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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第二章 「無双の戦鬼、少女達と夏休みを過ごす」
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67 「完・全・敗・北」



「いつかこんな日が来ると思ってはいましたが……残念です、リゼットさん」


 刀花は手に持った得物をマスターに向け、その琥珀色の視線を鋭くした。

 その瞳からはいつも浮かべていた優しさが消え、奥底にメラメラとした闘志が燃え上がっている。鋭く細められたその瞳の煌めきは、見る者に天に座す雷光を想起させた。


「私も残念よ。あなたは私にとって初めての友人だった……でも、私にだって譲れないものがあるのよ」


 大切な友人の瞳を見据え、相対するマスターはかぶりを振りつつも力強い口調で刀花に応える。


 ──今ここに、二人が歩み寄る可能性は潰えた。最早この二人に和解の道はなく、残されたものは闘争による決着のみとなったのだ。


「いきますよ、リゼットさん」


 我が妹は律儀に開戦の合図を告げて腰を落とす。不意を突かないその姿勢は最後の情けなのか、それとも勝ち取る栄誉に泥を塗らないためなのか。


「っ……来なさい、トーカ」


 得物を構えた刀花にゴクリと喉を鳴らしながらも、マスターも刀花と同様に得物を構えた。

 明らかに場馴れしていない、目の前の刀花を見よう見まねで模した構え。堂に入った刀花に対しあまりにぎこちなく、一目で素人だと分かる姿勢だった。


「──!」


 しかしどうだ、その紅蓮の瞳を見よ。

 相対する鋭利な琥珀の瞳にも負けぬ、覚悟の光が俺には見える。たとえ己の姿が無様に見えようと、決して退かぬという王の威風が。その身体に流れる穢れのない、地脈を巡るマグマのように熱い貴き血の色が!


「いざ尋常に!」

「──勝負!」


 少女達の声が、戦場に響き渡る。

 手に持つ得物に全てを賭け、己の願いを押し通すべく対峙する。その激戦の火蓋が今、ついに切られたのだ──!


「えい」

「あ、ちょっ!? いきなり変化かけないでよ!」

「ふむ、1―0」

「むふー、やりましたぁ!」


 刀花が得物……赤いラバーの張られたラケットを振れば、カコンという軽い音と共に白い球がマスターの陣地へ飛んだ。

 あらかじめ回転をかけておいた球が、まるでマスターのラケットから逃げるようにその軌道を反らして後方へすり抜けていく。

 懸命に球を追ったマスターだったが、空振ったラケットが奏でる渇いた空気音のみがその成果となったのだった。


「トーカ! 卓球初めてなんだからもうちょっと加減しなさいな!」

「勝負は非情なんです。それにリゼットさん、そのへん考慮されて兄さんからちょっとバフもらってるじゃないですか。条件は対等かと」

「くっ……もう一回よ、もう一回!」


 ぶつくさ言いながらもピンポン玉を刀花に渡し、再び構えるマスター。その小さな身体には俺から流れ込む戦鬼の力が少々宿っているはずなのだが……我がマスターは運動神経も悪かった。

 そうして二人は睨み合い、彼女らの闘争は再び熱く展開されていく……熱い、と思われる。多分。


「……平和だな」


 周囲から流れるアップテンポな曲や人のざわめきを聞きながら呟く。刀花が取った二点目をカウントするべく点数表を捲るのも忘れない。

 そう、ここは通学路の途中にある屋内型アミューズメント施設。

 教室を去ったあの後にどちらが言ったか……『腹を割って話そう』と。

 そうしてここにたどり着き、自然な流れでフロアにある卓球台を挟んだ我が少女達は己の矜持を胸に真剣な話し合いをしているのだった。

 ……諸々とお互い言いたいことが溜まっていたのだろう。二人の口から言葉が途切れることはない。


「ふっ、だいたいねえ! 妹も恋人もって欲張りすぎなのよあなたは! はっ」

「えいっ、実際そうなんですから仕方ないです! 私は真実を言ってるまでですから! はいっ」


 ピンポン玉の攻撃と共に口撃が応酬される。

 しかしその話はまさに平行線。二人は一歩も譲る気はなく、球と言葉のラリーが二人の間でエスカレートしていく一方だった。


「少しは譲れって言ってるのよ、日本の女性は奥ゆかしいんじゃないの!」

「偏見ですそれは! それに私は充分譲ってると思います。元々で言ったら私だけの兄さんだったんですから、この泥棒猫さん!」

「あっ、それを言うのは卑怯じゃない!? あと聞いてるわよ。最初はあなたがジンに私に関わるよう言ったらしいじゃない。他人に関わるいい訓練になるからって。ふ、策士策に溺れたってわけね!」

「うぐっ、まさか兄さんがここまで入れ込むなんて思ってなかったんです! そうしたらあのままゆっくりと妹から恋人関係に移行する予定でしたのに! 今の私の立場はリゼットさんのせいでもあるんですからね!」

「知らないわよあなたの将来設計なんて! とにかく、学園での立場では私がジンの恋人。あなたは妹で定着したんだからもう諦めなさいな! いいじゃない、風聞だけの話なんだから!」

「諦めるわけないじゃないですか! だからこうして勝負してるんじゃないですかぁ!」

「このっ、分からず屋!」

「どっちがですか!」


 現在、両者一歩も譲らず得点を重ね合いデュースが続く。運動神経抜群の刀花に、マスターも少しは慣れてきたのか懸命に食らい付く。

 ……どうも我が妹は学園で『どうあがいても妹』というレッテルを貼られたことが相当気に食わないらしい。

 先制攻撃により、マスターは学園で『酒上さんのお兄さんの恋人』という立場を一気に確立させた。その手腕は見事だったが、『酒上刀花は兄のことが好き』という事実を広めて外堀を埋める地下活動を地道にやってきた刀花からしたら、その一手で全て台無しとなったわけだ、たまったものではないだろう。


「──知ってるんだからね。あなたこの前、洗濯物干す時こっそりジンの下着の匂い嗅いでたでしょう! はしたない!」

「んなっ、私だって知ってるんですからね。本当はきっちり起きてるくせに、たまに寝惚けたふりして朝兄さんに抱きついて甘えてるのを!」

「ししし知らないわそんなこと。あ、あなたじゃないんだから、そんなあざといことしないわよ!」

「あー! 私のことあざといって言いましたね! 絵に描いたような金髪お嬢様のくせに!」

「黒髪ポニーテールで巨乳で妹とかいう属性マシマシなあなたに言う資格なんてないわよっ!」

「なんですとー! というかこれはこれで重いし肩は凝るしで大変なんですからね! あー辛いですぅ~、おっぱいおっきくて刀花疲れちゃいますぅ~。リゼットさんが羨ましいですぅ~」

「あんですってぇー!?」


 話がだいぶ紛糾してきたな。そろそろ止めるべきだろうか。


「──だいたいねぇ、ジンだって悪いわよ! ホイホイ眷属になって私のこと甘やかして……そんなの好きになるに決まってるじゃない!」


 ん?


「そうですね、兄さんも悪いです! さんざん妹を甘やかしておいて他の女の子に手を出すなんて、信じられません! もう私には兄さんしかいないのに!」


 なにやら雲行きが……。


「意地悪するくせに命令はちゃんと聞くし! 甘えたいときに甘えさせてくれるし、そういうところよ!」

「私のすること全部肯定してくれるのは嬉しいですけど、たまには叱って欲しいです!」

「あなたがもっと不誠実で嫌な人だったらこんなにヤキモキすることなんてないのに!」

「あと私の作るご飯を全部『美味しい』って言うの、少し困ります! じゃあなんでもいいんですかって!」

「もう、ジン──!」

「兄さん──!」


『なんとか言ったらどうなの(どうなんですか)!!』


「お、おう……」


 いつの間にか矛先が俺になっていた。

 もう言いたいことを言いすぎて収拾がつかなくなったのだろう。息を切らしながら二人の少女は俺へと言葉の刃を突きつけた。

 ネットにかかりコロコロと転がるピンポン玉だけが動く中、沈黙が広がり……俺は自分の考えを口にした。


「確かに、俺が悪いのだろう。俺の至らぬ点が多々あるからこそ、二人の不満が爆発したと考える」


 だが──、


「だが俺は謝らない。悪いとは思うが、これが俺の……鬼の生き方だ。これからも精進し二人の希望は全て叶えよう。だが同時に、二人に優劣を付けるつもりはないし俺も好きにお前達を愛させてもらう。俺はそういう存在であるがゆえに」


 詫びの一つでも聞けると思っていたのだろう、俺の答えを聞き頬を膨らませる少女達。だが、そうだな……、


「もし俺に謝らせたいというのならば──」


 俺は余っていたラケットを手に取り、少女達に突きつけた。


「「っ!」」

「俺を打ち倒すがいい。歴史が証明するように、敗者にはなんの権利もないのだ。この俺から権利というものを簒奪してみせろ」


 不敵に笑う。

 そうとも。己が願いを叶えたくば、自身の覚悟を炉にくべ敵を討ち果たすしかないのだ。

 この世は人間社会も動物社会も弱肉強食の世界。弱き者は淘汰されるが必定。何かを意見する資格はないのだ。強き者のみが、我を押し通すことを許されるのだからな。


「ニ対一でも構わんぞ。さあ、どうする」


 俺は二人に問いかける。

 弱き少女達よ、自分の矜持を胸に鬼へと立ち向かうのか、それとも──


「……トーカ」

「……リゼットさん」


 二人は静かに腕を下ろし、互いを呼んで頷き合った。


 ──来るか、いい度胸だ。さすがは俺の愛する少女達、誇らしくさえ思う。


「ククク、嬉しいぞ。ならば俺も──っ」


 本気を出そう、そう言おうとした口が閉じる。

 なぜならば今までの喧騒が嘘だったかのように、ニコニコとした微笑みを二人が浮かべたからだ。


「ジーン♪」

「にーいさん♪」


 甘ったるい声が二人分、俺の鼓膜を揺らす。天上の調であるはずの二人の声はしかし、俺にとっては終末のラッパのように聞こえた。


「”オーダー”よ」

「”お願い”があります」


 それぞれが持つ最高命令権を持ち出し、謎の迫力を発する二人は冷や汗を垂らす戦鬼にこう言ったのだった。


『──負けなさい(負けてください)


「……調子こいてすいませんでした」


 二人の力量でも勝てるほどの能力に押さえ込まれた俺はものの見事に惨敗。

 日頃抱えていたストレスを発散した彼女達は「いえーい」とハイタッチし健闘を称え合う。溜飲も下がったのか二人して青春の汗を拭っていた。

 そんな彼女達に綺麗な土下座を披露しながら、俺はこれまでより一層彼女達に忠を尽くすことを誓わされたのであった。


 後にこの日は『戦鬼完全敗北記念日』として孫の代まで語り継がれたとか、継がれなかったとか……。


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