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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第九章 「無双の戦鬼と、黄金の日々」
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603 「今の妖怪横丁」



「にしてもここってさぁ」

「どうした」


 妖怪横丁特有の珍味をパクつきながら、ガーネットが周囲にゆるりと視線を巡らせる。

 屋台と雑踏で縁日のように賑わう大通り。妖怪達が住みやすいよう建築された、背の低い和風建造物。そのおかげで大空の青がよく映え、現代人が失った日本の原風景を彷彿とさせる。

 石畳と砂利を踏む土の感触。小石を転がす音。自由に空を征く鳥の鳴き声。屋台から香る上手そうな香辛料の香り。そして──、


「ヒャッハー! いけ好かねぇ陰陽師だァー! 気に入らねぇから一発ぶん殴らせろやァー!」

「くっ、本性を現わしおって妖怪共! ここで祓ってくれる!」

「ヒャオ!」

「急急如律令!」


 そして──家屋が吹き飛ぶ音や、術技による熱風が頬を撫でる感覚。

 それらをそよ風のように感じていれば、ガーネットが湿っぽい瞳をしながら言う。


「……治安悪くね?」

「こんなものだろう」


 むしろこの妖怪横丁は本来、こうでなくてはならんくらいだ。


「時代が移ろいゆき、妖怪横丁を妖怪の保護施設か何かと勘違いする輩もいたようだが……ここは元より、こういう場所だ」


 ちょうどこちらにも「よォ鬼の大将!」と挨拶代わりに笑顔で殴りかかってきた妖怪をポイッと青空へ投げ捨てつつ、クツクツと笑う。


「人間と妖怪の相互理解の場所。言葉のみならず、拳でも語り合うのがこの妖怪横丁の流儀よ。修学旅行の折には寂れたものだと思ったが、なに……なかなかどうして、その本質を思い出してきたようだな」

「ふふ、刃君嬉しそう♪」

「クク、そうか?」


 ふわりと笑う綾女に、俺もまた笑みを返す。その切っ掛けをくれたのは、誰あろうこの綾女なのだから。

 ……懐かしい空気だ。理性より本能のままに動く妖怪を、陰陽師達が慌てて追い回す。

 時に話し合い、時に殴り合い。そしてその果てに……なんとなく、良い関係となる。相互理解と言うが、人間と妖怪は本質的に違う生き物だ。一部を除き、人間と真に理解し合える時など来ない。

 この場所は、それを理解するための……だがほんの少しであれば、歩み寄れる存在であると互いに理解するための場所なのだ。ちょうど先程争っていた妖怪と陰陽師が、傷だらけになりながらも肩を組み、飲み屋へ消えていくような、な……。


「ここではあらゆる者が対等でいられる。まぁ、多少の生傷は覚悟せねばならんがな?」

「ふぅん? 東○の幻○郷みたいな感じ?」


 マスターが何のことを言っているのかは分からないが、ガーネットも「喩えが古いけど、あーね」と頷いているため分かる人間には分かるのだろう。


「千年前には、俺もここを源頼光と駆けたものだが……クク、その内、今代の相棒殿と駆ける日も来るかもしれんな?」

「が、頑張ります!」


 お仕事と聞いて、真面目な綾女がギュッと拳を握る。なに、生傷が絶えんとは言ったが、この戦鬼がいる限り、綾女にはかすり傷の一つもつけさせんよ。


「む?」


 と、思わず感傷になど浸っていれば……いけ好かない焼き鳥のニオイがするな。

 屋台の建ち並ぶ大通りを抜け、飲み屋や食い物屋が軒を連ねる通りへ出てみれば──、


「お礼参りに来たぜェー! 朱雀様ァー!」

「最近青龍のジジイとはよろしくやってんのか朱雀様ァー!」

「玄武の姉ちゃんとはいつ結婚すんだよ朱雀様ァー!」

「……やれやれ、五歩も歩かないうちにこうも絡まれると、昼食も満足に摂れないな」


 そこには人だかり……いやさ妖怪だかりができていた。

 鋭い爪や牙を持つ獣人型の妖怪に威勢良く絡まれているのは……赤と白、そして金の意匠を施された着物を身に纏う青年。

 陰陽局筆頭陰陽師。四神の頭──朱雀だ。


「仲の良いことだな、朱雀」

「ああ、これは戦鬼殿。いやはや、あの一件以来、こうして妖怪横丁を歩くだけでこの始末ですよ」


 人好きがようさそうな笑みのままヒョイヒョイと最小限の動きで爪や牙を躱し、その力を利用し背後へと妖怪達を投げている。さすがに、最低限の武の心得は持っているようだ。


「お前が妖怪達にしたことを思えば、軽すぎるほどだ。だが、あえてそうしているのだろう?」

「ふ、そうですね。ここの警備など、私の管轄ではない。しかし、進んでお邪魔させてもらっています」


 それは偏に、己が受けるべき罰であると。

 そして償いであると。かつて憎悪に駆られた男は、困ったように笑ってそう述懐した。


「良い心懸けだ。常々、妖怪共のガス抜きをしてやるといい。事務方にも、たまには良い運動だろう」

「ははは。とはいえ、本体の私は変わらず自室で療養中ですがね」

「貴様……」


 また式神だったか。

 確かに、あの夜に全治八ヶ月の怪我を負わされておきながらピンピンしているとは思っていたが……妖怪達も、それは全力で殴りにいくわけだ。そういう所がいけ好かんというのだぞ。

 俺が睨んでいれば、朱雀はどこ吹く風というように笑い、こちらの後方に視線を向ける。


「ところで皆様、本日はご観光ですか? 戦鬼殿の跪くべき王が揃い踏みのようで」

「そんなところだ。黄金週間、最後の休日を満喫している」

「ゴールデンウイークの最終日は木曜ですけどね……」


 知らんな。

 俺が鼻を鳴らしていれば、朱雀はその柔和な視線に少しの好奇心を宿して我が王達を見ている。ナンパすれば殺すぞ。


「ふむふむ。さすが、悪鬼も魅入る美しい少女ばかり。甲斐性が試されますね、悪鬼殿?」

「………………」


 その甲斐性で昨夜から今朝にかけて一悶着あったため、俺は何も言えんかった……精進だ。

 それを知ってか知らずか、朱雀は涼しげに笑い、王達の前へ一歩踏み出した。


「お初にお目にかかる方もいらっしゃるでしょう。ご挨拶が遅れてしまい大変失礼いたしました。私は四神の朱雀。陰陽局の実質的トップであり、先日にはここにいる戦鬼殿と一戦交え、敗北したしがない役人です。どうか私の代わりに……と言うのも烏滸がましいのですが、この悪鬼殿の手綱をしっかりと握っていてくださいますよう、お願いいたしますね?」

「余計なお世話だ」


 ゲシとその尻を蹴る。

 言われずとも、彼女達は日々俺の手綱も首輪もしっかり締めている。心配は要らん。

 すると、その挨拶を受け、我がご主人様が「へぇ……」と品定めするかのような視線で朱雀を見る。


「あなたね。私の眷属に傷を付けてくれたのは」

「ふふ、はい。よいところまで追い詰めて差し上げたのですが、あと一手足らず。そちらにおられる薄野殿や鞘花殿の助けもあり、私はこうして負け惜しみを言うのが精々で。もう私には、あなたの大切な眷属を傷付ける術を持ち合わせてはいないので、ご安心を」

「……いいでしょう。ジンは?」

「かまわん。今日の様子を鑑み、報いは受けているようだからな」

「そ。それじゃあ私からも、もう何も言わないわ」


 眷属愛溢れるリゼットが、己の眷属を傷付けた敵を前にしてそう締めくくる。


「……ご寛恕、痛み入ります」


 その凜とした佇まいに。示して見せた王の器に。

 陰陽局のトップとて、自然と頭が下がる。そしてそんなご主人様の眷属愛と王としての姿を見せられた俺はビクンビクンと絶頂した。やはり俺のご主人様は至高にして最高……。


「ま、私は別にいいけれど……他は? トーカとかサヤカは身内だし、言いたい事でもあるんじゃない?」


 俺の熱い視線に恥ずかしくなったのか、マスターは赤い顔をプイッと横に背け、話を姉妹に振る。先に口を開いたのは姉上だ。


「私は特に。邪魔立てをしたのは私ですし、やり方はどうあれ身体に傷が付くのは己の不出来さゆえ。それを我が愚弟が反省しているというのであれば、私からは何も言いますまい」

「手厳しいな」


 だが同時に、弟の無傷も願ってくれる姉の愛も感じる。次にこのような事があれば、きっと上手くやろう。

 クスリと笑う姉上。その隣で、刀花は元気よく「はいっ」と手を挙げた。その琥珀色の瞳は爛々と煌めいている。


「兄さんを傷付ける朱雀さんの腕前……私、気になりますっ! この前は青龍のお爺ちゃんと遊んでもらいましたが、今度私と“遊んで”くれるなら……むふー、いいですよ♪」

「そ、そう、ですか……お、お手柔らかにお願いいたします。剣神殿……」

「オイオイオイ、死んだわ朱雀様」


 ガーネットのツッコミも無情に流れゆく。

 そうだな……此奴の特性は回避特化だが、果たして惑星級の質量による挟み撃ちを回避できるものか……やはり死んだか?

 俺が朱雀の辿る末路を思っていれば、朱雀が「ところで」とツッコミを入れたガーネットに視線を向ける。


「そちらは、察するに魔法使いの……?」

「あ、はい、どうも。魔法魔術組合所属の一級魔法使いッス。いつも世話になってますヘヘヘ……」


 ガーネットが三下のような動きでヘコヘコする。

 そういえば、まだガーネットとの交流も間もない頃に言っていたな。日本の神秘を監督する陰陽局と、それと比べ小さな組合には力関係があると。


「陰陽局さんには、いつも触媒になる素材やら流通やらなんやら助けていただいて……」

「あ、ああ、いえ。こちらこそ、組合の方々には常に独創的な発想などで、いつも新鮮な刺激をご提供いただいておりますよ」

「あ、そうッスか? そう言っていただけると、へっへっへ」

「ははは……」


 ……酷く上っ面な会話だな。

 だがここで、ガーネットのピンクの瞳があくどい光を帯びる!


「ところでぇ……一応、あたしの“アーティファクト”として組合に登録してある童子切安綱を、陰陽局の筆頭たる朱雀様が傷を付けたってことでぇ……ここまではオーケー?」

「む? いやそんなこと初耳──」


 脇腹を抉る肘打ちが戦鬼を襲う──!!


「まー、ね? あたしもこんなこと言いたかないんだけど、ね? 組合を代表するモンとしても面子があっからさぁ……ね? 分かるよね?」

「は、はぁ……あの、一応、無双の戦鬼こと童子切安綱はそれ以前に陰陽局所蔵として登録を済ませ──」

「刀花ちゃん、朱雀君が今から“遊んで”くれるってよ」

「ホントですか!? ん~、でもちょっとここ、“狭く”ありません?」

「──なんなりとお申し付けを。童子切安綱を装備とする偉大なる魔法使い殿」

「いや言わせちゃったみたいでごめんね☆ ちょっとだけ! ちょっとだけうちの界隈の流通とか販路とかを拡大してくれるだけでいいから! したら研究も捗るし、成果物も交流会でシェアできて互いにウィンウィンってわけ! そっちにとっても悪くない話っしょ!?」

「わ、分かりました……渉外担当に、そのようにするよう取り計らっておきます……」

「互いの界隈の発展のため、頑張っていこうな朱雀様!」

「こ、こちらこそ、ご協力感謝いたします……」

「ふー、いやイイ交渉こいたね。皆も、営業とかチャンスはこうやってモノにするんだゾ☆ ガーネットパイセンを見習ってネ☆」


 ほぼほぼ武力をチラつかせた脅迫だったと思うのだが……曖昧に笑う少女達が、いい証拠だ。


「……なるほど。王と一口に言っても、その色は多種多様というわけですか。薄野殿のような心優しい方ばかりではないのですね……」

「俺を従える王だぞ、当然だ。これでこそ、仕え甲斐があるというものよ」

「……勉強になります」

「そうであろう。俺ほどの男気が貴様に欠片でもあれば、玄武との関係も少しは進展するだろうよ」

「……うるさいな」


 チクリと朱雀の脇腹を刺し、俺も溜飲を下げる。

 そうしてその横を通り抜けながら、朱雀に告げた。


「“今の”妖怪横丁、さほど悪くない。これからも努々、かつての我が相棒の遺志を損なうなよ。後進?」

「……は。先達に恥じぬよう、心懸けていきます。どうかここからの時間も、ごゆるりと」

「結構」

「それじゃあね」


 会話を終え、頭を下げ続ける朱雀を背後に歩を進める。

 妖怪はいずれ、滅びる種族だ。今すぐ滅ぼしたとて、現代を生きる人間には何の不都合も無い。


「クク……」


 だが、ああ。

 今の妖怪横丁であれば。きっと現代に生きる妖怪達も、そう悪くはない最期を迎えられるだろうと。

 千年前からここを知る者として、そんな確証を得ながら周囲の喧噪に耳を傾けるのだった……。


 なぁ、相棒よ──……。

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