い会話……」


 昨夜受けた仕打ちを想い、闘志と反骨心を育てていれば。カップを傾けるリゼットから「その辺にしときなさい」とやんわり命ぜられた。

 食事場で話すことではなかったな。いくら周囲に身内しかおらぬとはいえ、仕切りで区切られた向こうには他の客もいる。セクハラで退場を願われてもかなわん。

 居住まいを正し、先の騒動できっとやきもきさせてしまったであろうご主人様に頭を下げた。


「失敬。マスターにも要らぬ心配をかけただろう」

「……べ、別に……」

「だが安心してほしい。これからも俺は常に男心を忘れず、愛するご主人様の貞操を狙い続けよう」

「え、犯罪者?」


 可憐なご主人様を男として一生愛すると伝えたかったのだが……青筋を立てるリゼットを見るに、上手く伝えられなかったようだ。まぁよい。いずれ身体で分からせるとも。

 気を取り直し、俺も食事に手をつける。宿として質の良いここは、提供する料理もまた品質が良い。美食の街を新たに謳うだけのことはある手の凝りようであった。

 こんがりとよく焼けた骨付き肉から、血が滴るほどの新鮮な肉まで選り取り見取り。何の肉かは知らん。もしかすれば、昨日に獲ったグリフィンなども混じっておるのかもしれん。

 俺は昨夜の恥態を払拭するためにも、それら野性味に富んだ肉塊をガツガツと喰らい、胃に収めていく。

 その食いっぷりに、特に左隣に座る刀花などは触発されたのか、兄の肩を笑顔で叩く。


「兄さん、兄さんっ。一口く~ださ~いな♪」

「いいとも。どれがいい」

「どれが美味しかったですか?」

「この細切れにされ、黄身やタレを絡めた生肉などだな。適切に下処理されておるため、刀花が食しても大丈夫だろう」

「むふー、あ~ん♡」

「クク、あ~んだ」


 雛鳥のように口を開ける刀花に、よくタレを絡めた肉を供する。


「むぐ……もっちゃ、もっちゃ……んむっ、おいひいれふ~♡ これはお米が何杯もいけるやつですね!」

「取ってこようか」

「あ、私が行きます私が行きます。兄さんはゆっくり朝ご飯を楽しんでください!」


 そうして兄を想う妹はにっこりと笑い、ぴゅ~と肉コーナーへと旅立って行った。


「……まだ机の上にいっぱい残ってるのに」


 リゼットが呆れた視線で、卓上に並ぶ大量の皿を見た。全て刀花が取ってきていたものだ。

 ご主人様の紅い瞳が『まだ食べるのか』と語っている。ああ、食べるだろう。姉上が席を立ち、せめて消化に優しい順番となるよう、楚々とした手つきで皿を並べ替えるのを横目に俺は頷いた。リゼットは胸を悪くした……ちなみにリゼットは朝に弱く、朝食の量も皆と比べ少ない。爽やかなフルーツサンド片手に、黙々と紅茶のカップを傾けていた。

 姉上の前にも同じくらい大量の皿が並べられているが、こちらは刀花のものと比べ、どこか彩りが豊かに見える。普段の献立から、彼女が栄養のバランスに気を遣ってくれているというのは周知の事実。さすがは俺の姉上、嫁力が高いな。


「俺の嫁になってくれ、姉上」

「なっておりますが」


 だから俺は姉上が好きだ……しれっとそう言いつつも、顔を伏せ頬の赤みを隠すのもまたいじらしい。だが昨夜の所業は許さん。


「──でさ、そこであたしが言ってやったわけ。『孕めオラァ!』ってね☆」

「先輩さいてーです……」


 対面の斜め向かいあたりで、隣り合って座るガーネットと綾女が食事をしつつ歓談している。恐らく昨夜あった惨劇をガーネットが語り聞かせているのだろうが……この話の分野にしては珍しく、綾女が引いていた。


「なっ、なんでさ!?」

「先輩……特殊なプレイはきちんと合意を得てからじゃないと。やっぱり刃君が可哀想かなって……」

「あたしは初体験、男子トイレで済まされたんだが!? だったら別にそれぐらいしてもいいじゃんね!」

「……詳しく聞いたことなかったですけど、初体験の時って結局どっちが誘ってそうなっちゃったんですか?」

「…………………………ア、アッチ」

「気持ちよかったですか、先輩?」

「べっつにぃぃぃぃ~? ダーリンがどうしてもって言うからさぁ、あたしはイヤイヤだったけどそのままトイレに連れ込まれて──」

「──気持ちよかったですか、先輩?」

「…………………………うん♡」


 さすがは綾女、好きな男を殺されかけ覚醒した女。言う時には言う。

 彼女のこの圧も、特殊な"ぷれい"を経験したガーネットに対する羨望や嫉妬なのかもしれんが。とはいえ互いに許可を得ているとはいえ、ハ◯撮りや手◯キからおけなどは充分特殊であると悪鬼は思う。イチモツを生やすのと比べればさすがに劣るだろうが……うぅむ。綾女はそういった分野に関する安全弁が、俺と付き合う内に壊れてしまったのかもしれん。責任を取って嫁にせねば。

 サラダやスープなど、軽めのものを主に綾女とガーネットは食べている。朝から高速道路が如く原動機をブン回すのは酒上家くらいのようなものだ。

 そしてそれはもちろん、こちらの真正面に座る修道女にも当てはまることで……、


「う、く……!」

「頑張ってください、ティア! もう少しで食べられますよ!」


 さすがに朝から酒はやらないのか、ティアはパンとスープ、少量のサラダにコーヒーという、自国にいた頃もそうであったのだろうと思わせるメニューを食していた。

 いや……食そうと奮闘している。

 俺が昨日、彼女に贈った二本一対の細長い棒──お箸でもって。


「あ、あ~~~……」


 サラダに付随する小さな豆を、ティアは震える箸先で捉え、大きく開けた口へと運ぼうとする。隣にいる聖剣の熱い応援もあってか、上手くいきそうだ。

 喉の奥まで見えそうなその様をじ……と見ていれば、ティアはこちらの目線に気付き、かぁと頬を染めた。豆は落ちた。


「あ、あの……」

「どうした」

「そ、そんなに見られますと、恥ずかしいです……」

「これは失敬。いやなに、それほど楽しそうに使ってくれているとつい嬉しくてな」

「も、もちろんです。先生からの贈り物ですから……♪」


 照れ臭そうにそう言って、ティアは愛おしそうに箸の表面を指でなぞる。

 スラリとした黒に、星のような金粉をまぶした装飾。簡素ながらも手中にて存在を主張するそれは、なかなかに品の良い印象を与える。ティアに合うと思い買ったが、期待通りだ。


「でへへ……♡」


 こちらの満足そうな目線に、ティアはだらしなく笑う。

 女性への贈り物に箸など、色気がないかと思われるかもしれんが……なかなかどうして、ティアはよく理解している。


「私、このお箸をもっともっと使いこなせるようになりますね!」

「クク、ああ。期待している」


 伊太利亜いたりあではフォークやナイフなどを使っていたであろうティアに、箸を贈る理由。

 それはもちろん、ブルームフィールド邸における自分専用の食器を用意するという目的もあったが、


「これからも一緒に、いっぱい、ご飯を食べましょうね♪」

「もちろんだ」


 日本で暮らすのならば、和食を食べる機会も増えよう。

 ならば、この二対の箸がきっと役に立つ。これから永く共に暮らし、共に食卓を囲むのであればな。


「ほれ」

「あっ……♡」


 手本を見せるように箸を操り、目前に豆をもっていってやる。俺の使った後の箸で申し訳ないが。

 ぱく……もぐもぐ……ごくん。


「……でへ♡」


 照れたり、笑ったり、ときめいたり。

 この修道女は本当に、見ていて飽きないな。早く神から寝取らねば。


「よ、よぉ~し、頑張りますよぉ~! 私も先生に『あ~ん』ってしたいんですから!」

「その意気です、ティア。ですが初めての『あ~ん』は私にお願いします」

「ククク……」


 そうして俺もまた肉を摘まみながら。

 我が王達の戯れる朝食の席を、しばし目と耳で楽しむのであった。

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