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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第二章 「無双の戦鬼、少女達と夏休みを過ごす」
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50 「わ、私は兄さんにとって港ですので……」



「わぁ……!」


 ゲートを潜れば、そこは色彩溢れる非日常の世界だった。

 耳をすませば大人や子ども達の黄色い声が、園内の陽気なBGMと入り乱れ問答無用でこちらの鼓膜を揺らす。

 そして視界に写る人間の顔は老若男女問わず、笑顔、笑顔、また笑顔。この世の春を謳歌していると言わんばかりの喜のオーラに当てられ、すぐ隣にいる少女も自然とその紅い瞳をキラキラさせている。

 そんな隣で忙しなくキョロキョロと視線を動かしているご主人様の様子に、俺は一人ホッと胸を撫で下ろしていた。

 ──夏の日差しが眩しい朝。俺達主従二人は、隣町にある遊園地に遊びに来ていた。

 なぜこんな場所にいるのか。

 それはもちろん、俺が彼女をデートに誘ったからだ。ちなみに刀花はお留守番である。さすがにあの流れで妹同伴とはいかず、屋敷を出る時ものすごい目で睨まれながらも「……いってらっしゃい」と今朝は見送られた。すまない刀花……しかし埋め合わせにパフェ三杯は食べ過ぎではなかろうか。兄さん妹のお腹が冷えないか少し心配。


「ね、ね。どれから乗ろうかしら」

「落ち着け、乗り物は逃げたりしない……待ち時間は延びるがな」

「あ~もう、迷っちゃう!」


 興奮を隠しきれない様子で案内板を見るマスターに微笑ましい気持ちになる。それと同時に安堵の息を吐いた。

 というのも、ここに来るまでに俺は既に減点を二点食らっている。一つは、屋敷の前で待ち合わせた時に彼女の服装を一番に誉めなかったこと(見惚れてつい初動が遅れた)。一つは、いざ歩き出そうという時に彼女の手を握らなかったこと。

 この失態のお陰で、彼女は先ほどまでどこかぶすっと膨れっ面だったのだが、この非日常な空気に触れた瞬間、そんな可愛い不満もどこかへ吹っ飛んでしまったようだ。


「定番は押さえたいわよね。ちょっと怖いけど、やっぱりジェットコースターかしら」

「初めての遊園地なのだろう? あまり飛ばしすぎるというのも考え物では」

「うぅん、でもぉ~」


 そう、彼女はこの来園が初の遊園地となる。

 いざデートに行く場所について話し合っていた時、彼女に行きたい場所はないのかと問い掛けたところ「ゆ、遊園地……」と恥ずかしげに答えたのだ。ならば俺に否はない。刀花と何度か来たこともあるしな。


「……決まったか?」

「うぅーん……ジェットコースター! 何事も経験よ」


 そう言って彼女はワンピースの裾を揺らしてこちらに振り返った。

 先日と同系統だが色違いの青いワンピースに、下着が透けないようフワフワとしたカーディガンを羽織っている。それに加え今日はつば広の麦わら帽子を被り、まさに夏の少女といった装いだ。


「では行くか、マスター?」

「む……」


 そんな夏の少女に、今度こそこちらから手を差し伸べるが……彼女は膨れっ面に戻ってしまった。


「減点ね」

「な、なぜだ……」


 腕を組み、さらに頬を膨らませる彼女にたじろぐ。今度ばかりは完璧だったはずだ。一体どこに不満点が……?


「紫外線カットの調子が悪いとか……」

「きちんと守ってくれているわ、ありがとジン」


 マスターが麦わら帽子を押さえると、その帽子の飾りリボンに括られた、刀を模した少々野暮ったいキーホルダーが日差しを受けてキラリと光る。

 吸血鬼の彼女を日差しの下へより快適に連れ出すため、俺が作った紫外線対策の術式を込めたお守りだ。紫外線カット率九割を誇る、まさに乙女も吸血鬼もドンと来いの逸品。この俺に斬れないものなどない……小さいから一日しか効力はもたないが。

 しかしそれは正常に働いている様子。であれば……


「……手汗か?」

「はぁ……」


 ゴシゴシとズボンで手を擦るが、しかしマスターは大きくため息をついた。これも違ったらしい。


「……呼び方」

「む……?」


 彼女は頬を赤らめ、横を向いてボソッと口にする。呼び方?


「今日は、マスターじゃなくって……一人の女の子として、来たから……」

「!」


 なるほど。

 どうやらまた俺は女心とやらを分かっていなかったらしい。また彼女に言わせてしまった、反省しなければ。

 俺は恥ずかしげにそっぽを向く彼女に改めて手を差し伸べた。


「では行くか、リズ」

「あ──ふふ、うん!」


 正解を述べると彼女は年相応の笑顔を浮かべ、手を繋ぐ。絡まった小さな指からは、彼女の恋情が熱いほど伝わってきていた。




「け、結構高いわね……」

「翼を持つ者がなにを」


 列に並び、お喋りをしながらだと待つ時間もあっという間だ。

 いよいよと乗り込み、ゆっくりとレーンを頂上に向け登っていく車体に揺られながら、リズは戦々恐々といった様子で下を見ている。待っている時間、列が短くなるにつれ口数が少なくなっていった彼女だったが、今はもう緊張のあまり少し顔が強張ってきている。


「い、今はバーで固定されてるし……そもそも私そんな高く飛べないし!」


 頂上に近付くにつれ、隣の少女の顔は青くなっていく。運良く(?)最前列に座れたことも重なり、目前には青い夏の空のみが広がっており、リズの不安を一層掻き立てているようだ。


「ひっ、ねねねねぇ! 止まったんだけどこの乗り物!? 落ちる!? 落ちるの!?」


 山なりになっているレーンの頂上で急に止まった車体に不安を隠しきれないリズは、こちらの服の裾を強く掴んできた。


「大丈夫だ、リズ」

「じ、ジン……」


 俺はそんな涙目の彼女が安心できるよう手を握り返し、出来るだけ優しく見えるような笑顔を浮かべて言った。


「──落ちても途中で拾ってやるからな」

「いや落ちる前提で話をしないできゃあああああああああああああああ!!??」


 彼女の抗議と悲鳴は急加速した車体に置き去りにされ、抜けるような青空へと虚しく吸い込まれていくのだった。


「はー……はー……て、天国のお母様が見えたわ……」

「そうか、挨拶をしそびれたな。娘は貰っていくと」

「……ばか」


 膝の上に頭をのせて休む彼女が、恥ずかしそうにペシリとこちらの頭を叩く。お返しに冷たいペットボトルをその小さなおでこに当てると「あぁ~……」と彼女の口から気持ちよさげな声が漏れた。


「絶叫系は無謀だったわね……」


 よいしょと起き上がり、麦わら帽子を被り直す。その弱々しい視線の先には、歓声と悲鳴に飲まれるフリーフォールが稼働していた。


「では、次は落ち着いたものにするか」

「そうね、あれはもう見てるだけでお腹一杯」

「……お化け屋敷というものもあるぞ」

「あなた私をどうしたいのねぇ?」


 額に青筋を立てながら頬をつねってくるホラーも苦手な吸血鬼に、参った参ったと手を上げる。


「もう……ほら、次はあれ行ってみましょ」


 そのまま自然と手を握り、彼女の指差す方向へ目をやる。そこには、この遊園地の名物の一つである立派な白亜のお城がそびえ立っていた。


「へぇ、鏡の迷宮になってるのね」


 寄り添いながら中に入ると、涼しげな風が頬を撫でた。迷宮内は外の喧騒からも隔離され、落ち着いた音楽がスピーカーから流れている。

 そして俺達を惑わせるように囲むのは、夥しい数の鏡面の壁。静謐な雰囲気も重なり、まさに別世界といった風情が俺達を包み込んだ。

 絶叫系で痛い目を見たリズも「こういうのでいいのよ、こういうので」と瞳を輝かせて鏡の世界に見入っている。


「ふふ、見て。ジンがいっぱいね」

「リズとてそうだろう」


 鏡越しに笑い合う。他の客はタイミングよくおらず、見渡す限り俺達の姿しか見えない。

 壁の作りも工夫されているのか、隣から聞こえているはずの彼女の声もどこか反響して聞こえてくる。なんだか無数の彼女に囲まれているような気さえしてくる。


「ふふっ」


 鏡に気を取られた隙に、リズは悪戯っぽく笑って俺の手を離す。彼女が隣にいるという感覚がなくなり、今度こそ鏡面に写る無数の彼女に取り囲まれてしまった。まるで万華鏡の中で踊る色ガラスのように、彼女の美しい金糸の髪がこちらを惑わせる。

 本気を出せば一瞬でここの構造など理解できるが、そんな無粋なことはもちろんしない。魅了されたかのように、彼女の可憐な姿を唯々目で追うのみだ。


「ジン──」


 そんな幻惑の妖精のような彼女は、手を後ろ手に組みもじもじとしたかと思うと……


『……好き』


 小さく、呟いた。

 その可愛らしい呟きは壁を反響し、まるで鏡に写る彼女達から一斉に愛を告げられたような錯覚さえ起こさせた。


「──」

「ど、どぉ……?」


 頬に朱を差しながらも、はにかみながらこちらの元に戻ってくる。そんな彼女に対し、しばらく放心していた俺は彼女の肩をがっしりと掴んだ。


「リズ」

「ななななにいきなり……?」


 彼女の潤んだ瞳には、真剣な目をしているこちらの姿が写っている。

 彼女は目を見開いてゴクリと喉を鳴らし、落ち着きなさげに髪を弄り始めた。


「そ、そんな本気の顔、されても……だ、だめよこんなところで……」

「リズ……」

「ひぅ、な……なぁに?」


 囁くような声にビクリと肩を震わせながらも、続きを促す彼女。その瞳はどこか、期待の光を秘めているように見える。


「リズ、聞いてくれ」

「は、はひ……」


 ギュッと目をつむり顎を上げ、上擦った声を出す。そんな彼女の髪を撫でながら、俺は彼女に告げた。


「──リズ、ここに永住しよう」

「おバカ」


 スパァンと白い目をした彼女に叩かれた。


「バカなこと言ってないでさっさと出るわよ」

「ちょっとした冗談ではないか」

「嘘、数割本気だったでしょ」

「……否めない」

「ばーか」


 本音を見破る彼女はツンと横を向きながら「本物の私が隣にいるじゃない」と拗ねたように言い、より強くこちらの腕をその胸に抱いて出口を目指す。


「いい? 鏡じゃなくてちゃーんと私だけを見てなさい」


 何でも無いように、視線も合わさずに──、


「……今日のあなたは、私だけの物なんだから」


 そんな可愛い我が儘を口にしながら。


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