674 「駄菓子屋かここは?」
「どれ、ティアの働きぶりでも見に行くとするか」
土曜に屋敷の清掃や草刈りなどをまとめて行う日程上、日曜は時間が空きやすい。
我が麗しのマスターは知っての通り、四時間以内に眷属と触れ合わなければ不安定になってしまう可愛いご主人様だが、そこさえ注意していれば下僕の身であれ、ある程度の自由が許されている。
というわけで頃合いを見極め、俺はティアと聖剣が異動したという街の教会へと歩を進める。時間は昼過ぎ。さすがに悪鬼が、敬虔な信者に混ざって朝の礼拝に並ぶというのも格好がつかん。ティアは喜ぶかもしれんが、秘蹟編纂省と友誼を結んだ手前あまり挑発的な行為はせぬ方がいいだろう。
ティアも異国の地で怖じ気づくようなタマではなかろうが、他の聖職者の目がある以上、彼女も立場や保たねばならぬ威厳もあるだろうからな。とはいえ、こうしてちょっかいはかけに行く。ティアに不埒な欲望を向ける破戒僧などがおるとも限らんからな。誰の獲物か分からせねば。
「さて……」
そんな思惑もあり、人気のない時間を避けて教会へと来たわけだが……うむ、想定通り一般人の姿はないな。まばらに、敷地内の掃除をする修道女がいる程度だ。
赤茶けたレンガ造りの門と、少々色褪せながらも丁寧に敷き詰められた同色のタイルが異国情緒を感じさせる教会前の敷地。
最奥には象牙を思わせる白い聖堂が、信者をおおらかに迎え入れるべく聳え立っている。その中途にある平屋のような建物は……神社でいう社務所か何かだろう。
「ティアは本堂だろうか」
本国では懺悔室を担当していたはず。ならばこちらでも、同じ役職を与えられても不思議ではない。日本の怪異には陰陽局が目を光らせておるゆえ、彼女の武力もこの国ではそう必要になることも少なかろうからな。
そんな平和な、異教の教会。空の青と、浄化を思わせる白。噴水の青に木々の緑。植えられた色取り取りの花も合わされば、視覚的にもなかなかに愛で甲斐のある光景であった。
悪くない情緒に頷きつつ、下駄を鳴らして門を潜る。すると当然、敷地内で清掃を行っていた修道女達も侵入者に気付き始める。
ちょうど最も近くにいた年若げな修道女などは、律儀に手を止め遠慮がちにその頭を下げた。
「あ……こ、こんにちは、ブラザー酒上……」
「……うむ」
……いまだに慣れんな。そもそも宗旨替えなどしとらんというのに。俺は妹教一筋だ。
とはいえ、ここであーだこーだ言っても拗れるだけだ。ティアの所在を知りたかったため、ここはこの目前にいる、手持ち無沙汰げに箒をイジイジモジモジする修道女に聞くとしよう。
「失敬。ティア……ユースティア=ペルフェクティオはいるか」
「あっ、は、はいっ。えっと、今は聖堂の懺悔室に控えておられます」
「そうか。他に相談者がおらぬようならば、一言二言、会話などしても構わんな」
「ど、どうぞっ……小さな教会ですので、この時間帯は利用者も少なく……誰も気にしないかと存じます」
「この国ではそうなるか。ふむ……」
「あ、あの……?」
決してこの国では主流でない教えに準じ、日々務めをこなす聖職者達。
そんな者の一人である、目の前の若い女を見る。頭巾から垣間見える髪は黒く、顔立ちも素朴な日本人だ。立ち振舞いや声音からして、控え目な印象を受ける。
そんな純日本人が、いったいどのような道を辿れば、異国の教えに従事するのか多少の興味がある。
その者に向き直り、じ……と視線を注ぐ。男の視線に慣れていないのか、清らかな修道女は頬を染め、モジモジと視線を俯かせた。
「あ……ブラザー酒上……せ、戦鬼さま……困ります……」
「興味が湧いた。貴公、なぜこの宗教を選んだ?」
「い、家がそうで……しかしそれはあくまで切っ掛けで、その、きちんと自分で選んで入信を……」
「ほほう。家族の情に流されず、己の意思で選択をしたと。よい意思の輝きだ。その齢で一生に関わる選択など、なかなかにできることではないだろう」
「お、お戯れを……」
「宗教とは、ただその教えに追従するのみが真意ではない。その教えを遵守するための、人の意思。人を越えんがために己を叱咤し続ける意思にこそ、煌めく魂が宿る。打たれて輝く鋼のようにな。俺はその輝きにこそ、宗教の妙があると思っている」
「戦鬼さま……あっ……いけません……」
「どれ、もっとよく見せてくれ。いまだ磨いている最中の魂であれ、それなりに愛でようもある」
「あ──」
熱い頬に手を添え、顔を上げさせる。
潤んだ瞳。上気した頬。熱い吐息をつく赤い唇。邪な視線を遮る丈の長い修道服にあり、男を知らぬその出で立ちは……うむ、やはり……悪くない。
「──人妻か?」
「は、はひ……わ、私には教えが……救世主様との誓いがぁ……!」
「たまらんな。人のモノほど輝いて見える時がある。それもこれほど無垢であるというのに、既に人妻であるという事実が……やはりイイな、修道女という宝は」
「た、宝など……滅相もないっ……」
「──この時間帯には、いつもここで勤務を?」
「っ、は…………はぃ……」
「それは良いことを聞いた。気が向けば、こちらに来るとしよう。その時には……」
「……はい♡ クッキーを焼いて、お待ちしておりますね……♡」
「ククク……ハハハハハ……」
とろんとした顔で唇を綻ばせる人妻に、つい笑みが漏れる。この無防備さ! 追従する"えろす"! やはり人妻は良いものだ──!!
頬を一撫でし、惚けたようにこちらを見つめ続ける人妻に別れを告げた。
「ではな、また会おう。友人にもよく言っておいてくれ。無双の戦鬼は悪魔であっても、決して貴公達の敵ではないのだと……なァ?」
「はい……またのお越しを心よりお待ちしております。ブラザー酒上……無双の戦鬼さま……♡」
「結構。励めよ」
「はいっ、ありがとうございますっ」
魂を磨きに磨き……神の国に届かんとするほど。
きっとその時には。
この悪鬼が、禁断の果実が如きその魂を、懸命に伸ばした枝葉からもいで……戯れに食らうのも悪くない。
「ハハハハハハ……!」
純粋な好意から頭を下げる修道女を背後に、俺は嗤う。いかに素朴な魂であれ、そこまで磨けば悪鬼にとっての、三時のおやつくらいにはなるだろう! ゆえに存分に励むがいい小娘! まったく宗教家と関わると、駄菓子を前にした幼児かのように気分が上がってしまっていかんな。駄菓子屋かここは?
こちらの様子を周囲でずっと窺っていた他の修道女達も、俺が離れた途端その者に駆け寄り「きゃあきゃあ!」と一緒になって騒ぎ出す。
悪鬼から食欲で見られているとも知らぬそんな小娘達をそのままに、俺は機嫌良く聖堂の扉を開けた。
「──」
重々しい木製の扉が軋む音と共に、日の光が聖堂内を照らし出す。待ち受けるのは七色に輝くステンドグラスと、磔にされた巨大な救世主や聖母の像。
この救世主とやらも、後世に腰布一枚のみの姿となった己が、何十億という信者に崇め奉られるとは思っていなかっただろうに。事前に知っていれば「何か羽織らせてくれ」と頼んだのではなかろうか。俺は頼まんが。いや、もしやこの救世主も俺と同じ癖が……?
そんな罰当たりなことを考えつつ、いくつも並ぶ椅子の間を突っ切り、端にある掘っ立て小屋を思わせる懺悔室の前へ。
そうして相談者側の扉を開き、閉塞感のある空間、その中央に鎮座する椅子にドカッと座り込んだ。
「儲かっているか、ティア」
『ここは──ふおっ!? しぇしぇしぇ、しぇんしぇい!?』
ここでの秘密は云々とお決まりの文言を唱えようとしたティアが取り乱す。勤務初日といえど、声からそう疲弊は感じられんな。なによりだ。
『なんでここに先生が……いえ、実質お客様一号が先生なのはちょっぴり嬉しい──こ、こほん!』
俺が安心していれば、今が仕事中と思い出したのか、ティアは気を取り直すように咳払いをしてツラツラと文言を述べた。
『ようこそ、当教会の懺悔室へ。ここではあらゆる秘密が守られ、あなたの告白する罪もまた口外されることはありません。あなたの罪とその意識が、この時間を経て少しでも軽くなれば幸いです』
「大量殺人犯でも許してくれるのか?」
『実際は通報できるシステムがありますんで~……あくまで懺悔を聞くだけで、許す許さないは司法にお任せしますんで~……』
「さきほど無垢な修道女を引っかけてきたのだが、それも許されないのか?」
『だ~め~で~すぅ~~~!』
「ククク……」
薄い壁に隔てられているとはいえ、むくれているのが容易に想像できる。相変わらず可愛らしいアラサー聖女であることだ。
『んもうっ。秘蹟編纂省でも思いましたが、教会でナンパしないでくださ~い。修道女をなんだと思ってるんですか~』
「駄菓子」
『悪魔ですかあなた……』
何を今更なことを。
「ところで口うるさい聖剣はどうした?」
『近辺の支部に挨拶回りです。私が行くと恐縮させちゃうんで~……決して私が面倒だからとかではないですよ? って! だから匿名性!』
プンプンするティアの言葉は躱す。
しかしあの聖剣がいないとなると……ここは口説く良い機会だな。
俺は「分かった分かった」と言い、改めて椅子に座り直した。
「素性も知らぬ修道女よ。一つ相談に乗ってもらいたい」
『っ、は、はい。こほん……えぇ、どうぞ。神の門は常に、万人を受け入れるべく開け放たれておりますから』
持ち直したティアが微笑みと共に告げる言葉に、その相談を持ちかける。
「近頃……"とある人妻"と共に暮らすこととなり、そのまま寝取ろうとしているのだが……なかなか機会に恵まれなくてな」
『ふっ──ふおぉぉっ!?』
「もう多少楽に落とせるかと思ったのだが……もしやなにか、こちらに無礼でもあったのかと思ってしまってな」
『へっ!? や、いやっ、しょ、しょんなことは~……』
「自室で晩酌などして、いざ迫ろうとしたところで……グイと酒を飲まれ、そのまま潰れてしまうのだ。やはり避けられているのだろうか」
『えっ。いや、そんなことは~……?』
「どう思う。いち聖職者として意見を聞かせて欲しい」
『それ聖職者に聞くような案件ですかね。あのあの、えっと~……』
目が泳いでいる気配がする。この反応を見る限り、こちらを嫌っているわけではないようだが……。
しばらく待っていれば、ティアは『そ、そうですねぇ~……?』と迷いながらも言葉を続けた。
『わた……いえ、その人妻様も、決して満更ではないのではないでしょうか~……?』
「しかし現に、やけ酒を呷るようにだな」
『や、やっぱり~、その~、夫との関係もありますし~。なのでそう、『全部お酒のせいにしちゃえ!』っていう言い訳を作っているの、か、かなぁ~~~っと……? その気じゃなければ、他の男の人のお部屋になんて行かないでしょうし~……?』
「ほう。ならばそのまま襲っても構わぬと?」
『さ、さぁ~~~~? せっ、せせせ責任が取れるので……あ、あればぁ~~~??? いいんじゃ、ないですか~~~??? なんて~~~???』
「責任とは」
『…………………………………………………………………………………………………………結婚とか』
蚊の鳴くほどの声で可愛いことを言いおって。
だがなるほど。その気はある、と。しかしなぁ……。
「酒の勢いというのもな。俺はその人妻が苦悩の果てに辛抱たまらず『今の夫よりあなたがいい』と選び、罪悪感と快楽の中でその端正な顔をグチャグチャに歪ませ鳴く様が見たいのであってだなぁ」
『鬼ですかあなた……ドキドキ……』
鬼だぞ。そしてやはりその気はある、と。
「まぁ。言ってしまえば、その夫を越える魅力が俺にはまだ無いということか。思わず俺を選ぶほどの男前になるべく、今は男を磨くしかあるまいよ」
『……でへ♡ 素敵なお考えですよ。ですが~……そのぉ~……』
「どうした?」
『……き、きっとその人妻様もぉ~……ちょ、ちょっとは強引にされちゃうのも……好きかも、しれませんよ?』
「ほう?」
『今の夫は確かに大事ですけどぉ~……強引にされちゃうってことは、そうなるほど自分に"女"を感じてくれているわけですからぁ~……そうされることで、その人妻様も自分が"女"であることを自覚させられちゃうと申しますか~……?』
「なるほど。つまり……こういうことか?」
『へっ? んあっ……♡』
この懺悔室は薄い壁一枚で隔てた二室構成だが、その二室を隔てる壁には一部、小さな物品であればやり取りできるような小さな隙間がある。
その隙間からシュルリと蛇のように右腕を通し、彼女の身体……簡素な修道服の中にあってなお淫靡に膨らむ、豊満な乳房に手を這わせた。
──罪を告白するはずの場で、聖女の甘い声が響く。
『はぁぁん……♡ だ、だめです、こんなことろで……♡ 神の御前で……おっぱいを……♡』
「教えてくれ、修道女。女を感じるか?」
『は、はいぃ……♡ 感じますっ、感じますからぁ……!♡』
「どのあたりが最もよく感じる。是非相談に乗ってくれ」
『そ、そんなぁっ……♡』
言いながら、ずっしりと掌に吸い付く乳房を揉みしだく。
「まったく、なんだこの乳は? このけしからん乳をぶら下げて朝の説法などできるのか」
『で、できますぅ♡ というかっ、しましたもん……あっ!♡』
「信者をふるいにかけるためか? どれだけの男がこの乳より教典に集中できるのだろうな?」
『み、皆様、敬虔な信徒ですのでぇっ♡』
「では、全く見られなかったと? 皆無だと?」
揉みながら聞けば、修道女は『むぐ……』と口ごもり、しばらくの後に告白する。
『……………………ちょ、ちょっとだけ、視線を感じましたけど』
「ほう、妬けてしまうな。どうやら俺の女である自覚が足りんらしい。言ってみろティア。『この乳房は既に悪鬼と、その悪鬼との間にできたお子のモノだ』とな」
『っっっ♡ せ、先生との、赤ちゃんっ……い、言えませぇん……♡ あぁんっ♡』
「ふん。では既に母乳が詰まっていそうなこの乳房に、悪鬼が所有権を刻んでくれるわ。どうだ? どのように揉めば最も女を感じる。言えば終わらせてやろう」
『そ、そんな……♡ あっ♡ あっ♡ だめ……♡』
催促するように執拗に乳を弄べば、壁の向こうの修道女は喘ぎ声を漏らしながら希望を述べる。
『んあぁっ♡ あ、あの……全体を、優しく揉むように、して……♡』
「うむうむ」
『はぁ、ん……♡ そのまま、せ、先端の、周囲を……焦らすように……』
「こうか……」
『あっ♡ あっ♡ はい、はいぃ……そうして丹念にほぐしたあと……い、いじめて、ほしい……です♡』
「どこをだ?」
『はぁ、はぁ……♡』
いやらしく聞けば、ティアは期待に濡れた声でそれを口にする。
『ち、乳首を、ですぅ……♡』
「なるほど。勉強になった」
『あ……え……?』
その期待を裏切り、手を引っ込める。
物足りなさそうな声が後ろ髪を引くが、ここは我慢だ。互いにな。
「感謝する。この教えを胸に刻み、精進しようと思う」
『そ、そんな殺生なぁ……』
ちょっぴり泣いていそうな声に、黒い笑みが漏れる。
なるほどな。『押して駄目なら引いてみろ』とはよく言うが、『押して押して、ここぞというところで引く』というのも効果的なようだ。言葉を引き出そうというのに、押してばかりではな。
「ククククク……」
『せ、先生ぇ~……』
あぁ、そうだ。
そうやって俺を求めろ。いずれ全てを捨ててな。
「気に入ったぞ、この教会。また"相談"に来てもよいか?」
『……じょ、条件が、あります』
「言ってみろ」
不埒な行為の禁止か? それとも神を貶める発言の禁止か? いずれにせよ守る気はないが。
眉を上げて聞けば、壁の向こうの修道女は沈黙の後に……小声で言った。
『……エッチな悪戯を、私だけにするのでしたら。いつでも……♡』
「──っ。ククク、あぁ。そうさせてもらおう。俺の目当てはティア……お前ただ一人なのだからな」
『……か、神のご加護を♡』
何が神のご加護だ。
己の中の"女"を愛らしい嫉妬でもって、これでもかと悪鬼に刻みおってからに。
「良いところだな、教会というのは」
聖堂から青空の下に出つつ、俺は認識を改めた。
以前よりこうした教会など、存在自体が気にくわなかったものだが……。
「あ……ブラザー酒上。もうお帰りですか? ペルフェクティオ様は……」
「ああ、会えたぞ。少々相談に乗ってもらっていた。また来る。今度はなんぞ、土産でも持ってこよう」
「は、はいっ、あの、お待ちしてます……♡」
「クハハハハ……」
これは……通ってしまうな!




