524 「ポ○モンの名前なら伏せ字しなさいよ」
「よかったわね、船長に怒られるようなことにはならなくて」
「多様な種族が乗るのだ、そのあたりは織り込み済みなのだろう。とはいえ、確かに安堵はした」
「豪華客船を停止させて、売りである海中航行に必要な結界も割っちゃったものね。最悪『この船で三百年ほどタダ働きすることになった』なんてことになっても全然おかしくはなかったけれど」
「数時間で張り直せる程度のものでなにより。やり手の船長だ」
ジンと二人で自室に入りながら、私達は先の出来事について思いを馳せる。
偶然にもこのフライング・ダッチマン号に乗り合わせた私以外の吸血鬼……シルバーグロー家の一人娘、ルナリスルージュ=シルバーグロー。
私にはとんと覚えはないのだけれど、どうやら私の元学友(?)だったらしく、変にちょっかいをかけられてしまったのよね。
誉れある眷属決闘を経て、当然の結果とはいえ私達は勝利。ご主人様としての振る舞いも、初めてながらになかなか優雅にできたと思うわ。その証拠に──、
『お、覚えてにゃさい! ブルームフィールドさんのにゃんぽんたん~~~!!』
と、私達の立ち去る背中に、大変悔しそうな捨て台詞をいただいたもの。戦う相手を間違えたようね。
とはいえ彼女自身は無傷だったし、あの後は百を数える眷属達一人ひとりに回復のオーダーを施すべくかけ回っていたことでしょう。
そうして私達はその場を辞した後、静かなバーでほんのささやかな祝勝会をあげ……ちょっぴりホカホカしながら、自室に戻ってきたというわけ。
煌めく照明の下。私がふわふわのソファにそっと腰掛ければ、彼は阿吽の呼吸でお茶の用意をしてくれる。その唇を動かしながら。
「甲板に出ていた者も気絶はしたが重症者はなし。これらを踏まえ、マスターの眷属として充分な働きだったと心得るが……いかがか?」
「ふふ、えぇ。あなたは私の、最高の眷属よ」
「……クク、そうか」
最大級の賛辞を受けた彼は、ふと頬を綻ばせる。カップを机にコトリと置く動作も、どこか嬉しげ。
「これまでなかなか、吸血鬼の眷属として働くということをやってやれなかったからな。それができて、俺も嬉しい」
「……ふふ♪」
あなたは充分働いてくれているのに、そんなこと思ってたの?
私は唇を笑みで彩り、カップを摘まみながらその笑みを彼へ向けた。
「たとえ私が百の眷属を持てても、たとえ私の吸血鬼としての力が強くても……あなたという眷属を持てた喜びに、それらは決して遠く及ばないわ」
「──」
「最高の夜だったわ、ジン。私の眷属……ありがとう」
「……まこと、光栄の至り」
もう、跪いて大袈裟なんだから。そんな感じ入った声まで出さなくっていいのに。バーで酔っちゃった?
「ふふ♪」
だけど私も。
なんだかあなたを見てると、胸がドキドキふわふわするの……それに、
「……」
それに……ねぇ?
そ、そんなに、ねぇ?
かしこまられちゃうと、ねぇ?
「……っ」
ごっ、ご主人様として……ごっごごご、ご褒美を用意してあげないと、いけないんじゃあないかしらっ!?
彼は私の眷属としてこの上ない働きを見せたのだから、次は私がマスターとしての器を見せつけてあげなくちゃ、彼の誇りあるご主人様としてすたるんじゃないかしら!?
泰然自若としたお嬢様の雰囲気を纏いつつ、私はそんなことを思いつつ舞い上がっていた。
だってねぇ今! すっごく良い雰囲気なの! 分かる!? 本日二回目! ここで私、挽回します!!
「──」
決闘とアルコールの余韻でお互いに高揚しながら、やっぱり私達って最強で最高の主従よねって確認を潤んだ瞳で伝え合って。
温かい光を放つシャンデリアも、漆の光沢が艶やかな調度品も、窓の向こうで月光を反射する水平線も、全てがキラキラと宝石のように煌めいて。少女漫画に出てくるシャボントーンも私達の周囲で浮いてるように見えるわ!
今よ、今しかない……あなたの知り合いじゃなく私の知り合いはいたようだけれど、あちらはもう撃退して正真正銘の二人きり。この広い大海原の中心で! あとはモーションをこちらからかけるだけ……!
「ジ、ジンっ?」
「ああ」
カップの中身を見るように俯きながら、彼の名を呼ぶ。琥珀色の湖面に映る私の顔は……恋する乙女だった。
カップを両手で持ち、そこから熱を貰うように胸に寄せながら……私はポソっと言う。
「お、お風呂……」
「ん? ああ。湯は張ってある。マスターが先に──」
「そのっ」
「む?」
言葉を遮る私に、彼は不思議そうにして首を傾ける。
い、言う! 言うからね! おおお覚悟どうぞ!
「……さ、」
「?」
「先に、入って……待ってて」
「っ!」
い、言っちゃった……言っちゃった言っちゃった……! 一緒にお風呂に入りましょうって、私から!
もちろんこんなお誘い、これまで私から口にしたことなんてない。なんだかんだ共に入浴しているように見えるのは、だいたい兄を乱入させるトーカのせい。
だから本当に、こんなの初めてで……リンゼやカナタ達のような愛娘を交えた時ですら水着を着用したけれど……今回は、そんなつもりもない。
「ご、ご褒美、あげるから……」
「っ……分かった」
それだけで私の覚悟が伝わったのか、彼は神妙に頷いて立ち上がる。
「待っている」
「……っ」
私が小さく頷くのを見届けて、彼は浴室に繋がる扉を開けて消えていった。
「あ、あわわ、あわわわわわ……」
カップを置き、両手で頬を押さえる。
い、今頃、彼は隣室で服を脱いで……! 彼の裸は事故で何度も見ているけれど、やっぱり"こういう時"とは趣が異なるわ! こんなに甘く激しく鼓動を打つなんて!
ああ、私……今から彼と裸を見せ合うのね……生まれたままの姿を……。
ご褒美としては、彼の身体とか髪を洗ってあげるだけのつもりなのだけど……きっと今夜は、それだけでは終わらない。そんな確信が、ある。
「ご、ごくり……!」
はしたなくも、喉を大きく鳴らしてしまった。
あとは私も、彼のあとに続くだけ……なのだけどっ!
「う、うぅ~……!」
でもっ、なかなかその一歩を踏み出す勇気が出ない! 彼の前で服を脱ぐのが恥ずかしかったから「先に行って」と言ったけれど、これならそのまま彼に手を引かれるようにして、流れに身を任せればよかったわ……!
ドキン、ドキンと胸が高鳴る。ここぞという時に積極的に出られないのが私の悪い癖だと自覚はしているけれど、こればかりは……! 誰か背中を押して!
「──っ」
せめて、そう、顔。彼の顔が"見たい"。彼も同じくらいドキドキしてくれていると分かれば、私も女の子としての一歩を──、
『"しゅじゅ婚"サービスをご利用いただき、誠にありがとうございます。女主人の"見たい"という思念をキャッチいたしました。マジックミラー仕様へ移行します』
は?
「へ?」
そんな意味不明なシステムアナウンスが流れたかと思えば、なんか洗面所とお風呂場区画の壁が透けて──!?
「き──」
咄嗟に出そうになった悲鳴を手で塞ぐ。
だって……だってそこには……!!
「~~~~!!??」
ジ、ジンが……!
既にバスルームに入り、ピンクのバスチェアにドカッと座っている全裸のジンがいるのだもの……!
きゃあきゃあ! なんてサービスを提供してくるのフライング・ダッチマン!
確かに「しゅじゅ婚割で安くなるし……」と思って"しゅじゅ婚サービス"を選択したけれど! お部屋だってしゅじゅ婚済みカップル専用のお部屋を選んだけれど! ちょっとそれは背中を押し過ぎじゃないかしら!?
「あわわわわわ……」
体温が一気にカッと熱くなるのを感じる。
はしたない子と思われたくないから、彼がたまに脱いだ時とかもそれとなく視線を逸らすようにはしているけれど……今はマジックミラーでこちら側からは見えても、あちら側からは見えないから……つい、視線が……わ、わ!
「ドキドキドキドキドキドキドキドキ」
タオルを頭に乗せ、その鋼の如く鍛え上げた肉体を惜し気もなくこちらに晒す彼。
私だけが見ているという罪悪感と、そして同時に仄かな背徳感が胸を襲い、更に鼓動が早まる。
それに加えて──、
「あ……そわそわしてる……」
ジンが、そわそわしてる……そわそわしてくれているっ。
ご主人様のことを今か今かと待って、その頬の血色すら良くしてくれている……!
きっと彼の心境も穏やかではなく、少し手持ち無沙汰気味にバスルームに視線を走らせたり、顎に手をやって何かを考え込んだりしている。
「──」
そんな姿が……ひどく愛おしく感じられてしまう。
いつも傲岸不遜で、なんならご主人様より偉そうな時もある彼だけれど……見られていないと思ってか、なんだか彼の素の部分を見ているようで……そんなそわそわした顔も、するんだ……。
「──っ!」
私……行くわ。
そんな顔を見せられたら……彼の恋人として、行かないわけにはいかないじゃない。
「お母様……」
はしたない娘でごめんなさい。
でも、大好きなんです。彼のことが。私の全てを見られてもいいほどに。私の全てを……あげてもいいほどに。
だからごめんなさい。私を淑女として懸命に育ててくれたお母様。私は今から、異性とお湯を共にし……肌を、見せます。触れさせます。きっと、生涯たった一人にしか許してはいけない部分まで。
「っ」
覚悟を決める。彼のものになる覚悟を。
そのために、もう一度だけ彼の方を見た。
「……ジン」
私の眷属にして、最愛の人。
いつも身の回りのお世話をしてくれて、今日は眷属としてめざましい活躍を見せてくれた彼。眷属決闘で私はその背を見ていることしかできなかったけれど……うぅん、少し違う。私の前で戦ってくれる彼の背から、目を離せなかっただけ。
吸血鬼としての力が弱いことがずっとコンプレックスで。だけど「そんなもの関係ない」とでも言うかのように、私に勝利を捧げてくれた彼。おかげで、今はほんの少し、そんな自分のことを好きになれそう。
だから……あなたにも、そんな女の子のことをもっと好きになってほしい。好きにして、ほしい。
「ああ、ジン……」
愛しい人。
恥ずかしいし、素直になれない私だけど……今夜だけは。あなたの好きなように、私を愛してほしい。私の全部をあげるから、あなたの全部を私にください。
このリゼットを……もらってください。
敬虔な信徒にも似た清らかな愛を、私は透明な壁越しに抱いた。きっとこの愛があれば、何があっても大丈夫。そう信じられた。ああだから私も今からそっちにあっちょっと待って彼がバスチェアからおもむろに立ち上がっていやでっっっっっっ──、
「ゾウさん!?」
いえキリンさん!?
「こ……こわいぃ~~~~~……!」
彼が立ったことにより、まるで拳銃のようにぶら下がる腰のモノが眼前に晒され……私は真っ青になってその場にへたり込んだ。
ねぇ知ってる? 清らかな愛なんて、こんな猛獣を前にすればなんの役にも立たないのよ!! 箱入りお嬢様の感性なめないでくださる!? 普通に怖いのだけど!?
ベッドの上でお披露目されたのなら、恐怖はするけれど同時に諦めだってついたと思う。
しかしなまじ、こうして壁一枚を隔てた状況となると……。
「む、むりぃ……」
こわいぃ……。
私は完全に、勇気を失ってしまっていた。あ、あんなの、あんなおっきいの、絶対に挿入らないぃ……。
ど、どうしよう……でも「先に入ってて」と言っちゃった手前、行かないわけにも……ご褒美とも言っちゃったから、行かなければ女主人としての沽券にも関わる……!
というか、なんで大人しかったのに今立っちゃったの! 私が女の子として全部捧げようとしてたところで!
「──」
その答えは、全裸のまま動く彼が行動として示してくれる。
彼はシャワーの前に並ぶボトルをしげしげと眺めた後……それの一つを手に取り、身体を洗い始めてしまった……!
「あ、あ──」
それ、それ私がやってあげたかったやつ……。
なんで今……って思ったけれど、彼がバスルームに入ってそこそこの時間が過ぎている。身体が冷えたのね! それともご主人様から身体を洗ってもらえる栄誉が待っているだなんて思いもせず「先に洗っておくか」って軽い気持ちでそうしてるのかしら!
私がちょっぴり後悔している間にも、彼は泡を立てたタオルで自分の身体を丹念に磨く。首回り、肩、両腕、胸からお腹、足……そして、
「……」
「っ」
彼の動きが止まり、その視線が一点に集中する。
それはもちろん私を恐怖に陥れた、男の子の、アレで……な、なんでそんなじっと見てるの? 男の子って、身体洗う時そうなの? じっと見るものなの?
「……」
なにやらよく分からない緊張感に包まれる。
そしてそんな沈黙を破ったのも、また彼の行動で……こ、これは!
「て、丁寧に、洗っている……!?」
いえ多分だけど! でもそうしているように見えるわ!
これはつまり──!
「わ、私との行為を、見越して……!?」
間違いない……きっとさっきのやり取りで伝わってしまったんだわ、私の本気が。
だから彼は私の目がないうちに……え、エッチするための準備を、しているんだわ……!!
「わ、わ、わ……!!」
今までとは比較にならないくらい、心臓が早鐘を打つ。だってつまり彼も、私とエッチしたいって思ってくれてるってことでぇ……! エッチする前の男の子ってそうするんだ……!
あわわわわ……ああやって持ち上げて……拭いて……へ、へぇ~~~……あ、あれ!? なんだかさっきよりも大きくなっていないかしら!? 私の目の錯覚!? パース間違えた!?
「誰か助けてぇ……」
私はどうすればいいのぉ……もう洗うとこ、背中くらいしか残ってない……そもそも男の子の背中ってどう洗うの……誰か……はっ。
パニックになった私はスマホをタップし、耳に当てる。こういう時は経験者に聞けばいいのよ!
そうして数度のコール音の後、愛嬌たっぷりの親しみやすそうな女の子の声が返ってきた。
『もしもし? リゼットちゃん?』
出てくれてありがとう、ススキノアヤメ……!
顔が見えなくても柔和な笑みを浮かべていると分かる声色で、彼女は私を心配してくれる。
『どうしたの? 困り事?』
そんな彼女に、私は矢継ぎ早に捲し立てた……!
「彼と一緒にお風呂に入るところなのだけど、あなたここまでで絶対一緒に入ったわよね? 洗いっこも当然したわよね? 洗い方とか気を付けるべき点とか教えてくださいお願いします」
『どうして当然のように洗いっこしたことになってるのかな……まぁ、しましたケド……』
勝ったわ。私は新作ゲームを買ってすぐに攻略を見ることも厭わない女。いえ普段は見ないわよ? やむにやまれぬ時は見るだけで。今この時のような!
だからアヤペディアさん! 裸同士のお付き合いの仕方を、私にぃ……!
「ぐすっ、こ、こわいのぉ~……!」
『あはは……リゼットちゃんは可愛いなぁ。うん、いいよ。私でよければ』
「ほんとう!?」
『うんっ。リゼットちゃんが頼ってくれて、私も嬉しいから。きっと相談するのにも勇気が必要だったよね? 頑張ったね、リゼットちゃん』
もしかして、アヤメって天使? これまでむっつりサキュバスだとか思っててごめんなさい。
『えっと、それじゃ洗いっこに関してね?』
「う、うん……!」
どうすれば……! もう背中しか残ってないけど! そういえば部位の話するの忘れてたわ。
しかし私の焦りなど知る由もないアヤメは、なにやらたどたどしくなりながらすごいことを言った。
『まずは……あの、ね? えと、た、タマタマの方はね?』
え、今ポ○モンの話してる? ナ○シーの進化前の。
『ここはとっても敏感で、少し力を入れただけで痛ってなっちゃう部分だから……タマタマを優しく、手で掬ってあげるようにしてから、形に沿って表面の方をそっと拭いてあげてね?』
これポケ○ンの話? それとも昆布出汁取る時の下処理の話かしら?
『そうしてあげると、ちぃちゃ──こほん。刃君も気持ち良さそうにしてくれると思うよっ。そ、そうしてるうちに……その、"そっち"の方も、げ、元気になっちゃうカモだけど……ね? あ、むしろその状態の方が洗いやすくはあるかな? でもその状態のままあんまり刺激し過ぎちゃうと、あの……やっぱり、ほら、ね? わ、わ~~って、なっちゃうと思うから、そうならないくらいの弱さで握ってあげて、刃君のおちん──』
切ったわ。
いやなんか急にアヤメったらポケモ○の話するから……えぇ、これ○ケモンの話だから。だからなんらかの規約があろうが全く引っ掛からないってわけ。怖いわねぇ……。
「……水着、着よ」
私は死んだ目をしながら、今朝に着ていた白ビキニを用意する。これ着て、さっさと彼の背でも髪でもワシャワシャと洗ってあげましょう……。
「……」
いえ、それも充分にエッチな行為なんだけどね?
でもなんだか……そっかぁ……え、アヤメってつまりそれをしたってこと?
「………………」
あやめすごいって、りぜっとはおもいました。まる。




