52 「こ、このアイスこんなに甘かったかしら……?」
「とりあえずバニラを買ってきたぞ」
「ご苦労様、ジン」
「あ……」
両手に持った純白のアイスクリームを、まずは労をねぎらう言葉をかけてくれるリズに手渡す。
丸いお月さまが二段乗ったアイスを見て、彼女は隣にいる年代の童女のようにあどけない表情を浮かべた。
「……っ」
そして隣の……なんだったか。童女。彼女は手を中途半端に浮かせて、チラチラとこちらを見ている。こちらというよりは俺が手に持ったアイスか。
物欲しそうにしているそんな童女を前に、しかし俺は自らアイスを差し出すことはしない。
「ふむ、その年で遠慮を知るか。聡い子だ」
しかし未だ無言なのはいただけないな。人間ならば欲は積極的に口にせねば。
「さぁ、童女よ。我が主に奉仕するは当然のため、俺は彼女にアイスを差し出した。しかしお前は俺の主でもなければ妹でもない。ゆえに対価を差し出さねばならん。我が奉仕は投げ売りされるほど安くはないのだ。このアイスを手にしたいのならば、然るべき対価をいただくことになるぞ」
「え……え……?」
俺の台詞に、童女は頭にクエスチョンマークを浮かべ続ける。そんな俺達のやり取りに、リズは「はぁ……」とため息をついた。
「あなたはいちいち長ったらしいし仰々しいのよ、相手は小学生なんだから。マナ、おいで。いい? お姉ちゃんの言う通りにするのよ」
リズは呆れたように言ってから、童女の近くで膝を折ってこしょこしょと耳打ちをした。
そうして童女の背中を押し、不思議そうに見上げる顔に頷いてみせた。
「え、えっと……『アイスをください。それと、ありがとうございます』?」
「うむ、よろしい」
しかと対価を受領した俺は、童女にアイスを手渡した。
うむうむ。金も権力も地位もない無力な童女。ならば俺を言葉で説き伏せるしかない。我が仕事に、彼女は自分が唯一差し出せるものを差し出したのだ。これこそがビジネス。雇用形態とは斯くあるべきだな。
「あなたって、なんだかめんどくさいパパになりそう……」
少女達は手を繋ぎ、歩き出す。俺は風船を代わりに持ち、リズの隣を歩いた。
アイスをパクつき笑顔を浮かべる童女を見て微笑ましくなりながらも、リズはじっとりとした目でこちらを眺める。
俺が父か……想像がつかんな。まぁ俺はともかく、目の前にいる少女であれば、きっといい母になるだろう。彼女は母という存在の重要性をきちんと把握しているだろうからな。孤児だった刀花や、そもそも親が存在しない俺には分からぬ感覚だ。
そんな彼女に、俺は口の端を浮かせてからかうように言った。
「その分、母が甘やかしてくれるだろうさ。期待しているぞ」
「うん……うん? え、そ、それってどういう──!?」
一瞬素で返事をした後、すぐにポンと音を立てて顔を赤くして、わたわたと慌て出す。あまり体温を高くするとアイスが溶けるぞ。だが──、
「あっ」
「え」
しかし注意すべきは、その慌てた仕草に引っ張られてしまい、体勢を崩した童女の方であった。
まるでスローモーションのように流れる世界の中で、俺は咄嗟に状況を把握しにかかる。
リズの動きに体幹と気を取られ、童女は爪先を引っ掻けてしまっている。その慣性で、手に持つ二段アイスの少し溶けかけた一番上のアイスが儚くも飛び出し、放物線を描いて地面に向かっている。
──いかん!
このままでは地面がアイスを食うことになるだろう。その結果童女は泣き出し、その顔を見た我が主も悲痛に顔を歪めてしまう。その最悪の結果は守護する戦鬼として看過できない。ただちに原因を排除せねば。
「我流・酒上流十三禁忌が参──」
重力に従い落下するアイスが地につく前に、俺はありったけの霊力を龍脈から吸い上げ、指揮者のように指を振った。
世界よ、その身を恐怖に凍えさせるがいい。
『──滅刻刃』
瞬間、文字通り世界が停止する。
走り回る子どもも、疾走するジェットコースターも、この世界の何もかもを物言わぬ彫像と変える理で世界を塗り替える。まさに大紅蓮地獄の顕現だ。
そうして凍結した地獄の中で、獄卒の鬼たる戦鬼だけが身体の自由を許される。
己の時間のみを刻み、世界の時間を刻まない。
これはそういった術利で、擬似的な時間停止を強制する刃だ。何を斬り刻み、斬り刻まないのかを傲慢に選ぶも俺次第の、世界を冒涜する戦鬼が禁断の一である。
「間に合ったか」
安堵の息を吐き、童女の手からコーンをスポッと抜き取って、地面すれすれで止まっているアイスを掬うようにして上に乗せる。
無事二段になったアイスを手に戻し、ついでに童女の崩れた体勢も整える。そのまたついでに主の少し乱れた髪をブラッシングし、その出来映えにうむと頷く。動きが止まっても我が主は美しい。
最後に指を一つ鳴らし、そうして時は動き出す。
「え──て、え!?」
「???」
動き出した世界の中で、リズは隣にいたはずの俺を見失い、童女はアイスを”落とした”と思ったら”落としていなかった”現実に困惑しキョロキョロとしている。この瞬間は何度見ても愉快なものだ。
「……あなた何したの。なんだか催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなものじゃない恐ろしいものの片鱗を味わった気分なんだけど」
こっそり近づいて彼女は耳打ちしてくる。なんだそのいやに限定的な気分は。
「俺が時を止めた、アイスが落ちる前の刹那にな」
「……なんかもう頭痛いわ」
「アイスクリーム頭痛か?」
「なわけないでしょおバカ……へ、変なとこ触ってないでしょうね」
時を止めている間に何かされたのではと疑う彼女に、俺はからからと笑う。
「触った。よい手触りだったぞ」
「んなー!?」
サッと赤くなり、胸を隠すようにして身を捩る。なるほど、彼女にとって変なところとは胸なのか。ふむ、別に変ではないだろうに。以前風呂場で見た彼女の胸は柔らかそうだが張りのあるお椀型だったはずだが。
あぁそれよりも……、
「少し疲れた」
「ひゃっ、ちょっと──」
彼女の帽子を取り、背中から抱くようにして腕を肩から回す。そうして彼女のいい香りのするサラサラの髪にポフッと顎を乗せた。
「ふぅ、燃費が悪くていかん。あぁリズはひんやりしていて心地がいい。ここで甘味でもあれば最高なのだが」
「甘味……? あっ」
ご主人様成分を補給しながらそう言ってみる。察したリズは、ドキドキした様子で自分が手に持つ食べかけのアイスクリームを見た。さて、どうだろうか。
彼女はしばらく唸って逡巡し、もじもじとした後……、
「う~……も、もう仕方ないんだから」
遠慮がちにひょいとアイスが目の前に差し出された。
「ほら。あ、あーん……」
彼女の身体の柔らかさ、髪の香りを堪能しているところに、さらに可愛い彼女からの恥ずかしげな「あーん」ときた。至れり尽くせりとはこの事か。いいかよく聞け、ここを浄土とする。
「では遠慮なく」
髪に垂れないよう気を遣いながら、彼女の食べかけのアイスにかぶりつく。アイスを持つ彼女の小さな手は、羞恥からか少し震えていた。
うぅむ、甘い。すべてが。
「た、食べた……?」
耳まで真っ赤にしながら、彼女はぎこちない動きで腕を戻し、じっと自分のアイスを見つめている。こちらからはあまり表情が見えないが、背中から伝わってくる彼女の早い鼓動の音で、何を考えているのかまるわかりだ。
そしてコクンと喉を鳴らしたかと思うと……、
「……ペロ」
キュッと目を瞑りながら、彼女はその小さな舌でちょっぴりアイスを舐める。
……と同時に上気した顔を手で覆って崩れ落ちた。おっとっと。
「もぉ~……なんで自分の分も買ってこなかったのよぉ」
「さてなぁ」
「とぼけて……ばかぁ」
まぁ普通に二つ持ったら両手が塞がるからだが……あわよくばとは思っていた。最高の形で叶えられて無双の戦鬼は満足である。
「むー……えいえい」
彼女の頭の上で熱い息を吐くと、彼女は怒ったのか手を挙げ、尖った爪でツンツンと俺の頬をつついてきた。なんだやる気か? ならば俺もお返しにその可愛らしく膨らんだ頬をつつき返してくれ──
「す、すごい……ラブラブ……!」
「「……」」
囁くような声で二人して我に返る。
二人だけの世界を形成していた俺達主従のやり取りを、すっかり存在を忘れ去られてしまっていた童女はドキドキした様子で見ていた。
これは……情操教育によろしくなかったかもしれん。
将来的にいい勉強になった。夏と恋は戦鬼すら惑わせるのだな……。




