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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第二章 「無双の戦鬼、少女達と夏休みを過ごす」
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64 「先が思いやられるわね……」



 舗装されたコンクリートに、二人分の足音が響く。

 住宅連なる道を行くは清純なセーラー服にその身を包む二人の少女。朝の日差しを浴びる中、方や楽しそうに歩を弾ませ、方や日傘を差して憂鬱そうな溜め息を吐いている。


「はぁ、本当に大丈夫かしら」

『心配するな。上手く()る』

「兄さん、今物騒なルビ振りませんでした?」


 周囲から見れば二人。しかし話し声は三人分。

 そう、俺はこの登校日に学園へ潜入すべく、マスターの日傘に姿を変えて通学路を進んでいた。


「だから心配だって言ってるのよもう。お願いだから大人しくしててちょうだいね?」

『ふん、それは学園の人間の態度次第だ』


 示威行為のように日傘の柄からギラつく隠し刃を覗かせれば、マスターは慌ててそれを仕舞い込むべく俺を押さえつける。


「どうどう、兄さん」

『心配なのはマスターだけではないぞ、我が妹よ』

「え、私は上手くやってますよ?」


 数歩先を行く刀花は振り向き、無防備な笑顔を見せる。ふわりと紺のプリーツスカートが揺れ、ニーソに包まれた健康的な足が夏の日の下に晒された。

 しかし、俺が気が気でないのは下よりも上である。


『いいや、無防備すぎる。というかキャミソールやアンダーウェアはどうした。着てくるよう言っただろう?』

「えー、だって暑いんですもん」


 こちらを向きながらぶー垂れる妹。少し動くたびに上着の裾が捲れ、彼女の素肌とおへそがチラリと見えてしまう。その原因は……


「でかい……」


 マスターがギリギリと俺の柄を握りしめながら暗く呟く。

 そうなのだ。制服を購入する際に大きめのサイズを買っておいたというのに、我が妹の胸は窮屈そうに制服を押し上げ、スカートに入れるはずの上着の裾を外に晒してしまっている。


「大丈夫ですって、ちょっぴりおへそが見えるだけじゃないですか」

『下着も透けているではないか!!』

「ジン、うるさい」


 ええい、これが静かにしていられようか!

 俺の声にマスターが心配そうに周囲を見渡すが、幸い人気はあまり無い。まあ人がいたとしても、今の時代はすぴーかーほん? とやらがあるのだからどうとでも言い訳はできる。

 俺は白いセーラー服から透ける、妹の青いブラ紐を忸怩たる思いで見つめ、ブツブツと呟いた。


『せめて厚い生地ならばいいものを、なぜ薄手に白なのだ……マスターはきちんとキャミソールを着ているし裾も……ふむ、入っているな』

「まあリゼットさんは裾インできますよね。でも私はほら……おっきくて見えないところも汗かいちゃいますから。これが結構、夏には悩みの種なんですよ。リゼットさんが羨ましいです」

『くぅ、せめて妹にマスターほどの慎ましさがあれば……せめてCカップであれば……!』

「あら、ちょうどいいところにゴミ捨て場があるわ」


 向日葵にも負けない笑顔でマスターは俺を畳んでゴミの山に突っ込もうとする。


『やめんか我が慎ましいマスター』

「うっさいわねぇ! というか慎ましくないわよ! ちゃんとあなただって挟める大きさでしょうが! こういうのは美乳っていうのよ美乳って!」

「リゼットさん、しー、しー」

『往来で何を言っているのだマスター』

「あ・な・たが言わせたんでしょうがー!」


 ゴミ捨て場に放り投げようとするマスターと拮抗していると、通りがかった一人の主婦がギョッとした目で見つめてくる。

 あぁん? 見世物ではないぞ劣等が。前髪ぶった切ってこけしにして玄関に飾るぞ貴様。


『ガルルルルル』

「な、なんでもないですから。ご機嫌よう~……あーもう、なんで登校してるだけでこんなに疲れなきゃいけないのよ。オーダーで帰らせるわよ?」


 曖昧に笑って主婦をやり過ごした後、マスターは湿っぽい目でこちらを見つめてくる。


『……それは困る』

「兄さん、忍耐ですよ忍耐」


 励ますように言ってくれる我が妹の姿に溜飲を下げる。ここで帰らされては元も子もない。

 俺はこの少女達が無事に学園で過ごすことができるのか、見極めねばならんのだからな。


『通学路の交通量少、死角無し……住宅街近辺は比較的安全』

「大げさねえ」


 再び俺を差しながら、歩みを進めるマスターは肩を竦めている。


「前も言ったかも知れないけど、よくそれでトーカを一人で通わせられたわね」

「あはは……まあ兄さんバイトで忙しかったですし」

『学校行事にはなんとか参加していたがな』


 可能であれば自宅にずっといて欲しいくらいだ。


『だがそれでは世の道理がままならんというのはさすがの俺でも分かっている』

「へー、どんなよ?」

『中卒だと舐められる』

「兄さんそこは将来の選択肢の幅を増やすとか言っておきましょうよ」


 いや実際キツいのだこれが。

 俺の偽造履歴書には中学までしか学歴がなく、書類選考で落ちることなどザラだ。受かったとしても劣悪な環境の職場が多く苦労させられたものだ。


『そんな苦労を我が妹にはさせられん。刀花にはのびのびと将来のことを考えて貰いたいのだ』

「兄さん……好き。でも私のために身を粉にする兄さんはあんまり好きじゃないです。もっと自分を大事にして欲しいです」

『刀花……』

「兄さん……」

「私を挟んで見つめ合うのやめてくれない? いやジンの目線は分からないけれど」


 おっと、いかんいかん。

 不満げに唇を尖らせるご主人様の肩に寄り添いながら、トントンとその肩を柄で叩く。


『無論マスターのことも心配しているぞ。だからこそ、長年通うことになる学園の安全を見極めようというのだ』

「それはありがたいことだけど、例えばあなたの言う危険ってなによ?」


 満更でもなさそうに優しく俺を握るマスターは首を傾げる。


『例えば授業中にテロリストが攻めてくるとか』

「発想が小学生……」

『地震が起きて建物が倒壊するとか』

「学校関係ない……」

『そもそも男子が近距離に座っているという環境が気に食わん』

「完全に個人の好み……」


 女子校があれば通わせたのだが、この辺りにはないからな……。

 俺の例を聞き、二人の少女は「やれやれ」と苦笑している。


「そんなこと言ったらキリがないわよ? たとえば私が男子に話しかけられたらどうするのよ」

『殺す』

「触れられたら?」

『殺戮する』

「告白されたら?」

『鏖殺する』

「あら、あそこにリサイクルショップがあるわね」

『やめろォ!』


 ああ列挙されたことを聞いていると腹が立ってきた。


『こうなったら教育委員会に電話で訴えるか……』

「やめなさい完全にモンペだからそれ」


 袴だかモンスターだかしらんが生徒を第一に考えてほしいものだ。

 ニュースで見たぞ、最近不祥事も多いだろう。俺の大事な少女達を本当に任せてもいいものか……。


「だめですよ兄さん。一部を全体に当てはめるのは、めっ。それにうちは私立なのでまだマシですけど、教員ってブラックですよブラック。兄さんならブラックの経験もあるでしょう? 少しは大目に見てあげてください」

『ほう、そうなのか?』

「あーなんか聞いたことあるわね。五千人くらい鬱病にかかってるんですって?」


 お、おぉ……。


『ふん、教員は勘弁してやるか。やはり問題は男子生徒か……』


 就労の苦しみを知っている身として多少の同情を禁じ得なかった俺は別の問題に切り替える。

 そうとも、やはり未成熟な男の視線に晒されるなど言語道断だ。由々しき問題だぞこれは。

 そう主張するが、マスターは溜め息を吐いている。


「そんなこと気にしだしたら生きていけないじゃないのおバカ」

『しかし我がマスターが愛らしいのは事実。言い寄る男など後が絶つまい』


 呆れたように言うマスターに食い下がる。

 そうするとマスターは「じゃ、じゃあ……」と頬を赤くして言いにくそうに口をモゴモゴさせた。照れ隠しなのか俺をクルクルと回している。


「私にその……あなたっていう、こ、恋人がいるって予め周りに言っておけば──」

「あ、それ私がもう使ってます」


 しれっと言う刀花に向かって、マスターが無言で俺をブンブン振るう。こらこら。


「『私、兄さんが好きなので……』って言って断ってるんですけど、まだ告白されるんですよね」


 言いながら頭を押さえて逃げ回る刀花に、リゼットは頬を膨らませている。


「それただのブラコンだって思われてるパターンね、本気で受け取られてないのよ。だから別に私が使ってもいいじゃない、本当のことなんだから」

「わ、私だって本当ですよぅ」


 慌てたように言う刀花に、マスターはムキになったように牙を剥いている。


「使うわ。ジンは私の恋人だって」

「だ、だめですよ。学園では私の兄さんで通ってるんですから」

「兄でしょう? 恋人は私ね」

「認められません! 私だって兄さんの恋人です!」

「兄と恋人って欲張りすぎよ! 少しは私に譲りなさいな!」

「「ぐぬぬぬぬ」」

『……真実なら別にどうでもいいだろう。あともう学園に着いたぞ』

「「どうでもよくない(です)!!」」

『お、おう……』


 俺より白熱してどうする。おかげで俺が突っ込む隙が無いではないか。


 睨みをきかせる二人の少女を横目に、そこそこ大きな校門に目を留めれば学園の名が彫刻されたプレートが見える。


『私立 薫風学園』


 ふん、その名の通り爽やかな校風であればいいが。

 その名を認め、肩を怒らせるマスターの手に握られながら校門をくぐる。

 さて、我が少女達を預けるに足るか。お手並み拝見といこうじゃないか。


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