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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第十章 「無双の戦鬼と、二度目の夏」
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675 「吸血姫の授業参観」



 今日の学園は、朝からどこか浮き足立っていた。

 私、リゼット=ブルームフィールドが所属する教室でもその空気感は変わらず、子ども達だけでなく、教壇に立つ教師までも微かな緊張と高揚とをその顔に滲ませている。

 それというのも──、


『……』


 あくまで無言のまま、教室後部で教師と生徒を見守る大人達の目が今日はあるからでしょうね。静かに佇む大人達の唇は動いていないけれど、その目は色々と言いたそうにしているのが見て取れるし。


(授業参観かぁ……)


 お昼を食べて、午後一番の授業。

 普段ならお腹いっぱいになった後の座学なんて眠たくなる時間だけれど、今日に限ってはそんな弛緩した空気とは無縁だった。


「うずうず……」


 それはもちろん、私の右隣に座るトーカも例外ではなく、先程からチラチラと背後にある扉を気にしている。やめてよね。私達、教室最後部の席なんだから、他の保護者の方から余計な注目浴びちゃうでしょ。


(ま、仕方のないことなのかも……)


 そわそわするこの子の気持ちも分かる。

 なにせ先日には、授業参観に関するプリントをドキドキしながらサヤカに渡していたのを、私は目撃していた。


(大事なお姉ちゃんであり、親代わりのようなものだものね)


 トーカを0歳から育てていたというのだから、サヤカは正しくトーカの姉であり、保護者と言えるべき存在。

 そして今日は──トーカが学生になって、初めてそんな存在を、学校という場所に招く日。サヤカはトーカが小学生に上がる前に、その存在を抹消されていたから。

 だから今日は……彼女達にとってとても大切な日ということ。それは天下無双のこの妹も、どこかそわそわしてしまうというものだった。


「……」


 ……そして、私は。

 私はそんな教室と友人の姿を、一歩引いたところから見ている。

 ……いいえ。正直に言えば、少し羨ましい。

 たとえ高校生という歳になっても、親というのは子どもがとっても可愛いのでしょう。

 親の視線に恥ずかしそうにする生徒。嫌そうにしながら親を睨むも、視線を交わすとちょっと笑ってしまう生徒。隣の席の子と笑い合いながら、ちょっぴり着飾った自分の親を指差す生徒。

 そして、そんな子ども達の様子を、微笑ましげに見る大人達。

 将来、学生時代にはこんなこともあった、と。親子で笑い合いながら過去を懐かしむようなこともあるのかもしれない。


「……」


 ……"いいな"。

 教室内を彩るそんな感情達を浴びながら、私は小さくため息をつく。周囲にバレないように。私の弱いところを見せないように。

 ──昔から、授業参観は嫌いだったのよ。

 親を自慢する声も、子を優しく見守る親の視線も。見ていて聞いていて不愉快だった。

 だって私には、無縁のモノだったから。

 お母様は物心ついた時から床に臥せり、多忙なお父様など来るはずもない。愛人の子など、メイドですら愛さない。

 授業参観のプリントなんて、いつもクシャクシャにしてゴミ箱に捨てるのが常だった。今日のは……まぁ私もそんな意固地になる年頃でもないし? 紙飛行機にしてゴミ箱に軟着陸させたわよ。プリント片手に、珍しく緊張で高揚したトーカの顔と、嬉しそうなサヤカの顔なんて見たら……あぁ、それは私の舞台じゃないんだなって。


(……いいな)


 とはいえ、昔ほど負の感情が込み上げてくるわけでもない。今は、少しだけ素直にそう思える。心の中でだけ、だけれどね。

 ……一度くらい。私もお母様に、一生懸命学園で学んでいる姿を見せてあげたかった。まぁもしそんな機会が来ても、昔の私なら恥ずかしがって何もできはしないでしょうけどね。

 だからやっぱり、いいなって思う。親が子に何かを残す一方で、子が親に何かを残せる機会は貴重だから。きっとこの思い出も、その一つとなるのでしょう。今晩の夕食時なんて、きっと授業参観の話題で持ちきりでしょうね。

 きっと、私のお屋敷でも……その時、私は……。


「っ!」

「……ん」


 白紙のノートに視線を落としていれば、隣でピクッとトーカが反応する気配があった。あぁ、きっと来たのね。というか私にも分かった。だって廊下に出ている保護者の方達のざわめきが聞こえるもの。


「──」


 まるで和室の扉をそうするように、背後の扉が音も立てずに開く。

 高貴な白檀の香りと共に、しずしずと入室してくる和服少女の姿。その異様とも取れる少女の姿に一瞬、教室中の空気が支配されたように感じる。

 知と美の女神に愛された少女……サカガミサヤカの降臨だった。


「……クス」

『っ』


 しかし本人はいたって普段通りの出で立ちであり、お気になさらずと微笑みさえ浮かべる。


「あ、あー。それで、次の英文だが……」


 着飾った保護者ですらその美貌に口を開けて呆ける中、最初に持ち直したのは教壇に立つ男性教諭。その辺りはさすがに教職員ね。


「それじゃあ、次の英文を読んで……続けて和訳もしてもらおうか。分かる者」

『……』


 挙手を求めるが、誰も手を挙げない。持ち直せたのは先生だけみたいね。普段から挙手なんて誰もしないといえばそうなのだけど、サヤカの登場で一気にそんな空気ではなくなっていた。誰も美人の前で失敗なんてしたくないものね。


「……むふー♪」


 まぁ?


「はいっ! はいはいはいっ!」

「お、おぉ。元気がいいな酒上。では、頼めるか?」

「はーいっ!」


 ここぞとばかりに手を挙げるのが、トーカらしいといえばらしいわよね。


「えっとですねぇ……み、ミスグリーン、アイ、ライク──」


 元気よく席を立ち、ちょっぴり怪しい発音で英文を読み上げるトーカ。彼女にしては珍しく、ちょっぴり緊張気味。


「クスクス♪」


 そしてそんな妹の姿に、サヤカはくすぐったげに笑いながら、とても幸せそうに目尻を下げている。

 この光景を、サヤカはどれだけ見たかったことでしょうね。あ、スマホで写真撮ってる。親バカなんだから、もう。


「──以上です!」

「ん、よろしい」

「むふー、ぶいっ♪」

「あらあら」


 教師が黒板に向くタイミングで、トーカは小さく振り返り、サヤカにブイサインを送る。サヤカは苦笑なんてしているけど、内心とても嬉しかったに違いない。家族の成長を感じる瞬間など、家族想いなサカガミ家にとってはこれ以上ない幸せな時間だろう。


(やれやれ……)


 ほくほく顔で席に座るトーカに、私は肩を竦める。見せつけてくれちゃってね?

 そんな幸せな家族の団欒を私が横目に見る中、黒板に今の文章を記した先生がこちらに向き直って聞く。


「それじゃ、続きの英文を。誰かいないか」

『……』


 天真爛漫が服を着て歩いているようなトーカの後に続く猛者となると、さすがにね。むしろ逆にプレッシャーがかかるかも。


「誰かいないか?」


 続く呼びかけにも、沈黙を貫く生徒達。問題自体は簡単なものだけど、やはり目立ちたくはないのでしょうね。

 親の目があるから、目立ちたい人。逆に目立ちたくない人。高校生ともなると、やはり目立ちたくない人が多いのかもね。

 ……もし、ここに、私のお母様がいたら……。


(なんて、ね)


 有り得ない仮定をしても虚しくなってしまうだけ。

 私が手を挙げてもいいけれど、イギリス育ちであり日本人離れした容姿の自分が、よりにもよって英語の時間で目立とうとするなど大人げなさの方が勝る。


(ここは黙って、流れに身を任せましょう)


 いつも通り。保護者だってそのいつも通りを見に来ているんだから。そうしてあげるのがこの場の、た、め……。


「……じ~」


 ……だけど。


「じぃ~~~……わくわく……」


 ……なんで。


(そんな、期待した目で見るのよ……サヤカ)


 どうして……妹に見せた瞳と同じ目で、私のことなんて見るのよ。

 そんな目で見られても、困る。確かにサヤカには普段からご飯を作ってもらったり、掃除をしてもらったりしているけれど……なんだか屋敷内のことだけ見れば、お姉ちゃんというより皆のお母さんみたいな雰囲気ではあるけれど。

 あなたは私のお母様じゃないし、私の友人の、そのお姉さんってだけだし。

 だから……私にスマホを向けないでよ。期待に煌めく瞳を見せないでよ。

 そんなの、向けられても…………困るってば。


「いないか? じゃあ今日の日付で──」

「っ」


 困るのよ。


「は、」

「ん?」


 そんな目を向けられたら……。


「は……はい……」

「……おぉ、私の時間にブルームフィールドが手を挙げてくれるなんて、これは嬉しいな」


 手を、挙げざるを得ないじゃないの。

 黒髪の子とは違う、金髪の私が手を挙げたことで、いやでも保護者からの注目が集まる。

 恥ずかしい。今すぐ手を下ろしたい。早くも後悔が胸の内から押し寄せ、控え目に挙げた手も震える。

 だけど──、


「──リゼットちゃん、頑張れ♪」

「──っ」


 そんな、私だけに聞こえるくらいの小さな応援が。


「では、頼めるかブルームフィールド」

「は、はいっ」


 私の心に、温かな火を灯す。


「こ、こほん。えっと──」


 ……流暢な英語を話すことが、実は留学してから少し苦手になっていた。褒められはするけど……やっぱり、他の子とは発音からして全然違うから。


「クスクス……♪」


 だけど、今日は──。


 そんな自分を見せることが、見てもらえることが。


 ほんの少しだけ誇らしく……そして、嬉しかった。

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