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俺のマスターは吸血姫~無双の戦鬼は跪く!~  作者: 黎明煌
第九章 「無双の戦鬼と、黄金の日々」
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462 「私はまた罪を重ねました」



「ダンデライオンの制服は……ああ、ここか。うぅむ、このアイロンの見事な仕上がり……さすがは我が妹。これはまたお持ち帰りのケーキセットを献上せねばなるまいなぁ……ククク……」

「……」


 ──このままジンをアヤメのところに送り出すのは、あまりに危険と判断するわ。


 サヤカの悲鳴に起こされ、少し早めの朝食をいただいてすぐのこと。

 自室のクローゼットをガサゴソと漁り、住み込みバイトの準備を着々と整えていくのはもちろん私の眷属・ジン。

 その支度の様子を私、リゼット=ブルームフィールドは彼のベッドの縁に腰掛けながら、まんじりともせず見つめていた。少なからぬ危機感を胸に抱きながら。

 それは昨夜の、アヤメからの電話が全ての発端である。いえ、発端と言うなら去年の夏頃まで遡るべきなのでしょうけれど、話がややこしくなるのでそこは大胆に割愛する。我が身可愛さじゃないわよ?


「……っ」


 この話の肝はやはり……アヤメが……。

 そう! アヤメが! 既に! えええエッチするための道具を用意してしまっているという点に尽きるわ!

 えぇ、きっと用意していることでしょう。『ゴムのサイズが知りたい』という彼女からの衝撃的な電話を受け、私もあの後すぐに掛け直したのだけれど、


『ナ、ナンニモカッテナイヨー……ヤダナー、リゼットチャンタラー』


 だなんて。なんて下手な誤魔化し。台詞は棒読みだし、なんなら聞こえてたのよ後ろから『ドンドンドン、ド○キー♪』って。薬局が閉まってたからってなにドン○にまで足を伸ばしてるの!!

 つまり、向こうは準備万端というわけ。腰の刀に手を掛け、居合いのポーズでジンが間合いに入るのを待ち構えているのよ。

 そんな女の子が虎視眈々と待つ場所に、私の眷属を送り込むだなんて……そんなの、見えてる地雷原に突っ込ませることと同義でしょう? ご主人様として、そんなの見過ごせないわ!


「ん、どうしたマスター」

「い、いえ、別に……」

「?」


 しかし……しかし!

 こちらを振り向きそう問う彼に、私は視線を逸らしてモゴモゴと返すことしかできないでいる。

 だって、だってこんなのなんて言えばいいのよ!『アヤメが避妊具用意してるからってエッチしたらダメよ』って? 恥ずかしくて言えないわよそんなこと!

 それにゴムに関しては去年、彼に『これは装飾品である』と偽っている。今私が話を切り出したとして、『避妊具とはなんだ?』なんて聞かれたら、全てがバレてしまう。私が出会ってまだ間もない時点でそんなの買ってた頭お花畑な女の子だということが! そして彼に下らない嘘をついたということも! そんなのイヤ!


(詰んでる──!!)


 だから、何も言い出せないのよこれに関しては……!

 やっぱり嘘をつくと、巡りめぐって自分を苦しめることになるのね……というかそもそも、今何も言わなかったとしても、アヤメが彼にゴムの説明をした瞬間全てが露呈しないこれ?


(どっちにしろ詰んでる──!?)


 なんということ……じゃあどうすればいいっていうのよ。こんなの死ぬしかないじゃない!

 一夏の黒歴史が、まさかこんなに尾を引くことになるだなんて……お母様、私なにか悪いことをしたのでしょうか……。

 あの場で同じ嘘をついたトーカを頼ろうにも、彼女は今なぜか物陰からジンを警戒する小動物と化してしまった姉を宥めるのに、彼女の自室で忙しくしている。

 くっ、この肝心な時に! いやアヤメがそういう道具を買ったって情報を私しか知らないから仕方ないのだけど! 言いふらすのも可哀想だし! でもあなたももう少し焦ったらどうなのとは思う。なんかやけに落ち着いてるのよね……自分の兄がそんなこと絶対にしないと確信してるみたいに。そこは少しキナ臭いような……。


「マスター。マスターは今日、ダンデライオンに来るのか?」

「へっ? あ、えぇ……と、そうね。眷属の働きぶりを見るのも、ご主人様の務めだから……」

「そうか、来店楽しみにしている。きっと"さーびす"しよう」

「あ、ありがと……」


 曖昧な笑みのまま私が礼を言うと、彼はふと唇を綻ばせ、また荷造りに戻る。

 言えない……行くにしても本当はアヤメと怪しい雰囲気になっていないかチェックしに行くつもりだったなんて言えない。

 だってそれとなく睨みを利かせておかないと、あの委員長はやる。確実にヤる。その準備をしてるのだし、なんなら"誰より先に第一子を授かる"という未来の前科があるのだもの!


「あ」


 っと、そういえばまだ確かめてないことがあったわね。今朝の戦鬼の炙り焼き~ファラリス仕立て~のインパクトですっかり失念してたわ。あの濃い肉汁が喉に絡み付いて……。

 私はコホンと咳払いし、彼の背中に声をかけた。


「ところでジン? あのセンパイとは、その……何て言うのかしら。そう、健全に旅行を楽しめたかしら?」


 ちょっと怪しい聞き方になっちゃったけど、まぁ大丈夫でしょう。言っては悪いけれど、彼、おバカだし。

 私が内心大変失礼なことを考えている間にも、彼は荷造りの手を止めて「そうだな……」と顎に手を当てていた。

 だけど、彼の口から出た言葉は、私の肝を冷やすには十分な威力だった。


「とても有意義な時間だったと言えよう。風のように自由な少女だが、改めて俺がどれだけ彼女に愛されているのかを自覚させられた心地だ」

「ふぅん」


 ──なにがあったの!!!!!!!

 興味なさそうな感じの返事しちゃったけど、私は内心生きた心地がしなかった。

 え、なに!? あのセンパイがそんなに攻勢かけてたの!? まさか本当に一線を越えたんじゃないでしょうね!?

 私は努めて深呼吸しながら、冷静さを保って言った。


「そ、そそそそそそそそれれれれれれはどどどどどどういう……?」


 努めて冷静に言えたわ。

 冷静に見えない? いいえ冷静よ。そうじゃなかったら私きっと、パニックで過呼吸まっしぐらよ。

 そんな理性と狂気の狭間を行き来する私には気付かず、彼はなんとも味わい深そうな様子で回想する。


「指輪をな、つけてくれたのだ。だが俺を受け入れてくれたというわけではない。その"覚悟がある"とだけ……それだけでも、俺はとても嬉しかった」

「あ、そ、そう……?」


 あー、ビックリした。

 なによ、指輪だなんて私が既に通った道じゃない? 確かにあのセンパイにしては攻めてるって感じだけれど。でもよかったまだその程度で──、


「命令とはいえ、下の世話をしたことでその心を傷付けてはいまいかと不安だったが。いやはや、あのアイドルは懐が深い」


 はいアウト。


「何をしてるのあなたは……」

「これも話せば長くなるのだがな? 後輩アイドルである河合カノンの下の世話をしたことが切っ掛けとなり──」

「何をしてるのあなたは……」


 二回も言っちゃった。やめてよ。そうやって安心させてから奈落に突き落とすの。

 私は目のハイライトを消しながら、震える指を彼に突き付けた。


「性犯罪者……」

「介護だぞ」

「事案でしょ」

「介護であるぞ。でなければ妹を持つ兄が、そのおねしょを処理するたびに捕まらねばならん」


 同列として扱っていいのそれ。家族と他人は違うでしょう? それともあなたにかかれば地球上の女の子は全員妹なの?


「どうして捕まっていないのかしら? 示談で済ませたの?」

「案ずるな。河合カノンにはなぜか惚れられ、ガーネットは……許しを得た覚えはないが、そう満更でもなかったように見えた。大事ない」

「聞き間違いかしら?『大事ない』って言った?」


 なってるでしょ大事に。

 え、なに? 惚れられたって言った? どうして? 既に三股して、実質は五股してる男がどうしてそうポンポンと惚れられるのかしら? こんなサイテー男を好きになるなんて頭どうかしてるんじゃないのごめんなさいブーメラン刺さったわ。


「あなたまさかその後輩アイドルに手を……」

「それこそまさか、だ。ゆえにこそ、ガーネットの愛情を勝ち取ったとも言える」

「む……」


 その言い分からして、断ってはいるみたいね。向こうが諦めているかどうかはまた別問題ではあるけれど……まぁキチンと断ったのならそこはポイント高いわね。いや高いかしら。五股しようとしてる時点でポイントなんてマイナス一直線でしょ。この環境に慣れ始めてハードルがだいぶ下がってるわよ私!! しっかりなさい!!


「どれ……」

「ひゃっ、ちょっと……」


 唐突な浮遊感と、脇に差し入れられる手の感触。

 私のじっとりとした視線など気にもせず、いつの間にか荷造りを終えていた彼が私を持ち上げ、そのままベッドに座り自分の膝に乗せたのだ。


「な、なにするのよいきなり……」

「なんぞ、不満げだったのでな。言いたいことがあるのなら、全て聞くぞ」

「……もう」


 背後からこちらのお腹に手を回し、ギュッとする彼に頬を膨らませた。

 あのね、勘違いしてるでしょう。私のこと、そうやって抱っこして優しく抱き締めてれば、なんでも許しちゃうし話しちゃうような軽い女だって。お生憎様ですけどね、そんな簡単だって思わないことね。


「…………」


 ……ちょっと、だけだからね?


「あの、ね……」

「ああ」


 更にギュッと密着する彼の体温に安堵を覚えながら、私は指をコネコネと絡ませながら言う。


「あなたが……他の子と……エッチしてたら、ヤだなって……」

「ああ、なるほどな」


 頬を染めてモニョモニョ言う私に、彼は数度頷いた。うぅ、こんな独占欲丸出しで……淑女として恥ずかしい……。

 頭から湯気が出そうになって縮こまっていれば、しかし彼は動じること無く、むしろカラカラと笑った。


「案ずるな、叡智を得た俺は節度を弁えているとも。マスターもあの時は怖かっただろうに。俺はもう二度と、少女達の命を脅かすようなことはしないだろう!」


 前半は良かったけど、なんか最後に妙なこと言い出したわね。ん? 命? 新しい命とかじゃなくて?


「……それは、どういう?」


 思わず振り返って彼の顔を見上げれば、随分なドヤ顔で彼はトンデモ人体科学を説明してくれた。


「ふ、無理して俺に気を遣わずともよい。未成年の少女は性交すると、一定の確率で爆死するなど最早常識よ。危うく俺はあの時、マスターを死に追いやるところであった……償わせてくれ、マスター!」

「……そう」


 慟哭混じりに私をまた抱き締めるのはいいのだけど、私の目はまた死んでいた。

 なぁにそれぇ……誰が言い出したの~……いえ、分かります。十中八九トーカね。ゴールデンウィークの予定決めの時、だいぶ様子がおかしかったもの。きっと兄の貞操を守るため……守るためというか、独占するためというか。多分サヤカも噛んでるわね。トーカに脅されてるだけかもしれないけど。


「やれやれ……」


 呆れというか、あまりの残念さに吐息を漏らす。道理でトーカが安心してるわけね。まったく、こんなので騙されるのなんてこの人だけよ?

 本当におバカなんだから。まぁ、だから──私は彼の頭に手を置いて、優しく撫でた。


「──バレちゃったのなら仕方ないわね。そうよ。未成年の女の子に手を出したら、あとが怖いんだから。肝に銘じておきなさいな? 私の眷属」

「ああ……!」


 私は慈愛の女神のような微笑みで、悪魔に魂を売った。

 いや、私はトーカの嘘に乗っかっただけだからセーフ。悪いのはあの悪魔みたいな妹よ。なんてえげつない嘘を……。

 私がそう言い含めるようにしていれば、彼はその瞳に決意を滾らせて宣言する。


「誓うぞ……どれだけ俺が欲望を刺激されようと、皆が成人するまで手を出さぬと……!」

「……ん~……」


 その潔い宣言に、私はちょっと微妙な声。成人まではちょっと~……長いっていうか~……ねぇ?


「きゅっ↑↑」

「む?」

「こほんこほん」


 ごめんなさい声が裏返ったわ。緊張しちゃって。

 私はもう一度咳払いをして、高鳴る鼓動を隠しながら彼に告げた。


「きゅ、吸血鬼の女の子に関してだけ言えば……未成年でも爆死は、し、しないかな~って、噂が……ね?」

「なんと!」


 自然に! 自然に! ビークールよ私!

 いけしゃあしゃあと言う私に、彼は目を丸くして言う。


「しかし、あらゆる論文を網羅しているであろう姉上がそう言っていたのだが……」

「最近また発表された論文でね? イ、イワレテタノヨ……」

「なるほど……人体の神秘だな」

「本当ね、ふふっ♪」

「いやまったく、ははは」


 ──ごめんなさい、お母様。

 私はまた、罪を重ねました。こうしてヒトというのは、蜘蛛の糸に絡み取られるようにして堕ちていくのですね。


「ではもし、その時が来たら……マスター」

「う、うん♡ もう、仕方ないんだから。こんなこと眷属に許すご主人様なんて、私だけなんだからね?♡」


 でもごめんなさいお母様。それ以上に勝利の美酒がおいしいんです。


「ん、そろそろ開店準備の時間だ。俺も行かねば」

「あ、うん……そうね」

「では、来る時にまた連絡をしてくれ。それと、マスターとの旅行も今から楽しみにしているぞ」

「あっ──」


 頬に優しくキスをして、彼は私をベッドに下ろす。


「ではな」


 そうして彼は軽く手を振り、アヤメのところへと向かっていった。


「ごめんなさいね、アヤメ……」


 屋敷の門へ駆けていく彼の背を窓辺から見ながら、これからジンと過ごすであろう女の子に謝っておく。

 でもこれは勝負……女同士の勝負なのよ……卑怯と言ってもらって構わないわ。


「……」


 いや私じゃなくトーカを。トーカをね?

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