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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第九章 「無双の戦鬼と、黄金の日々」
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557 「ご指名ありがとうございまーす☆」



「では、そろそろ実家に帰らせていただきます!」

「あなた、住民票ここに移してるんだから実家は実質ここでしょ」

「別邸に赴かせていただきます!」

「よろしい」


 存外に我がマスターは細かい……いや、違うな。

 刀花が『実家』と言った時に一瞬ムッとしていたため、察するならばこうだ。『あなたの帰るべき場所はブルームフィールド邸でしょう?』と。

 つまり今のやり取りは、刀花を本当の家族として扱ってくれているがゆえの言葉だったというわけだ。

 それも同年代であるからか、刀花に対しツンとすることの多い俺のご主人様がだ。深読みか? そんなことはあるまい。


「ごぶっ!!」

「ど、どうしたのですか愚弟、急に吐血をして……。急に大きな音や奇行を発するの、お姉ちゃんビックリしちゃいますからやめてくださいね」

「唐突なる"とう×リズ"の波動を過剰に浴びてしまってな。ふとした言動の端々に見え隠れするそれは、知覚した瞬間にその存在を増す」

「量子力学における二重スリット実験の電子のお話ですか?」

「こほっ、こほっ……ふ、この供給量。俺でなければ即死するところだ」

「『俺でなければ』もなにも、ダメージを受けているのはお前しかいないようですが……」


 何を呆れている。精進が足りんぞ姉上。

 我こそは無双の戦鬼。日常の中から特別を見出すことも俺の職務よ。女の子のちょっとした変化も見逃さん。以前部屋の芳香剤の変化を指摘したところ、ガーネットからは危うく通報されかけたが。

 ──朝食の後片付けも済ませ、いよいよ黄金週間の最終日が始まろうとしている。

 食堂をぞろぞろと出た大ホールにて。先日から荷造りを済ませていたのか刀花がビシッと敬礼し、荷物を取りに二階へとスキップで上がっていく。


「……ふんだ」


 腕を組み、その後ろ姿をプイッと不満げにしながら見送るご主人様は大変に可憐だ。それ以上に文句を言わないのは、やはりここまで自分も眷属との私的な時間を堪能したがゆえだろう。


「……」


 ゆえに、こちらの和服の袖をチョコンと指で摘まむその仕草が、気高いご主人様のささやかでいじらしい少女性の発露となるのだ。


「マスター……」

「クス……」


 隣に立つ姉もまた微笑ましいものを見るような瞳で彼女を見守る中、俺がマスターと呼べば袖を摘まむ力が少し強くなる。相変わらずむくれて顔を逸らしているが、その美しく紅い瞳には少し涙が浮かんでいたかもしれない。


「……早く、帰ってきなさいよね」

「ああ、ああ。無論だとも。寂しくなった時には、いつでも電話を寄越してくれて構わない」

「二十四時間ずっと電話してていいってこと?」


 それはちょっとな。


「ふん。まぁ? 別に何とも思ってないし? だって明日は平日だもの。別邸に行くのなんて、所詮は日帰り──」

「お待たせしましたー! よっこい、しょ!」

「ねぇそれ絶対一日分の荷物じゃないでしょ!」


 大階段からえっちらおっちらと下りてくる刀花の背には、大人の身体が数人分は入りそうなほどパンパンに膨れ上がった緑の風呂敷が揺れていた……まるでサンタクロースのようだ。

 もう一度言うが、黄金週間としての祝日は本日木曜日が最終日であり、明日は平日である。ゆえ、明日にはもちろん学園があり授業がある。

 だが我が妹の様相を見るに、明らかに日帰りするつもりがない。確実に金曜を自主休学とし、兄姉と共に四連休を満喫する気満々であった。

 そんな大はしゃぎっぷりを見せる刀花に、さすがに黙っていられないのかリゼットの瞳がキッと三角になる。


「トーカ? なぁに? その荷物は」

「いやですねぇリゼットさん。女の子の荷造りなんてこんなものですよ! ましてや姉さんの分も入ってるんですから」

「へぇ? 何が入ってるのそれ?」

「主に四日分の着替えです」

「言った! 四日分のって言った!!」

「ひゅ~♪ ひゅひゅ~♪」

「センパイみたいなおとぼけ顔して下手な口笛吹くのやめなさい、イラッとするから」


 最近、ブルームフィールド邸では"ガーネットのような顔"がチクチク言葉となりつつある……。

 ここに居らぬ間にもいじられてしまう我等がアイドルを慮っていれば、リゼットが刀花に詰め寄る。そうしてその胸元に指先をツンツンと当てるごとに、鋭く言葉を発した。


「明日っ、学校っ」

「社会人さんも休みたい時には年休取りますよね?」

「あなた社会人じゃないし健康体そのものでしょうが」

「そう思うと学生って結構な重労働ですよね。しかしですねぇリゼットさん、我々は義務教育ではないのですから……」

「ならなおさら出なきゃダメでしょ。高等教育機関には、自ら学びに行っているのだから」

「いやぁ明日はほら……アレが、アレで……」

「飲み会の誘い断るの下手な新社会人みたいなこと言わないの」

「まーまー! まーまーまーまー!!」

「肩叩いてごり押そうとしない!」


 理詰めのリゼットと、感覚で動く刀花ではこうして話し合いにならないことが多々ある。悲しいことだが、こうして世に戦争が蔓延るのだな。

 おためごかしな正論では埒が明かないと悟ったのか、リゼットがそれはもう頬を膨らませてその本音を語る。


「あ、あなた達二人で四日もなんてズルいわ! 私は二泊だけだったのに!」

「ちっちっち、リゼットさん。私と姉さん、各二日ずつの受け持ちと考えれば、全四日いただけるのは全く問題ないはずです。皆さんだって、このゴールデンウィークで二日いただきましたよね?」

「アヤメは一日だけだったけれど?」

「綾女さんはその前に修学旅行がありましたのでノーカンです」

「くっ……!」


 修学旅行時にはその寂しさを共有したからか、リゼットが一歩引き下がる。

 それを好機と見てか、こういった趨勢を見逃さない刀花が身をワナワナと震わせながら畳み掛ける!


「リゼットさん……金曜日も、土曜日も、日曜日も。月曜も火曜も水曜も……! 私はずっと……! 待ってました……!」

「な、なにを……」

「──ゴールデン(兄さんとの)ウィーク(イチャイチャ)でしょう!!」

「っっっ!?」


 ここでビクッとしたのはリゼットではなく、隣の姉上であることをここに添えておく。ガーネットといい、突然の大声はお姉ちゃんがビックリしてしまうのでやめてあげてくれ。

 そして当のリゼットは「いや月曜は式場で一緒にはしゃいでたでしょ……」と半眼で真っ当な突っ込みを入れていた。

 しかし、それで止まる妹ではない。とってもプンプンしているぞ!


「私、ここまでずっと良い子で我慢しましたもん! 兄さんが皆さんと過ごしている時間は、電話するのだって我慢しました! 皆さんにとっては数日の出来事だったかもしれませんが、私は体感ほぼ一年待った心地です! それをたった一日で済ませてしまったら、それこそ多方面の方に対して申し訳が立ちませんよ!」

「誰よ」


 分からん。世間か、有料会員の"しすたーず"か何かだろう。


「リゼットさんだって! 船旅の前日には同じ心地だったはずです! 違いますか!?」

「うっ。それは、まぁ……」

「それに……リゼットさん、これは姉さんのためでもあるんです……」

「え、な、なんでよ」


 興奮から段々とその声色を落ち着かせた刀花が、言い含めるようにして言葉を紡ぐ。その瞳はひどく優しい。


「姉さんは確かに頑張り屋さんですが、まだ病み上がりです。確かにこのお屋敷も良い所ではありますが、ここは慣れ親しんだ環境下で安静にすべきだと妹は思います。決して私だけのワガママというわけではないということを、どうか知っておいてください」

「む……そう、言われると……」


 家族を大事にする人情派ご主人様が絆されようとしている。そこまでの考えに至らなかった自分を恥じているのか視線を下げてしまったが、よく見るんだマスター。刀花がガーネットのような顔をしているぞ。すぐに消したが。


「分かっていただけましたか、リゼットさん」

「………………………………むぅ」


 ほぼ勢いだけであったが、変わらず不満そうなリゼットから、しかし反対の声は上がらなかった。

 よって、ここからの日程は四日間、京都の酒上邸でゆっくり過ごすことと相成った。依然として陰陽局の本拠地であるが……まぁ今の関係性であれば問題は無いだろう。

 そんなリゼットの反応を見て、刀花もホッと胸を撫で下ろす。


「ご理解いただけてなによりです、リゼットさん」

「いや納得はしてないけれど……ん? ちょっと待って? じゃあ四日間の私のお世話は誰がしてくれるの? ご飯は? 廊下の電気は? 言っておくけれど、こんな広いお屋敷でたった一人だと分かってれば、私豆電球点けてないと夜眠れないわよ絶対」


 マスターが強気で大変弱気なことを言っている……。

 ちなみにだが彼女は、真夜中トイレに行く際には必ず廊下の明かりを全て灯してからでないと行けない。しかも早足だ。自分の家で。

 そんなお嬢様なリゼットに対し、刀花はニコリと笑っていくつかの紙束を手渡した。


「電気はいかんともしがたいですが、お食事に関しては安心してください……はい、これ」

「なにこれ?」

「出○館とウ○バ○イ○ツのチラシです……いっぱい食べていいんですからね……」

「豪華客船帰りのお嬢様になんて食生活を……」


 リゼットの手に渡ったチラシがクシャリと歪む。

 だがさすがに冗談だったのか、刀花は「いやですねぇ」と手をヒラヒラと振って破顔する。


「もちろん、当初から四日もお休みをいただくつもりだったのですから、その準備だって抜かりありませんとも!」

「なぁに? 冷蔵庫に作り置きでも入れておいてくれた?」

「いえ、臨時のお手伝いさんが来てくれます」

「えっ。いや知らない人はちょっと……」


 人見知りお嬢様にそれは酷では。

 しかし刀花は笑みを崩さず、ホールにある柱時計に目をやる。


「多分そろそろだと思います……あっ」

「ん……」


 俺もその反応を検知した。

 遥か遠方の空から、ジェット機が如く高速で迫りつつあるこの気配は──!


「──タイムリィィィィイイィプ!!!!!」


 全てを察した姉上がしずしずと玄関を開け放てば、最速の名を欲しいままにする勢いで飛び込んできたピンク色の風! 途中で箒から落ちて床にもんどり打ち、おかげで黒のミニプリーツスカートからピンクの下着が盛大に見えてしまっている。

 最後にべちゃっとスカートの捲れた尻を上げた姿勢で止まったその者は少しの静寂の後、何事も無かったかのようにして三角帽子を押さえ立ち上がった。

 ──キラッと。誰をも魅了するその可憐な顔に、イタズラっぽい笑みを乗せて。


「ご指名、ありがとうございまーす☆ 海外ロケ終えて、十三時間の時差もすっ飛ばして、昨日のカナダから明日の日本になんちゃって時間跳躍してきたガーネットちゃんだゾ☆ おうあたしに世話されてぇ奴はどいつだ? あ? お前か? それともお前か? お? 世話されてぇ奴だけかかってこいよ。えぇ?? おい!!」


 ……なるほどな。

 相変わらず所構わずハジケるガーネットを前にして。俺が同情の視線をリゼットに向ければ、労しい我が主は死んだ目をしてボソッと呟く。


「……チェンジで」

「おいおいおい! 相変わらずツンデレだにゃあリゼットてゃは!! ままま、安心したまえよ。錬金術専攻してたママ上の娘やぞ? 料理なんてお茶の子さいさいよ! 普段はやらねーけど、実際はお嫁さんぢからが結構高いガーネットちゃん、リゼットちゃんにだけ見せちゃおっかな☆ だからリゼットちゃんも、遠慮無く素の姿を見せてくれていいんだからにぇ♡ さぁ、脱ぎなさい……」

「……………………」


 リゼットから涙目で見られるが、呼んでしまったからにはもうどうにもなるまい。こんな美味しい状況を、このアイドルが見逃すはずもなく……。


「たすけて……」

「はーい☆ ガーネットレスキュー、出動!! くっ、みんな下がって!! 今からリゼットちゃんのおっぱい触りながら人工呼吸キスして電気ショックするから!! つかよく言われてるけどAED関連で実際は訴えられたこと無いってマジ? ま、あたしのは余裕でセクハラだから訴えられたら負けるけど。デュフ……あたしと痺れるような思い出(はんれい)、作っちゃう?♡ ふぅっ、アバンチュール!!!!!」

「たすけてぇ~……!」


 強く生きてくれ、我がマスター……!

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