671 「くそちょろっ!」
「──と、それからも行く店舗という店舗の店番に兄妹と見られ、刀花の望むような関係性には見られなかった。それがよほど矜持を傷付けたのか、当人は今『もっと家事スキルを磨きます!』と夕食作りの手伝いをはりきっている。俺の分までな。我が妹は向上心の塊で、兄として大変に誇らしい……きっと俺の良い嫁となることだろう」
「ふーん」
もしかして遠回しにできない私のことディスってる?
「さ、茶が入ったぞ」
「ありがと」
私、リゼット=ブルームフィールドは窓辺近くのテーブルにつき、眷属が差し出すカップを優雅に受け取ってそれを傾ける。手が震えるかと思ったわ動揺で。
学園から帰宅し、着替えも済ませ、いつも通り自室でゲームを楽しんでいたこの空き時間に。
お買い物から帰ってきて早々彼に命じ、私のひそかな趣味である『愛しい眷属が私のために紅茶を淹れてくれるカッコいい姿をこっそり見る』という高尚な趣味に興じていれば……彼がなんでもないような雰囲気を纏いつつ、そんなことを言い放ったのだった。
(え? なに?)
それはなに? もしかして──、
『お前の同級生であり恋のライバルは今も懸命に嫁力を上げているけどお前は?』
って言ってる?
いや……いや、違うわよね。本当に何気ない雑談のつもりで、彼は日常を報告しているだけでしょう。たとえ彼が京都出身みたいなものだからって、ご主人様に嫌味なんて言うはずないもの。ないわよね? ちなみにサヤカに『京都の人ってそうなの?』って聞いたら『悪いインターネットのやりすぎですよ』って言われてしまった。何も言い返せなかったわ。
私は静かにカップを傾けて喉を潤す。そんな私の隣に立ち、彼は「ふ……」と笑いながら窓の向こうなんて見て言った。
「我等のような超越者にとって、日常とは勝ち取るもの。せっかくの戦利品を、磨かず腐らせるのは勿体ないというものだ。そうした日常をより彩らんと努力する刀花の姿は、微笑ましいと共に愛おしい。さすがは俺の妹であり嫁であるな」
やっぱりディスられてる? ずっと部屋に引き込もってゲームしてる私を?
でも待ってちょうだい。この令和の時代、家事スキルを磨いたらお嫁さん力が高いとか、それってちょっと古い価値観じゃない?
ほら、今は男の人だって普通に家事するし、なんならジンだって喫茶店のバイトを通じてお料理とかちょっと上手くなってるし、人当たりとかも改善してるし。じゃあそんなジンのことを『良いお嫁さん』って呼ぶの? 違うわよね? それらができるのが、良いお嫁さんの絶対条件ってわけじゃないと私は思うのよ。私は全部できないけど。でもベータ版のアルシ○ベルドならソロで狩れるわよ。やっぱりね~、多様性の社会だからね~。『モ○ハンが上手い女の子』のことも、良いお嫁さん候補として受け入れるような社会であるべきなのよね。ね? 分かった? 別に悔しくないから。トーカが『俺の嫁』って呼ばれてるの羨ましいとか悔しいとか、そんなの全然思ってないから。
「マスターはずっと自室か? 俺がおらぬ間、屋敷で何も起きなかったか」
「うぅん、なにも」
そう、なにも。いつも通りよ。
サヤカは鼻唄を歌いながらキッチンで夕食を作り、トーカは買い出しから帰ってすぐにそのお手伝い。最近増えたバチカンの剣姫サマと聖剣は、二日酔いから復活してすぐに掃除や洗濯などを率先して覚えようとしてくれている。なんなら日中に焼いたクッキーも笑顔で差し入れてくれた。さすがは修道院で集団生活してた人ね、気遣いがすごいわ。酒癖もすごいけれど。吸血鬼にも優しいエクソシストなんてね。もちろんジンにもクッキーを渡していた。アピールに余念がない……。
「……」
で。
私はそんな働く人達を横目に、ゲーム三昧。
「…………」
どうしよう。
(申し訳ないという気持ちが一ミリもわいてこない……)
どうしようかしらね。
いや、これは種族的なアレだから。吸血鬼って、戦闘も血の補給も生活の補助も、全部眷属にやってもらってきたっていう長い歴史がね? あるからね? 厚みがね? その厚い壁"ウォール・ニート"が私を労働意欲から守ってくれるから、そんな風にさせるのよ。私は悪くないわ。
(働きたくない……)
働くとしても好きなことだけしてお金をもらいたい。働くとか絶対無理……スキル的にもプライド的にも。私の身体を流れる高貴な血が、労働を拒否するのよ。私の心の中の抜刀斎が『働きたくないでござる』って叫ぶの。働いたら死ぬわ色んな意味で。ずっと彼にお世話されてたい……。
「──」
もちろん、こんなことは胸の内だけに留めて、彼に伝えたりはしない。思うだけなのと、それを恥知らずにも口に出すのとでは違うもの。美しさが。私はまだ美しい。多分。
だからちょっと……ちょっと言葉を捻って、ね。私の眷属の意識を刷新してあげましょう。
私はカチャリとカップをソーサーに置き、彼に倣って一緒に窓辺を見た。
「……ジンは」
「むん?」
「…………………………やっぱり、家事できる女の子の方が好き?」
ごめんなさいメチャクチャコンプレックス丸出しな女の子みたいなこと聞いちゃったわ。
どうするのよ、ここで「そうだな」って返ってきたら。泣いちゃうわよ私。もしくは無謀にも家事に挑戦して、このお屋敷を焼け野原にするわよ。
(今更後には引けない──!)
ポーカーフェイスを装いつつ、流れる冷や汗もそのままに。
私はドクンドクンと心臓を鳴らしながら、彼の返答を待った。
すると彼は「そうだな……」と考え込むように顎に手を当てる。今『そうだな』って言わないでよ。心の芯が凍るから。
「いや、どうだろうな……確かに出来るに越したことはないだろうが、」
どうやらここが焼け野原になることが決定したようね。
「──それが出来るか否かのみで、少女への好意を判断することはあまりないかもしれんな」
どうやら私の心に一面のお花畑が咲いたようね。
「うむ。行為のみを見るのではなく。その行為を通して見える少女の煌めきにこそ、信念にこそ……俺は惹かれるのだろう」
「ふーん、そ?」
冷静なフリしてもう一度カップを傾けながら、心の中のお花畑でウフフと踊る。
は~~~~~~、やっぱり私の眷属は"理解ってる"わ。
そうよね! 出来る出来ないはともかく、結局はそこに込める想いが大事なのよ! そうじゃないと、美味しいレストランに行くたび恋しちゃうわ!
そうよ。というか、私がバレンタインに作ったちょっと焦げたチョコだって「美味しい」って言って食べてくれるような人なのよ彼は? 好き。だから私は謝らない。
私が心の中で大いに頷いていれば、彼は「あぁ、そういえば」と一言断り、話題を変えた。
「週に一回程度、ガーネットから魔術を習うことは伝えたと思うが」
「? えぇ」
「マスターは、俺にどんな魔術を覚えてほしい。希望があれば、聞いておこうと思っていたのだ」
「それってトーカにも聞いたの? あの子はなんて?」
「『少女に巨大なイチモツを生やす魔術』に興味を示していた」
ここにきてまた新たな性癖を開拓しようとするのやめなさいよ。冒険家なの?
「さすがにやんわりと断ったが……クク、俺の妹はいつだって探求心に満ち溢れているな」
そうね。クリストファー・コロンブスも舵切り過ぎて帰国するレベル。
「して、どうだ?『紅茶の味を向上させる魔術』は極めたからな。マスターの好みを教えてくれると嬉しい」
極めてはないでしょアッパラパーになる度合いがちょっと和らいだだけで。
「ん~……」
しかし純粋な好意から聞いてくれているのは分かっているため、私は少し考える。
魔術かぁ。あっちの界隈ってちょっと……いえ、だいぶマトモじゃないから、期待をしようにもあんまり素直にできないのよねぇ……。
(魔術……不思議なこと……)
パッと思い浮かぶのは……。
(『自動でゲームの素材回収したりデイリーを消化してくれる魔術』とか、『クレジットカードの限度額を尽きさせない魔術』とか。あぁ、あと『妹をナーフする魔術』とかね)
「………………」
「どうした? マスター」
うん…………まぁ、そうね?
「……眷属の」
「俺……?」
「『吸血鬼の眷属、その疲労や心労を癒す魔術』とかがあれば、修得してきてちょうだい。これは命令だからね?」
「おぉ……おぉ、マスター!!」
「きゃっ、もう……♪」
感極まったように呟いて、彼は横から私をぎゅうっ♡ と抱き締める。
そうして私の髪を愛おしそうに撫でながら、彼は私の耳に囁くの。
「眷属想いのご主人様を持てて、俺はなんと幸せな下僕であることか……」
知らなければいいことって、あるわよね。
申し訳ないという気持ちはないけれど、思うところくらいはあるのよ。感謝とか、労いとかね。あ、あああ愛情とかも……ね?
「だが、そのような魔術を覚える必要はない」
「ん……どうして……?」
「──マスターが今、その魔術をかけてくれたからだ。このご主人様め、卓越した魔術師であることを隠していたな?」
「……ふふっ♪ そうかも?♡」
はー、くっさ♡
でもこのクサさがね、私の脳を焼くのよ。
「マスター……」
「うん……♡」
夕日だけが私達を覗く中で、優しくしっとりとしたキスをしながら見つめ合う。
「ふ、やはりマスターも……俺の誇り高きご主人様であり、凄腕の魔術師であり──可愛い、俺の嫁だ。一生をかけて尽くすことを、今一度ここで誓おう」
「もう、大袈裟なんだからっ♡ ……私のこと、好き?」
「好きだ……」
「……私もっ♪」
はぁ~~~~~~~~~~~。
人生って、くそちょろっ!




