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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第二章 「無双の戦鬼、少女達と夏休みを過ごす」
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62 「兄さんは若者に偏見持ちすぎだと思います」



「ふふん、どう?」


 そう言って腰に手を当て、得意気に顔を上げる我がマスター。その装いは、中身は違えどここ数ヵ月で見慣れたセーラー服であった。


「ほう?」


 頭の上から爪先までじっくりと眺める。


「ほほーう」


 中途半端に跳ねた金髪。結ばれた赤いスカーフは努力の跡が見受けられるがバランスが悪い。白を基調とした生地に濃紺のコントラストが美しい襟部分やプリーツスカートは所々がよれてしまっていた。


「……ほほう」


 リゼットは「どう? 褒めてもいいのよ?」といった感じでチラチラと期待の眼差しをこちらに向けているが……制服のままで寝転んでゲームしてたなさては。


「……まあ待て」


 言ってどこからともなく取り出したブラシで彼女の金髪を梳く。その間に、俺の腕から降りた刀花はスカーフを直してくれている。

 しばらくいそいそと彼女の身嗜みを直し、出来映えにうむと頷いた。


「こんなものか。さ、マスター、もう一度」

「ふふん、どう?」

「うむ、異国の者でも存外似合うものだな。美人は何を着ても似合うというのは真であったか」

「そう、私はちょっと微妙な気持ちになったわ」


 仕切り直されちょっぴり微妙な顔をしている。だったら最初からキチンと着てくれ。


「それにしてもいきなりどうした? 刀花の……ものではないな、新品か」

「ねえどこ見て判断したのか言ってみて?」

「胸」

「ん~?」


 むにぃっとこちらの頬をつねってくる。

 胸部の布が余らないマスターはニコニコと青筋を立てているが、記念写真を……とこちらがスマホのカメラを向ければ、すかさずお嬢様スマイルを見せてくれた。うおまぶし。


「制服届いたんですね。わかりますよ、新しい制服って着てみたくなりますよね」

「ねー」


 刀花の言葉に同調しながら、マスターは俺のスマホを奪いなにやらポチポチしている。そうしている姿は今までの小綺麗な衣装を身に纏うお嬢様の顔とは別に、年相応の女子高生の雰囲気を醸し出していた。いや雰囲気もなにも彼女は正真正銘女子高生なのだが……その装いから、今までより親しみやすい印象を受ける。


「ふむ、私服は”綺麗”という印象が強かったが、制服では”可愛さ”が前面に出ている感じがするな」

「最初からそう言いなさいな……ま、当然ね」


 チラリとこちらに瞳を向け素っ気ないように答えるが……耳の先が赤い。わかりやすく可愛いご主人様め。

 彼女は照れ隠しのように、弄っていたスマホをポイッと投げて寄越した。一体何を……と思ったが、待受を覗けば制服のスカートを少し摘まんでお嬢様スマイルを浮かべるマスターに画像が変わっていた。俺の待受はマスターが来てからというものコロコロ変わる。


「特別よ? 大事になさい」


 腕を組み尊大に言い放つお嬢様。だがその口許はだらしなく緩んでいる。

 おいおい可愛いかよ……なんだマスターこの。帰ってくるなり可愛いご主人様アピールしくさってからになんだおぉ? 俺をこれ以上惚れさせて何が狙いだ磯臭い身体で抱き締めるぞよいのかあぁん?


「抱き締めるぞ貴様」

「なんでキレてるの……す、好きにすればいいじゃない?」


 好きにすればいい。

 そう言ってツンと横を向きながらも、彼女の腕はこちらに向けて小さく「んっ」と伸ばされている。

 おいふざけるなよ強気に甘えるなど訳が分からんぞどういうことだ矛盾するだろうヒトは矛盾を抱えて生きるのかそれが生命の神秘なのかツンとデレの黄金比なのか俺のマスターはピラミッド(錯乱)

 堪らずポフッと胸に迎え入れれば、こちらの磯臭さに眉を寄せながらも彼女は抵抗せず、控えめにきゅっとこちらの襟を握った。


「……強引なんだから」

「こうなることは分かっていたのではないか」

「……わからないもん。ってホントに磯臭いわね」

「マスターはいい匂いだが」

「あ、あんまり嗅がないでよばか。は、恥ずかしい……」


 準備万端にいつものラベンダーの優しい香りを漂わせておきながらよく言う。

 水のように流れる黄金の川を掻き分け、犬のように鼻先をクンクンとうなじの辺りに寄せれば、彼女は「んっ♪」と鼻にかかった甘い声を聞かせてくれる。


「こ、こらぁ……そこ、弱いからだめ……」

「だから攻めている」

「ばかばかっ、もう意地悪なわんちゃんなんだから……おすわりっ……」

「わふわふ」

「あっ、やんっ♪」

「はーいそこまででーす。二人きりの時以外でいちゃつくのはレギュレーション違反でーす」


 法で裁かれるとはずいぶん重い。

 妹裁判長は「はい閉廷で~す、兄さんは流刑~」と言いながら、マスターのうなじをモフる俺の襟首を掴んで引き剥がした。その手付きはちょっと荒い。おわー、と食堂へ島流しされていく。


「まったく、リゼットさんはあざといですね」

「まさかトーカに言われるとは思わなかったわ」


 妹に眷属を取られたマスターは憮然としながらも後に続き、食堂に設置してある長方形型の机の上座に座った。いつもの席だ。

 刀花は俺の腕を取りながらキッチンへ向かい、冷蔵庫から作り置きの晩御飯を取り俺に手渡す。

 無言でレンジに放り込んで食事を用意する俺達を見ながら、マスターは「でも」と続けた。


「確かに見せたかったっていうのもあるけれど、早めに試着はしておかないとって思ったのよ」

「……? 始業式はまだまだ先ですよね」

「もう、トーカったら」


 不思議そうに首をかしげるトーカに、マスターはため息を吐く。


「来週あたりにあるでしょう、”登校日”が」

「そう、でしたっけ? すっかり忘れてました」

「ほう、登校日」


 レンジから取り出したゴーヤチャンプルを兄妹で運びながら呟く。

 なるほど、学園にはそんなものもあったな。俺も失念していた。それならば確かに試着は早めに済ませておいた方がいいだろう。


「その日は編入手続きの書類とかを提出しなくちゃいけないんだけど……クラスで挨拶とかもしなくちゃいけないのかしらね?」

「どうでしょう。まあ早めに挨拶しておいた方が友人も増えるかもしれませんし、軽く紹介くらいはあるんじゃないでしょうか」

「トーカと一緒になれれば楽なのだけれどね……そういえばあなたって友達いるの? 遊びに行ったりしてるとこ見たことないけれど」

「いますよ? ただ家族旅行とかで予定が合わないだけで」

「い、いるんだ……すごいわね……」

「すごいんですか……?」


 見つめ合い、首をかしげるマスターと妹。どうやらマスターは友人がいなかったようだな。まあいたら手紙の一つも寄越すだろう。ないということは……


「知っているぞ、人それを陰キャというのだろう?」

「だっ、誰が陰キャよ失礼ね!」


 テーブルに皿を並べながら言えば、マスターは真っ赤になって否定する。本当か? ならば俺がアルバイト経験で培った会話術について来られるか。

 俺はテーブルに着いた刀花に目配せする。ひとまず初級編でいいだろう。


「刀花、ウェーイ」

「兄さんウェーイ!」

「ウェ↓イ↑?」

「ウェイ→ウェーイ↑!」

「ウェイ↑? ウェーイ↓……」

「ウェーイ→!」

「「ウェーイ」」

「ねえそれ何語なの……?」


 珍妙な獣を観察するような目でこちらを見るマスターは頭が痛むのか、グリグリとこめかみを押さえている。


「今のは時候の挨拶から入り、最近の世界情勢を憂いた後、じゃあまたねと告げる若者の会話だ」

「嘘よ、絶対」


 本当だぞ。一つひとつニュアンスが違っただろう? まあ俺も刀花としかこういった会話は出来んが。

 しかしこれでもまだまだ序の口だ。大学生にもなれば『ウェーイ』だけで桃太郎が朗読できるらしい。末恐ろしい時代だ……。


「私、陰キャでいいわ……」


 ゴーヤチャンプルをパクつきながら、げんなりとした様子でマスターは言う。いやそれはそれでどうなのだ?


「リゼットさん、陰キャだと浮いちゃいますよ」

「うっ、頭が……」


 冗談めかして言う刀花の言葉に、何かを思い出すのかマスターは頭を押さえた。あまり過去にいい思い出はないらしい。まあ愛人の娘など、口さがない連中には恰好の的か。それに彼女自身、友達付き合いなどする暇もなかっただろうからな。


「うぅむ……」


 心配になってきたな。

 このままマスターを学園に送り出してよいものか。なにしろ彼女は見た目からして周囲から浮いてしまう。そんな彼女が、情緒の安定しない未熟なガキどもの集団に放り込まれたらどうなるだろうか。

 それこそ、いじめ……いや、それならまだいいほうだ。その時は斬ればいいのだからな。最悪なパターンとしては、逆に人気が出てしまった時だろう。

 正直、そっちの方があり得る。なにせ彼女は美しい。お人形のように整った風貌、強い意思を感じさせる瞳に、高貴なオーラ。見る者をハッとさせ、話せばさらにその魅力に惹き付けられるカリスマをもった美少女。その辺の小童など、挨拶されただけでコロッと惚れてしまうに違いない。実際、隣の席の人間だろうが元気いっぱいに挨拶する刀花はよく告白されている。巫山戯るなよ……!


「そうして勘違いしたガキどもの視線に晒され、いずれはウェーイ系とやらの餌食に……!」

「兄さんうちの学園なんだと思ってるんですか。基本いい人しかいませんよ?」

「いいや、大袈裟ではないぞ。俺のマスターは可憐に過ぎる、未熟な若者が放ってはおくまい! 俺のマスターは世界一可愛いのだからな! そう、妹と並び世界一……いや、宇宙一可愛いのだからな! 最高に愛くるしく可愛らしいのだからな!」

「ジン、分かったから。分かったからやめて……」


 真っ赤になった顔を手で覆い隠すマスター。見てみるがいい、やはり可愛いではないか! 照れた表情など一層磨きがかかる。もはや可愛さの無差別テロリズム、俺でなきゃ惚れていたな。惚れているが。


「……よし、決めたぞ」

「な、なにを……?」


 居たたまれなさそうに顔を伏せていたマスターがチラリとこちらに目を向ける。

 やはり駄目だ、このままでは彼女の安全を保障できない。危険と判断する。刀花は学園生活をそつなくこなすと分かっているため今までは臍を噛む思いで見逃していたが、もう我慢ならん。


「──その”登校日”とやら、俺も同行しよう」

「「え」」


 呆けた声を出し、目を点にする二人へ不敵に笑う。

 彼女達が過ごすその学園、果たしていかほどのものなのか、この戦鬼が見極めてくれるわ。


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